縄張りを荒らされた野獣の目だった。

一瞥されただけで 「ハヤト」は竦み上がった。


(・・・・デバガメ野郎が)
ゾロは、相手の気配が萎えたのを察して、行為に没頭する。

「ハヤト」は 怯えながらでも二人の
・ ・・・いや、「サンジ」の姿を見ていた。


男だ。
間違いなく。

しかも、常人より遥かに強い。

だが、ゾロが貪っている「サンジ」は美くて目が離せない。



「・・・・誰かいるぞ、おい。」サンジもその邪な視線に気がついた。
ゾロを引き剥がそうと身をよじる。

「・・・気にすんな。」
ゾロはサンジの言葉も仕草も たった一言で封じこめた。
木に押しつけられて、サンジの動きは完全にゾロの支配下に収まってしまう。


体の熱を放ち合い、木に凭れたままズルズルと崩れ落ちるサンジを受け止め、
ゾロはもう一度 茂みに目をやった。

「・・・ド変態が。」
息を弾ませてサンジが悪態をつく。

「お互い様だろう。・・・・いい感じだったぜ。」
茂みの気配がすでになくなっていることをさりげなく確認してゾロはサンジに向き合った。

「けっ。」サンジは煙草に火をつける。
「・・・・野郎同士の青カン見て面白いのかね。」とのんびりした口調で
着衣の乱れを直しながら 茂みに目をやる。

「へっ。今更 良く言うぜ。気になって仕方がなかったくせに。」
ゾロは、茂みにぶすぶすと刀を何度もつきたてた。

サンジとは逆に 今になってだんだん腹が立ってきたのだ。

「・・・今度外でやろうとしたらぶっ殺すぞ。」ゾロの背中に向かってサンジが言い放つ。

「どこでやろうと俺の勝手だ。」
「ンだと、この変態!!」


サンジとゾロは、この日いつもどおり食料の買出しに来ていた。

賞金稼ぎに取り囲まれて、大暴れした。
その場所にサンジは荷物を置きっぱなしにしてきた事に急に気がついた。

「てめえ、荷物どうした。?」自分が置きっぱなしにして来た癖に
サンジは 振り上げた足をゾロの頭に向かって振り下ろしながら尋ねた。

「知るかよ、お前が持ってたはずだろ。」
ゾロは、その足を鞘から抜かないままの刀で受け止めて答える。

「取って来い!!」
受け止められた刀に踵を押しつけ、サンジは高く跳躍した。

ゾロの背中がわに着地し、そのまま回し蹴りをくりだし ゾロの首筋の横、
ホンの1センチの位置でピタリと止めた。

「・・・俺の勝ちだぜ。」と含み笑いをした。


「剣士に後ろから攻撃するとは、品がねえな。」
本気でやり合っていたわけではない。いくら サンジの動きが 瞬きするほどの
早さであっても、ゾロがそう簡単に後ろを取られる筈がない。

ただのじゃれ合いだ。
サンジもそれくらい、判っている。

おそらく、今のゾロはこの世の中でも 10本の指に入る剣士だと認めている。
いくら 自分が体術として極めたゼフ直伝の「赫足」の技を
体得していても、本気でやり合えば 命を落とすのは自分の方だ。

それでも、
「てめえは丸腰の俺相手に刃物を使うじゃねえか。品がどうのこうの言う次元じゃねえだろ。」と
言い返した。

「・・・とにかく、荷物だ。さっきの広場にあるはずだから、取って来い。」

結局、言い争いの結末がつかず、二人で取りに行ったが そんなものが
海賊や賞金稼ぎがゴロゴロいる 治安の良くないこの町で いつまでも
放置されているわけがない。

買い直そうにも、日はすっかり暮れて、店はもう閉まっていた。

仕方なく、二人はその日は船に戻ることにした。



次の日も。

その次の日も。

二人は賞金稼ぎ相手に暴れた。

どこから涌いて来るのか、一度に何十人も現われるのだ。
それはそれで、ただ、買い出しに来るよりも ゾロもサンジも 楽しいのだが、
いつもそれで 荷物を忘れる。
ゾロは、「ぶっ殺す」といわれたものの、その後必ず サンジが欲しくなる。
欲しくなったら、我慢できない。

