いい夢は見なかったが、悪い夢も見なかった。
(少しは、)いや、かなり、(効能があったのかもな)と思い、起き上がりながら
自分の掌を眺めていると、何故か、自然に顔の筋肉が笑顔を作ろうとする。
指先や掌から温もりが沁み込んできて、その温もりが全身に広がって、体中の力が
抜けて行き、それがとても心地良くて、その心地良い眠りに意識を預けきって眠った。目を醒めたのは、手足が冷たくて凍えたからだ。それでも、サンジは久しぶりに
ゆっくりと眠ったような気がして、伸びをする。
「さて、」今日はどう言う1日になるか、と思いながら煙草に火を着けた。
サンジの寝ていた窓辺のソファからは庭しか見えない。
この宿として宛がってもらっている建物の外で何が起きているのか、は
判らないが、なんとなく、今までの経験からしてこんな小さな島の住民と
一介の海賊との小競り合いに首を突っ込んだだけなのに、
(なんだか、面倒な事になりそうな気がするな)とサンジは思った。
「あら、コックさん、おはよう」もう身支度を整えていたロビンが
ぼんやりと煙草を吸っているサンジににこやかに声を掛ける。
「ああ、おはよう。着替えるんなら野郎共を叩き起こすけど」
「いいの、もうおおよそ済んだから。」
何気ない会話を交わした後、ロビンはサンジに向き直った。
「プリンスはどう思ってるの?手っ取り早くこの諍いを止めさせる方法」
そう、ロビンはニッコリ笑ってサンジに尋ねる。
「ロビンちゃんは?」とサンジはバツが悪くて、曖昧に笑い聞き返す。
アラバスタのレインベースでクロコダイルとあの頃、ミス・オールサンデーと名乗っていたロビンを出し抜いた、あの1件をまた引き合いに出されてからかわれるのは
とても面映い。
「あなたなら、どうするのかって事に私はとても興味があるの」
「朝ごはんまでの退屈凌ぎに聞かせてくれない?」
「そうだねえ・・」とサンジは大きく煙草を吸いこんで、また吐き出す。
ぐっすり眠った所為か、今朝は起きた時からいつもよりも頭が随分軽い。
「まず、情報を収集してそれを整理する」
「今朝は、ん〜」サンジは甘える様に鼻にかかった声を出して顎に手を添え、
「彼らが俺達にどれだけホントの事を教えてくれるか、って事を調べたいね」
「海賊と戦っているところを背中から狙い撃ち、なんて事されないように」
「昨日ね、」ロビンはサンジの言葉を聞き終わってから口を開いた。
「覚えてる?私たちが接岸した時、彼らが戦っている海賊の船が側にあったでしょ」
「そういえば、ルフィの麦わら帽子を鉄砲で吹っ飛ばしたバカがいたね」
「ヤツらがなに?」とサンジも身を乗り出す。
「全員じゃないけど、人質を返しに来たらしいの」
「交渉の内容がどんなものか、知っておいた方がいいんじゃない?」とロビンは
じっと観察する様にサンジの顔を見つめる。
「知らないよりは、知っておいた方がいいだろうね」とサンジは相槌を打ちながら、
ロビンの興味津々と言った眼差しを受けているのがなんだか恥かしくなって、
また笑って誤魔化す。
「何も交渉はしてません」とリムは麦わらの一味に詰め寄られ、困惑した様に
そう答えた。「うそ、なんのメリットもないのに人質を返してくるワケないじゃない」とすぐにナミがリムに噛み付く。
「本当です。ただ、返してやる、としか言われてなくて」
「で、その返されてきた奴らはどこにいるんだ」とリムにウソップが尋ねた。
「相当、過酷な場所で捕えられていた様で、今はおのおのの家でゆっくりと休んでる筈です」とリムは澱みなく答える。
「どういう基準なんだよ。病気とか、怪我とかか」と重ねてウソップが聞くと、
「それは相手が選んだ事だからわからない」と人質だった者達は言っている、とリムは言う。
「サンジ君、ロビン、どう思う?」とナミはリムの話を眉一つ、動かさないで聞いていた
