チョッパーは、それこそ、「飛ぶように」駈けた.

気がつけば、ランブルボールを服用していないのに、
気が急く余りに、ジャンピングポイントに変形し、最も 早く走れる体型に変化している.

(早く.早く)

サンジの体が小刻みに震えている。

血相を変えて ゴーイングメリー号に戻ってきたチョッパーを見て、
ナミは 詳細はわからないまでも、すぐに治療の準備を手早く 整えた。


「ナミ、お湯を」
「準備してあるわ.器具も消毒してある.」

鎮痛剤を打ったが、それが効くのを待ってから縫合するのは遅すぎる。

深い傷を縫合するため、チョッバーが傷ついた血管を露出するべく、メスで周りの肉を切り開く。

「う・・・・・。」サンジは激痛に覚醒した。

「・・・我慢しててね.すぐに薬が効いてくるから.」
ナミがサンジの耳元で囁く。

サンジの血色の悪い手をナミが優しく握りこむ.
「しっかり握ってて.」

サンジは、なにも答えず、その手を握り返した.
チョッパーは、それを確認して作業を再開する。

痛みが薄らいでいくに連れ、意識も遠くなる.


だが、チョッパーが側にいる間、どうしても言わなければならないことがあった.

「チョ・・・パ。」
必死で声を絞り出す。
ナミが痛みを感じるほど強く、サンジはその手を握り締め、意識を繋ぎとめようとした。

「大丈夫.大した怪我じゃないよ。」
サンジの声を聞いても、チョッパーの手は止まらない.

「・・・怪我・・・んが・・・いる」
「え?」チョッパーが顔を上げた.

「サンジ君、喋っちゃ駄目よ.」
ナミは空いている手で サンジの手を優しく撫でた。
出血の所為で、サンジの手は酷く冷たいのだ。

「・・・怪我人がいるんだよ・・・・。」
「ゾロの事か?大丈夫、すぐに迎えに行くから.」

サンジは、首を振った.
「ゾロの事じゃないの?」その意志表示をナミが察してくれる。

ほのかに握り返してきた力加減で、サンジの答えをナミは理解する。
「・・・違うのね.わかったわ.でも、今はサンジ君のほうが先よ.」

チョッパーは、黙々と作業を進める。

「町から・・・・三本目の釣橋の近くの川に・・・・。」
「町から、三本目のつり橋の近くの川にその怪我人がいるのね。」
ナミはサンジの言葉をそのまま鸚鵡返しに尋ね、安心させようと努めた。

「わかった.サンジ君の治療が終ったら、きっと助けに行くから、
眠ってちょうだい.お願いだから.」

ナミが優しく、子供をなだめる母親のような声音でサンジの気を鎮める。

ナミが場所をちゃんとわかってくれた事に安堵して、サンジは薬の作用に身を任せた。


その頃。

ゾロは、何を思ったか、来た道をよろよろとした足取りで戻っていた。

迷子になったのではない.

サンジが意識を失う前に
「俺は負けたのか・・・。」と悔しげにつぶやいた事を思い出したのだ.

(負けるわけねえんだよ、あいつが。)
自分の勝敗さえ判りかねるほど 傷ついていたが、
ゾロには、サンジが敗北を喫することなど 絶対に認められないことだ。

もしも、サンジが自分の敗北を認めても、ゾロは己の目で確認しなければ納得できない。

サンジと戦った相手がどれほどのダメージを受けているのかを
見届けなければならないという使命感に駆られた。

一歩、一歩と歩を進めて、かなり時間を要したが、
サンジを見つけた川岸にようやく辿りついた.

サンジの言ったとおり、川岸に漆黒の男が身動き一つしていない状態で
倒れている。

ゾロは、その姿をみた途端、体の奥から憎悪と怒りが湧き上がってくるのを
はっきりと自覚した。

意識など確かめず、その体に切っ先を突き立てて 有無を言わさず
命を奪ってやりたい衝動に駆られる.

だが。

この男の口から サンジに敗北したという事実を明確に聞き出さない限り、
その命を奪うことは出来ないし、

この男に勝利したサンジが 生かした男を殺すわけにはいかなかった.

(・・・なんで、殺さなかったんだ.)

