「甘えぜ、チョッパー。」
「今、足首の骨、蹴り砕いたけどよ。こういう輩は二度と悪さしねえように。」
サンジは喋りながら、ごく、無造作に坊主相手の無傷な方の足首にも
容赦なく踵を叩きつけた。
また、骨が砕かれる残酷な音がする。
坊主頭の口から、凄まじい悲鳴が上がった。
「・・・こうやって、身動き出来ねえようにしねえとキリねえんだ。」
淡々とそういうサンジに、チョッパーは眼を見張る。
自分の知らないサンジがそこにいた。
「なにもそこまでしなくても・・・。」
チョッパーは憐れむような眼差しで、悶えている坊主頭に視線を向けた。
サンジは、僅かに困惑した表情を浮かべて、
「お前は医者だから、矛盾を感じるのは仕方ねエよ。」と言った。
医者としてのチョッパーの気持もサンジはちゃんと理解している。
いくら相手が凶悪な海賊だからと言って、再起不能になるまでのダメージを
与えるということに憤りを感じていて当たり前だと思う。
だが、あえて言う。
「・・・俺だって、戦う相手が腹を減らしてたら、自分が不利になったとしても
やっぱり腹一杯食わしてやりてえ、と思うからな。
お前の考えを否定する気はねえ。」
「お前は海に出て、間がねえからこんなやり方、おかしいって思うんだろうな。
俺も最初はそうだった。」
サンジの顔が、だんだんいつものチョッパーが良く知っている
血の通ったものになっていく。
「・・・あいつがいつもそうしてたから、俺もだんだん感化されちまったんだ。」
(・・・あいつ?)
チョッパーは一瞬、それが誰の事かわからなかった。
だが、「あいつ」と言ったとき、サンジが仄かに見せた照れるような表情に
それがゾロのことを言っているのだ、と判った。
「後の始末は、この島の連中がするだろうよ。さて、
嬲り殺しにされるか、海軍に突き出されて、縛り首にあうか・・・」
サンジはのた打ち回る坊主頭を足で軽く踏みつけながら、いたぶるような口調で
そう言い捨てた。
二人は、その顛末を島の誰にも告げずに、ゴーイングメリー号へと
帰路を急ぐ。
しかし、サンジは例の館から何時の間にか、金目のものを失敬してきていた。
「海賊らしい事も、しとかねえとな。」
チョッパーがそれを咎めると,悪戯を見つかった子供のように笑った。
優しい顔。
冷酷な顔。
無邪気な顔。
今日、一日でチョッパーは色々なサンジの顔を見た。
とてもめまぐるしく、そして、なんだか得をしたような一日だった、とチョッパーは
思った。
二人が船に辿りついたのは、太陽が真っ赤に染まり,
水平線に抱かれ始める時刻になっていた。
今日一日,置いてけぼりにされたゾロは,サンジの姿を見るなり,
あからさまに機嫌の悪い顔をした。
出かける時に眠りこけていたのだから,仕方がない。
「よう」
ゾロの表情など,お構いなしにサンジは気楽に声をかける。
「てめえがいなかったおかげで,今日は色々楽しかったぜ。」
「なあ、チョッパー?」
なぜ、わざわざゾロの感情を刺激するようなものの言い方をするのか・・・と
チョッパーはサンジが理解できない。
サンジは、それだけ言うと夕食の用意をするべく,キッチンに向かった。
その後にのこのこ付いて行く訳にも行かず、甲板にはチョッパーと,
不機嫌な顔のゾロだけが残された。
サンジがキッチンに消えるのをゾロは目で追っていた。
「・・・チョッパー。」ゾロの低い声がチョッパーを怯えさせる。
「な・・・なに?」チョッパーの顔が強張る。
ゾロは自分にくだらないヤキモチなど焼かない,とわかってはいるが、
やはり何を言われるのかとびくついてしまった。
そんな様子のチョッパーを見下ろし,ゾロはふっと頬に薄く笑いを浮かべた。
「あいつのお守、ご苦労だったな。」
穏やかな声でそう言った。
ゾロが思いがけず、気の抜けるような事を言ったので、チョッパーは腰が
砕けた。
ゾロはそこにチョッパーを残し、ゾロもキッチンへと入っていった。
「すごく,綺麗な向日葵畑がいっぱいあったのよ。」
瞳を輝かせて向日葵畑の美しさを口にするナミも、
酔狂にも麦わら帽子に向日葵を沢山挿しているルフィも,
見事なスケッチを描き上げてきたウソップも、
その花畑を守るべく闘った二人の活躍など,知る由もない。
チョッパーとサンジは黙って,ただ嬉しそうに、三人の話を聞いていた。
(終り)