ゾロは大きく、深く深呼吸をしてみる。
(とりあえず・・・気を落ち着かせねえと)
エロい気分、と言う奴を一旦、落ち着かせないと見えない力に隔てられて、
サンジに近づく事さえ出来ない。

ゾロは目を閉じ、ふー、と大きく息を吐き出してから目を開けた。
真正面に膝を立て、呆れ顔をし、自分を見ているサンジを見返すと、サンジは
ややからかうような声音で
「落ち着いたか?」と尋ねてきた。
「お前はどうだ」ゾロは逆に聞き返す。

「まあ・・・落ち着いたつもりだが」とサンジはまるで他人事を話すような
口ぶりでそう答えた。

くっつく時も物凄い勢いだが、吹っ飛ぶ時もハンパではない力で、お互いの体から
弾き飛ばされる事を学習しているので、二人ともお互いの性欲を探りあうように、
反対側からそろりそろりと這い、近づいた。

四足の動物が額をつき合わせるような格好で、どうにかお互いの目の動きがはっきりと
わかるくらいの距離に近づく事が出来たが、どこで弾き飛ばされるかと
緊張していた所為で、二人とも、なんとなく息を詰めていた。

目と目が合った途端、力が抜けて、詰めていた息がふう、と漏れる。

「厄介だな」とゾロが言うと、サンジは半ば諦めた風で
「腹立てながらヤろうとする方が無理なんだ」と答えた。

落ち着いた気持ちのままなら、向かい合って話していてもなんの支障もない。
だが、ゾロはサンジの体に障ったら、エロい気持ちになってしまうし、
サンジもゾロが熱っぽい目をして、自分の体に触れてきたら、エロい気分になってしまう。
そうなったら、またとんでもない勢いで格納庫の端と端にまで吹っ飛ぶハメになる。
それが分かっているから、手を伸ばす事も出来ず、それを強請る事も出来ず、
低く唸ってただ座っているだけだ。

(とにかく、もう一度密着してみるか)
今度離れそうになったら、腕づくでも離してなるものか。

そう決心して、ゾロはサンジに悪態をついてみる事にした。

「お前があの菓子を食わなきゃこんな事にはならなかったんだ」とボソリとわざと
サンジに聞こえる様にゾロは呟く。
「ああ?まだ、そんな事ヌカしてんのか?!」とサンジの眉がギリっと上がった。
「てめえが食ってなきゃ俺が食ったところで何の支障もなかったんだろうがっ?!」
「普段は甘いモノなんか見向きもしねえくせに!」とサンジはゾロが目論んだとおり、
すぐに腹を立て始める。

(単純な奴で助かった)とゾロは思った。
サンジだけが怒っているなら、きっと、お互いの体がくっついて身動きできない、と言う効果は半分しかないだろうが、それはそれで好都合だ。
「誰もてめえに食わせるつもりで置いてたんじゃねえよ!」と怒鳴ったら、
「俺はナミさんが俺にくれたオヤツかなんかだと思ったんだよ!てめえが置いてたなんて分かってりゃ、絶対に食ってねえ!」とサンジはブリブリ怒り出した。

そっとゾロがサンジににじり寄ってみたら、予想通り、肩先がぴったりとくっつく。
だが、二人、同時に怒った時よりもずっとひきつける力は弱い。
(よし、・・・)ゾロは思い切って、サンジの肩に自分の肩をくっつけたまま、
反対側の腕を伸ばして強引に自分の方へ向き直らせた。

「なんだよ!」人の話を最後まで聞かずに勝手な事を、とサンジは言いたげな顔で
そう怒鳴った。
「いいから、そのまま怒ってろ」ゾロはそう答える。勝手に顔がニンマリとだらしなく
緩んだ。

怒りとエロい気持ちを、相殺すればなんとかなる、とゾロは考えたのだ。
だが、甘い。

ゾロがエロい気分になり、サンジが怒り狂っている、と言う状況など有り得ない。
それでも、自分の欲望を成し遂げようと言うのなら、ただの強姦だ。
「止めろ、変態!」と最初はゾロの考えている事を大方、察してサンジも
抵抗してはいたが、だんだんそれが本心ではなくなってくる。
「ちょ・・・止めろって・・・」とゾロがサンジの首筋に唇を這わせ始めた途端に、
抵抗の力が一気に弱まって、声が艶っぽくなって来てしまった。
口付けられて、ゾロの手が体をまさぐっているとサンジもエロい気分になるに決まっている。
(怒ってりゃいいのに)とたまにはそんな感じも悪くないと思ったのだが、
もうサンジもエロい気分になりつつあるのをまた、怒らせるのも億劫だ。

だが、このままではまた弾き飛ばされる。
(今度こそ、弾き飛ばされて堪るか、)とゾロはいつもよりもずっと強い力で
サンジの体をギュウギュウと抱き締めてみた。
「お前・・・俺を絞め殺す気か?!」と言われて、ゾロは必死に言い返す。