サンジの甘さだ、と思った。

常日頃、一度 自分に挑んできた相手には 必ず とどめをさせ、と言っている。
命を奪えないのなら、命に替わる物、二度とその武器を持てないまでに
ダメージを与えろ、と。

一度 頭に血が上れば 自分でも制御できないほど冷血な殺戮者となりうる
サンジに わざわざ 教えることでもなかったが、
妙に情の深いところがある男だということも知っている。

老婆心、という言葉があるが、ゾロが懸念していたのはそこだった。

サンジの情は、そのまま 弱点という言葉に起きかえられる。
同時に、甘さでもある。

賞金稼ぎとして一人で生きてきたゾロと、
信頼できる仲間達と生きてきたサンジの決定的な違いなのだ。

「人」の温もりを知っている。

時として、それを忘れなければ、自分の命が危険に晒される。
その危うさを何度も経験して、ゾロにはすでにその「甘さ」を自分から捨てた。


矛盾しているかもしれないが、サンジには、それを捨てないでいて欲しかった.

そんな 危うさと隣り合わせでも、その人間らしさを保ったままで
自分の隣に立っていて欲しいと願ってきた.


その結果が、これなのか。

「おい。」

ゾロは、その男の顔を蹴飛ばした。

死ぬなら勝手に死ぬがいい.

その前に聞きたいことがある。




「ふう。」


チョッパーが安堵の匂いのする溜息を漏らした.


「どうなの、チョッパー?」
脱力して冷たいサンジの手を握ったまま、ナミが尋ねる。

「造血剤も、止血剤も 投与したし、血も止まったよ.
血圧も少し低いけど、大丈夫.・・・・サンジじゃなかったら死んでるね.」

ナミの顔からも、緊迫が薄れる。
「・・・そうでしょうね。」と呆れたような顔で笑った。

「ゾロを迎えに行って来る.」
「それと、もう一人の怪我人もね.」

チョッパーはそういうと、すぐに部屋を飛び出した。










あの時、側に倒れている男の事を教えておけばよかったと後悔した。

刃物を向けてきた相手に臆することなく、サンジはその肉体のみを
武器とするスタイルのまま 挑んで 勝利したのだ。








「ゾロ・・・・なんてことを!!」


倒れている「ハヤト」を蹴り飛ばしているゾロに
息を弾ませたチョッパーが非難の怒声を掛けた。

ゾロとサンジを見つけてから 4時間程が経過していた。
山の中が茜色に染まっている。


負傷したゾロがそこへ戻るのにいかに 骨を折ったかが伺えるだろう。

チョッパーは、「ハヤト」に駈けより、すぐに診察を始めた。

「・・・チョッパー、何でここに来た・・・?」
サンジを治療しているはずのチョッパーがここに来た事に
ゾロは驚きを隠せない.

チョッパーは、怪我人を蹴っ飛ばしていたゾロに機嫌の悪そうな表情を向けた。

「・・・サンジが言ったんだよ.怪我人がいるから助けてくれって.」

ゾロは舌打した。
やっぱり、そうだ。手加減したわけではないけれど、敢えて 命を取らなかったのだ.

「あいつの容態は・・・?」

「・・・・・。大丈夫だよ.出血も止まったし.」

「・・・ここじゃ、無理だ、やっぱり.」
チョッパーは、人形に変身し、ゾロとハヤトを二人とも担ぎ上げた.

「ゾロも怪我をしてるんだろ.急いだ方がいい。」

ゾロの体も限界にきていた.
チョッパーのその声が徐々に遠ざかっていき、視界も完全に真っ暗になったのだ。

気がついたときは、どうやら 格納庫に急ごしらえの寝床を設えたらしく、
横にはウソップがいた。

「お、気がついたか.」心から安心したような表情でウソップはゾロに声をかけた.

「・・・あいつは?」
ゾロが言った、「あいつ」はサンジのことだ.
麻酔の所為で ぼんやりしていて、自分と一緒に チョッパーに担ぎ上げられた男のことなど忘れていた.

が、ウソップにはそんなことは判らない.

