第二夜
自動車というものに乗っていた。運転しているのは例の男で、オレはその直ぐ後ろの席に座っていた。助手席には蔵馬、オレの隣には雪菜が座っていた。四人乗りの車である。現在は真っ昼間だ。
右は高速道路、左はカラオケ・レストラン・ホテルと、カタカナの建物ばかりが並んでいた。自動車のスピードはまあまあ速い。人間は、鍛えられた妖怪ほど速く走ることができんので、こういったものに頼って移動するのだろうと思った。
道は、どこまでも続いていた。何時間もずっと座り続けた。その間、誰一人として口を開こうとせん。気味の悪い。雪菜すら俯いて座ったままである。車の揺れに合わせて頭がゆらゆらしている辺りを見ると、雪菜は多分眠っているのだろう。蔵馬と男は、表情が窺えないので、何をしているのかはわからん。ルームミラーを見ても後ろの車が見えるだけだ。ただ男が、ハンドルをしっかり握って運転しているのだけはオレの席からでもわかるので、奴だけは起きてはいるのだろうと思った。
そんな状態が、何時間続いたかわからん。わからんぐらいの時間が流れた。
それなのに、一向に車の止まる気配はせん。風景も全く変わらん。ただ高速道路の下を、えんえんと走り続けるばかりである。人間界の風景は、退屈だ。ゆえに雪菜は眠っているのか。オレも眠ろうかと思ったが、何故か目が冴えていて、全く眠れなかった。ついさっき起きたばかりなのかと思うほどの頭の冴えぶりだ。
それでも車は止まらない。
ただただ同じような道を、ずっとずっと、繰り返すように、走り続けているだけである。
それなのに日さえ沈まない。
とうとうオレは我慢できず、前に居る二人にふいに尋ねた。
”どこに向かっているんだ?”では、何となくバカにされそうだと思ったので、
「いつ着くんだ?」
と聞いた。
「もうしばらくですよ」
と、蔵馬が少しこちらに振り返って言った。それでも顔は見えなかったが、奴は起きていたらしい。それで機嫌がよくなったわけではないが、オレは少し安心、したような感じがした。
だが、そんなことで変化はおきん。
車はまだまだ走り続けた。
自分が走るよりも遅いスピードだということもあり、オレは大分イライラしていた。
そのうちに、オレは色々考え始めた。どうでもいい、他愛もない、つまらんことを。
人間界の道をじっと見ながら。
-----そういえば、人間界の奴らは何故こうもそこら中に道をひきまくったんだ?建物の間をかき分けるように、縦横無尽にこの自動車が通る道をただひたすらに引きまくる。この道も、周りの建物も、全て人間が造った物だと言うから驚かされる。だが、この道は、どこにも続いていないのではないか?こんな退屈な、面白味のない、何に値するにも届かない、みち。を続かせて。ただ、延々と、延々と、えんえんえんえんえんえんえんえんえんえんと。
どこにも届いていない道。
何にも値しない道。
それでも車は、その上に居続けるばかりである。
どこにも行かない。
オレのいる場所は、全く変わらない。
場所は。
全く、変わらない。
動いているように見えて、止まっている。進んでいるように見えて、置いていかれている。
どこに行きたくても、動けん。
何の因果で、オレは、こんな目に遭わなければならんのだ?
どうにも動くことの許されない箱の中に閉じこめられなければならんのだ?
いっそ、ここから飛び降りてやろうか。
この車から、先に目的地へ行ってやろうか。何にも見えない遙か彼方へ。
蔵馬は怒るだろうか。男は嘲笑するだろうか。雪菜は目覚めるだろうか。今は目覚めて欲しくないが、と思った。
だが、この状態、本当に耐え難い限りだ。
そして、オレはついに右側のドアのロックを外し、扉をガチャッと開けた。
後ろを見、下を見た。
オレははっと息をのむ。
そこには、何もなかった。
いや、違う。真っ暗なんだ。何もかも。ドアを開けた向こうは、真っ暗な空間が続いていた。全て夜の闇に染まっている。高速道路も、カラオケも、レストランも、ホテルも。街灯も、道路標識も、落書きも、青空も。
全てが置いていかれている。
進んでいるのは、オレ達の乗っている自動車だけだった。
オレは踏みとどまった。
次元の裂け目に起きる風で、オレの前髪はひたすらたなびいていた。
男がハンドルを握り続ける理由、蔵馬がずっと黙り続ける理由、雪菜がずっと眠り続けている理由が、全て頭の中に入ってきた。てかてかと黒光りしている自動車の後ろには何もなかった。
オレはドアを閉めた。
そして時は走り続けた。永遠に、永遠に、えいえんえいえんえいえんえいえんえいえんに。
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