飛十夜

第六夜


幽助と桑原と蔵馬と、四人で海に来た。
海、と言われても、オレは特にぱっとせん。魔界には、「海」にあたるものが少ないからだ。ただオレには、水辺が果てしなく広がっているようにしか見えん。今日見た海も、ただ恐ろしくあおい光景が広がっているだけだった。
”ひゃっほー、うみうみー!”
と、後ろで幽助と桑原のはしゃぐ声がする。こんな光景の何が面白いというんだ。
ん、そういえば幽助は泳ぐのが好きだったか……?どうも記憶がはっきりしない。
…あ。
蔵馬さえ、そんな奴等に誘われて、海の中へばしゃばしゃと消えていってしまった。
全くオレに見向きもしないで。
お前らオレを連れてきたんじゃないのか?オレを誘ってきたんじゃないのか?
……。
いつの間にか、オレは海を目の前に、一人きりになっていた。
海と、空と、オレだけ。
波の音が、バカのように永遠に鳴り続いていた。
……。
なるほど、これが水平線か、と、何ともなしに思った。魔界の果ては地平線、或いは層境界線だが、地球の果ては、地平線と水平線というものでしきられているらしい。
というか水平線の方が境界の多くの割合を占めているらしい。
で、水平線が円いから、地球が円いと。いつか幽助に聞いた気がする。だが幽助が言い出したことだから、可成高い確率でその理論は間違っているんだろう。
人間界では、水平線は円いというのは一般常識らしいが。
……。
果たしてこれが本当に円いのだろうか?
先入観の無いオレには、ぱっと見たところ、そうは見えんぞ。直線に…。
…と、定義すると何か間違ってそうでひやりとする辺りが怪しいか…。
海は怪しいものなのだな。何か時空の歪みすら感じる。
境目がはっきりしない。ぐらぐらしていて気持ち悪い。千里眼をもってしたところで-------はっきりしたものは得られない。
光景がすべてぼやけている。
ただ上へ永遠に進むうすみずいろの空、ただ恐ろしくあおい海、ただ意味もなくしろい砂浜、ただ無作為に並んだはいいろのテトラポッド。
すべて、横へ横へと広がっている。
……。
…これは。
全て平面じゃないか。
平面空間ではないか。
ただ横に横に水平に、永遠に続く図形。
その集まりではないか。
色と色の境界線が怖くなる。
はっきりしているのはそれだけだから。
いや…、いちばんはっきりしていないのがそれだけなのか?
……。
オレは、一瞬、水平線に吸い込まれそうになった。
水平線に向かって、カメラのレンズがズームアップしていくかのように。
オレは一瞬体がよろめいたのがわかった。いや、今もよろめいてい…る…?
わ…か…ら…ない。
…なんなんだこれは…。視界はまっすぐなものばかり…、なのに…酔…う…?
まっすぐなものばかりだからこそ…?
オレはまた水平線を見た。
ここでは、
全てが水平だ。
ただ、
真ん中の、水平線だけははっきりしない。
曲がっているのか、まっすぐなのか。
ぐらぐらぐらぐら。
次元の歪みすら感じる。
まずい。
オレは、この景色の中から、何か嫌な予感を感じ取った。
まずい。
まずいまずい。
見極めろ。
境界線を。
水平線を。
直線なのか?曲線なのか?
見極めろ。
……。
水平線は、………曲がっていた。
やはり、
曲がっているのか。
確かに、人間がそういっているしな。人間界に住んでいる人間がそういうのなら。地球の形にそって、海は凸型に円くなっているのだ------
そう思った時に、オレは世界が一回転するのを見た。
空と地が、空と海が、反対になった様を-----。
要するにオレがよろめいてこけただけなのだが。砂浜に倒れて、砂浜に寝っ転がって、逆さまになって、海を眺めた。
オレは驚いた。
……。
空が。
円くなっていた。
海が。
空を覆っていた。
空が球。海が凹レンズの形になってくっついていた。
海が上、空が下になっただけで、水平線は、相変わらず上に凸の形の曲線であった。
いや、或いは直線なのか。
こんなことがあるものか。
逆になったのか?
いや、変化など”していない”のか……?
オレは気分が悪くなるばかりだった。
謎の平面空間。
そこには出口などなく、そして終わりも始まりもなかった。
何の変化も許さなかった。
オレは、
確実にこの空間に圧倒されていた。
正しくも逆さでもない世界を見つめて、口を動かさずに呟いた。
”お前は…、一体…、ナ 二 モ ノ なんだ………?”
…………。
とうとう、オレは分からなくなり、気持ち悪さに意識を奪われていった。そのころになってようやく、遠くから戻ってきた幽助たちの声が聞こえ始めた。

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