「あいつ?」てっきり、チョッパーが連れて返ってきた男のことだと思いこんだ.
「隣で寝てるぜ.でも、ヤバイらしい.」

ゾロはそれを聞いて飛び起きた.
「おいっ」

慌てるウソップを跳ね除け、自分と同じように寝床に横たわる男に声をかけた.

「・・・誰だ、こいつ.」
声をかけても 何の反応もない「ハヤト」を目にしてゾロは首をひねった.

「チョッパーとお前が連れてきたんだよ.・・・大丈夫か?」
ウソップは自分の頭を人差し指一本で突付いた.
ゾロの頭が大丈夫か、と尋ねたいらしい。

「サンジとやりあったやつらしいぜ.」
それを聞いて、だんだんと ゾロの記憶がはっきりして来た。

(・・・俺は負けたのか.)
まず、頭に浮かんだのは、悔しそうに言っていたサンジの顔だった.

そうだ、それをまず こいつに聞かねえと。

思いついたとたん、体が勝手に動いて 「ハヤト」を乱暴に揺さぶっていた。

「やめろ.ゾロ!!まじで ヤバいんだって、こいつ!!」
ウソップが止めるものの、ゾロの腕力に敵うはずがない.

「おい、目を覚ませ!!勝手に死ぬな、聞きてえことがあるんだ、おい!!」
「ゾロ、よせって、死んじまう!!」

ハヤトの口から ゴボゴボと嫌な音を立てて 血が噴出した。
それでも、意識は戻らず、ゾロの揺さぶりも止まらない。

「ゾロ!!止めろ!!」
チョッパーが血相を変えて飛びこんできた.

すぐにゾロの手から 「ハヤト」を引き剥がし、脈をとる。

「死んじゃうだろ!!」チョッパーは ゾロに向かって大声で怒鳴った。

「退け、チョッパー!!そいつは、サンジを殺そうとした奴だぞ、なんで
庇う!!」
激昂するゾロにも チョッパーは怯まなかった。

今にも 殴りかかろうとする勢いのゾロの前に小さな体のまま
立ちはだかり、怒りに燃えているゾロの翠の目をその炎をそっくり
映しこんだ 瞳ではね返す。

「俺は海賊であるのと同時に医者なんだ。患者の命に優劣はつけられない。」
「例え、それが仲間を傷つけた敵であっても、見殺しには出来ない.」



「・・・サンジなら、わかってくれる.」
チョッパーは、「ハヤト」に治療を施しながらそう言った。

例え、自分達に危害を与える可能性の在る人間であっても、
空腹で死にかけてるなら、サンジは、自分の務めとして
躊躇うことなく 心身ともに満たされる食事を供給するだろう。


「ゾロにはゾロの剣士としてとるべき方法があると思う.
けど、あの男を殺そうとするなら、俺は、ゾロを止める権利がある.」

「患者を守るのが 医者の勤めだから。」
チョッパーは、真っ直ぐにゾロを見た。

いつもの気弱なトナカイはそこにはいない。

ゾロは、溜息をついた。
「・・・わかった。じゃあ、あいつがもとの体に戻ったら好きにさせて貰うぞ.」

「・・・無理だね.」
チョッパーは即座にその言葉を否定した。

「両足が複雑骨折してて、筋が何本か切れてた。歩くだけで精一杯だよ。」
「左手首も粉砕骨折してるし、切断するしかないんだ。もう、海に出て、剣士としてなんて生きていけないよ。」

チョッパーの腕を持ってしても、「ハヤト」は二度と剣が持てない体に
なっているらしい。


「そんな無茶をするなら、サンジに会わせないよ.」
チョッパーは、冗談とはとても思えない真剣な声でゾロにそう言った。

「ゾロも重傷なんだよ。並の人間なら 死んでるかもしれない.」

ハヤトの治療を終え、チョッパーは ゾロに寝床へ戻るようにと仕草で
急かした。

「ウソップ。サンジの様子を見てきてくれ。まだ、目が離せないからね.」
意味ありげにそういうと ゾロに向き直った。

「・・・あいつ、そんなに?」
途中まで自分で運んでいたのだ.
その状態から考えると決して安心できる容態ではなかったはずで
すぐにでも、起きあがってその様子をこの目でみたいと思った。


