戦闘の最も激しい島には、逃げ遅れた人々が大勢いた。
ライ達の任務は、彼らを出来るだけ迅速に、出来るだけ多く助ける事。
「・・・そんな中心部にいる何百人もの人間を一気にどうやって助けるって言うんです」
ヒナからライに下った命令を聞いたとき、まず、タケがそう言って口を尖らせた。
「あちらと示し合わせて、一気に海岸まで走って貰うしかないでしょう」と
ライは答えた。
幸い、さほど大きな島ではない。大人の足で、15分ほど全力疾走すれば、
海岸までたどり着ける距離だ。
「彼らの人数と、その作戦を決行する時間を細かく打ち合わせ、
直接護衛する者、援護するもの、船を操舵して迅速に安全圏へ
脱出する船を操舵する者、と分担し、一気にカタをつけるしかないでしょうね」
その作戦にあたって、ライ達は細かな情報を出来る限りたくさん集めた。
何人かが、敵に潜入したのは、いうまでもない。
(護衛している人達が、攻撃を受けた時、撃ち返せば、戦闘行為になるし、
援護射撃にしても、戦闘行為だ。でも、この任務をやり遂げるにはどうしたって
武器を取るしかない)
ライ達は戦闘行為をしてはならない、と決められた部隊なのに、相反してそんな命令が下った、と言う事は(きっと、上でゴタゴタしてるんだろう)とライはそう思ったが、
拒否する権利など自分達にはない。与えられた命令を速やかに行動にうつすだけだ。
追い駆けられる事のないように、あらかじめ砦の中の武装した船は操舵不可能に
細工をし、いよいよ作戦決行の夜を迎えた。
総勢、180人と言う民間人を迅速に何隻かの船に乗せて、最大船速でその島を離れる。
追手は掛からないはずだった。
護衛する為に島に上陸していた何人かの部下達は、自分たちが逃がすべき民間人を
全て船に乗せた後、海上から援護していた海軍の船に乗って、その後を追う事になっていた。
「ミルクさん、・・・船が・・・武装したガレオン船が!」
民間人を乗せた数隻の船、その最後尾の船にライは乗っていて、見張りの部下の声に
慌てて双眼鏡を覗く。
(あんな船、なかった筈だ)
船足も、攻撃力も段違いの戦艦の突然の出現にライは血の気が引いた。
隠していたのか、それとも、援軍としてどこからかやってきたかのか、ライには
分からない。
だが、その船は船首と砲台を真っ暗な夜の中、波を切って逃げるライ達の船団へと
向けていて、そのマストには今、戦っている敵の印を高々と上げている。
〈追いつかれたら終わりだ〉
島を脱出して、海軍の庇護に縋った民間人を、彼らは「裏切り者」として皆殺しにする。
そんな例を、この戦争で何度もライは聞いていた。
戦う相手も、裏切り者も、その命を奪うまで決して許さない。
今、戦っている相手はそんな相手なのだ。
援護していた、船がライのすぐ側までこぎ寄せてきた。
「ミルクさん!俺達があの船を引き受けます!」そう怒鳴ったのは、腰にサーベルを
挿した、ジャンだった。
「無理だ、その船の装備じゃ適いっこない!」
「このまま逃げてもいずれ、追いつかれます!」
ライにそう怒鳴り返してきたのは、17歳のトレノだった。
その船には、10人のライの部下が乗っている。
誰も彼も皆、天涯孤独の身の上の者達ばかりだ。
ライの側だけが、彼らの唯一の居場所で、どこへも行くところがない者達ばかりだった。
(・・・馬鹿な)
トレノはニッコリと笑って、自分の後ろにあるいくつかの樽を指差した。
その樽には、火薬を意味する文字が書かれてある。
「ダメだ、そんな事!絶対に許さない!上官命令だ、全速力で逃げる事を考えろ!」
ライは喉の粘膜が千切れそうになるくらい、必死に叫んだ。
「ミルクさんをここで死なせたくないんです!」
誰よりも大音響の響く声は、トニオの声だった。
「あんたの側にはきっと、これからも俺達みたいな、行き場所のない奴が
いっぱい集まってくる!」
「あんたは、無口で無愛想だけど、俺達の居場所を作ってくれた人だ!」
「だから、これからも生きて、海賊に泣かされる人が誰もいなくなる日が来るまで」
「戦い抜いて欲しいんだ!」
今から、自ら命を絶つ人間とはとても思えない、穏やかな表情を浮かべ、
その船に残るライの部下、10人は甲板から、敬礼をしてみせた。
ライも敬礼を返す。それに倣い、隣を走る船の上の者達も、護衛船の仲間へ向かって
敬礼を送る。
涙を流す暇はない。
一刻も早く、命がけで助け出した180人の人々を安全な島へと送り届けなければ、彼らの犠牲は無駄になってしまう。
彼らは、ガレオン船をひきつけるだけひきつけて、船ごと体当たりした。
体当たりされただけでは到底上がらない火柱が、そしてその衝撃で水柱があがる。
耳を劈く大音響が海を揺るがせた。
その結果が、「部下を見捨てて敵前逃亡をした」と言う嫌疑だった。
戻る ★ つぎへ ★