ロビンとサンジに目を向けた。「「別に」」と二人は同時に答える。
そして、リムが麦わらの一味の前から立ち去った。
明日、満潮になり風も海賊の島から向かい風が吹いてくる為、おそらく、海賊達との
戦闘になる。だからその準備に忙しいと言っていた。
「人質だったヤツらに聞けば、人質があっちの島のどこでどうやって囚われているか」
「聞けるんじゃねえか」とウソップは言ったが、サンジはその言葉に首を振った。
「それを今聞いてなにか有利になるか」
「それがホントの事だって信じる要素があるか、ウソップ」
「え、だってこの島のヤツだろ?仲間を裏切るような事するか?」とウソップは驚いて
サンジに聞き返す。
「仲間を絶対に裏切らないって言える根拠があるならいい」
「でも、ただこの島の者だからってだけじゃなんの根拠にもならねえ」とサンジは
淡々と答える。そして、「サンジ君の言うとおりね」とナミは頷いた。
「何か、裏があるわ。でないと人質を無傷で返してくる筈ないもの」とロビンも言い、
「しばらく、あの海賊の若頭に気づかれないように人質だった人達を見張っていましょう。
「何かあるのなら、今夜にも動く筈」
ルフィは今一つ、この密談の意味も内容も理解していないような顔をしていたが、
それ以外の者は全員がロビンの言葉に頷きあった。
帰艦した人質は5人だった。
リムの父親の代から海賊だった初老の男。
リムの幼馴染の漁師の男。
この島の自警団の取りまとめ役をしていた男。
そのほかの二人も、腕っ節が強く、勇敢だと言われている男達だ。
(妙な顔ぶれだな)とサンジは思った。
(わざわざ、削いだ戦力を戻すような・・・)何か、の意図があって彼らは解放されたに
違いない、と考えるのが自然だ。
その何かとは(攪乱か、裏切りを扇動させる為か)とサンジは推測する。
ロビンとサンジがリムの前でそれを言わなかったのは、言ったところで反論し、
彼らを擁護するに決っているからだ。リムにしてみれば、彼らの人格、行動、彼らとリムの絆などの事項を並べ立てて、サンジやロビンが彼らを疑っている事の方がよほど根拠がないと主張してその結果、麦わらの一味とリムの間の、麦わら帽子の冷たい海から拾い上げたと言うだけの信頼関係が崩れる。仲間を疑う海賊を誰が信用すると言うのだろう。
だから、サンジもロビンも敢えて、その事をリムには一切、言わずにいる。
(取り越し苦労ならそれはそれでいい)そんな単純な相手なら簡単に力でねじ伏せれば済む事だ。
サンジはチョッパーと二人でリムの幼馴染、と言う男をそっと何気なく見張っている。
彼は、昨日帰ってきたばかりだと言うのに、積極的にリムの側で立ち働いていた。
人が良さそうだが、リムと比べれば、背も顔立ちも見劣りがする。
「サンジさん、良く眠れましたか?」リムの側には、ベスもいた。
明日、大きな戦闘を控えて、ごった返ししている港の一角にある倉庫を改築し、
武器庫と酒場を同じ場所に設えた、埃っぽく、騒がしい場所でサンジとチョッパーが
リムとリムの側にいる、疑わしい帰艦した人質の男を見るともなしに見ているのを
目ざとく見つけたベスが愛想良く微笑みながら人を押し退け、押し退け、近づいて来る。
「こんにちは、お嬢さん」とサンジはいつもどおりの軽く、嬉しげな声音でベスに応えた。
「彼は、元気そうですね」とサンジはリムの背中にビッタリと張りつく様に側に侍っている男を顎で指し示した。ベスはチラリ、とサンジが差した方へ顔を向け、「ええ、良かったわ。彼は
銃を扱ってる店の跡取なの。火薬にとっても詳しいから、帰って来てくれて百人力よ」と
笑った。((火薬に詳しい?))その言葉を聞いて、サンジとチョッパーが顔を見合わせる。
「明日の戦闘に使う火薬の配置をリムと決めているところよ」
