「おい、お前・・・銀紙に包んであった、菓子を食ったな?」
「ああ?菓子?」ゾロの言葉をサンジは顔を顰め、鸚鵡返しに聞き返し、
記憶を手繰るように数秒、視線をさ迷わせた。
そして、すぐに思い出したのか、さ迷わせていた視線をまっすぐにゾロに向け、
「・・・・チョコレートボンボンが転がってた、それがどうした!?」と
逆に聞き返してきた。
(やっぱり、食ったか)サンジが食べる様にと、その場に置いたのは自分の癖に、
ゾロは思わず心の中で舌打ちした。

さっさとどうにかしないと、誰かがキッチンに入ってくる。
誰が入ってこようと、ゾロは気にしないけれども、
ナミやロビンが入って来たらサンジは騒ぎ、今以上に暴れ狂うだろう。
それに、ルフィが入って来たら余計に話しがややこしくなりそうだ。

とにかく、サンジは怒り狂って、ゾロの腕だの手首だのがどうなろうとどうでもいいのかと思うくらい、遠慮なく暴れる。
そうすると、当然、その体にくっついたゾロの腕や胴体が捻じ曲げられて
ギリギリ痛いから、この状況をさっさとどうにかしたかった。

(こいつが食わなきゃ、こんあ目に遭わなくて済んだのに・・・!)と腕や
腰が軋んで痛む度、ゾロはまた身勝手に腹を立てる。
(とにかく、この団子みたいな状態は厄介だ・・・!)
「おい、ちょっと動くな!」とサンジの鼓膜が破けるほどの大声を出すと、
流石にサンジは「ビクっ」と体を竦ませ、丸い目をしてゾロを見た。

「昨夜、てめえのせいでむしゃくしゃして・・・」

ゾロは少し舌を伸ばせば頬が舐められるくらい近くまで寄ったサンジの顔を
見ながら、ざっと昨夜の話をする。

「・・その、ボンボンの所為だっていうのか」
最後まで聞き終わって、サンジは唖然としてそう呟いた。

サンジの肩に、押さえつけられるように張り付いていたゾロの手に
掛かっていた圧力がふ・・・と軽くなる。
サンジの表情から、少しづつ、少しづつ、怒りや腹立ちと言った感情が消えていく。

ゾロの腹の中の感情も、サンジが冷静を取り戻すのと同じ速度で、
だんだんと静まっていく。
手が解れ、ゾロの足を蹴りつけ、そのままくっついてしまっていたサンジの足も
ほろりと離れた。

「お・・・離れた」
ようやく、床にへたりこんで二人は一息つく。
(誰にも見られなくて良かった、)と同じ安堵を感じで、ふー、と同じ長さのため息もついた。

が。
サンジがタバコを銜えなおしもせずに、キっと顔を上げ、ゾロを睨み付け、
「ってことは、てめえの所為かよ、これは?!」と低く凄んで来た。

「元をただせばてめえが原因だろうが?!」とサンジの歪んで威嚇する、まるで
山犬のような顔付きにまた、ゾロは一度はちゃんと体にバランスよくめぐった
血の温度が急上昇し、そして頭に駆け上がってきてそう言い返した。
声の大きさを自分で制御できない所為で、言い返した声はサンジの声よりも
ずっと大きい。

「ああ?そういうの、責任転嫁っつうんだ!」サンジが怒るのも無理はない。
「転がってたからって、不用意に落ちてた菓子を食ってんじゃねえよ!」
悪いと分かっていても、この一件でサンジに「すまん」と頭を下げてしまえば、
根本の原因である喧嘩に対しても、自ら非を認め、頭を下げてしまう事になる。
だから、ゾロは何が何でも謝る気はなかった。

「てめえのは逆ギレだ!」
サンジがゾロの言葉に言い返した途端、ガン!と凄い勢いで二人の額がぶつかった。
「イデエ!」
第三者から見れば、どう見てもサンジから頭突きをした様にしか見えない、
そんな動きだったのだが、その勢いはサンジの額が割れてしまうのではないかと
思うくらいの衝撃で、ゾロの目の前にチカチカと星が散った。

