サンジは、刀を一気に引き抜いた。

そして、その刀を川に向かって放りこんだ。
キン、と冷たいが思いのほか美しい音が響く。

頬に、生ぬるく、生臭い 液体が振りかかる。

何気なく、目をやると傷口から血が噴出していた。

サンジは、右手でその傷跡を圧迫する。

(・・・・やべえ。こりゃ、早く決着つけねえと干からびちまう。)

だが、目の前の男は まだうずくまったままだ。
この状態で 頭に踵を叩きつければそれで 決着は着く。

だが、そんなことはできない。

どう言う理由かわからないが 正々堂々と勝負を挑んできた相手で、
まだ 戦える余力があるなら 相手をするのが礼儀というものだ。

「立てるんだろ。・・・・立てよ。」
サンジは、歩み寄った。

「ハヤト」は立ちあがった。

刀を正眼に構える。

お互い 肩で息をしているが、闘志は全く萎えていなかった。

「ハヤト」はサンジの姿に目が離せなかった。

一旦タバコを口から取り出して 口元にまで飛んだ己の血飛沫をサンジは、
ちらり、と赤い舌を出して舐めた。

サンジの瞳にも、力が篭っている。

「・・・・お前は、例え刺し違えても倒す。」呻くように「ハヤト」が
つぶやくのに、

サンジは目を細め、再び煙草を咥え直して 不敵に口角を釣り上げ
「・・・上等。」と答えた。


次の瞬間、「ハヤト」が渾身の力を振り絞るように
不規則な突きを間断なく突きだした。

サンジは、体を仰け反らせ、回転してそれを避ける。
避けていくそのスピードも全く衰えていない。

そして。
3回目の回転で着地した後、サンジは体を反転させ いきなり 
「ハヤト」の刃の前に背中を晒した。

「うおおおおっ」背中を晒したサンジに一切の 迷いなく
「ハヤト」は袈裟懸けを打ち込んできた。

そして、その剣は空を切る。

サンジが消えた。

「ハッ」と息を飲んだのと、自分の内臓が飛び散るような衝撃を受け、
体が宙に舞ったのが殆ど同時のように思えた。


宙に舞っている、と自覚した次の瞬間、地面に体を叩きつけられていた。

サンジは 背中を晒し、「ハヤト」が飛びこんでくるのを見越して、
地面に一度両手をついて反動をつけ、
その勢いと普段は片足のみで相手に蹴り込む「ムートンショット」を
軸足の変わりに両手を使って 両足で「ハヤト」を蹴り飛ばしたのだ。

「ムートン」が羊肉、というのなら この蹴りはさながら「子馬」といったところか。

そして、「ハヤト」の体を宙にうかせて、自分も地面を蹴り、更にその上まで
跳躍し、追い討ちをかけるべく、「ハヤト」の背中に踵を叩きつけたのだった。

「ハヤト」の体中の骨が軋んだ。

(・・・これが「サンジ」の力・・・)
地面に顔を擦りつけながら、「ハヤト」の心の中に恐怖が涌き始めていた。

だが、負けられない。
刺し違えても。
ロロノア・ゾロが無敵の剣豪になるために。


「ハヤト」は立ちあがった。

精一杯の憎しみを込めてサンジを睨みつける。

そして、彼の足場を奪うことを思いついた。

丸腰の相手に刃を振るったその時点で、剣士の誇りなど吹き飛んでいた。
ここまで来た以上、どんな手を使っても サンジを倒す。


そのことのみだけで 体が動いている。
ゾロが知ったら、きっと 鼻でせせら笑うだろう。
「くだらねえ志だ、」と。


水飛沫を上げて、「ハヤト」は膝程度の深さがある場所で サンジを待ち構えた。

それは、自分の動きも水の抵抗によって拘束されるが、
この最後の一撃に全てをかける覚悟だ。

サンジは、「ハヤト」の後を緩慢な動きで追い、ジャブジャブと川に入ってきた。

視界が急にぼやけた。

水飛沫が目に入ったのかとサンジは目を擦った。
そして、再び鮮明な視界を取り戻す。

それは、貧血を起こしている症状であることなど、今は思いもしない。

「ハヤト」は刀の切っ先を清流に洗わせるように下段に構える。

「やあああっ」

「ハヤト」の絶叫がせせらぎの音を切り裂いた。

水飛沫を跳ね上げ、サンジの視界を一瞬奪う。

だが。
なんとも形容しがたい、轟音がした。
目の前に 巨大な水の壁が一瞬、立ちあがって、川底の石が弾け飛び、「ハヤト」の顔にぶつかった。

(来る)

