「・・・大丈夫か」と思わず、らしくない労わりの言葉が口をついて出る。
サンジは重たそうに瞼を持ち上げた。
「・・・水。」
サンジは ぶっきらぼうにそれだけ言うと また 眼を閉じた。
ゾロは、サンジの背中に手を回し、ゆっくりと起き上がらせて
水筒の口をサンジの唇に押し当てて 水を注ぎこんだ。
サンジは ほんの一口 水を口に含む。
チョッパーは、その様子をじっと見ていた。
(さすがに病気の時は 優しいんだ.)と妙に感心する。
熱を測ると39度8分。
解熱剤を最小限しか投与していないのだから、下がるはずがないのだ。
チョッパーは、判ってはいるものの ひそかに溜息をついた。
何度かの休憩を挟んで、翌日の早朝にその町に着いた。
朝もやに煙るその町の建造物は殆どが石造りで 地面は丁寧に全て石畳で覆われていて、
古めかしい都市だという 印象を受ける。
窓辺やバルコニー、歩道の隅に 花が植えられ、華やかな観光都市のように見え、
この島全体が 賞金稼ぎの巣だということを 一瞬忘れさせるほど
のどかな雰囲気を漂わせていた。
「油断するなよ、チョッパー」
賞金稼ぎとして生きてきた経歴のあるゾロは、その隠された殺気を
敏感に感じ取る。
「え・・・。」
ゾロの言葉にチョッパーは不思議そうな表情を浮かべて振りかえった。
「この町が危険だって言うのか、ゾロ」
チョッパーは やはり、気がついていなかったようだ.
海賊になってまだ日が浅いし、喧嘩慣れしていない。
無理もないことだった。
「この島全体が 俺達海賊の首を狙ってるんだってナミも言ってたろ.」
ゾロは周りに注意を払った。
(5・・・・6。。・・7・・10人、少し超えるくらいだな.)
物陰から 自分達を伺うような気配を見せている相手の数をゾロは
読み取った。
「チョッパー、手を出すなよ.」
「俺が刀を抜いたら、その角を曲がったところで待ってろ。」
「わかった」
口早に言うゾロの言葉にチョッパーは素直に頷いた。
物陰の刺客の気配が殺気に変わる。
瞬間、ゾロが刀を抜いた。
それを合図にチョッパーが走り出す。
「三刀流・・・・?・・・・ロロノア・ゾロだ!!」
賞金稼ぎの一人が 刀を3振り、いつもどおりに構えたゾロの姿を見て
驚愕の声を上げた。
「やめろ、あのトナカイを狙え!!」
リーダー格なのだろうか、ゾロの事を知っていた男が 他の男達に指示を飛ばした。
そして、それが彼の最期の言葉となる。
血飛沫を上げて倒れこむその男の体の横を摺りぬけ、ゾロは他の男達が
武器を構える隙さえ与えず、目にも止まらない早さで 急所を確実に狙い
滑らかな動きであっさりと彼らの命を 絶ち切っていく。
チョッパーは、サンジを背負ったまま、ゾロが言った角を通りすぎていた。
何故なら、そこには既に数人の賞金稼ぎが待ち構えていたのだ。
もちろん、チョッパーも 人型なり、ランブルボールを含み、パワータイプに変身すれば
応戦できた。
だが、サンジの体に衝撃という負荷がかかるのだ。
ゾロが来る ほんの数分持ちこたえればいい、と思って 一人を
後ろ足で蹴り飛ばしたが、却ってそれが 相手を煽った。
「コックを引き摺り下ろせ!!」
鮮やかな金髪とゾロといっしょに行動しているという事実から
賞金稼ぎ達は即座に 麦わらの一味のコックだと察したらしい。
ゾロには劣るが、サンジもかなり 高額な賞金首だ。
しかも、今なら殆ど 抵抗されずに捕まえる事が出来る.
