ライは、サンジに10人の男の話を話しただけだ。
それも、背を向けたまま。そして、その話の全ては何もかもが過去形だった。

声を上げて泣く場所どころか、涙を流す場所さえライにはない。
サンジのいるこの海と、サンジが呼吸するこの空気の中にいて、
サンジに包まれているかのように自分に言い聞かせ、そんな中でライは、
自分の悲しみを見据えようとしていた。

人知れず、失った部下達の面影を想い、一人きりで誰もいない場所で
涙を流せば、いくらか心は救われるかも知れない。
ライはきっとそう思ったから、ここへ来たのだ、とサンジは思った。
(だから、ここに来たんだろう?一人で泣く為だけに、お前はここに来たのか)

何も欲がらないライが、((本当の僕は欲張りだから)と言う癖に、
サンジの労わりも優しさも欲しがらないライの無欲さが無性にサンジは悲しい。

愛してくれている、と分かっているのにサンジはライに、何も返せない。
何を望んでも、何一つ応えられないのに、抱き締めてやるのは残酷な事なのかも
知れない。

手袋を外した手を伸ばして、慰めて欲しいと一言言えば、それくらいは叶えてやれるのに、ライはそれすらもしなかった。

サンジの温もりに甘える事も、縋る事もしない不器用なライが痛々しくて、
手を差し伸べずにはいられない。
労わってやらねば、優しくしてやらねば、いつまでも、ライの心は救われないだろう。

死んでいった部下達を忘れるのではなく、悲しいのなら思う存分、悲しいのだと
思いのたけを全て、ぶつけて欲しい。
それが出来るのは、オールブルーの海や風ではなく、サンジの声であり、
サンジの温もりだけの筈だ。


「ライ、・・・」サンジは言葉を選びながら、一歩づつ、ライに近づく。
「皆、お前の家族だったんだな」

「・・・分かりません。家族なんて持った事ないから・・・」
ライの声は、心細げに降り続く雨の湿気を吸い込んだように少しだけ湿り気を帯び、
震えている。

「良く、帰って来てくれた」
無欲な、何の罪も穢れもないライの魂を、何故、こんなに苛むのだろう。
今更神など信じないが、それでも、サンジは
(もう、これ以上、こいつを悲しい目に合わせないでやってくれ)と
恨み言と願いを、ライの代わりに言ってやりたくなる。

せめて、今は夏の名残の雨がもう、ライの体を冷やさないようにと、そっと
自分の上着を、濡れるがままに任せていたライの体に掛けてやる。

「・・・くっ・・・・」
ライが嗚咽を漏らす声が、雨の音に混ざった。

やっと、ライがサンジへと顔を向ける。
雨に濡れた頬を、雨粒よりももっと大きなしずくが伝って流れ落ちた。

「・・・サンジさん、僕はホントは・・・」
「見も知らない人よりも、・・・・ジャンや・・・・・トレノを・・・・」
「助けたかったんですっ・・・・」

搾り出すような声でそう言って、ライは嗚咽を殺すように、自分の口を掌で覆った。
抱き締めても、抱き返す事すら知らないように、ライはサンジの胸の中で泣いた。

「・・・もう、取り返しがつかない・・・」
「・・・僕は彼らを見殺しにした・・・・っ」
「僕は・・・彼らの為に何も出来なかっ・・・」

声を詰まらせ、ライはやっとサンジの腕の中に、心の中にあるものを溢れさせる。
それはあまりにも悲しくて、切なくて、受け止めきれずにサンジの心の中に
染み込んでくる。

悲しみも、切なさも、辛さも、自分のことのように感じた。
同じ感情を共有すると言う意味での、切ないくらいの同情心が込み上げてくる。

孤独なライがやっと、得た大切な家族,仲間。
それを見捨てなければならなかった辛さが、痛いくらいサンジも感じる。

きっと、金魚花火をこの入り江に浮かべて一人で見つめるたび、
ライの脳裏には、何度も何度も、ライが名前を覚えて忘れない部下だった男達の
面影を思い出していたのだろう。

どれだけ涙を流して、どれだけ後悔すれば、ライの悲しみは薄れるのか、
今は何も分からない。

だが、まだ夏の匂いが消え残る雨の中、サンジは、最後に残った二つの金魚花火を水面に放った。

その光の中に、サンジには聞こえなくても、
きっと、ライのかけがえのない仲間だった男達の声は、その心に届くことをサンジは
願った。

(皆、お前に生きて欲しかったんだ)

最後の金魚花火の光に目を細めた、ライの横顔を見つめてサンジは心の中で
そう話しかけた。

(終わり)

最後まで読んでくださって、有難うございました。
タイトルを見て頂くとおわかりになると思いますが、まんま「金魚花火」と言う曲を
モチーフにしました。

最初に聞いたとき、これはライの曲だな〜と思って、その情景だけが
浮かんだんですが、それをもっと効果的にするために、肉付けしました。

それと、私なりに・・・・・自衛隊のイラク派遣ってどうよ?と言う気持ちも
混ざってます。