自分が卑怯な戦略を練ると相手もそうだと 思いこむ。

サンジが足を水面に叩きつけてあげた巨大な水飛沫は、自分の目をくらますためのもので、
真っ正面から突っ込んでくる作戦はない、と思った。

実際、今まで戦ってきた数々の武闘家達は、視界から消えた後、思い掛けない場所から
攻撃してくるものだと何度も 体験している。

「ハヤト」は、両眼を素早く 左右に動かし、サンジの気配を探った。

「よそ見してんじゃねえよ!!」
その声が耳には言ってきた時、腹部に凄まじい圧迫を感じ、そして背中が
巨大な石に激突した。

くず折れる「ハヤト」にサンジは 水の中を走っているとはとても思えない
スピードで駈けより、横っ面を蹴り飛ばした。

後は、サンジの独断場だった。

「ハヤト」は動かなくなった。

背中に傷を負った所為で骨を痛めたのか、「ハヤト」は下半身に力が入らない。
もう、立ちあがることも、刀を振り上げることもできない。

「・・・・なんで俺を狙ったか聞かせろ。」
少し距離を置いてサンジは尋ねた。

「お前は俺に負けたんだ。言わなきゃ 筋がたたねえんじゃねえか。」と尚も詰め寄る。

「・・・剣士の誇りを守って欲しかったからだ。」
「ハヤト」は 消え入りそうな声で答えた。

「守って欲しい、だと。」
サンジは意味がわからなくて 聞き返した。

「ハヤト」の口から 真っ赤な血がゴボゴボと溢れ出す。

それを拭い、「ハヤト」は苦々しげに呟いた。
サンジの方へは悔しさだけを滲ませている視線を向ける。

「お前の所為でロロノアが穢れる。」


その言葉に、サンジの表情が凍った。




(5話、6話のファイルを紛失してしまったので、復旧出来ませんでした。)
(なので、ざっとあらすじを・・・・。

この後、サンジは、ハヤトを助けて力尽き、川の中に倒れこんでしまいます。
そこを、ゾロが発見します。て・・・)





ゾロの首筋に当るサンジの頬が冷たい。
(・・・・こりゃ、本格的に急がねえと。)
ゾロは、港へ向かう道をなるべくサンジに振動を与えないように 気を配りながら
走った。


頬が冷たい事が問題なのではない。
サンジがゾロの背中に大人しく体を預けて黙っている事が問題なのだ。

よほど、体が辛いと見ていい。

「まて。ロロノア・ゾロ.」
自分が渡ってきた釣橋のうえを、真っ黒で固そうな髪を
ちょうど、ビビのように結い上げた男がゾロの行く手を遮った。

ゾロはルフィと会う前から、よく訳のわからない連中に挑まれている。
その筋ではルフィよりも、ゾロの方が有名なくらいだ。

目の前の男もその類だと察したゾロは 落ち着き払った声で
「どけ。」とだけ、言葉を発した。

目には相手を射抜くような力が篭っている.

「俺と勝負しろ、ロロノア.」

いい返そうとした時、ふと 自分のシャツにもサンジの血が
染み込んできた事に気がついた。

(・・・止まってねえのかっ)自分が止血したはずの傷から
新たな血が染み出し、ゾロのシャツまでも赤く染め始めている。

もう、一刻の猶予もない。

「後でたっぷり相手してやる。今は取り込み中だ。退け。」


「挑まれた勝負を逃げるのか、ロロノア。」
相手は引き下がらない.

今のゾロは手負いの野獣だという事を判っていない様だ。
ゾロの目が険しくなる.

