「やったな!ウソップ、撃ち返せ!」とすぐにルフィが怒鳴った。
と、言っても砲撃の準備など全然していなかったから、言われたウソップも慌てる。
「待て、いきなりそんな事を言われても」
「来るぞ、ルフィ!」とサンジがキッチンから怒鳴る。
「ゴムゴムの〜〜」と言いながらルフィが大きく膨らんだ。
「風船!」とパンパンに膨れ上がったところで二発目の砲弾がルフィの腹にめり込む。
「ふん!」と力一杯踏ん張ってルフィはその砲弾を弾き返した。

着弾した途端、島の港の砲台に白旗が上がった。
「なによ、向こうから喧嘩をし掛けてきて」とナミが口をへの字に曲げて
双眼鏡を覗きこむ。

「いきなり失礼な事をして申し訳ありませんでした、麦わらの船長」

小舟でゴーイングメリー号に近付いて来て、深深と頭を下げたのは、
25、6くらいの青年だった。栗色の髪で彫りが深く、この船の中では最も
サンジに近い人種と言えそうな顔立ちで、物腰も落ち着いている。
粗末な服を身につけているが、立ち居振舞いには下卑たところは見られない。

「船の修理は私達にお任せ下さい」
「長旅でお疲れのところをなんの前触れもなく攻撃し、船に損害を与えてしまった
御詫びにどうか、この島に滞在される間、私達にお世話させて下さいませんか」

「随分、ご親切だこと」とナミがその男にまるきり信用のない眼差しを向けて、
慇懃無礼にそう言った。

「海賊旗を見て、攻撃して来たんでしょ」
「それなのに、麦わらのルフィって判った途端、どうしてそんなに アタタカイ歓迎をして下さるのかしら?」と皮肉っぽく、それでも穏やかな口調でその男に
詰め寄った。

「私達が敵対しているのはある海賊の一味だけで・・・」と男は一瞬、口篭もる。
が、すぐに少し性急に明確な口調で、「外からやってくる海賊船全てに砲撃してるんじゃないんです。とにかく、このままだと船は沈みますよ」と続ける。
「陸の上の温かい温泉で体を温めてから、私どもの相談に乗って頂きたいのです」

「お前が温泉に行きたい、なんて言うから船がまた傷んだだろ!」と
傾いたゴーイングメリー号の中でウソップがナミに向かって不満をぶつける。
「この際だから壊れてない部分も修繕してもらえてラッキーじゃないの」とナミも
言い返す。「でも、相談に乗って欲しいって言ってたわ。なんなのかしら」と
ロビンはその疑問の答えをなんとなく、突っ立っていたサンジに求める様に腕を組んで
視線を向けた。
「用心棒がわりじゃないかな?自分達の手に負えない奴らから守って欲しいとか、撃退して欲しいとか」とサンジはまるで興味が無さそうな口調でそう言い、気だるげに煙草の先に火を着けた。
「報酬を貰えるのは有難いけど、私達のんびりしに来たのに」とナミがサンジの
意見に口を尖らせる。
「でもさ、ナミさん」とサンジはそんなナミの顔に向かってにっこりと笑いかけ、
「金は貰える、船は修理してもらえる」
「オマケに海軍の目を気にせずに海賊と喧嘩出来る。それが片付いたら、気の済むまで温泉で贅沢三昧だよ。悪い話しじゃないと思うけど」と言うと、
今度はルフィが口を尖らせた。
「俺は今すぐにでも温泉に入って美味エもんをたらふく食いてえ」
「やりたくもねえ喧嘩をしたって、楽しくねえよ」
そう言われて、皆、(確かにそうだな)と黙ったままで頷く。
「どっちにしても、港に着いてからの話しね」とナミは溜息をついた。

「なんだか、物々しい雰囲気だな」と港に船を止めて、様子を眺めたウソップが
怪訝な声を出した。ゴーイングメリー号の真横には砲台を搭載した船が既に停泊していて、その甲板には一目で「海賊」だと判る人相の悪い男がジロリとウソップを睨んだ。

