「医者の意地」



その島は、「正義」という一方的な自己主張で平然と殺戮が行われている場所だった.


どんな理由であれ、人の命を奪うのに掲げる言葉ではない.
だが、そこを統括する組織の人間はすべて「正義」を主張した着衣を身につけている。

海賊の墓場。

ログが示すとおりに行けばそこにたどり着いてしまう.

その島を飛ばし、次の島へ行くには 一月以上かかる。
ゴーイングメリー号は、そこまではとてももたないと思われる病人を積んでいた.

話は3日前に遡る.


海が荒れている日だった。

晴天なのに、風が激しく、波が高くうねる。
航海するには 余りにも天候が悪く、その海域にある島に緊急的に寄港した。

その島は、リトルガーデンにそっくりだった。



「「狩り勝負だ!!」」



あの時、曖昧のままだった勝負の決着をつけようとゾロとサンジは
その島に上陸し、悪天候の中 密林の中で獣を追っていた。

亜熱帯の気候で、暑かったのだろう.
サンジは、ナミがケスチアに感染した経緯など 知らなかった。

腕まくりをし、シャツのボタンを3つ、外していた。
そして、例の「ケスチア」を媒介する ダニに刺されたのだった。


「船は出せねえけど、肉をしこたま食わせてやるぜ」
サンジはルフィにそう言って、狩り勝負で捕まえてきた獣の中でも
特に脂が乗っていて 美味そうな物をよって 夕食の準備をし始めた。

ルフィは、何時もの様にその周りに纏わりついていた。

(なんだ・・・・?体がクソだりい・・・・)
作業の途中で、サンジは今まで 感じた事のない 倦怠感を感じていた。

肉の下準備をし終わったころ、今度は頭が割れるように痛み出した。

それでも、ルフィの相手をしながら 手を休めることなく 仕事を続ける。

メインの準備に続いて、スープの仕上げにかかった時には、全身に悪寒を感じた。
体調の激変にサンジの口数が少なくなっていく.

「サンジ、肉〜〜。」
「・・・・ああ、・・・・もうすぐ できっから・・・・。」

後は、メインの肉をオーブンに入れ、後は盛りつけるだけ、となったとき、
とても立っていられなくなった。

「・・・ルフィ、悪イが オーブンのベルがなったら 起してくれ.」
といって、ラウンジの椅子に横になった。

瞼がはれぼったく感じて、眼を閉じる。
寒くて堪らない。頭もガンガンと鼓動とリンクするように
痛む。体中の関節にも骨ごと痛むような疼痛を感じていた。.

「・・・サンジ?」
料理の最中に 急に横になったサンジに ルフィは違和感を覚えて
その顔を覗き込んだ。

その時には、呼吸も乱れていて、既に意識は朦朧とし始めていた。

呼びかけても 答えないサンジの異様な様子に ルフィは、サンジの額に手を当てた.

「あっち!!」
ゴムの手で感じたサンジの体温は 信じられないほど熱かった。

ルフィは、大声でチョッパーを呼んだ。

その取り乱した声を聞いて チョッパーはすぐにラウンジに入ってきた.

サンジの体温を測ると 40度。
くまなく体を調べて、ダニに刺された跡を見つけた。

(・・・ケスチアだ。)チョッパーの顔色が変わる。

「・・・肉が焼ける・・・・。.」サンジが頭を持ち上げる。
「俺が病気に・・・・。」ふらふらとおきあがった時、オーブンのベルが鳴った。

サンジの顔はまっかに紅潮し、瞳に水分がたまり、肩で息をして
紛れもなく、高熱を発していることが一目瞭然だった。

「・・・かかるわけねえだろ。」サンジは、ゆっくりと立ち上がろうとしたがすでに足に力が入らない。

「ダメだよ、動いちゃ!!すぐに薬を・・・。」
チョッパーは サンジを抱き上げた。

「・・・肉が焦げちまう・・・。」うわ言のように呟くサンジに、チョッパーは
「大丈夫、ルフィがオーブンからちゃんと出してたよ.」とおだやかに囁いて、安心させる。

本人は そこで意識を失ったという事は自覚していなかっただろう。

チョッパーはすぐに解熱剤を投与したが、ケスチアに有効な抗生剤が手元にはない.