「てめ・・・なにしやがる!」思わずゾロは額を押さえる。
「てめえこそ・・イテテ・・・この石頭が!」
そして、一度くっついた頭は離れない。
引き剥がそうと二人はまた、必死にもがいて見たが、頭に血が昇れば昇るほど、
体と体は勝手にくっついてしまう。
「・・・ちょ・・・、ちょっと、止まれ」
あまりにも無理な姿勢でのた打ち回ったからなのか、ゾロもサンジも息がゼイゼイ、
ハアハア、と荒くなってきた。
いい加減、疲れてきてゾロが思わず、そう言うと、サンジも同様だったようで、
文句も言わずに動きを止める。
ハア、ハア、ハア、・・・と聞こえるのはただ、お互いの乱れたい気遣いだけで、
言葉は何も交わさない。ただ、無言のままで呼吸を整える。
「お・・・・」汗まみれの額が唐突に離れた。
だが、何故離れたのかはわからない。何故、くっついてしまうのかも分からない。

「なんなんだよ、これは!なんの効果でなんの嫌がらせだ!」
呼吸が落ち着いた途端、またサンジは喚いた。
そしてまた、額がガン!とくっつく。
そして暴れる。
また、呼吸を整える。

・・・そんな事を数度、繰り返してサンジは一つの仮説を立てた。

「どうも、これ、俺達が怒ったら体がくっつくみてえだな」
「なるほど・・・」
ゾロはサンジの仮説に相槌を打つ。

すっかり、気持ちが落ち着いて冷静に状況を分析出来るようになって
ようやく、二人の体は離れた。

「なんとかならねえのかよ、これじゃストレスが溜まる」とサンジは
ゾロと少し離れた場所に立って、甚く不満そうにタバコの火を着ける。

「ジイさん探して、解毒剤貰うか」とゾロがため息をつくと、
「探せるのかよ」とサンジは半ば諦めたような顔をしてゾロを見る。

「36時間経ったらこの効果がなくなるんだろ?」
「それまで、接触しない方がお互い、ストレス溜めなくていいだろ」
「そうだな」サンジの提案にゾロは頷く。
腹が立つ、と言う感情を押し隠して向かい合える程、お互い器用ではないし、
そんな我慢には慣れていない。
お互いの顔を見ているのに、言いたい事を言わずに我慢するなんて、
余計な鬱憤が溜まるだけだ。
かといって、今のままではいつでもどこでも、誰の前でも、絡み合って
ダンゴのようになってしまう。

いつだって、感情をむき出しにし、ぶつかり合っていたのだし、
それでも、徹底的に嫌われる事はないと、信じあえているのだから、少しくらい
顔を見ないでいる方が気が楽かも知れない。

(36時間なんて、すぐに過ぎる)とゾロは思った。

けれども、早く過ぎて欲しいと思う時ほど、時間が過ぎるのが遅く感じる。

見張りの必要のない穏やか夜、ゾロは男部屋にいた。

ルフィは、ウソップとチョッパーを連れ、夕食を食べた後、この島には、
古びた要塞があるとかで、そこへ"探検"へ出掛けていっていない。

ナミとロビンも、サンジに「酒を飲みにいく」と行って出掛けたきり、
まだ帰ってこない。

つまり、船にはサンジとゾロ二人きりしかいない、と言う事だ。

(・・・あの菓子の所為で仲直りどころか、顔すら見れねえハメになっちまったじゃねえか)とゾロは昨夜、出会った老人の顔を思い出し、心の中で悪態をつく。

(・・・でも、まてよ)
(寝てる時なら大丈夫なんじゃねえか?)
感情の動きで効果が左右されるのなら、完全に寝入っている状態で近づいても、
なんの差し障りもないのではないか、とゾロは考えた。

(至近距離に近づいて、寝ぼけてる内に体触ったら、あいつだって
ソノ気になる筈だ。男の体ってのはそうなってるモンだ)
そう思うと、もうじっと寝転んではいられない。
サンジがゾロを避けるように寝場所に選んだ、いつもの格納庫倉へ小走りで
向った。

だが、すぐに自分の足音のやかましさに気付いて、すぐにゾロは足音を忍ばせる。
サンジの体に近づいて、腕の中にすっぽりと収めてしまうまで、
目を覚まされては困るのだ。

目を覚ましたサンジが「何しに来たんだよ、顔合わさないって言っただろ」と
迷惑顔で言おうものなら、それでまたゾロは腹を立ててしまうに決まっている。
(あいつが素直にしてりゃ、俺も腹立てずに済むからな)

甲板の上には青白い月明かりが真っ黒な、ゾロの影を作っていた。
格納庫まで足音を忍ばせて近づき、ゾロはドアノブに手を伸ばし、音を立てないように
静かに回す。
押し開く時、ほんの微かに「ギ・・」と音が鳴った。
真っ暗な格納庫の中に、ゾロが背負った月明かりが、開いたドアの隙間の分だけ
射し込んでいく。
その僅かな光の中で、ゾロはサンジの姿を探した。

