湯気の向こうで、人の気配がした。
ウソップやルフィ達はは相変らず、滝に模した仕掛けのある湯船で騒いでいる。
ゾロとサンジは湯に浸かったままで、その気配の方へと警戒の目を向けた。

「お寛ぎのところ、失礼」と素っ裸でスタスタと湯気の中から歩いてきたのは、
さっき、港まで同行していた男、「リム」だった。

「こちらにおいでだと聞いて、」
「余りお待たせするのも申し訳ないので、お邪魔させてもらいました」

「おい」とサンジは「リム」の話を途中で遮った。
「そう言う、堅っ苦しい言い方は肩が凝るから止めてくれ」

そう言って、まだ、湯に浸かっていない「リム」の体を何気なく観察する。
切り傷が無数にあり、そして筋肉もゾロほどではないけれど、しっかりと付いている。
漁師やただの島の警護をする人間がこんなに傷だらけなのは妙だ。

だが、サンジはすぐにその事を口にする事なく、興味無さそうに目を伏せた。
「じゃあ、少し砕けたいい方をさせてもらいましょう」と言いながら、「リム」は
二人が使っている湯船に身を沈める。

「おい、ルフィ!」とゾロはルフィを大声で呼んだ。
「お!」とルフィは振り向き、リムの顔を見てニカっと笑った。
「お前、名前聞いてなかったな、なんて言うんだ」と遠くから「リム」に向かって
尋ねる。「リム、って呼ばれてる」と「リム」は初めて、自分の名前を自分の声で
麦わらの一味に披露した。

「そっか、俺はルフィ。そっちの緑のがゾロで、黄色のがサンジだ」
「これがウソップで、」と次々に仲間を指差し、「これがチョッパー」

知っている筈なのに、リムはそうとは言わずにニコニコと黙って頷いている。
「よろしくな!」と一方的に言って、ルフィはまた、湯の中で派手に遊び始めた。
ルフィの腹は既に決っている。理由は「リムはいい奴だと思った」から。
だから、詳しい事情など聞く気は全く無い。

「俺達にはそれなりの理由がいるぜ」とゾロは眼を閉じて首まで湯に浸かったまま、
静かにリムにそう言った。
「ルフィはあんたが気に入っただけだ」とサンジがゾロの言おうとしている事を
継いで話を続ける。「もし、その海賊とやりあって、あんたが死んだとしても俺達は
あんたの替わりにはならねえぞ」
「この島の誰にもなんの義理もねえ。義理も用も理由も無エ喧嘩をする程、俺達は
お人好しじゃねえ」
「さっき、宝がどうのこうのって言われてませんでしたか」とリムは穏やかに
サンジの話を遮った。
「まずは、この島が何故、海賊と揉めているか、その理由を聞いてください」

リムは静かに話し始めた。

この島には、「雪の真珠」と言われる宝がある。
それは、時価10億ベリーとも言われているらしいが、
高価な美術品の愛好家達の間で売買されたらそれ以上の価値で取引される事は間違い無い、特殊な真珠で作られた「王冠」と「ティアラ」で一組の宝飾品だと言う。

「透明な儚い、雪の白さを持つ真珠」で出来ていて、海賊達はこの島ごと、
その宝を手に入れようとしている。
この島に尽きる事無く豊富に湧き出している温泉は、皮膚病や胃腸病だけではなく、
切り傷や火傷にも良く効く。そして、地熱を利用して薬草も盛んに栽培されている。

「彼らはこの島を自分達の根城にするつもりなのです」とリムは言った。

海賊相手の小競り合い、海軍との攻めぎあい、自らを防衛する為に武装した商船との
戦闘で海賊は常に傷だらけだ。その傷を治す場所として、この島は最適だと言える。

「周りは岩礁だらけ、海図がないと近付けない」
「その上、新しく船を沈めたり、海の中に網を巡らせたりしたら海軍の軍船でも」
「近付くのが難しくなる」
「おまけに傷に効く温泉、豊富な野菜、食べ物が手に入る」
「海賊にとって海軍の追手から安心して逃げこめ、鋭意を養える稀有な場所、という事になります」

「雪の真珠は」リムの話は続く。
「この島にとってとても大切な宝です」
男は王冠を、女性はティアラを被り、この島特有の儀式を受ける。
男は海の上で生きる仕事に就いた時。漁師、海軍、商船の操舵士など、この島に
暮らそうと、外に出ようと「海の恩恵を受けて糧を得る仕事」を選んだ時に
女はこの島から外へと嫁ぐ時に、その儀式は執り行われる。
「この島で生まれた者ではない人間がその「雪の真珠」に触れたら恐ろしい呪いが」
「振りかかる」と言う伝説もあるのだが、逆にこの島で生まれた者がその儀式を受けると、
決して海で命を落とす事は無い、と言い伝えられている。

「実際、儀式を受けて海で死んだ者は今だにいないそうです」とリムは言った。
「例え、海賊でも」

「「海賊でも?」」とゾロとサンジの怪訝な声が重なった。

「はい」とリムは頷く。
「実は私も・・いや、俺も海賊です」とずっとにこやかだったリムの顔から
笑顔が消えて、目に力が篭った。

「もとからこの島は俺のオヤジが頭を勤めている海賊の根城でした」
「でも、オヤジはこの島の誰をも殺めなかったし、手下もオヤジの言いつけを
しっかり守って、むしろ、島の外からやってくる海賊達からこの島を守って来たから」
「むしろ、俺達の一味は英雄でした」