「やめろ、こんにゃろう!!」
チョッパーはひと型に変形し、サンジを背負い直し、襲いかかってきた
賞金稼ぎを殴り飛ばす。
サンジは、その衝撃でうっすらと意識を取り戻した。
「バ・化け物オ!!」
「バカ、あいつは 悪魔の実の能力者なだけだ!!」
男がチョッパーにピストルの銃口を向ける。
チョッパーが一瞬、その銃口を怖れ、棒立ちになった時、
背中のサンジが 急に重たくなったように感じた。
チョッパーの肩に置いていた手に力をこめ、サンジはチョッパーの頭の上で
体を回転させ、目の前の男の手に握られた銃を 振り下ろした踵で
地面に叩きつけた。
すぐさま着地し、叩き落されたピストルを躊躇いなく 踵落としで破壊し、
そのまま動きを止めず、相手の場所も確認せず、だが
間違いない距離を詰めて 振り向きざまに 相手の腰を砕く
回し蹴りを炸裂させた。
男達がすっ飛んでいき、壁に激突し、動かなくなる。
それを確認すると、サンジは急に脱力し、地面に手をついた。
激しく 肩が上下している。
「サンジ!!」
チョッパーは サンジを抱き起こす。
息が乱れて、呼吸が困難な状況に陥っている。
「どうして、そんな無茶するんだよ!!」とチョッパーは
泣き声交じりでサンジを叱った。
だが、おそらく目の前の殺気を感じて、頭よりも体が先に動いただけだったのだろう
サンジは、何も答えず、ただ 荒い呼吸を繰り返しているだけだった。
「おい、大丈夫か」
1組目の刺客を倒し、ゾロがかけつけた。
「急ごう、ゾロ!」
サンジが無意識に胸を押さえている。
呼吸が尋常でないし、もう 一刻の猶予もない.、とチョッパーは思った。
2人は 病院を目指して、もう 全速力で走り出した。
大通りらしい、石畳の広い道を 病院への標識を辿って ひたすら走る。
中央広場へ差し掛かろうとした時だった。
ここを抜ければ 病院はもう 目の前だ。
(あっ)
声を上げる暇さえなかった。
石畳が突然 チョッパーの足を飲みこむように 崩れたのだ。
崩れた石と一緒に、チョッパーとサンジは深い穴へと落下する。
「ガードポイント!!(毛皮強化)」
ランブルボールを飲んでいないのに、必死だったせいか チョッパーは
本来 3段変形しか出来ないタイプとは違う姿に変身した。
ボソンっという音がして、ふかふかの毛皮の上にサンジが落ちてきた。
5メートルほど落ちたらしく、見上げるとすでに そこは塞がれていて、
全くの暗闇になっていた。
(・・・・どういう仕掛けなんだろう?)とふと疑問に思ったが
今はそんなことを考えている暇はない.
なんとか ここを脱出しないと 手遅れになってしまう。
暗闇の中、チョッパーはサンジを背負ったまま 必死で目を凝らした。
前方にかがり火が見えた。
その数は、目に見えて増えていく。
(・・・・追っ手だ)チョッパーは 20個以上あるその光の点を見つめて、
血の気が引く思いがした。
サンジを庇いながら、20人の賞金稼ぎを相手に出来るだろうか。
だが。
ここで自分が 負けるような事があれば 自分は勿論 サンジも助からない。
絶対に、負けられない。
「・・・チョッパー.」背中のサンジが呻くように 声をかけてきた。
「何?」
「あいつら、まだ俺達の位置に気が付いてねえ。地面に体を低くして
引きつけろ.」
経験に裏打ちされた サンジの戦略に否やない.。
その指示に従い、チョッパーは 暗闇に身を潜ませた。
武装しているのか、金属の擦れ合う音がして、戦闘意欲まんまん、といった風情の
気配を放ちながら 賞金稼ぎ達は二人に近づいてくる。
チョッパーの心臓は早鐘を打つ様に 高鳴っている。
緊張で 掌にじっとりと汗をかいている。
当然、チョッパーは自分一人で闘うつもりでいる.