「てめえ、今すぐ退かねえとたった斬るぞ。」
「ここを通りたかったら、俺を倒すしかない。」

ゾロの言葉を男は遮った。
「俺はロン。無敵の男、とイーストブルーでは言われていた。」

「てめえの御託を聞いてる暇はねえんだよっ!!」
ゾロは苛つき始めた。

「「サンジ」を助けたいなら、俺の勝負を受けろ。お前が負けても、」
「「サンジ」は助けてやる。」とあくまでゾロを通すつもりなど
ないようすだった。

「・・・・さっさとぶっ潰しちまえ。」
目を瞑ったまま、サンジが小さな声で呟いた。

ゾロは背中のサンジを振りかえった。
薄く目を開いて、「何、迷ってんだ。あんなの、瞬殺だろ。」とまるで
寝言を言うような ぼんやりとした声だった。

「・・・ちょっと、待ってろ.」

ゾロは、立ち木にサンジを凭れさせた。
力なく、サンジはゾロの為すがままになっている。

「・・・あいつ、イーストブルーで有名な武術家だが・・・。」
サンジが苦しげな表情でゾロにいいかけた言葉をゾロは 低い声で遮る.

「・・・しゃべるな。」
「心配しなくても瞬殺してやる。」

「・・・てめえの心配じゃねえ、自分の心配してんだ.」
サンジはそう悪態をつこうとしたが声を出すのが辛かった。


(ロンは・・・・普通の武術家じゃねえんだ。・・・)

油断するな、と言いたかった。
勝つためならなんでもする男だ、と聞いたことがある.

だが、喉になにかが詰まっているようで 声が出ない.
声を出す力がないのだ。



その頃。


「あいつら、一体いつになったら 食料を持って帰ってくるのかしら!!」

もう、3日も
「すいません、ナミさん.」

「悪イ。忘れてた.」

二人とも揃いも揃って 荷物を忘れてきて、徒に 資金を無駄にしているのだ.

ナミが怒るのも無理はない。

今日こそ、荷物を持って帰ってくれないと 自分の金に手をつけなければならなくなる。

ルフィとウソップは出かけてしまい、ナミとチョッパーが船に残っていた。

「チョッパー、あいつらまた 荷物をどこかに置いてくるかもしれないから、
荷物だけでも持って帰ってきて。」

あまり 人目につきたくないが、ナミに頼まれれば嫌とは言えない.
しかも、サンジとゾロの匂いを辿って 荷物を探すなどということは
チョッパーにしか出来ない仕事だ.

たった一人で町に出るのは心細いが、「海賊」になったのだから、
そんなことも言っていられない.

「ナミ、1人で大丈夫か?」と尋ねるチョッパーに、
「何いってんの、あたしは長いこと 海賊相手に泥棒をやってきたのよ.
船番くらい、1人で出来るわよ.」と言って笑い、チョッパーを
元気に送り出した.

ゾロがサンジを木に凭れさせた頃、チョッパーが町への近道だという
山道にさしかかっていた。



「てめえみたいな失礼な勘違い野郎は 一本で充分だ。」ゾロは、
雪走だけを抜いた。

「・・・三刀流でこないなら、ここをどかない。」ロンは憮然とゾロにそう言った。

ゾロは、雪走を咥え、おもむろに三代鬼徹、和道一文字を抜いた。

ロンは満足げに微笑み、いきなりゾロに 無数の鉛ダマのようなものを
投げつけてきた。

ゾロはいとも容易く その全てを真っ二つに斬って落とす。

足元に転がる前に、その鉛ダマの中から・・・。
いや、鉛ダマだと思っていたそれは、鉄製のカプセルだった。

ブーン。
ブーン。
ブーン。


虫の羽音にしては、大きな 音が足元から体の周りに上昇し、
その音が耳には言った途端、ゾロの腕と首筋に激痛が走った。


(・・・蜂??!!)