「まだ、彼のお父さんが帰って来れないのは気掛かりでしょうけど」
一方、同じ頃。
ゾロはナミとリムの父親の代からリムを裏切らずに今だにリムを「若頭」と呼んでいる
初老の男を見張っていた。
「あんたはあたしの護衛でいいの。うまく、話を聞いてくるからここで動かずに待っててよ」とナミはその男の家まで出向き、その玄関先にゾロを待たせて、堅く閉じられていた扉を
叩いた。「こんにちは!ちょっと!リムから伝言を預かってきたわよ!」と言いつつ、
ドンドンドンと矢継ぎ早に扉を叩き続けるナミへ
(また、口からデマカセを)とゾロは呆れて軽く溜息をつきつつ、横目でナミの顔を見る。
「若頭からの伝言ってなんだ、」とのっそりと扉が開き、中からやつれた初老の男が
やっと顔を出した。
「玄関先で話せないわ。中に入ってもいい?おじさん」とナミは強気な目で大柄な男を
下から見上げつつ、不敵に笑って見せた。
「見なれない顔だ。誰だ、お前」「それも中に入ってから」と男の警戒する目を気にもせず、
ナミはズカズカと男の横を通り過ぎる。「行くわよ、ゾロ」
(動くなっつった癖に)と億劫に思いながらゾロはナミの後に続く。
中は男の一人暮しと言った風ではなかった。綺麗に掃除が行き届き、食器棚の中には
整理された食器が並んでいる。粗末で小さな家だが、小さなテーブルには椅子が三脚あった。
(この男には、家族がいる)と家の中の調度品を見てゾロもナミもそう思った。
「誰だ、お前らは。この島の人間じゃないな」
「同業者よ、おじさん」
初老の男の問いにナミはあっさりと答えた。
「うちの船長がおじさんとこの若頭に頼まれたの、力を貸してくれってね」
「船長が決めた事だもの、私達も最善を尽くすつもりよ」
「その為に、色々お話しを聞きたいの、」ナミは猫が新しい縄張りを検分するかのような足取りで部屋を歩き回り、椅子、テーブル、食器棚、カーテンなどに次々と手を触れながら、
じっと初老の男を油断なくどんな些細な表情も見逃すまい、とじっと視線を注いで、
「そ、例えばご家族の話しとか?」と微笑む。初老の男は苦虫を噛み潰したような顔で
ナミを睨み返している。
そして、同じ頃。
ロビンは一人で、自警団を取りまとめていた男を探っていた。
賑やかな家族や仲間に無事に帰って来た事を祝ってもらっている。
世話好きで、勇敢で、正直で、豪放磊落。田舎の漁村にはどこにでもいる様な
男だ。ロビンはその祝いの席で酔っ払った老人を介抱しながら、その男の
情報を聞き出した。
あいつの倅は、漁師をしないでリムとこの海賊になっちまったんだけど、
いい息子で。まだ、とっ捕まったままでさぞかし心配だろうに。
((((なるほど))))
サンジもチョッパーも、ナミもゾロも、ロビンも皆、同じ答えに行きついた。
彼らは、皆、まだ自分の身内を人質に取られたままなのだ。
「そうなると・・・」とナミはこれからどうするか、を提案する。
夜になって、麦わらの一味は今日、得た情報をお互いに把握しあう為に額を突き合せて
いた。
「向こうに人質を取られたままだと何かと動きにくいわ」
「こちらが本格的に攻め込んだ時、人質になってる人達の安全を確実に」
「守れる人をなんとか送り込めたら、多少、無茶をやっても大丈夫だと思うの」
「で、誰が行くんだ」とゾロがナミに尋ねる。
「俺しかいねえだろ」とサンジは他人事の様に言って、煙草に火を着けた。
「ルフィとマリモ、ロビンちゃんは賞金首。チョッパーは目立ち過ぎる」
「ウソップは1度、ヤツらにバッチリ顔を見られてる」
「だったら、俺が行くしかねえだろ」と言って、ニヤリと笑って見せる。
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