サンジは動きたくても 動けないはずだと思っていた。
だから、サンジには なんの注意もしなかったのだ。
「俺一人で闘えるから、動いてはいけない.」と声をかけることさえ
迫り来る 追っ手に対峙する事に全ての神経が集中していたため
すっかり忘れていた。
「ここいら あたりに落ちたはずだ」
「油断するなよ。悪魔の実の能力者と病気だと言っても赫足だ」
「な〜に。ロロノアと引き離せば 簡単さ.。死にかけとぬいぐるみだろ.」
賞金稼ぎ達の雑談がはっきりと耳に入るまでの距離に近づいて来た。
チョッパーの毛皮は茶色。
サンジのスーツは黒。
「・・・まだ、飛び出すんじゃねえぞ.」
サンジが低い声で 荒い息を押さえながら チョッパーに囁いた。
長い間 暗闇にいたせいで 賞金稼ぎ達よりも 二人の方が 視界が効いた。
身を低くしたチョッパーの鼻先に 先頭を歩いてきた男の靴が通り過ぎ様としていた。
「・・・今だっ!!」耳元でサンジが怒鳴った。
チョッパーは、まず、目の前の男の足を鷲掴みにし、思いきり高く振り上げ
頭上で数回 振りまわし 後ろの男達の方へと投げ飛ばす。
「よ〜し、いいぞ、チョッパー!」
サンジは、思わず 声を上げた。
チョッパーのその先制攻撃は、後に続く男達の隊列を大きく切り崩した。
だが、相手は数知れない 海賊達を闇に葬った猛者達である。
すぐに体制を整え、おのおのの武器で攻撃をしかけてきた。
チョッパーは、遮二無二拳を振りまわし、その最中に ランブルボールを
口に放りこんだ。
一撃必殺の「腕力強化(アームポイント)!」に切り替え、
その固い蹄で 相手の急所を殴り飛ばしていく。
「おい、どけ!!」
賞金稼ぎの一人であろう、若い男の声が響き、チョッパーに群がっていた
賞金稼ぎ達が一斉に 飛びずさった。
「死ね、化け物!!」
銃口をチョッパーに向け、照準をあわせてその男の指が引き金を引く。
だが、その銃弾は軌道を逸らされた。
闇の中、何時の間にか その男の側まで音もなく駆寄っていたサンジが
下から上へ その銃を蹴り飛ばしたのだ。
「サ・・」チョッパーは思わず 声を上げそうになったが
言葉が出てこなかった。
サンジは、チョッパーが一人で暴れている間、銃を持っている人間を
じっと 暗闇の中から 判別していたのだ。
そして、澱みない動きで 銃を持っている男だけを狙い、
次々に銃を蹴り飛ばしていく。
サンジに手首ごと蹴られた男達は 悶絶して倒れこんでいった。
男達が持っているかがり火の殆どが消える。
チョッパーは、サンジを脇に抱えると 全速力で 男達がやってきた方向に
走り出した。
サンジにかかる負荷がどうの、などとは言っていられない。
チョッパーに抱えられても、サンジはなんの抵抗も見せない。
必死で走ってみても、入り組んだ迷路のようになっていて、どちらへ行けば
出口があるのか 皆目見当がつかないのだ.
自慢の鼻を頼りに 風の吹いてくる方へと必死で走った。
チョッパーは追っ手の気配が感じられないほどの場所にきた事を確認して、
サンジを一旦 地面に降ろした。
暗くて、息がかかるほど近くに顔を寄せないと 容態がわからないが、
何も言葉を話すことなく、ぐったりと地面に横たわった様子で
容態が更に 悪化した事をチョッパーは診て取った。
「サンジ・・・。サンジ・・・聞こえるか?」
チョッパーは ひと型のまま 指でサンジの頬を突付いた。
「・・・ああ、大丈夫。起きてるぜ。」
消え入りそうな声だが、確かに意識があることを チョッパーに伝えてきた。
「どうしてあんな無茶するのさ。」
「・・・どうしてって・・・ああするのが 普通・・・ああ。」
サンジの言葉は途中で途切れた。
「どうしたんだ??」チョッパーは思わず サンジを抱き上げた.
「・・・・胸が・・・・クソいてえ・・・.さっきまでなんともなかったのに・・・。」
サンジは右手で自分の胸を押さえて、肩で息をしていた。
恐らく 体温は40度をゆうに越えているだろう。
(・・・心筋炎か・・?)チョッパーは背中に冷水を浴びせられたような
気がした。
一番 怖れていた事だ。
「何があっても、もう 絶対動いちゃダメだよ.」
サンジは、これ以上ないほど真剣な声音を出すチョッパーの言葉に素直に頷いた。
「・・・チョッパー、来たぜ.」
サンジは、重態の身ながら、チョッパーにはわからない 追っ手の殺気を
闇の中から嗅ぎ取ったのだ。
チョッパーも、その言葉に鼻を蠢かした.