「お前までエロい気分になったらまた弾き飛ばされるだろうが」
「弾き飛ばされる以上の力で引っ付くんだよ、お前も!」

多分、そう怒鳴ったゾロの顔には言いようのない迫力があったのだろう。
ゾロに組み伏せらた様な格好で抱き締めらているサンジは呆気にとられた顔をして
ゾロを見つめ、それから有無を言わさず、気圧された様な雰囲気で
ゾロの背中に腕を回してきた。

合わせた胸、腹の間に風船が入れられて、それにどんどん空気が入ってどんどん
大きくなっているような。
首根っこを何かが引っ掴んで、二人を無理やり引き剥がそうとするかの様な。

「うお、引っ張られる・・・いや、なんか腹を押されてるぞ?!」とサンジは
ゾロにしがみ付いて喚いた。
ゾロの背中に回っているサンジの手が力を入れすぎてブルブル震えている。
「てめえの腕力は、ナマケモノ以下か!しっかりしがみついてろ!」と怒鳴るものの、
ゾロの腕も筋肉と筋が張り出して膨れ上がっていた。

そして、本来、弾き合う筈のエネルギーは、行き場を失い、全く見当違いの方向へと放出される。

「うお!」
「痛エ!」
「ギャ!」
「おわ!」
ゾロとサンジは、さっきどうにかお互いの体を引き剥がそうとして転げまわったのと
同じ様に、まるで、ゴムボールが弾んで転がる様に、樽があろうが、箱があろうが、
砲弾があろうが、自分たちで全く制御出来ない方向とスピードで、
格納庫の中を抱き合ったまま、転がり、そして、ボウン、ボウン、と床を跳ね回った。

エロい気分なんてとっくに消し飛んでいるのに、行き場のない、凝縮されたエネルギーの威力は壮絶で、二人は止めたくても止められず、跳ねるに任せるしかない。

「やっぱりてめえの頭はカビが生えてんだよ!」とサンジが喚いて、とうとう、
ゾロの腕を振り払う。
ダン、ダン、ダン!と二人とも無様に床を転がったが、どうにか体の自由を取り戻す事が出来た。

「・・・謝るなら、知恵、貸してやってもいいぞ」
サンジはゾロとまた一定の距離を取った場所からそう言ってきた。

諦めの悪い自分に同情してなのか、
それともサンジも我慢ならないくらいゾロとヤりたいのか、ゾロには分からないが、
こんな目にあってもキレないで、それどころか、ゾロに知恵まで貸してくれると言う。
その好意と言うのか、気まぐれと言うのか、とにかくその言葉にすぐにでもゾロは
縋りたかったが、謝る気などないのに謝るのは、やはり、本心ではない。
どんな時だって、裏返しの気持ちを口に出来ないから、今、こうして転げまわっているのに、謝罪の気持ちもないのに、謝れない。
だから、尋ねた。

「謝るって何をだ」

そう言うと、サンジは黙ってゾロを見つめる。
その顔は「自分で考えろ」と言っていた。

「すまん、俺が悪かった」とゾロは頭を下げる。
ただ、言葉は少しだけ省略する。
(俺があそこに菓子を置いたのは、謝る)と言う言葉だけはサンジの耳に聞こえないように、心の中でだけ呟いた。

「・・・よし、」とサンジは深く頷き、立ち上がった。
「ちょっと、待ってろ」そう言うと、格納庫を出て行った。

それから、しばらくしてサンジは冬の気候の海域を通過する時に使う、
持ち運び出来るストーブと、たくさん水の入った桶を抱えて格納庫に戻ってきた。

「水を飲んで、死ぬほど汗をかく」
「ボンボンの中に入ってたのは、36時間持続する薬だったら汗かいて、無理やり
体の外へその薬の成分を出すんだ」

二人は、通風孔だけを開いて、格納庫の中で火を焚き、毛布を被ってうずくまった。

ゾロはサンジに言われたとおり、水をガブガブと飲む。
樽に注いだ水をそのまま、その縁に口をつけてがぶ飲みをしていた。

「こう熱いとアラバスタの砂漠を思い出すな」
「ホントだな、あの時は水も飲めなかったから今よりキツかったか」

ゾロとサンジは汗をダラダラ流しながら、酒の話、今まで過ごしてきた思い出話、
サンジと出会う前の話、ゾロと出会う前の話などをして、時間を潰す。

サンジの体が徐々に汗で濡れ、頬が紅潮していく。
熱くて、気だるげで、たまに暑苦しいのか、息を吐く仕草がたまらなくソソる。



ゾロはそれが目に入ったら、慌てて目を逸らした。
(また、弾き飛ばされたら、堪ったもんじゃねえ)

目を逸らしながらも、お互いの話を聞き、話す、その他愛ない時間も、きっと楽しかったのだろう。
二人が汗まみれになるのに、少なくても一時間以上は掛かったのに、ゾロはその間、
全く退屈だとは思わなかった。

「そろそろ、試してみるか、」と言い出したのがゾロではなく、サンジだった。
「あ、・・ああ、そうだな」
サンジの話が一段落ついて、ゾロはもう少し、サンジの話を聞いていたかった様な気がしていたが、グズグズしていては夜が明けてしまう。
名残惜しい気もしたが、(終わったあとでも聞けるしな)と思い、体ごと
サンジの方へ向き直った。


戻る    次へ