サンジは、持ち込んだらしい毛布に包まって床の上に寝転んでいる。
耳を済ませば、スースーと、暢気そうな寝息が聞こえて来る。

いつもなら、側に近づいて、「おい」と声を掛けるのだが、今夜はそうせず、
後ろ手にゾロはそっとドアを閉めた。

真っ暗なだと思っていたけれど、砲撃口を一つ、開け放っている所為で、
か細い月の光が入り込んで来ていて、うっすらと中の様子が見える。
(こりゃ、夜這い以外の何者でもねえな)と思わずゾロは自嘲した。

サンジのすぐ側に膝をついて、横を向いて眠っている顔を覗き込んでみる。
(黙って寝てりゃイイ面してンのにな・・・)
閉じられた瞼のなだらかな形といい、鼻筋のすっきりした鼻といい、
さんざん太陽の光を浴びている癖に、シミが出来るどころか日焼けもしない
白く滑らかな肌といい、見れば見るほど、うっかり見惚れてしまうほど、
造形のいい顔立ちをしている。
それが、怒れば激しく歪むし、ナミ達に媚びればだらしなく緩むし、
それがゾロは不思議でならない。

そっと首筋へと手を差し込んで、上半身だけを静かに抱き起こした。
「・・・・う・・・・ん」と眠ったままのサンジはゾロの腕の中で、
眉を顰め、とても迷惑そうな顔をする。
だが、その顔には全く邪気がないので、妙に幼く見えた。

そのまま、いつもしているように、ゾロは勝手にサンジの唇に口付けた。

「・・・なにやってんだよ、夜這いか」

数秒、口付けて、それから口を離すと、サンジは半分、寝ぼけたような、不機嫌そうな声を出し、目を半分だけ開けてゾロを見上げ、そう言う。

「まあな」平然とゾロは答えて、もう一度サンジの唇を塞ぐ。

「謝ってねえくせに、・・・」
サンジはボソリと文句を言ったが、ベルトを外そうとするゾロの手を振り払おうとはしない。
「それはそれ、これはこれだ」ゾロがサンジの耳にそう囁いた。

その時。


ゾロは何かに襟元を引っ掴まれた。

「・・・お?・・・お?!」
「うわ・・・わわわわっ・・・・っ!?」

いや、腹を物凄い力で押し返された。それはサンジの足に蹴り飛ばされた衝撃に
そっくりだった。

強い、とてつもなく強い力でゾロはサンジからあっという間に引き剥がされ、
そのまま、背中から壁に叩きつけられる。

バキバキバキ!と船底が破けてしまうかと思うくらいの、とんでもない大音響が響いた。

サンジも瞬きもしない間に、壁際まで吹っ飛んで、無様に転がり、ゾロからは
ひっくり返った尻しか見えない。

「・・・・て・・・・」
ゾロは強かに打った、頭を手で撫でながら、サンジに近づこうと体を起こした。

(どうなってんだ、こりゃ)
サンジに向って歩こうとすれば、強烈な向かい風に邪魔されるかのような、
背中をなにか針金かなにかで引っ張られているかのような、
見えない力に邪魔されて、一センチも近づけない。

「おい、これもあのボンボンの所為か?」とサンジもゾロに近づこうと
床を這いずって来るが、全く近づいて来れない様だ。

サンジが近づけばゾロが後ろに引っ張られてしまう。
ゾロが近づけば、サンジが壁に向かって吹っ飛んでいく。

「クソ・・・エロい気分になったら弾き合うのか、これ!」とサンジはとうとう、諦め、
ゾロと一定の距離をとった場所で胡坐をかいて、腹立ち紛れの大きなため息をついた。
「仕方ねえ、あと数10時間の辛抱だな」
「ああ?!辛抱だとぉ?!」

足音を忍ばせて、気配を殺して、ここまで来た自分の労力が無駄になる。
何より、さっきまで腕の中にサンジを抱いていたのだから、今更「数時間の辛抱」と
言われて、あっさり辛抱など出来る訳がない。

「辛抱出来るくらいなら、最初からここには来てねえ!」とゾロは思わず、
サンジに怒鳴り返した。
「俺に怒っても仕方ねエだろ、そもそもてめえがワケのわからねえものを・・・」と
言いかけて、サンジははっと自分の口を自分の手で押さえた。

口論したら、また、頭に血が昇り、団子のようにくっついてしまう、と思ったのだろう。
(せっかく誰もいねえのに)とゾロは地団太を踏みたくなるくらいの気持ちになった。
なんとか、この状況でもヤリたい事をスル方法はないものだろうか。

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