「気になるなら、俺のいうことを聞いてくれ.2日で動けるように治してやる.」

「あいつ、どんな様子だ?」
ゾロはチョッパーが落ちついている様子を察して そう 心配することもないのかという
期待を込めて尋ねてみた。

「・・・・大丈夫だよ、本当に.今は、よく眠ってるから.」

「・・・・2日、我慢してくれ.サンジのことは何も心配いらないから.」

ゾロは、そのチョッパーの言葉を信じ、今まで決して その指示に従ったことなどなかったのに ナミが呆れるほど従順な患者になった。

その2日間、ゾロにとっては異様に長く感じた。
隣には 例の男が意識朦朧とした状態で横たわっているのにも イライラしていたが
とにかく 貪るように眠って時間をやり過ごした。


サンジの方は、意識が戻った途端、
「片腕は使えるから 料理も出来るし、起きあがれる」と言い出し、
チョッパーを困らせていた。

「片腕とかそんなことが問題なんじゃなくて、血が少ないのが問題なんだよ.」
と説得しても 聞く耳持たない.

ゾロが一度も自分の前に顔を見せないことが少し 気にはなっていたものの
それを口にするのも気恥ずかしくて その 埋め合わせに我侭を言っているのだ.

「・・・へえ。ゾロは我慢強く俺のいうことしっかり聞いてるけど、」
「サンジは、ゾロより辛抱強さが足りないよ.」

「う・・っ」

チョッパーは、ひととおり サンジの言い分を聞いてから 少し意地の悪い声で
そう言った.

ゾロと比較され、「劣る」と言うレッテルを貼られるのを嫌がるサンジには
効果的な方法だ。

それで、サンジは安静に、という主治医の指示に従わざるを得なくなった.

そして、ようやく 2日が過ぎた。

その日の朝、ゾロはチョッパーが呼びに来るのももどかしく、
勝手に起きあがって サンジの病室(男部屋)へ向かった.

まだ、朝日が昇りきっていないほど、早朝だった。

サンジは、寝床の中で横向きに寝そべり、煙草を吸っていた。

「おい。」ゾロが声をかけると、
「よお。」と 以外に元気な声が返ってきた。

ゾロは、自分もその隣に仰向けに寝転がった。
「生きてたみてえだな。」ボソッとゾロが呟く.
本当は、すぐにでも 抱きしめたいが それで悦ぶような男ではないし、
暴れられて 傷を悪化させては また チョッパーに出入り禁止にされてしまう事も
考えて 敢えて 我慢し 横になっただけだった。


「…ロロノア・ゾロを穢している。」

「なに?」ゾロは、サンジの言葉を聞き返した。
サンジは、ふーっと大きく 煙草の煙を吐き出した。

「…って、いいやがったんだよな。」口に咥えた煙草は、
ゾロが指で摘み上げ、近くの灰皿に押しつけられる.

「…何しやがる.」
「ドクターストップなんだろ、煙草は.」

ゾロに恨めしげな目つきをしたものの、まだ、麻酔が効いているのか
自由にならない体でゾロに歯向かう事も出来ず、
口を利くのも 億劫な状態なのでサンジはタバコはひとまず
諦める事にした。

「どう言う意味か、わからねえんだよ。」

サンジは、簡素に話しを続けた.

「俺をお前が穢しているって?馬鹿じゃねえのか、あいつ.」
ゾロは、吐き捨てるようにそう言った。

「・・・そういわれて、考えれば考えるほど意味がわからねえんだよ。」
サンジは溜息をついた.

実際、考えている暇などなかった.
川岸で対戦して、その後気を失って 気がついたら ここにいて、
こうして話しをしているのだから、本当は 何も考えていなかったのだが、
話しながら 考えてみることにしたのだった。

別にゾロに尋ねているわけではない.

ただ、頭の中だけで考えたところで 最初から意味などわからないのに
改めて考え直したところで新しい答えが出るとは考えにくく、

とりあえず、当の本人なのだが、口に出してみて色々思案した方が
手っ取り早い、と短絡的に考えての事だった。

「で、動揺したのは事実だ.…意味なんか、わからなかったのに.」

ゾロは、サンジのその考えを踏まえた上で 黙って聞いていた。

「あいつ、俺とお前のその…あれを見てたわけだろ。」
小さくそういうと、次の言葉を捜した。


ああ、もう、煙草がねえと話しづらいもんだ、とサンジは思った.
何がいいたいのか、さっぱりまとまらない.