(なんなんだよ、一体)とウソップは気圧されながらも、軽く睨み返す。
今は、ルフィもゾロも一緒に船に乗っている。喧嘩を吹っかけて来たらいつだって
買ってやる、と少々気が大きくなっていた。

「リム!」港へ先に着いていた、さっきの男を島の男が大声で呼ぶ。
「どうして、やつらの船がここにあるんだ」とリム、と呼ばれた男が小舟を慌てて降り、
自分の名前を呼んだ男に駆寄った。
「交渉しに来たとか。奴ら、おまえを待ってたんだ」それを聞いて、リムの顔に深い影が
出来たのを、ゴーイングメリー号から見下ろしていたロビンははっきりと見て取った。

(成り行きを見ないと)とロビンはじっと彼らの動向を伺う。
他の者も同様に舳先に集まってきた。

「麦わらの船長さんよお」と海賊船の方からギラギラと銀色に光る歯を剥き出しにした
大柄な男がルフィに向けて短銃を構えた。
「ここは、俺達の縄張りだ。口だしは無用、怪我したくなかったら消えな」

(バカ野郎だな、あいつ)とその銀歯の男の愚かな脅しにサンジは心底呆れる。
威嚇されて退く海賊などいる訳がない。圧倒的な力の差があればあるほど、意地になって歯向かい、死に物狂いで戦って自分の信念を貫くのが「誇り高き海賊」であり、
当たるか当たらないか判らない鉄砲や、砲台や手下の数を並べ立てた口先だけの口上で
海賊の指針を捻じ曲げる事など出来ない事くらい、自分が海賊だと言うのなら、
知っていて当然だ。そんなコケオドシがルフィに通用する訳がない。

「なんで俺がお前の言う事を聞かなきゃいけねえんだ」とルフィは飄々と
その男に言い返した。「そんな鉄砲じゃ俺は殺せねえんだぞ」
「あんたは殺せなくても、仲間の目ン玉をツブすくらいは出来るぜ」と言い様、
引き金を引く。銃声が雪がちらつく港に響いた。

男の指が引き金に掛るか、どうか、と言う瞬間、唐突に男の体ににょきりと女の滑らかな腕がどこからか生えて、その拳を引っ叩いた。

照準が狂う。ウソップの鼻先を狙っていたその銃弾はルフィの麦わら帽子のツバ先を
掠めた。

「あ!」その煽りでふわりと帽子がルフィの頭から浮く。
そして雪を舞わせる軽く、渦巻く様に吹いていた潮風にふわりとその帽子は攫われた。

「帽子が!」と慌てて手を伸ばすが、ルフィの手が伸びるよりも早く、身を切るような
風が一旦、ルフィをからかう様にその麦わら帽子を弄び、デタラメにフワフワと飛ぶ。
どんよりと曇った空からは雪がちらちらと降ってくる。そんな寒い海の上に
パサリとルフィの帽子は落ちた。

冬の風に泡立つ波が麦わらの帽子を飲みこもうと揺れている。
ロビンが腕を交差して帽子を取ろうとした時、港の方で水音が立った。
「リム!」と港に立つ男達が口々に叫ぶ。

「お前、いい奴だな」
ルフィは真冬だと言うのに、なんの躊躇いもなくルフィの麦わら帽子を取る為に
海に飛びこんだリムをすっかり信用した。
「ええ、良くそう言われます」とルフィの腕に引っ張り上げられ、麦わら帽子を
ルフィに差し出してガチガチと歯を鳴らしてブルブル震えながらリムは笑う。
「とにかく、陸に上がっていてください。船は修理しておきます」

ルフィ達はリムの仲間だと思われる男に案内されてその町にある立派な宿に
案内された。

「リムさんの用事が終るまで、どうぞ、ゆっくりなさってて下さい」
「食事もご用意も出来るだけの事はさせてもらいますので」とその案内の男も
とても腰が低く、親切だった。