ゾロは咄嗟に振りかえった。
その瞬間、ゾロは首筋と腕に激痛だけではなく、痺れも感じた.
それを感じている間にも、耳たぶと二の腕にも 同じ痛みが走る。

ゾロは、「鬼斬り」の構えをとり、渾身の力をこめて、空を裂いた。

剣圧で起こった突風に蜂達が散る。
が、残った数匹が 敵を攻撃する本能のままに サンジへ近づいていく。

ゾロは、目の前の「ロン」と言う男よりも その蜂に気を取られた。

激痛、痺れ この症状を起こさせる毒が 今のサンジの体に入ったら、
本当に死んでしまうかもしれない。

サンジの方へ振りかえったゾロの横っ面に 岩石のような拳が打ちこまれた。
その衝撃にゾロは サンジのすぐ側まで吹っ飛ぶ。

「ちっ・・・。」

起き上がり様、一瞬サンジの顔に視線を流し、その場で「鬼徹」を一閃させた。

それでまた、蜂が数匹地に落ちる。

「無駄だ.」ロンは、再び カプセルを大量に地面に叩きつけた。

ゾロは立ちあがった。
こんな相手と戦う事が馬鹿馬鹿しくなる。

「てめえのほうこそ、無駄だ。同じ手を二度と食うか.」


本能で動く虫だからこそ、恐怖には敏感なのかもしれない。

ゾロは、「呼吸」を読める 「斬鉄」の剣士なのだ。
「ロン」は明らかに「ロロノア・ゾロ」と言う男をナメていた。

ゾロは、両手から刀を離した。
地面に「鬼徹」「和道一文字」が ガチャリと重い金属音を立てて
主の命ずるままに地にその刀身を横たえる。

口に咥えた「雪走り」をゾロは 鞘に戻す。

全身からは、空気をびりびりと震わせるほどの殺気を放っている。

なんの気配も放たない、サンジよりも 明らかに敵意をもつ ゾロへと
蜂達は群がった。

「ロン」は眼を見張った。

蜂がゾロの体を隠すほどに群がった、と思った次の瞬間には 蜂達が
全て 地面に屍骸となって地面にバラバラと落ちていた。

「ロロノア・ゾロ」は、逆手に持った刀を鞘に治めている動作をしているにすぎない。

ゾロは、瞬きするほどの間に「居合」で刀を2度抜いたのだ。
その剣圧でおこした凄まじい圧力の空気の渦は2つ。

「蜂」の体を真っ二つに切ることの出きる「呼吸」をその渦で作りだし、
自分の周りに群がっていた蜂達へそれをぶつけたのだ。

胴体と頭部を一匹づつ 刃物で切り飛ばされたような 蜂の死体が
ゾロの足元に敷き詰められていた。

「・・・・退け.」

これ以上、時間を食ってはいられない。

ゾロの体に 蜂の毒が廻り始めていた。

腕の痺れが徐々に 全身に広がり、力が入らなくなってきたのだ。

「・・・今のはほんの挨拶代わりだ。勝負はこれからだ.行くぞ、ロロノア。」

(クソッ)

ゾロはもう一度、サンジの方へと視線を向けた。

力なく投げ出された手は、蝋人形のそれのような色になっている。

(焦っちゃいけねえ)と思いつつも、らしくなく 取り乱し始めた自分がいる。

動きが鈍くなる体に、ロンの拳が襲いかかる。

トップスピードはサンジの蹴りと引けを取らない。
右、左、首もと、腹部と棍棒で殴られるような衝撃を受ける。

蹴りだけのサンジと違い、拳と手刀の攻撃が加わっているその攻撃スタイルは
防御の暇をゾロに与えない。

「覇っ」

腹部に「ロン」の手のひらを押しつけられたと思った途端、
その掛け声ととともに ゾロの体を圧縮された空気が内臓を
押しつぶさんばかりの勢いで貫いていく。


(・・・な、・・・・なんだ、今のは.)


ゾロは思わず、膝をついた。

腹部を押さえ、「ロン」の方へ向けたゾロの目が 高く足を振り上げた「ロン」の
動きを捉える。

「死ね!!」
釣橋が大きく撓む。(たわむ)

ゾロは、地面を横に転がり、「ロン」の踵落としを避けた。
(・・・この橋を落とされたら)
ゾロは、舌打するような思いで揺れる橋と「ロン」を睨みつける。

「ロン」が躊躇なく ゾロの頭を狙って振り下ろした蹴りの衝撃は釣橋を大きく揺らしている。

もしも、この橋が落ちたら 川を渡る事が出来ない。
町へ戻り、そこから街道を迂回して ゴーイングメリー号に帰るには、
徒歩で5時間はかかる。

サンジが持たない。


足場が不安定な筈なのに、「ロン」の攻撃の手は一向に弛まない。

「覇っ」

さっきの空気の塊をぶつけるような攻撃が効くと察したのか、
手数は減ったが 打ちこまれる 蹴りにも拳にも その見えない衝撃を加えてきた事で
ゾロの体が受けるダメージが増す。