なかなか 話が進まない事に焦れて ゾロが口を開く.

「難しく考える頭がねえなら 考えるだけ無駄だろ。」
「穢れるなんて、綺麗なもんが汚れていく事を言うんなら.」
「俺はとっくに汚れてるんだよ.」
「自分でもわからねえくらい、人の血を浴びてるんだからな。」

今度はサンジが黙った。

「そんなつまらねえ事いうような奴のこと いちいち 気にしてられねえよ。」
「俺がやりたいようにやって、誰に何を言われようと知ったこっちゃねえ.」

「お前だって、そうだろうが.」
ゾロは サンジの答えを促した。

「そのつもりだったんだが、面と向かって堂々と意味不明の事を言われて
動揺したのは事実だ.」

ゾロがサンジの答えを鼻で笑った。
「…頭が悪イと苦労するんだな.」

「なんだと!!」サンジがむくりと起きあがる。
その時、
「ゾロ、気がついたよ!!」チョッパーが男部屋の扉を開いて顔を出した.

寝床で起きあがっているサンジを チョッパーはすぐに咎める。
「駄目だよ、寝てなきゃ!!」

「なあ、俺もあいつと話しがしてえ」梯子を伝って降りてきたチョッパーに
押し倒されながら サンジが頼みこんでみる.

「駄目だ.」当然断わられる。
「ハラマキはよくて なんで俺は駄目なんだ.」そして、その事に対して
不公平だとサンジは文句を言う。

「ゾロは、サンジが眠っている間、俺の言うことを珍しくちゃんと聞いてくれたから、
もう 動けるまでになってるけど、サンジは俺の言うこと何も 聞いてくれないだろ.」

チョッパーは 医者の顔をしている時 この船の誰よりも頑固だった。
一度 「NO」といえば 自分の判断で「YES」となるまでは
その意見は 変わらない。

「・・・・石頭トナカイ。」サンジは仕方なく 悪態をつく。
「何をいっても無理だからね.」手早くサンジの腕にアルコール綿を拭いつけ、
さっと 無造作に注射をする。

「ゾロ、行こう.あいつもそう長く話せないだろうから.」
ゾロを促し、梯子を登っていく.

その姿をサンジは急速に重たくなる瞼を苦労して持ち上げながら見ていた.

(…クソ・…チョッパーの奴、本当に俺を信用してねえな・・・・)
いう事を聞かない患者には、情け容赦なく 安静を強いる船医に 
サンジは 寝床に倒れこみながら まだ、心の中で恨み言を呟きつつ
意識を失った。


「…ごめんな、ゾロ.」チョッパーは 歩きながらゾロに謝罪の言葉をかけた。
「なにが。」ゾロはその意味がわからなかった。

「サンジを眠らせてばかりで.全然 話が出来なかっただろ.」
チョッパーは 二人の関係を知っている。
他の乗組員も知っているが ゾロはともかく サンジに対してその事を
口にするのは チョッパーだけだ。

昼夜問わず、サンジの容態を案じ、その上その怪我の原因でもある
見ず知らずの男の面倒まで見て 更にゾロまでも労わっている。

「あいつがもう少し 利口だったらこんな苦労かけねえんだ。謝るのは
俺のほうだ.」
ゾロは苦笑いを浮かべて 自分もチョッパーに謝罪した。

「…無理だよね.」「ああ、いくらお前でも治せねえだろ.」
「「馬鹿につける薬はないって言うから」」二人は同時に同じ言葉を口にする。



「ハヤト」の容態は決して 楽観できる状態ではない。

最初のチョッパーの診立てどおり、サンジが負わせた傷は 彼の「剣士」としての
一生を諦めさせるに充分なダメージを彼の体に与えていた。

怪我のダメージよりも、精神的なものの方がはるかに厄介なのだ.

「剣士」として、ロロノア・ゾロを目指してきた男が
二度と 剣を握れなくなったのだ。自分の人生に絶望しても無理はない。

しかし、ゾロにはそんな事はどうでもいい事だ.