「どう思う?」と宿に着くなり、ナミは眉をひそめる。
「立派だけど、手入れが行き届いてないと思う」とチョッパーが玄関の
大きなホールをぐるりと観回してまず、そう答えた。
「掃除も出来てないし、灯りもまばらにしか点けてないし」
「そんな事言ってるんじゃないわ」とナミはチョッパーの頭を小突いた。

「どうするのよ、ルフィ。あんな事で信用しちゃう気?」
「最初から狂言だったら?」とどこまでもナミは用心深い。

「あの海賊も仕込みだって言うのか?まさか」
「そこまで用意周到に準備できる時間なんか無かっただろ」とウソップは
自分の意見をナミに言い返す。
「ロビンとサンジ君はどう思う?」どうせ、ゾロに尋ねたところで、
ルフィの意見を聞くだけだ。だから、ナミはゾロを省いて、ロビンとサンジの
意見を尋ねた。

「俺はウソップと同じ意見だね」とサンジは答え、ロビンも
「そうね。私も狂言とは思わないけど、事情が判らないのに首を突っ込むのは」
「気が進まないわ」と答えた。

「どうなのよ、ルフィ」
「腹一杯食って、風呂に入ったら考える」とルフィはあっけらかんと言い、
そして、付け加える様に「でもあいつはいい奴だ。嘘のつけない目をしてる」
「海賊の匂いのする、いい奴だ」と明るくいってナミに真っ白な歯を見せて
ニっと笑った。

「でも、喧嘩の手助けをするか、しねえかは友達になれるかなれないかで
決める」「あ、そう」とナミは曖昧に返事をする。

リムがもう一度、自分達を訪ねて来るまで話しは保留、という事になった。
それまで、食事をとり、温泉だと言う大きな浴場でおのおの寛ぎ、時間をつぶす。

大きな庭の中に色々な趣向で様々な風呂があり、その一つ一つにはなみなみと湯が溢れ、部屋の中は掃除が行き届いていなくても、浴場の中は湯気が立ち昇り、
気温が低い分、湯に使った途端、鳥肌が立っていた肌には却ってその温もりが
心地良い。

「貸し切りだな」一人離れた場所でぼんやりと湯に浸かっていたサンジの側に
ゾロは体を沈めて話し掛けた。
「事情がサッパリわからねえから、あんまり暢気に騒ぐ気にはならねえ」と
サンジは目を瞑ったまま答える。

「少しは気を緩めろ」とゾロは白濁した湯を手で漉くって自分の顔をごしごしと
洗いつつ、さり気ない口調を装ってサンジにそう言った。
あまり、深刻ぶって気遣うと「余計なお世話だ」と反発してくるのは判っている。
けれど、大事に想う相手が傷つき、その心の痛手を抱えて眠れずにいるその理由を
知っていれば、どうにか出来る物ならどうにかしたいと思って当然だ。
何が出来るかなど、何も考えつかない。ただ、今はそんな想いを押しつける事無く、
あたり障りの無い態度を装おう事が最善のような気がした。

「気を張ってるつもりはねえ」とサンジは顎まで湯に浸かってそう呟く。
「夢を見ないぐらいに眠れたらいい。そう思ってるだけだ」
「逆上せるまで浸かってぐっすり寝る」

「そうか」とゾロも静かに答えてゆっくりと自分も体を湯の中に沈める。
お互い、素っ裸なのに不思議と性欲は少しも感じなかった。

「この島は海賊に狙われてるワケってなんだと思う?」とサンジは
目を閉じたままでゾロに尋ねて来た。
「お前はなんだと思う」と逆にゾロは聞き返す。

「すっげえお宝が眠ってるとか」と言ってサンジは眼を開けた。
「そう言う理由なら、首突っ込んでも面白エかなあ、って思った」と言って
少しだけ笑った。ゾロだけを見て、ゾロにだけ、笑って見せた。
(心配いらない、大丈夫だ)強がりではなく、サンジは素直にそう思っている。
ただ、相変らず口の方は素直にそんな言葉を言えずにいる。
ほのかに色づいた表情といつもと変わらない口調から、そんなサンジの本音をゾロは確かに汲み取った。

トップページ   次のページ