「ふう、・・・・」とサンジは小さく目を伏せて、小さなため息をつく。
被っていた布を取り、それからゆっくりと、ゾロの顔へと目を上げた。

誘っているつもりは全くない癖に、サンジはその仕草だけでゾロの欲望を呼び寄せる。

(・・・どうやって、どんな風に試すつもりだ、こいつ)とゾロは訳もなく
緊張した。いや、緊張ではなく、期待をした。

サンジの顔が真正面にある。
それも、もう少しにじり寄れば、お互いの吐く息の温度が分かるくらい側にあるのだ。

サンジから、試す、と言ったのだ。
そして、無意識でもゾロを誘うような仕草を、実際して見せているのだ。
期待するな、と言うほうがおかしい。

ごくたまに、サンジはとてもゾロに優しく触れてくれる時がある。

そんな行為の最中に、サンジはゾロの唇や、髪に触れ、
ゾロの体全てを愛しんで、慈しんで、魂まで包まれてしまいそうに思えるくらい、
優しく柔らかく、甘く、ゾロを抱き締める。
その抱擁は、(俺はこいつに世界の誰よりも大事にされてる)と、
うっかり翌朝まで本気でゾロを思い上がらせてしまうくらいだ。

そんな甘いぬくもりをゾロは期待した。
目の前の、やや火照って、紅潮したサンジの顔をゾロはじっと見つめる。

自分から口付ける時はさほど緊張しないが、サンジからそうされるのをじっと待つのは
どうも照れくさいし、浮かれている割に、柄にもなく緊張してしまう。

サンジの蒼い目の中に、物凄くこわばった顔付きの自分の顔までハッキリ見える。
それくらい近い場所に二人は近づいた。

お互いが怒っている時には不自然に引き合った時とは全く違う、見えない力が
二人の体をそっと引き合わせる。

口づけする、と言うだけでゾロの心臓は高鳴っている。
それは、少しでも淫らな感情を持てば、また何かに弾き飛ばされてしまう、
自分の意思と関係なく転がりまわって、壁だの箱だの樽だのにぶち当たって
痛い思いをする、そうなりたくない、と言う緊張からくる動悸のはずだ。
なのに、その心臓の鼓動は、ゾロに懐かしい感覚を思い出させた。

甘さが混じる、緊張と興奮に高鳴る心臓。
初めてサンジと口付けを交わした時と、同じ音が、今、自分の心臓から聞こえてくる。
ゾロはその音をじっと聞き、感じ、思い出した。

欲望など、欠片もなかった。
そんなモノを抱いて、サンジに触れる事など出来なかった、最初の口づけ。

その時の、穢れのない気持ちをゾロははっきりと思い出せた。

そうすると、不思議に心の中にその時と同じ気持ちが溢れてくる。
言葉で足りない、伝えきれない気持ちを補う為に触れ合うだけ。

そんな気持ちでゾロはそっとサンジと唇を重ねる。

いつもと少しも変わらない口付けを交わしていると、
強風の中で抱き合うような相反する力を感じても、二人の体は
柔かく触れ合って、離れる事はない。

「・・・どうなんだろうな」
少し唇を離し、サンジはそう言って照れ臭そうに笑った。

サンジもゾロと同じような、積み重ねてきた過去の、最初の入り口に戻ったような
感覚と気持ちを感じながらの口付けだったのだろう。
そして、照れ臭そうに笑った顔を見て、ゾロも思わず、同じ様な笑みが浮かんだ。

(こいつ、わかってやがる)

手に触れられない、形のないものなのに、自分の心は間違いなく相手の掌の中に
包まれていて、自分も相手の心を掌に包んでいる。

今、ゾロはそんな温かな気持ちを感じていて、そしてサンジも今同じ気持ちでいる事が分かった。

「なんだ、わからねえのかよ」
バカにしたような声を装って見たけれど、その声には自分でも分かるくらい、サンジに甘えているような、じゃれかかるような、甘い響きが混じってしまう。