自分と置き換えて考えることも 全くしなかった。

サンジを傷つけ、命の危険に晒した.
それだけの男で、憎しみ意外何の感情も沸いてこない.


「ゾロ.」魔獣と呼ばれた男である.


冷静な時はいいのだが、なにより サンジがらみだと どう豹変するか
予想も出来ないので、チョッパーは 「ハヤト」と話しをさせる前に
もう一度 冷静でいてくれる事をゾロと約束したがった。

そんなチョッパーの表情を見て、ゾロは薄く笑った。
「大丈夫だ。馬鹿なことしねえよ.お前とあいつが助けた命だからな。」


憧れのロロノア・ゾロに詰問され、「ハヤト」は興奮したようだった.
だが、それでも 自分のした事に対して 少しも 悔いてはいない、といった。

「なんだと。」その言葉に 思わず チョッパーとの約束を忘れそうになる.

「古来、剣豪は孤高の道を行くべきだと…・。自分もそうして来た.」
「ハヤト」は語る。


「揺るぎ無い強さ」を求めるなら、何物にも捕らわれては行けない.

食欲
色欲

それらにまみれる事は、剣の道を行くものとして 相応しくない.

ひたすら 孤独に 己の剣の高みのためだけに生きるべきだ・・・と。

それなのに、ロロノア・ゾロは。
・ …サンジに溺れている。

潔く生きるべき男の道にサンジのような 淫靡な男は邪魔だ。
惑わされているなら その迷いを絶ち切るのが 同じ剣士としての
使命だと思った・・・・と。

そこまで聞いた時、ゾロは噴出した。

「お前、俺を一体、なんだと思ってやがるんだ。」
ひとしきり笑い、「ハヤト」にそう尋ねた。

「お前、今思い出したが、道場にいたやつだよな.」

そう言われて、「ハヤト」は自分がロロノア・ゾロにあこがれて
この道を選んだ事も 洗いざらい、包み隠さず全て話した。

「俺を目指した時点で お前は間違ったんだよ.」
ゾロの口調が穏やかになった.
だが、憎しみが消えたわけではない.
自分を押さえるために敢えて 冷静を装ったのだ。

「お前がさっき語ったのは今までの 剣豪たちの生き方だろ.」

「俺は今までのやつらとは違う.」
「孤独じゃねえ 本当の強さってやつを見せてやるよ.」

「なぜ、あの男と、共に・・・?」
弱い息の下で「ハヤト」は尋ねる.

「さあな。お前なんかにいってもわからねえさ.」
ゾロは、「ハヤト」の刀を彼の目の前に翳した。

「あいつの肩に刺さったそうだな.それをあいつは握りこんでた.」
「握りこんだまま、てめえは水の中に倒れてたぜ.」

「じゃあ・・・・。」
薄い意識の中で 自分を担ぎ上げ、川岸まで運んだのは サンジだったと
今 ハヤトは初めて気がついた.

「血がだらだら流れてるのに、刀が川の流れに浚われねえ様に
気を失っても握ってやがった.」
「あいつは、剣士の誇りを判ってる奴だ。」

ハヤトはゾロの穏やかだが 強い眼差しと口調に 言葉が返せなかった.

背中を晒したサンジ.
自分の背中からの攻撃を一切しなかったサンジ。

刀と言う武器をもつ 自分に対して 何の武器も持たず、
…剣士と対峙する同じ気概で 闘っていたサンジ。
 
武器こそ持ってはいないが、サンジも「剣士」の持つ 誇りを持って
自分との勝負に臨んでいたことを 「ハヤト」は初めて 気がつき
愕然とした。

「剣士だけが誇りを持っているわけじゃねえ.」
「ハヤト」の表情を見て ゾロは追い討ちをかけるようにそう言った。

「戦う男なら、どんな奴でも武器は持ってる。」

ゾロはそういうと立ち上がった。
「お前の体は あいつがボロボロにしちまったらしいから二度と剣はもてねえそうだが。」

「うちの船医の診立てだからな。信用するもしねえも お前次第だ.」

「名前はなんて言うんだ。」ゾロは初めて「ハヤト」の名前を尋ねた。


憧れのロロノア・ゾロに詰問され、「ハヤト」は興奮したようだった.
だが、それでも 自分のした事に対して 少しも 悔いてはいない、といった。

「なんだと。」その言葉に 思わず チョッパーとの約束を忘れそうになる.