かがり火が闇の中に浮かび上がり、二人が潜む場所へと 迫ってきた。
遮二無二逃げても、出口がわからない。
そして、逃げまわっている間にサンジの病状は刻一刻と悪化していく。.
目の前の敵を倒すのが 一番の早道だと思われた。
チョッパーは、再び 二つ目のランブルボールを口に入れる。
「頭脳強化(ブレーンポイント)!」
暗闇。
種種雑多な武器。
かがり火
多勢に無勢。
チョッパーは 大声を出した。
「ゾロ!!あいつらが来たよ!!」
「ゾロ!!あそこだよ!!」
その声に 追っ手の足が止まった事をかがり火の動きで知る。
チョッパーは、暗闇の中、「角強化(ホーンポイント)!」に変形し、
今度は、自分から斬り込んでいった。
ゾロの存在を誇示することで、賞金稼ぎ達の戦闘意欲をそぎ、
暗闇に乗じて、相手を切り崩す作戦だ。
それだけではない。
「ロロノア・ゾロ」が斬り込んで来た、と思いこんだ賞金稼ぎ達は
一瞬浮き足立った。
そこへチョッパーは、巨大な角を振り回し、手当たり次第に角に引っ掛け、
壁に叩きつけていく。
照準を合わせられないように、チョッパーは忙しなく 動きつづける。
「腕力強化(アームポイント)!」
投げ飛ばし、殴り飛ばし、チョッパーは まさに 獣じみたパワーで
大暴れした。
銃声が響く。
その途端 肩に 焼けた棍棒で殴られるような 衝撃を受けて チョッパーは
後方へ吹っ飛んだ。
「やったぞ、捕まえろ!!」
賞金稼ぎ達が一斉に チョッパーに群がる。
チョッパーは、肩の痛みに顔を歪めながら 必死で 掴みかかってくる
男達を跳ね飛ばそうとしていた.。
だが、何時の間にか両手、両足に足枷をはめられようとしていた。
「やめろ、こんにゃろう!!」
賞金稼ぎの中でも、力自慢なのだろう、ひと型のチョッパーと同じような
体格の男が チョッパーの体を押さえこむ。
血の気が引いたその瞬間、チョッパーの手を拘束していた男が
顔面が砕かれる音をさせて横に吹っ飛んだ。
男達が声を上げるまもなく、黒い風は男達の顔から次々と
血飛沫を上げさせていく。
地面に手をつき、両足を竜巻のように旋回させ、数人を吹っ飛ばし、
すぐに体勢を整え、怒号を挙げ、武器を振りかざして 襲いかかって来た相手の
懐に飛びこみ、目に見えないほどの早さで相手の足を払い、
その払った足をそのまま高く振り上げ、勢いをつけて バランスを崩して
倒れこむ相手の頭に 叩きつける。
が。
サンジが動けたのは、そこまでだった。
チョッパーがまた サンジを脇に挟んでそこから逃げ出したのだ。
すでに、追っ手も動ける人数はかなり少なくなっている。
チョッパーは、また しばらく走った。
やるせなくて、腹が立って、泣きたくなっている。
しばらく走って、また サンジを地面に降ろした。
「サンジ!!」
「どうして、俺の言うこと聞いてくれない?!」
「・・・何、怒ってんだよ.」
乱れた息を吐きながら サンジが答える。
「サンジ、自分の体が今 どうなってるかわかってるのか?!」
「・・・お前だって、・・・・。」
チョッパーの肩から 血が流れている。
サンジはそこに手を伸ばして チョッパーの体毛を指で梳いた.。
「・・・・これ、怪我したじゃねえか・・・・。」
弱いサンジの声に相反して、チョッパーは 激怒しているため、
語気が荒い。
「そんな事、どうでもいいんだよ。サンジ、俺の言うこと聞いてくれないなら、
俺はもう、サンジの作ったものを一切食べないからね!!」
トップページ ★ 次ぎのページ ★