体さえ痺れていなければ、全て避けられたはずだった。

スピードは引けを取らないとは言え、その重さはサンジとは段違いに軽い。

あくまで 相手の急所を確実に狙ってくるサンジのそれより 無駄に
手数が多いのだが、それでも 痺れと激痛に自由にならない体には
大きすぎるダメージを与えるに十分な威力を持っていた。

「ガハッ」

喉に唐突に鉄の匂いを感じたと思ったら、内臓から血が迫り上がって来た。

ゾロは、初めて経験したのだ。
外傷のない、痛みを。それが、これほど体に負担がかかるものだとは、
想像もしていなかった。

ゾロが相手にしてきたのは、刃物を武器とする者達ばかりだった。
己の体を武器にする相手は、同じ条件のサンジが当たり前のように
対峙してきた。

その口から血を流している姿を一体、どれほど見てきただろう.

サンジは この痛みに耐えていたのだ。

今まで自分が受けてきた 傷は、自分でその重さを認識出来た。
だが、これは違う。
己の血が見えない体の悲鳴に ゾロは恐怖を覚えた。

どの程度のダメージを受けたのかが、自分でも判らないのだ。

それでも。

(それでもいつも 笑ってやがった。)

ゾロは、一瞬萎えかけた気を奮い起こした。

「覇ッ」

ゾロは、その拳の下をくぐった。

踏み込んだ足を踏みしめ、体を反転させざま、鞘から刀を引き抜く。

「ロン」は ゾロとすれ違った瞬間、「気」を踵に込めて、
ゾロの後頭部を狙うべく すばやく後ろ回し蹴りの態勢をとった。


刀を引きぬいたゾロは、地面を這うかと思われるほど体を低くし、
「ロン」の懐に飛びこむ。


その踵がゾロの頭上をかすめた。

地面から空へ向けて銀の刃が一閃する。


「あ・・・・・あ・・・・・。」
腹部から喉元へ 真っ直ぐ一本の紅の帯が「ロン」の体を飾る。

驚愕の表情を浮かべた「ロン」の頚動脈に その色とは相反する名を持つ
刀が打ちこまれた。

ゾロは、容赦なかった。

ゾロはなんの躊躇いもなく、「ロン」の命を奪った。

「ロン」の体を斬った返り血で ゾロの体が赤く染まっている。

ゾロは、よろめく足ですぐにサンジの側へ近寄った。

頬に触れようとして、自分の手が「ロン」の血で汚れている事に気がついた。

ゾロは、腕に巻いた黒手ぬぐいを解き、それで 自分の手を拭う。

サンジの頬も、彼自身の血がこびり付いているのに、
「ロン」の血で汚れた自分の手で触れたくなかったのだ。

呼びかけても、返事はない。
ゾロは、再び サンジを背中に背負った。

サンジを背負ったものの、ゾロの足取りもおぼつかない。

1歩踏み出すごとに、足の裏から太股まで貫かれるような痛いと思うほどのの
強い痺れを感じるのだ。

釣橋の縄を片手にしっかりと握り、倒れこんでいる 「「ロン」と言う武術家だった
死体」をまたぎ、落とした自分の刀を片手でどうにか 鞘に収めて
ゾロは歩き出した。

刀を拾う時、ずるずるとサンジが背中から滑り落ちそうになる。

ゾロは、片手でその体を支えたが、その腕にも強い痺れと痛みを感じて
思わず顔をしかめた。

意識のない人間を背負うのは 意識のある人間を背負うよりも 
何割か重たく感じるものだ。

ゾロは、橋を渡りきり、手に縋るものがなくなったので、「鬼徹」を杖代わりに
ふらつきながら 山道を歩いていく。

内臓のダメージのせいか、ゾロも何度か 血を吐き出した。

(・・・腸(はらわた)のダメージってのが、これほどきついとは知らなかった。)