「古来、剣豪は孤高の道を行くべきだと…・。自分もそうして来た.」


「ハヤト」は語る。


「揺るぎ無い強さ」を求めるなら、何物にも捕らわれては行けない.

食欲
色欲

それらにまみれる事は、剣の道を行くものとして 相応しくない.

ひたすら 孤独に 己の剣の高みのためだけに生きるべきだ・・・と。

それなのに、ロロノア・ゾロは。
・ …サンジに溺れている。

潔く生きるべき男の道にサンジのような 淫靡な男は邪魔だ。
惑わされているなら その迷いを絶ち切るのが 同じ剣士としての
使命だと思った・・・・と。

そこまで聞いた時、ゾロは噴出した。



「お前、俺を一体、なんだと思ってやがるんだ。」
ひとしきり笑い、「ハヤト」にそう尋ねた。

「お前、今思い出したが、道場にいたやつだよな.」

そう言われて、「ハヤト」は自分がロロノア・ゾロにあこがれて
この道を選んだ事も 洗いざらい、包み隠さず全て話した。

ゾロは「ハヤト」が話し終わるまで黙って話しを聞いていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。


「お前がさっき語ったのは今までの 剣豪たちの生き方だろ.」

「俺は今までやつらとは違う.」
「孤独じゃねえ 本当の強さってやつを見せてやるよ.」


「なぜ、あの男と、共に・・・?」
弱い息の下で「ハヤト」は尋ねる.

「さあな。お前なんかにいってもわからねえさ.」
ゾロは、「ハヤト」の刀を彼の目の前に翳した。

「あいつの肩に刺さったそうだな.それをあいつは握りこんでた.」
「握りこんだまま、水の中に倒れてたぜ.」


「じゃあ・・・・。」
薄い意識の中で 自分を担ぎ上げ、川岸まで運んだのは サンジだったと
今 ハヤトは初めて気がついた.

「血がだらだら流れてるのに、刀が川の流れに浚われねえ様に
気を失ってもこれをしっかり握ってやがった.」
「あいつは、剣士の誇りを判ってる奴だ。」

ハヤトはゾロの穏やかだが 強い眼差しと口調に 言葉が返せなかった.

背中を晒したサンジ.
自分の背中からの攻撃を一切しなかったサンジ。

刀と言う武器をもつ 自分に対して 何の武器も持たず、
…剣士と対峙する同じ気概で 闘っていたサンジ。
 
武器こそ持ってはいないが、サンジも「剣士」の持つ 誇りを持って
自分との勝負に臨んでいたことを 「ハヤト」は初めて 気がつき
愕然とした。

「剣士だけが誇りを持っているわけじゃねえ.」
「ハヤト」の表情を見て ゾロは追い討ちをかけるようにそう言った。

「戦う男なら、どんな奴でも武器は持ってる。」

ゾロは立ち上がった。
「お前の体は あいつがボロボロにしちまったらしいから二度と剣はもてねえそうだが。」

「うちの船医の診立てだからな。信用するもしねえも お前次第だ.」

「名前はなんて言うんだ。」ゾロは初めて「ハヤト」の名前を尋ねた。

「ハヤト・・・・だ。」
ハヤトは、名を名乗った.

「今度、俺の前にその面出す時は、」ゾロは、刀を鞘に戻した.
それをハヤトの枕元に置く.

「俺を倒しに来い.そうしたら、お前の野望は一片に片付く。」

「俺の野望・・・?」
ハヤトがゾロの言葉に含まれた意味を自分に問うた。

体が癒せ、再び剣を持つことができる様になったら 何を野望とすればいいのか。

「お前は、負けっぱなしで引き下がるような根性を師匠に教わったのか.
俺の師匠ならそんなことは教えねえ筈だ.」
ゾロが沈黙し、答えを出しあぐねている ハヤトにそう言った.

情けを掛けられた時点で、サンジには敗れているのだ.
その事にまず、気がつかされた.