ドラムでは、たまたまくれはが持っていただけで、チョッパーは
その処方箋は持っているが現物がないのだ。

解熱剤で熱を下げてしまえば、サンジの体の負担は少なくなるが、
熱で細菌を殺そうとする体の自衛作用を薬で押さえてしまうと
細菌はどんどん 増殖していく。
結果的には、その細菌が骨髄や、脳、心筋などへの侵入を許してしまうことになる。
そうなると、まず、助からない。

40度から38度まで熱を下げ、そのままの状態を保ち、一刻も早く
抗生剤を投与しなければ それこそ くれはのいうとおり
5日でサンジは死亡する。

解熱剤とその抗生剤を併用してこそ、ケスチアには有効な治療法だといえるのだ。

「ナミ、この近くに人が住んでいる島はない?」
抗生剤を作る設備があるかどうか判らないが、合成する薬品はどこでも手に入る
一般的なものだ。

「あるにはあるわ。」
だが、前出した例の海賊には 危険過ぎる島なのだ。

「よし、行くぞ.」
ルフィには、全く迷いなどなかった。
当然のように、その島へ進路を取るように ナミに指示する。

ナミの部屋に寝かされたサンジは、ここがナミの部屋で、ナミのベッドで
寝かされていることさえ わからないほど 熱で朦朧としていた。

怪我で安静を強いられる事は数え切れないほどあったが、
病気になるのは この船に乗って以来 初めての事だった。

サンジは、もともと体温が人よりも 低い。
38度から39度の熱は サンジにとっては40度の熱に等しかった。

それだけ高い熱を出した事のあるナミが一番心配そうで、
自分の部屋だという事もあり、ずっとサンジの側についていた。

「あんた、サンジ君の側にいなくていいの?」
進路を見に来たついでに 船首で水平線を睨み付けるように眺めていた
ゾロにナミが声をかけた。

「俺が側にいたからってあいつの熱が下がるわけじゃねえだろ。」
ゾロが苛立った声で答える。

「そうだけど・・・。目が覚めた時、誰かがいるのといないのとじゃ全然
気持ちが違うわよ.」
自分が病気の時、心配したクルー達が女部屋で集まって眠っていた事を
ナミは思い出す。

体は辛かったけれど、心強かった。

「あいつが、そんなタマかよ。」ゾロは憮然といい返す。
「あら、病気の時って気弱になるものよ。まして、はじめてかかった病気で
あれだけの熱を出してれば いくらサンジ君でも心細いんじゃない?」

まして、命の危険さえある病気なのだ。
それは、ナミは口には出さないが。

「・・・だったら、お前が側にいりゃいいだろ.」ゾロは再び水平線に視線を移した。
一刻も早く、島陰が見たいのだ。

サンジが倒れてからすでに 3日経っている。
チョッパーの診断結果は 皆に隠す事も 誤魔化す事もなく 報告されるが
芳しいものではない。

「・・・あんなに苦しそうな顔見るのが 辛いんだよ.」

ゾロは、本音を漏らした。

サンジが怪我で死にかけている姿を何度も見てきた。
それでも、そこには「生きよう」というサンジの強烈な生命力がその体から
わきあがってくるように感じられて、どんなに血みどろでも目を逸らさずに 見つめていられた。

だが、その生命力そのものを細菌で脅かされ、どんどん弱っていく姿を直視できないのだ。

「俺が側にいても何もしてやれねえし、あいつだって、俺が側にいりゃ
変な強がりをいうに決まってるし・・・。」
思い掛けない ゾロの弱気な言葉にナミの方が面食らった。

そして、自分が思っている以上に ゾロがサンジのことを大切に思っているかを
今更ながらに悟る。
「ふ〜ん。以外ね。あんたがそんな弱気な事を言うなんて。」
とナミは思ったままを口にした。

「・・・特別なんだよ、あの野郎は」
ゾロはそう言って 口を閉ざした。

仲間の誰であろうと、もしも 命を落とすような事があれば かなりの衝撃を受けるだろう事は予想できる。

だが、ゾロにとってサンジは、何時いなくなるか わからない不安に常に 捕らわれている特別な存在だった。

命を落とす、ということもあるし、明日にでも サンジの探しているオールブルーが
見つかれば それで 自分たちの道は別れる。
鷹の目を倒す瞬間をサンジに見せたいという野望もそこで断ち切られてしまうのだ。

ゾロにそんな不安を抱かせる人間は サンジだけなのだ。

「・・・大丈夫よ.あんたがそんなに気弱にならなくても、」
気休めを言うつもりはない。ナミは自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「サンジ君は、並の人間じゃないわ。内臓がぐちゃぐちゃでも平気で
料理を作れる人よ。あんな病気ぐらいで どうにかなるようなヤワな体してないわよ.」

ナミの言葉にゾロは仄かに 笑みを浮かべ
「そうだったな。」と頷いた。


その5時間後。
ようやく、例の島に着いた。

事態が事態だけに、ウソップも今回は 
「島に上陸したくない病」などふざけた事は言わない.。

船に残るのは、ナミ、ウソップ、ルフィ。
何かあった時にすぐに 船を出せる準備をと問えておく必要があるからだ。
ルフィは、いわば 護衛役として、船に残る。

何故、サンジを船に残すと決定しないのか、それには理由があった。
今、安静にしておかないと 命に関わる状態を圧して 島に上陸する訳は、
この島には れっきとした 大きな病院があることがわかったからだ。

