向日葵の島    1 2 3

「お前はいつか、海へ出ろよ.」その言葉どおり、海賊になっている。

息を飲むほど、美しい風景を目の当たりにした、奇跡の男の話を
満面の笑みで語ってくれた、

ヒトでもトナカイでもない、自分を息子と呼んでくれた、
「お前はいい医者になる。」と背中を押してくれた、

そして、生きていく道を教えてくれた、ヒルルクが

恐らく見た事のない風景を、チョッパーは守りたいと思った。

「向日葵の島」




偶然見つけた、本当に小さな島だった。

その島に上陸する事になったのは、ほんの偶然だった。

嵐に遭遇し、船を修復しないと、ログホースが示す次の島への
航海に支障をきたすと判断した有能な航海士が、その島へ立ち寄る事を提案した。

冒険好きの船長は、その申し出に一も二もなく賛成し、ゴーイングメリー号は
とりあえず、現在位置から最も近い、その島へと進路を変更したのだ。

船の修理を終え、せっかくだからと、眠ったままの剣豪を残し、
他の乗組員はそれぞれ島の探索に出かける事になった。



口の悪いコックと、大人しい船医は、あてどなく島をぶらついていた。

チョッパーはサンジが好きだ。
この船の誰でも勿論、好きだが、サンジは特別だった。

サンジは、自分を《船医》としてだけでなく、《戦士》として、《男》として、
最初に認め、それを行動で示してくれた。

BWのエージェント二人と対峙した時、「お前なら大丈夫.頼んだぞ.」
といってくれたこと。

クロコダイルの目の前を、怯えながら走り回っていた時も、
二人でその作戦を練る時に言ってくれた、サンジの
「お前なら、大丈夫。」
「お前にしか、出来ねえ。」
「お前は、強いんだ。」
その言葉に勇気付けられた。


また、
本人は何も語らないが、ウソップから聞いた話では、
自分だって、決して恵まれた幼少期ではなかったくせに、
「小せえ時からずっと苦労してんだろ?」と何時も、美味しいデザートを
用意してくれる。


この船の誰よりも薄い、サンジの匂い。
きっと、サンジの匂いを嗅ぎ取れるのは、自分しかいないと思う。
それだけが唯一の優越感だ。
時折、そこから別の匂いがチョッパーの鼻腔に流れこんでくる。

混ざり合って香るそれは、ゾロの匂い。仄かな血の匂い。

二人の間に交わされる営みは、平和な航海時のチョッパーの悩みの種だった。

・ ・・それはさておき。


夏島はとにかく、チョッパーには暑くて、苦手だった。
何より、余り人目につきたくないので、船に残っている事が多い。

この日は、
「たまには付合え。」とサンジに声をかけられ、思わず、いそいそと付いてきてしまった。

道すがら、サンジと喋る。

他愛もない会話だが、今、サンジを独占している事がチョッパーには
何より嬉しい。

「なア、サンジ。なんで、今日は俺を誘ってくれたんだ?」
「お前、冬島から出た事ねエだろ?
「たまには、夏島を見るのもいいかなって思っただけだ。
「暑いッつっても、ビビちゃんの国ほどでもねえし。」

チョッパーは満面の笑みで頷く。
「うん、大丈夫だ。誘ってくれて、有難うな。」

ひっきりなしに聞こえる、うるさい音が「蝉」という虫の声だとか、
「夏」と言う季節について、サンジは色々と教えてくれた。

・ ・・「「うわあ」」

なんとなく、道なりを歩いてきて、目の前に丘らしきものがあったので、
二人は登って見た。

流れる汗を拭きつつ、頂上に辿りついた時、二人の目に飛び込んできたのは、
夥しい数で、視界一面に咲く鮮やかな向日葵だった。

思い掛けない光景に思わず、歓声を上げた。

「こりゃ、すげえ。この島にこんなもんがあるとは・・」
サンジが小さくつぶやいた。

「いいもん、見れたな、チョッパー。」
サンジがチョッパーの方に笑顔を向けた。
チョッパーも笑顔で頷く。

しばらく、二人でそこから向日葵畑を眺めていた。



「サンジ、あれ、なにをしてるんだろう?」

チョッパーの蹄が指した先にサンジは視線をめぐらせた。

見るからに腕力に覚えがありそうな体格をした男が数人、昼間だと言うのに、
手に松明を持ち、向日葵畑の周囲に枯れ草を撒いている。

それを制止しようと、貧弱な体格をした男女が複数、その男たちと揉みあっている。


サンジはそれを見据え、眉をしかめながら、
「・・・チョッパー、この花、好きか?」と尋ねた。

チョッパーは唐突なサンジの質問を訝しく思いながら、頷いた。


「・・俺も好きだ。行くぜ.」
短くそういった途端、いきなり走り出した。

サンジの目ざす方向をすぐに察したチョッパーは、すぐさま獣型に変形した。

「サンジ、乗って!!」
サンジの横を駈け抜けざまに、そう怒鳴る。

サンジは走るスピードを緩めることなく、体を捻り、チョッパーの大きな角に
手を掛けて、羽が空気に乗る様に、軽やかにチョッパーの背中に飛び乗った。

「止めてください!!」
「うるさい!!逆らうと、殺すぞ!!」

向日葵畑に火を付けようとする男の足元に、取りすがっていた少女を
別の男が容赦なく、蹴り飛ばした。

そして、次の瞬間、今度はその男の体がすさまじい衝撃を受け、
地面に体を叩きつけられた。

「・・クソ失礼だろ、こんなレディを足蹴にするとは。」
サンジは眼を細め、今度は少女が取りすがっていた男に向き直りつつ、
足を振りかぶり、
もしもそれが拳であったなら、まさに「殴り飛ばす.」といった、
一撃を食らわせた。

「チョッパー、お前も適当につきあえ。」
「・・・お、おう。」

しかし、チョッパーの出る幕はなかった。

サンジは男達をあっという間に地面に転がしていく。

「火を消せ、チョッパー!!」
呆然とサンジの姿を見ていたチョッパーにサンジが怒鳴った。

突然現われたブルーのシャツの男に、そこにいた男女もやはり呆然と動きを止め、
その姿を見ていたのだ。

その間に、乾燥した空気の中、火は徐々に広がりつつある。

サンジの怒鳴り声に、彼らもハッと我に返り、慌てて消火作業をはじめた。

乱暴な男達を身動きできなくしておいて、サンジもその作業を手伝った。


「有難うございました。」
その男女は、口々に二人に礼を言った。


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