「お前の野望は、俺とサンジを倒すことだ.」
ゾロは口に出しかねているハヤトに焦れて 自分で勝手にそう言い放った。

ハヤトは ハッとゾロを見上げた.
だが、すでに背中が向けられている。

この背中を目に焼き付けていれば、どんな苦しみでも享受できそうな気がした。



ゾロはすぐに 男部屋に戻った。

サンジの傍らにはチョッパーがいて、傷の具合を診ていた。

「…話し、済んだか」人型になっているのは 指を使って細かい
作業をしているからだろう.

「ああ」ゾロは短く答えて その手元を覗きこむ.

サンジの傷を切開し、縫合し直している最中だった。
ゾロは、何度も その作業を目にしていた.

「なんで、何回も縫うんだ.」

「治癒に任せきりだと、筋や腱が引き連れるし、神経も傷ついてるから
それをこまめに縫合しないと サンジの仕事に差し支えるからだよ。」と
手を休めないまま 答えた。

麻酔がよく効いているのか、サンジはぐったりとしたまま動かず、眠っている。

「普段の生活に差し障りがあるわけじゃないけど、重たい鍋を持ったり振ったりするんだから ちゃんと治して上げたいからね.これが完治するまでは
動かしちゃいけなんだ.」

「俺の言うこと、聞いてくれたらいいんだけど。」
ゾロは、そのすぐ側にしゃがんだ。

「・・・きかせるよ.約束する.」

「本当に?じゃあ、安心だ.」チョッパーは笑った。

ゾロの約束は安心できる.

そして、ゾロがはっきりと約束したのは、サンジのためを思い、
何度も 同じ手間を繰り返しているチョッパーの努力をサンジは
知るべきだと思ったからだ。

チョッパーの作業を手伝いながら、
「チョッパー、あいつ、治るぜ.」と
ゾロはチョッパーが「再起不能」という診断を下したハヤトの事を
口にした。

「そうなってくれる方が嬉しいよ.」
チョッパーは穏やかな口ぶりで答える。

「生命の残量が見えるわけじゃないから 俺が下す診断なんて
ただの憶測だ。それが覆されて 命が続いていくのなら その方がいいに決まってる。」

仲間を傷つけられ、激怒したルフィを諌めたのも チョッパーだった。
自分が怒りに任せて 殺そうとしたハヤトを身を艇して庇ったのもチョッパーだ。

この船の中の誰よりも、きっと 真っ直ぐで優しく、そして頑固な
船医にゾロは 改めて 心から敬意を持った。

次の日から サンジの我侭を一切 きかず 本当にチョッパーの許しが出るまで
ゾロは その指示に従わせた。

それは随分 骨の折れる日々だったが、ゾロが約束をたがえることはなかった。



ハヤトは 歩けるようなり、チョッパーの「もう、動いてもいいよ.」という
診断が下された日、船から姿を消した。

彼は、刀を持って姿の眩ませたことで、ゾロは ハヤトが野望を捨てていないことを
悟り、安堵した。

今度、姿を見てその腰に サンジが握っていた刀を差していたら
その時は 躊躇いなく 自分も刀を抜くだろう。
自分の目の前でサンジに挑むなら それもいい。

「・・・あいつ、いなくなったのか。」
「結局、意味を聞けなかったじゃねえか.」
ハヤトがいなくなったことを耳にしたサンジがさっそく ゾロに不満をぶつける。

「大した事じゃねえよ.お前は余計なこと考えるな。」
「俺達を穢すことなんて、絶対誰にも出来ねえってことだけ覚えとけ。」

そういって、ゾロはサンジの疑問に答えたのだった。
その自信に満ちた口ぶりに、サンジも なんとなく 納得し、もうそのことに触れようとはしなかった。

ゴーイングメリー号は、グランドラインをゆく。

厨房では傷の癒えたコックが
生身の体でも、どんな武器にも敵わない 強さを。

甲板では 己を研鑽している剣士が
誰も到達したことのない、共に行く高みへの道を。

見張り台では 頑固で心優しい船医が
命の重さを知り、それを愛して止まない心を。

それぞれの持つ、「崇高な武器」を胸に抱えて 今日も 夢と一緒に帆を受けて快速する海賊船に乗っていた。



(終り)