「おおい、おお〜〜い」ゴーイングメリー号の船首が見えた。
サンジとチョッパーは、ドラゴンホエールの背中の上から
大声で 呼びかけた。


「ナミ!!ルフィ!!あれ、見ろ!!」
見張り台の上からゾロが大声を上げた。

ドラゴンホエールが真っ正面からゴーイングメリー号へまっしぐらに
大きく波を割って突き進んでくる。

「ぶつかる!!」ナミが血相を変えた。
「違う、背中を見ろ!!」ゾロが見張り台から 立ち上がり、
そこから すべるようにして降りてきた。

ナミに双眼鏡を投げ渡す。

ルフィがいつもの特等席に登った。
額の上に手を翳し、目を凝らした。

「おお〜い、ルフィ!!」
大きな波音にまじって、サンジの声が確かに聞こえた。

「サンジ!!サンジの声だ!!」
ルフィがゾロとナミを振りかえった。
顔中から光が出ているようだった。

「・・・・チョッパー、チョッパーもいるわ!!」
ナミも 双眼鏡を覗いたまま 上げた声を歓喜に震わせている。

ウソップも甲板に走り出てきた。
ゴーグルを片目にはめる。
「ああ、サンジとチョッパーだ!!あいつら、無事だったのか!」


ドラゴンホエールは ゴーイングメリー号のすぐ脇を掠めるように
近づいて、サンジは、もっとも近づいた時、チョッパーを抱いて
その背中を蹴った。

まる10日も何も食べていない体は 思ったより跳躍出来ず、
ゴーイングメリー号の甲板に到達できなかった。

それでも、脇板にどうにか足は届いた。
が、ドラゴンホエールが泳ぐ時に生じる 大きな波のうねりで
船は大きく傾いでいて サンジはバランスを取れなかった。

グラリ、と体が傾き、海に落ちそうになった時、咄嗟に伸ばした腕を
ゾロの大きな手が掴んだ。

ゾロはそのまま 力任せに二人を引っ張りあげる。
大きく揺れる船の反動とその勢いで3人は絡まり合って甲板を転がった。

サンジは、チョッパーを胸にしっかり抱いて庇い、そんなサンジを
ゾロは広い胸で受けとめ、重なった状態でゾロはしたたかに
マストに背中を打ち付けた。

「いでえ!!」ゾロは思わず 声を上げる。

「おい、大丈夫か?」思い掛けないサンジの問いかけにゾロは
顔を歪めたまま 顔を上げた。

チョッパーをまだ 抱いたままサンジはゾロの顔を確かに覗きこんでいた。
「・・・てめえこそ、大丈夫かよ。」ゾロは思わず 搾り出すように声を出した。

「「サンジ、チョッパー!!」」
「サンジくん、チョッパー!!」

ルフィ達が甲板を走ってきて、サンジとチョッパーに一斉に抱きついた。
「良かった、無事で!!」「生きてたんだなあ、お前ら!!」
「良かった、本当によかった!!」
と口々に ただ 素直に2人の生還を心から歓んだ。


その輪に ゾロはなんとなく入りそびれて 離れた所から
苦笑いを浮かべて 皆が喜び合う様子を眺めていた。

ふと、自分の手が小刻みに震えているのに気がついた。
体全身が戦慄くほどに 歓びを感じているのだ。

チョッパーを抱きしめ、ナミに抱きつかれ、ルフィにぐるぐる巻きにされ、
ウソップに小突かれ、その輪の中で 明るく笑うサンジを見て、
それを手放しで 喜ぶ行動が素直に取れない。
それでも、これほどの安堵と歓喜が一緒になった感情を
感じるのは初めてで、どうしていいのか、どんな顔をしたらいいのか
ゾロにはわからなかった。


その夜。

サンジは、食料の在庫を確認した上で 「もうちょっと、豪華にしたかったんだけど、
次の島まで倹約しねえともたねえから いつもと変わらねえ食事しか出来なかった」と
言い、いつもと変わらない、でも、残っていたメンバーにとっては
何よりも 待ち望んでいたそのいつもの味、いつもの量の食事は
いつもにも増して 美味だと感じた。

ゾロは、食事の時、見張り台にいた。

賑やかに食事をとるのも確かに楽しい。
だが、今日は賑やかに食事をとるよりも、落ちついてその時間を
過ごしたかったのだ。

見張り台にチョッパーが登ってきた。

「ゾロ」見張り台の上は風が強い。チョッパーは帽子を片手で押さえていた。
「よお。食事は済んだのか」ゾロは、チョッパーの脇腹に手をさし入れて、
持ち上げ、自分の真正面に降ろした。

「・・・うん、久しぶりに腹一杯食べたよ。美味かった。」
チョッパーは、そう言うとゾロから双眼鏡を受け取る。

「お前、休まなくていいのか。今日ぐらい、ゆっくりしてもいいだろ。」と
ゾロが心配そうに言うと、チョッパーは クス、と小さく笑った。
「大丈夫だよ。ゾロが食事を終るまでの間だから・・・でも。」

「今すぐに食事に行っても、サンジを一人占めには出来ないよ。」

チョッパーは、ナミと同様、二人の関係についてよく口を挟む。
それは あくまで医者としての禁止事項があるからで、
挟みたくて 挟んでいるわけではないのだが。

しかし、今日は明らかに ゾロをからかっているような言い方だった。
そんなチョッパーに、ゾロは両手の拳で頭をぐいぐいと挟み、
グリグリとドリルのように押しつけながら、
「俺を茶化すなんて、随分立派な事するじゃねえか、ああ?」と
薄笑いを浮かべて凄んで見せる。