港に着岸した途端、ゴーイングメリー号は 賞金稼ぎの襲来を受けた。

ゾロ一人が彼らの相手をし、やすやすと退けたが、そのうちの一人から
ナミが情報を聞き出したのだ。

「この島には 病院はない?」
ゾロに刀を首筋に当てられ、その賞金稼ぎはすくみ上がりながら
ナミの問いに答える。

「ここから東へ まる一日歩いたら、大きな町がある。そこの病院が
海軍から薬の支給を受けているし、海軍から派遣された医師もいる。」

「まる一日だと・・・?」ゾロとナミが顔を見合わせた。


チョッパーは、二人の話しを聞いて決断を迫られた。

船で治療するか、その病院へ連れていくか。

船で待機させて、自分が薬を取りに行くと、
その間にもしも 容態が急変した時に対処できない。

かといって、連れていくとその道中で 病状が悪化する可能性は否めない。

即断できなくて、チョッパーはサンジの体をもう一度 詳しく 診断してみる事にした。

「・・・島に着いたのか・・・?」
上着を寛げて、聴診器を胸に当てているチョッパーにサンジは 乱れた息の下から
言葉をかけた。

「うん。サンジ、何処か痛い所はある?」
正直に痛みや不快感を伝えてくれない患者ほどわかりにくいものはない。
サンジはその典型だった。

「・・・ない。」
そんなはずはない。頭も、からだの節節も痛んでいるはずだ。

「胸とか、痛くない?」
チョッパーが一番心配しているのは、本来 上がるだけ上がった熱が
細菌を殺すのだが、それを押さえているため その菌が心臓や髄膜に侵入する事だった。

サンジは首を振る。
そして、にこりと笑顔を見せた。

「そんなに大騒ぎしなくても、起きれるんだぜ?おまえの顔を立てて寝こんでやってんだよ.」と悪態をついた。

さすがにチョッパーも苦笑を漏らした。
「じゃあ、ここがナミの部屋だって事もわかってるんだね?」

「え・・・。格納庫じゃねえのか」
男部屋は全員 ハンモックなので 重傷で寝こむ時はいつも 
格納庫に急ごしらえのベッドが設えられる事になっていた。

サンジは、てっきりそこで寝かされているものだと思っていたらしい。
「じゃあ、ナミさんは何処で寝てたんだ?」

「ラウンジだよ.」
「何い!!」
いきなり起きあがったが、激しい眩暈を起して、サンジは 布団の上にばたりと倒れた。

「どうでもいい事でそんなに急に動いちゃダメだよ.」と
チョッパーはサンジを嗜める。

(どうしよう・・・。連れていこうか、ここで待たせるか・・・。)
その決断を間違うと取り返しのつかない事になる.
ケスチアは "5日病"という別名がある。
サンジが発熱してから 3日経っているのだ。

(往復でまる2日・・・。むこうで薬を調合する時間を取られたら
間に合わない。)

チョッパーは 決断した。
サンジの体力と自分の診断を信じる事にする。

「サンジ。病院、ちょっと遠いけど 連れていくよ。」
ほんの少し 話しただけでもう 疲れたのか、サンジは 声を出さず、
チョッパーの言葉に黙って頷いた。

「じゃあ、ゾロ。チョッパー.頼んだぞ.」
ルフィは、2人を しっかりとした声で送り出した。

この島が 海賊にとって 危険な島である以上、船長が船を離れるわけには行かない事は
充分に理解している。
だから、今回 この人選はルフィ自身が決めた事だった。

出来れば、自分もナミの時と同様、一緒に行きたいが それは出来ない。
だが、ゾロとチョッパーを信頼している事も事実だ.
この二人に任せていれば、必ず サンジは助かる、と確信できる。

だからこそ、迷いのない声で送り出せたのだ。


チョッパーは、獣型に変身した姿でチョッパーはサンジを背負った。
ゾロは 2人の護衛役なので、いつでも 刀を振るえるように
体を開けておく必要がある。

ゾロは、必要最小限の医療道具と食料を背負い、チョッパーの後に続いた。

全速力で走って行きたいところだが、以前 ドラムでサンジ自身が
懸念したとおり、チョッパーの体にかかる振動は全て サンジにも響く。

今のサンジの状態は、あの時のナミと殆ど変わらず、
激しい衝撃を受け続けると 衰弱した体に 懸かる負担は計り知れない。

だから、チョッパーは なるべく 早く歩いていた。
気ばかりせいているけれど、どうしようもない。

ゾロもそれは十分承知していた。
だが、自然足を運ぶ速度が速まり、チョッパーを追い越して先に立ってしまうことが
度々あった。

2時間歩いては、一度サンジを休ませる。

意識は殆どない、と言っていい。
眠っているのか、辛くて話す気力がないのかさえ わからない。

「おい、起きてるのか」とゾロが頬を突付く。
いつも 触れている温度とは 驚くほどかけ離れている熱さに 驚きを隠せなかった。


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