サンジとの行為を咎めるような視線をゾロは背中に感じていたが、
危害を加える気がなさそうなので、放置していた。

3日目、ようやく 乱闘の後、荷物を忘れることなく二人は 船への帰路を急いでいた。

ゾロもサンジも両手にたくさんの荷物を持っている。

「おい。」
サンジが急に立ち止まった。

「クソ気分が悪い。ぶちのめしてきていいか。」

当然と言えば、当然、サンジも「ハヤト」の視線に気がついていたのだ。

まるで、下賎のものを見下しているようなそんな嫌な視線。

サンジは自分をそんな目で見ている人間がいることに腹を立てていた。

ゾロは、「くだらねえ事で腹を立てるな。」と嗜めたが、サンジのプライドの高い気性もよく知っているから
 しつこくは止めない。

「・・・自分の荷物は自分でちゃんと持って来いよ。」とだけ言った。

サンジは、自分の持ちものを放り出し、いきなり踵を返して 例の気配を追い掛けた。



サンジは、自分たちの跡をつけている男の目の前にいきなり その姿を晒した。


「ハヤト」は、自分を遮るように立ちはだかるサンジを真っ正面から見据える。


サンジの方から口を開く.

「てめえの目つきが気にくわねえ.」


「ハヤト」がその言葉から発せられる 気迫を感じて 武者震いを起した。
「一体、俺達に何の用だ。」

用など聞いたところで、サンジの「ぶちのめしてやる」という気が変わるわけではない。

挨拶のようなものだ。
だが、「ハヤト」は不遜な態度ながら、サンジの問いかけに ぼやかした答えを返してきた。

「俺は、お前を殺す。」

その場でサンジに斬りつけんばかりの形相で 「ハヤト」は刀の柄に手をやる。

その言葉にも、サンジは鼻で笑って言い放った。

「じゃあ、屍が転がってても邪魔にならない場所に行くか。」
サンジは、「ハヤト」に背を向けて、先に立って歩き出した。


刀と、自分の肉体との戦いに 怖れも怯えも感じなかった。


戦闘シーン「サンジ編」


山間の清流が清清しいはずの空間に、刀を2振り抜いた、漆黒の髪の剣士と、
丸腰の黒いスーツの男が対峙している。

空気がびりびりと裂けるような 殺気をぶつけ合っていた。

「・・・てめえに殺されなきゃならねえ理由が知りてえ。」
サンジは、煙草を口に咥えたまま、目を据え、剣士を睨みつけた。

「知ってどうする。」低い声で剣士は答えた。

「知らないまま、黙って斬られなきゃならねえほど、悪イ事はしてねえつもりだが。」
サンジは、抑揚のない口調で詰め寄る。

「それに、あんた、一体何ものだ。俺を狙うって事は賞金稼ぎか、海軍の回し者か、どっちかだろ。」

「名前など、お前が知らなくてもいい。俺がお前の命を狙う理由も、お前に言うつもりもない。」毅然と男は答えた。その言葉に曇りも、迷いもない。

サンジを倒す、サンジを殺す。その一点だけを真っ直ぐに見据えた目つきだった。

(この男に何を聞いても無駄だ。)

サンジは、見下すような視線でその男を見た。

(・・・かなりの使い手だ。)
ゾロの知り合いのようだ。殺すか。
・・・・殺せるのか。

殺す気でかからなければ 自分が危ない。

ゾロの構え。一本足りないが、それは、鬼斬りの構えだった。

サンジの体がふと、軽くなる。
相手の次の動きが読める、という確信が沸いてくる瞬間。


戦闘中、時々感じるこの感覚。
集中し、高揚した時に体中の全ての器官が自由自在になるような、そんな感覚だ。

「行くぞ。」男は、そういうが否や、ゾロと全く同じに突っ込んできた。

側面か、上か。

サンジが逃げるのはそこしかない。

だが、サンジは自分から剣士に向かって体を投げ出すかのような加速をつけて、
飛びこんだ。

刀が交差するその一瞬、十文字になる刃に足の裏をぶつけ、そこを力点にして、
上半身に重心を集中し、剣士の肩に軽く手を沿え、頭の上で体を半転させて
飛び越えた。

剣士の背中がサンジの視界に入った。
「ムートン・・・。」
ここで、この技を出せば この勝負はサンジの勝ちだった。
だが。
(・・・剣士の背中から攻撃するなんて、品がねえ。)
咄嗟にゾロの言葉が頭に浮かんだ。