「いてててて!!ごめん、いたいよ、ゾロ!!だって・・」
思いのほか 大きく上がったチョッパーの悲鳴にゾロは
手を止めた。だが、まだ 顔は笑っている。

「だって、・・・って、なんだ。」と途切れたチョッパーの言葉の先を
尋ねる。
「食事をずらしたのは、サンジとゆっくり話したかったからだろ。」
ゾロは、ズバリと図星をさされて 咄嗟に答えが返せない。

「・・・ほら、図星だった。」とチョッパーは帽子を脱いで
ゾロにグリグリされた場所を蹄でぼりぼりと掻いた。

「別にそうじゃねえよ。バカな事を言うから言葉に詰まっただけだ。」と
ゾロは言い繕った。

「心配だっただろ?素直にそう言えば言いのに。まだ、何も話してないんだろ?」

余計なお世話だ・・・とゾロは思った。
素直に人前でも その生還を歓ぶことを望まれていない事くらい、
十分承知している。
チョッパーは 何もわかっていない、とゾロは思った。

素直じゃないのは 自分だけじゃない。むしろ、サンジの方が
ひねくれている。
医者というより カウンセラーのような事を言うチョッパーに
ゾロはしかめた顔を向けた。

「俺が歓んでいないように見えるか?」
「・・・そうじゃないけど。」

「俺がもし、ゾロだったらもっと 歓ぶだろうなって思ってさ。」

ゾロは、チョッパーの言葉に表情を緩め、
「・・・歓んでるさ。これ以上、ねえくらいにな。」と答える。

「あいつだって、それくらい判ってるって。」
「俺がどれだけ心配してたか なんてあいつに言う必要はねえ。」

チョッパーは、それを聞いて サンジも
食事を作っている間 ゾロの事など 全く 気にもかけていない様子だったのを
思い出した。

この2人には 端から見ているだけでは 判らない 絆が確かに存在していて、
交わす言葉などなくても 分かり合える感情があるのだと理解した。

「ただな。」ゾロは、チョッパーから顔を背け、暗い水平線に視線を向けた。

そんな事を言う 顔を 誰にも見られたくなかった。
「俺は、もっと強くなりてえって思った。」

ゾロの意外な言葉にチョッパーは首を傾げた。

鉄を斬る剣士で、例えその行く道に100人の海兵に立ち塞がれたとしても
瞬時にその活路を開けるだろう、無敵の剣士のゾロが呟く言葉だとは思えなかった。

「いつか、俺達は別々の道を選ぶ日が来るかもしれねえ・・・それなら 俺は
あいつを見送ってやれると思ってた。俺の側からあいつがいなくなっても、
それがあいつの夢なら 俺は それを受け入れられる自信があった.」

チョッパーは、黙ってゾロの呟きを聞いていた。

「でも、唐突にあいつがいなくなって 動揺した。自分の野望を一瞬忘れるくらいに。」

キッチンから賑やかな笑い声が漏れ聞こえてくる。
帆が風を孕んではためく音が絶え間なく上がっていて、見張り台の上は
色々な音が聞こえるはずなのに、チョッパーの耳にはゾロの声しか聞こえていなかった。

「・・・あいつと 何時 離れ離れになっても平気なくらい、強くならなきゃならねえ。」

「そんな強さ、強さって言わないよ。」チョッパーは、帽子を被った。
ゾロの言いたい事は判るが、反論したくなったのだ。
「ずっと、一緒にいたいって思ってるなら、そんな強さは必要ないよ。」
「どんな時でも、一緒にいたいために頑張る強さの方が 大事だよ。」

(一緒にいたいために頑張る強さ・・・?)
ゾロは、その言葉が直接 心臓にぶつかったくらいの衝撃を受けた。

思わず、チョッパーのほうに顔を向ける。
「ゾロがサンジと一緒にいたいと思うなら、一杯頑張れる事はあるはずだよ。」

チョッパーがそこまで 口にした時、
「オ〜イ、クソ腹巻!!さっさとメシを食いに来い!!」と怒鳴るサンジの声が
聞こえた。


「呼んでるよ。ゾロ。」チョッパーは、笑って ゾロを促した。
「ああ、・・・・。」ゾロは 緩慢な動作で立ちあがり、見張り台から
降りようとロープに足をかけた。

降り際、「チョッパー」と遠慮がちに声をかける。
チョッパーは無言でゾロの方へ顔を向けた。

「・・・・いい言葉 教えてくれて 感謝するぜ。」
それだけ言うと ゾロは降りていった。



一緒にいたいと頑張る強さ。
稚拙な言葉だが、その言葉は ゾロには衝撃的だった。

これからの航海の日々、その言葉の意味を2人で探りながら
過ごしていければいい、と思う。

その意味がはっきりとわかる日が来れば、どんな事があっても
離れる事が怖くなくなるだろうか。

肉体が離れても、心が繋がっているだけで満足できる日が
来るのだろうか。

この広い海が二人の距離をどんな形で引き裂くのかは 予想もつかないけれど、
思いがけず 得た チョッパーの言葉が
自分たちの絆をもっと 強くしてくれるような気がした。

二人きりになったら、この言葉を教えてやろう、と思いつつ、
ゾロはいつもどおりの賑やかな キッチンの扉を開けた。

(終)

最後まで読んで頂いて、有難うございました。
これは、「遭難するサンジとチョッパー」と言うリクエストを受けて書いた・・・・作品だったと
思います(ヲイ)

見つかって良かった〜、無事に復旧できました!

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