ゾロはもう一度、サンジの唇を塞いだ。
首根にまわされた、サンジの腕のぬくもりと圧力がとても心地いい。

けれども。
欲望を感じない、愛しさだけを込めた口付けでは、本当に裏返しの引力の効果が
消えたのかそうでないのか、判断出来ない。

甘い心臓の鼓動に二人の体と感覚が慣れて行くに連れ、
口付けが甘く深くなるに連れ、やはり、男の本能が頭をもたげて来た。

裏返しの引力を、強風、と感じていたのが、だんだんつむじ風となって二人を
引き剥がそうとする。

「・・・も・・・やっぱ、無理なんじゃねえか?」
行き場のないエネルギーが巻き起こす風はいつの間にかストーブの火さえ
吹き消してしまっていた。
その風が、サンジの髪を乱暴に吹き、掻き回す。
「・・・どうにも気が散って仕方ねえ」

自分の髪が自分の顔や額に当たるのが気になるのか、サンジの方が先に根を上げた。

「気にすんな」とだけゾロは答える。
大分、効果は薄れている。これくらいならゾロにとってなんの支障にもならない。

この段階で、この圧力なら最後までヤリ遂げようとするなら相当の気力と
集中力が必要だとサンジは思っている様だが、ゾロにはそれを持続させる自信がある。

性欲と正比例して力が強くなるのは経験済みなのだから、根性と腕力さえあれば
なんとかしてみせる。

そう思って、サンジの体にゾロがのしかかった時。

聞きなれた、にぎやかな声と、それに相槌を打つ、落ち着いた声が近づいて来た。

舫をくくりつけている港からナミの歌声も聞こえてくる。
相当、なにかいい儲け話でも拾ってきたのか、それとも博打で派手に勝ったのか
いずれにせよ、歌を歌って帰ってくるくらいなのだから、かなり機嫌はいい。

「サンジ君、お酒ちょうだ〜い、宴会よ、宴会!」
「もう少ししたら起きてくるわよ、今起こしたら可哀相よ」

ナミが酒で酔っ払う、と言う事はない。
浮かれているのは、きっと、博打場でかなりの金額を手にしてきたと思って
いいだろう。
船に帰って来たのは、夜明け前で、もうどこの店も閉まってしまい、
それでもまだ飲み足りなくて、サンジをたたき起こし、酒と肴を用意させて
飲む気だったに違いない。

ロビンに窘められても、ナミは甲板の上でサンジく〜ん、サンジく〜んと、
ひつこく呼んでいる。

ゾロの体を押しのけて、サンジがむっくりと起き上がった。

「てめえ・・・」思わず、ゾロは恨めしげな声を出してしまう。

サンジがナミを、ロビンを、女を常に何よりも優先するのはいやと言うほど
知っているのに、それでもあっさりと諦めるほど、ゾロの人格も練れていない。
恨めしく思って当然だ。

「・・・謝る気もねえくせに、適当に口先だけ謝るからだ」とゾロを悪者にしながらも
サンジは申し訳無さそうに少し名残惜しそうに、ゾロの唇に口付けた。


「我慢しろよ、もう後数時間じゃねえか」
「それが出来ねえから苦労したんだろうが」サンジの言葉にゾロが吐き捨てるように
そう言うと、サンジは呆れたように黙ってため息をつく。

「・・・さっさと行けよ」ため息をついて見せたところで、結果は同じだ。
ゾロはぶっきらぼうにそう言い、あごでドアをさす。

「今晩、目一杯、満足させてやるよ、」
「結構、楽しい夜を過ごせた、その礼にな」
そう言ってサンジはドアから出て行く。ドア越しに、愛想良くナミの声に返事をする
サンジの声を聞いて、今度はゾロが深い、深いため息をついた。

裏返しの引力の効果は36時間。

そして、二人の間だけに発生する特別な引力が現れる為には、
今から更に数時間、それから、誰にも邪魔されない場所が必要らしい。


終わり

最後まで読んで頂いて、有難うございました。

エロを期待されてた方、ごめんなさい(伏)