何処が痛むのかわからないほど、全身が痛みに苛まれている。
それでも、座りこんで休むわけには行かない。

ゾロは、息を乱しながら きつい登りをどうにか登った。

この道を下りきれば、港町に出るはずだった。


下りの道も、木の根が地面を這い、道として 殆ど整備されていなかった。
その上、地面から ぢくぢくと 水分が滲み出していて、粘土質の土を湿らせている。

(滑らねえようにしねえとな・・・・。)
ゾロはそろそろと足を踏み出した。

地面に「鬼徹」をつき、一歩、一歩とゆっくりと足を前へ進めて行く。

その坂は、かなり急でゾロが無意識に蹴り転がしている土塊が 勝手に転がり落ちていく
ほどだ。

距離はどれくらいあるのか、見当もつかない。

先の方までまばらに木が生えている所為で、何処まで下れば足場のいい道に
出るのかを推し量る事は出来なかった。

息が乱れて、それを整えるためにゾロは一度立ち止まった。

そこで、首を捻り、サンジの方を伺う。
「おい。」

呼んでも、答えは返ってこない。

ゾロは大きく深呼吸して、足より先に 「鬼徹」を少し先の地面についた。

その「鬼徹」の先が地面を滑った。

「!!!」
そこに体重をかけていたゾロのバランスが崩れる。


(落ちる!!)ゾロは、咄嗟に「鬼徹」から手を離し、
背中から滑り落ちるサンジの体を どうにか 体を捻って腕の中に
確保した。

が。二人の体は引力に逆らうことなく、泥だらけになりながら
その坂を転がり落ちていく。
 

サンジの頭をしっかりと胸に抱きこんで、ゾロは滑り落ちる速度に
身を任せつつ、必死でその衝撃がサンジに伝わらないようにどうにか
自分の背が地面をすべる態勢をとった。

大きな木の幹にぶつかってようやく止まった。

内臓にその衝撃がもろに伝わって、ゾロは、また 口から血を吐き出した。



それを拳で拭い、ゾロはサンジの様子をすぐに覗きこむ。
あれだけの衝撃があったのに、覚醒する気配はない。


「鬼徹」は 自分達が滑ってきた斜面の途中で引っかかっている。


(ツッ)

立ちあがろうとした途端、ゾロの足首に また違う痛みが走った。

(・・・なんで、こうもついてないんだ.)
滑り落ちる時に、木にぶつけたのか、無理に捻ったのか、足を挫いてしまったのか、
足に力を入れると、痺れよりも新しい傷の方が痛んだ。

1人なら、足を引きずってでも帰れる。
だが、サンジを背負って まだ 続くこの斜面を歩くのは困難だと思った。




「・・・・・.死んでる。」

二人の匂いを辿り、チョッパーは 「ロン」の死体を見つけた。
橋の真中で大の字になったまま 絶命している「ロン」を見て、その刀傷から
まず、間違いなく  彼が ゾロの手にかかって絶命した事を悟った。

チョッパーは、ゾロとサンジの匂いを辿る。

サンジの血の匂いが強い。


(急がないと。)
チョッパーは、本来の姿、四足のトナカイとなり、足を速める.


匂いが近くなる。

サンジの血の匂い.
それも、半端な量じゃない。


「ゾロ!!サンジ!!いるなら返事してくれええええ!!!」
山の中をチョッパーは叫びながら走る。

ゾロが滑り落ちた斜面まで来た。

鼻を蠢かすと、この場所にゾロとサンジがいると確信する。
「ゾロ〜ッ、サンジ〜っ」

チョッパーは斜面をすべるように走り下りていく。

その目には、すでにゾロの緑色の髪を捉えていた。

「チョッパー、ここだ!!」
サンジをしっかりと胸にだきこんだゾロが チョッパーを手招きする。

こういう場合、チョッパーは 怪我の理由などを一切聞かない。
まずは、治療を優先する。


(大変だ。)

ゾロの腕の中で動かないサンジを見て、チョッパーの顔色が変わる。

「ゾロ、後で誰かを必ず寄越すから、待っててくれ。」

チョッパーはそれだけ言うと 人型になり、サンジを背負った。

「・・・・死なねえよな。」

ゾロのそんな声を初めてチョッパーは聞いた。
不安げな、何かに怯えるような、そんな声だった。

「死なせない。」

それだけ言うと、チョッパーは弾丸のように走り出した.
衝撃がどうの、と言っている容態ではない。

とにかく、一秒でも早く 止血し、造血剤を投与しなければならない。



チョッパーが去ってから、ゾロは足を引き摺りながら 船へと必死で向かった。

「大丈夫だよ.」とチョッパーは言わなかった。


気ばかり焦って 足は一向に前へ進んではくれない。


あいつが死んだら。


あいつがいなくなったら。


そう考えるだけで、目の前が真っ暗になるような気がした。

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