サンジは ムートンショットを放たなかった。

(だめだ、背中を狙っちゃいけねえ。)
サンジは地面を転がり、再び剣士との距離をとった。

刃物をもっている相手になんの躊躇いもなく 飛びこんできたサンジに
剣士は少なからず、驚いたようだ。

だが、無言で今度は違う型に構えを正し、サンジに刃を向けた。

「とおおおっ」それは、針の様に鋭い突きの連続だった。

両手で間断なく繰り出される突きは、上段、中段、下段、と不規則に
サンジの体を狙って突き立てられて来る。

防戦一方で、サンジは、川岸に追い詰められてしまった。

防戦と行っても、本当に避けるだけなのだ。
受けることは出来ない。

一振りの刀なら、一撃を避けてしまえば返す刀を待つ間に
攻撃を仕掛けることも出来る。

だが、二振りの刀は厄介だ。

飛びこむ隙がない。


「ハヤト」はサンジの動きを制するように長い方の剣を正眼に構え、もう一振りは上段にかまえ直した。

(・・・なんとか、一振りどうにかしねえと・・・。)
サンジは、ジャケットを脱いだ。少しでも、身軽になるためだ。

後、数cm後ろへ下がれば 川の水に足を取られる。

なんとか、川岸の足場を確保したまま、先に攻撃を仕掛けなければ勝機が薄れる。

「とおりゃあああっ」
サンジが動くより先、「ハヤト」が動いた。

正眼の構えからサンジの腹部を狙って戸惑いもせず、まっすぐに 突き、そして
それを横に体を回転させて避けたサンジへ 空気を水平に切り裂くように左手の剣を一閃させ 追い討ちをかける。

さらに、その攻撃が空を切ると、右手の剣を再び上段へ振り上げ、
サンジの肩口を狙う。

その攻撃もサンジに届くか、届かないか定かでないうちに 左手の剣は
反対側の軌道を刻み、十文字に銀の光が交差した。

振り下ろした刀を自身の脇の下で翻し、ふたたび「鬼斬り」の構えを取り、
突っ込んできた。

間断なく繰り出される攻撃だったが、サンジのバランスはまだ失われていない。

この「鬼斬り」は、さっきと同じタイミングで飛びこんでも避けられない。

必ず、サンジが足をぶつけるその瞬間をずらして来るはずだからだ。

地面を蹴った。
それが、相手の狙いだとしても、そうするしか避けられなかった。

落下スピードはコントロールできないが、その位置をずらすことはできる。
(刀、一振りは貰うぜ、俺の左肩と引き換えだ。)

上空に飛びあがらせ、その落下したところをサンジなら再び 跳躍するだろう。
そこに刀を叩きつければ サンジ自身の脚力が加えられ、大きなダメージを与えることができる。

「ハヤト」はサンジを追い詰めた、と思った。



だが、サンジが「防御」や「保身」を一切、知らない男だということを 
「ハヤト」は計算に入れなかった。
 
音もなく、サンジは猛禽類が空から舞い降りたような風情で着地する。

軸足に力が篭ったのを、「ハヤト」は見逃さなかった。

そして、それをわざとサンジは「ハヤト」に見せたのだ。

刃は叩きつけなかった。

サンジのスピードに対応できるように咄嗟に 上段からの袈裟懸けを止め、
脇にしっかりと引寄せていた右手の剣で解き放たれた矢の素早さを持った
銀色の光りがサンジの肩口を刺し貫く。

肉が裂ける音がした。

その瞬間、「ハヤト」は 確かに見た。

煙草を咥えたまま、サンジが勝ち誇ったように笑う顔。

サンジは、自分の肩を貫いている剣を持つ 「ハヤト」の手首をつかみ、
自分に引寄せ、その腹部に 腸(はらわた)を握り潰すような圧力の
膝蹴りをめり込ませる。

思わず、刀から手を離し、前のめりに倒れる「ハヤト」の襟首を 無傷な方の
手で鷲掴みにして体を置きあがらせ、一旦、ぐっと引寄せてから 突き飛ばし、
そこへ軽く足をワンステップした前蹴りの追い討ちをかける。

滑らかな動きだが、「ハヤト」の内臓にかかる衝撃は 大きなダメージを確実に
彼の体に刻みこんだ。

たった、2回の攻撃で、「ハヤト」は地面に手をついた。
腸だけではない、肺も圧迫され呼吸が出来ない。
今の攻撃で間違いなく 骨も傷ついた。

サンジは、両手で刀の柄を握り、足を踏ん張って少しづつ、刀を途中まで引き抜いた。

(刀が刺さってる時は、無理に抜くな。静かに抜くんだ。)

ゾロがそう言っていた。
だが、自分の手でひきぬく激痛は 意識がそれだけで遠のきそうだった。

「ううっ・・・・。」思わず出した呻き声だったが、それでも なんとか
3分の2をゆっくりと引き抜いた。

相手が立ちあがる前に引き抜かなければ。

そして、ゆっくりと引きぬくことで感じる激痛から早く逃れたかった。

(・・・ゆっくり、抜くんだ。)

ゾロの言葉が頭をよぎったが、余りにも痛い。
(・・・俺は、あいつと違って並の人間なんだ。化け物にはできても、)
(俺には、我慢できねえ。)
この痛みを倍増させるような、そんな悠長なことはできない。

サンジは、歯を食いしばって一気に刀を引き抜いた。


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