第3話


「間違いはないようだ。確かにこの味だ。」
ゾロは表情を緩めた。


「今度は、お前の話を聞かせてくれ。」
サンジは、掻い摘んで自分がここに来た経緯を判る範囲で話した。

「俺がここへ来たって事は、あいつも多分 どっかに飛んじまってる。」

サンジは元に戻れないかもしれない、と言う不安もさる事ながら、サンジにとっては、
ゾロと引き離されたままでいる事の方が耐えがたい事だった。

だが、このゾロの空ろな眼差しを無視できない。
ゾロにそんな思いをさせたのは、他ならぬ自分だからだ。

「サンジ」
ゾロは滅多に呼ばない、名を呼んだ。
その特別な呼びかけに、反射的にサンジも、特別な表情を浮かべてしまう。

その顔を見て、ゾロの顔に辛さを押し殺した、苦い笑いが浮かんだ。
「生きてる間にもっと、呼んでやればよかったと何度思ったか知れねえ。」

「夢を手に入れて、それから、お前を失って、俺が今、生きているのは、ただ、お前の夢を探すためだけだ。」


10年前のゾロからは想像できないほど、自分の前で弱さを晒け出す、
目の前のゾロにサンジは胸の奥が痛んだ。

自分がオールブルーを見つけられず、夢半ばで死んだと言う事実を、
サンジはようやく、冷静に受け止めていた。

それよりも、自分の死がこれほど ゾロに痛手を与えている事実の方が今は辛い。


「お前は、俺と出会わなかった方が良かったんだ。」
サンジは思ったままを口にした。

「俺と出会わなきゃ、夢を貫いた男がそんな死んだみてえな目をする筈がなかったんだ。」

だが、どうしようもない。
全て、過去の事なのだ。

「俺の所為だ。」
「お前の人生にケチがついちまったのは」

そう深く溜息をつく事しか出来ない。

自虐的になったのではない。思い上がった訳でもない。

ただ、胸が痛む。
いたたまれず、それ以上ゾロにかける言葉がサンジには思い浮かばなかった。

だが、ゾロが穏やかな声で語り掛けた。

「お前は戻ってきたんだ。俺のところに。」

だが、サンジは首を横に振った。
「戻ってきたわけじゃねえ。」

「俺にとっては同じだ。」
「2年前に死んだお前も、10年前からやってきたお前も。」

ゾロの瞳に力が篭ってきた。
迷いも、戸惑いもない、穏やかだが、抗えない口調だった。

「もう、何があっても離さねえ。」
「俺の夢でもあるんだ。お前の夢を一緒に見ることは。」
「今度こそ、二人で見つかるまで探すんだ。」

だが、サンジにはそれを受け入れる訳にはいかない。

「それはできねえ。」
「俺が一緒に探してエのは・・・。

目の前のゾロの痛みは、やはり、サンジの心を苦しくさせる。

その痛みを解す為に、一呼吸おいて、サンジは今、目の前のゾロにとって、残酷かとも思える言葉を口にした。

それが出来たのは、自分の本当の気持ちを間違いなく、悟ってくれると確信してこそ。
ゾロだからこそ、できた事だった。

「まだ、夢を追いかけてる お前だ。」

サンジの紛れもない本心だった。

目の前のゾロの瞳に再び、以前のような生命力を溢れさせてやりたいと思う。
だが、これだけはどうしても譲れなかった。

サンジはゾロを真っ直ぐに見上げた。

ゾロの顔に哀しみが広がったが、それでもゾロは口の端を上げて、笑った。
「お前らしいな。」

だが、その無理な笑みは かみ締めた唇から消えていく。
「お前らしいよ。」

サンジの目に、ゾロは声が震え出すのを必死で堪えるように見えた。

ゾロの手がサンジの肩を掴んだ。
「お前に言っても仕方のねえ事だって判ってる。」

「なんで、俺を置いて逝った?」

ゾロの顔が歪んだ。
溢れ出す感情をなんとか堰きとめようと抗うゾロをサンジは始めて見た。

「自分の夢だけ置き去りにして、なんで、俺を残して死んだ?!」

思わず、理性を失いかけ、人間離れした握力で力任せに握りこまれたサンジの
薄い肩が軋んだ。
その痛みをサンジは咎めなかった。

理不尽なゾロの悲憤をぶつけられても、サンジにはどうする事も出来ない。
そんな事は、このゾロだって充分判っている筈だった。

だが、2年も経つのにその哀しみは癒える事もなく、確かに自分の腕の中で
息を引き取ったサンジが、蘇った如く、目の前に現れたのだ。

理性ではどうにもならない感情に突き動かされても誰もそれを咎める事など出来ないのだ。


「ゾロ」サンジは痛む肩を堪え、穏やかにゾロに語り掛けた。

「そう言う運命だったんだ。」

即座にゾロはまるで、サンジを攻めるような口調で詰め寄った。
「お前はそういって、俺の腕の中で死んでいったんだ。」
「こうやって、また俺の目の前にいるのも、運命だろ。」

「まあ、そうかも知れねエが。」しぶしぶ、サンジは同意した。
だが、納得は出来ない。

「でも、俺はまだ、お前が鷹の目を倒すところを見ちゃいねえ。」

今のサンジの譲れない夢。
それは、オールブルーと同じ位置にある。

「だから、ずっとここにはいられねえ。」


当然、ゾロもそれを承知していた。
サンジの夢は、確かに自分の夢と共にあった。
共に生きた時間を思い起こすと、それは紛れもない事実だった。


目の前の10年前から来たサンジがそう言うのは、当然と言えば、当然なのだ。

そんなサンジを失ったからこそ、ゾロは哀しみの闇から未だに抜け出す事が
出来ないでいるのだった。


掴んだ肩を引き寄せた。

もう、二度と触れる事は叶わないと思った、僅かに感じる暖かな体温を伝えるサンジ。
「俺は、お前がいなければ俺は鷹の目を倒す事は出来なかった。」

「もう、二度と会えないと思ってた。こうして会えただけでも、喜ばなきゃいけねえな。」

それだけ言うと、ゾロはサンジの体から手を離した。

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