「それがなんで」とサンジはポチャリと小さな水音を立てて上半身だけ
空気に晒した。少々、逆上せたのだろう。だが、リムの話はまだ終りそうにない。

「数年前、オヤジはある海賊船を襲いました」
「その海賊船の船長は降伏して、オヤジの手下になったんですが」
「半年前にその男は反乱を起こしたんです」
「どこからか、悪魔の実を手に入れ、その力を得たそいつはオヤジを殺して」
「自分が頭に治まったんです」

「つまり、こう言う事か」とサンジは腕を組んでリムを見下ろし、
「そいつがそのなんとかっていう真珠の王冠とこの島を根城にしようとしてて、」
「あんたは島の人間と協力して、オヤジさんの仇を取りたいって事か」と尋ねた。

「いいえ」とリムは首を振る。
「オヤジの仇はどうだっていいんです」
「俺は、故郷のこの島を守りたい」
「俺はこの島で育って、これからもこの島で生きて行くんです」
「俺に取っては大事な場所だから、このままの姿で守りたいと思っているだけなんです」としっかりとサンジの目を見つめ返してそう答えた。

「そいつら、なんで力づくで攻めて来ねえんだ」ゾロがリムにそう尋ねた。
「島には温泉を供給する設備が整えられています」するとリムは躊躇う事無く、
即座に明確に答える。「大砲を撃ち込んだり、下手にその設備の事を全く知らない
自分の部下達に破損されるのが怖いのでしょう」

「俺達も海賊なんだが」とサンジは再び湯に体を浸し、リムの熱意を試す様に
冷ややかな口調で「その「雪の真珠」とやら、俺達も欲しがるカモ知れねえぞ」と
言い、リムの表情の変化と伺いながら、答えを待つ。

「故郷を守りたい、と言う気持ちをあなた方なら理解してくれると思い、
包み隠さずお話しました」とリムは答えて、やっと表情を緩める。

「随分、見込まれたモンだな」とゾロはリムの言葉を聞いて、小さく笑った。
「そんな風に言われたら、例え欲しくても、もう欲しいとは言えねえな」

「リム・・・だったっけか、その相手の頭ってのはどんな奴だ」とサンジが
まだ少し、警戒心の残った顔付きでリムを見ている。
「ヒュダイン、と名乗っています。オヤジの部下になった頃はただの人間だった
んですが、半年前、どこから手に入れたのか、悪魔の実を食べたらしくて」
「奴は、ヒエヒエの実の能力者なんです」

ゾロとサンジは風呂から上がって、仲間にリムの話を聞かせた。

「そう、私達も実は聞いて来たの」
ナミとロビンは、この島を治めている男の娘から、サンジ達と同様、風呂の中で話を
聞いたと言う。「ベスって名前の女性よ。歳は私より少し若いかしら」ロビンはベスの
印象を男連中に聞かせる。
「航海士さんほどじゃないけど、しっかりした頭の良さそうな女性だったわ」
「品もあったし」
「俺はヒュダインって奴をぶっ飛ばせばいいんだろ?」とルフィは自分達に用意された食事を食い尽くして丸々と膨れ上がった腹を押えて眠たげにそう言った。
「明日にはまた何か判るわよね。今夜はもう寝ましょうか」と言うナミの提案を受け入れ、皆、その日は早々と温かい寝床の中に潜り込む。
何か不測の事態が起こった時すぐに対処出来るようにと、全員が同じ部屋で休んでいた。

「今夜も眠れねえか」と皆の寝息だけが聞こえはじめた頃、まるでサンジが眠れずに
いる事を観越しているかの様に、何時の間にかサンジの側に佇んでいたゾロが
そう囁いた。

「大丈夫だっつっただろ」とサンジは言って起き上がった。
声に出して言っていなくても、ゾロには伝わっている筈だ。それなのに、まだ
気遣われるのは「余計なおせっかい」だとサンジは思う。

「雪見酒に付きあわねえか」とゾロはどこからかにょっきりと大きな酒の瓶を
持ち出して、サンジの目の前でポチャ、ポチャと揺すって見せる。
「どっから盗ってきたんだ、それ」とサンジは呆れて眼を見張ったが、ゾロは
薄明かりの中で一緒に悪戯をしようと誘う少年のような顔で笑い、
「さっき食事の時にかっぱらっておいた、別に俺達に出された酒だ」
「どこで飲もうと俺達の勝手だろ?」と悪びれない。

そして、ゾロとサンジは外套を羽織って雪の降り積んだ広い庭に出た。
(前客がいるらしいな)と新雪の上にテンテンと点いている二つの足跡を見て、
サンジは(恋人同士か)とすぐに見抜いた。歩幅の少ない、小さめの足跡に並んで、
それより大きめの足跡が並び、寄り添って庭の中にある池へと向かっている。

「いい方達で本当に良かったわね、リム」
「足もとに気をつけて、ベス。滑るよ」と向こうからその声の主達が近付いて来た。

サンジはなんとなく、気恥ずかしくなり身を隠そうと周りを見渡したが、
ゾロは平然と手を繋いで歩いてくるリムとベスの影の前に突っ立ったままだ。

夜中に男二人で酒の瓶をぶら下げて庭を歩いているからといって、それで
「特別な関係」だと決めつけられる確立の方がずっと少ないのに、サンジは
ゾロとわざと離れた場所に立ち、リムとベスが自分達に気付くのを待った。

「おや、お二人も散歩ですか」リムがやっと二人の姿を見付けて気軽に声を掛けてくる。


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