祭壇の灯

その9
【戦慄(2)】


「何してる!伏せろ!!」
黙々と黒い空を眺めていた彼らに我隠が叫んだ。
間もなく、皆の髪が少し逆立ち、辺り一帯にバチバチとスパークが起きはじめた。我隠の声に目覚めた皆は、ガレキを適当に起こし素早くその下に身を入れた。
頭上では、ぐるぐると黒い雲が渦巻いている。かつて、飛影の森や人間界の街を覆った あの雲と同じである。
「…………!」
飛影は灰色の壁の影から空を睨んでいた。
皆は、割と近くに集まっていたものの、その場で素早く地下に身を潜らせたので、少し互いの距離が開いてしまい周りの状況も掴みにくくなってしまっていた。ゴトゴトという音が響く地上。バチバチとスパークがそこら中に走る中空。その周りには何もない。ただ、その崩れかかった大地と黒く力強い空だけが、その世界を構成していた。
ズガァン!と言う音がした。その音は、空から地下にまで響き渡った。夜に我隠がもたれていた、垂直に立つ壁に稲妻が落ちたのだ。いや、追突したと言った方が的確かも知れない。壁は一瞬にして半分焼け落ち、細い煙が吹き全体が黒くなった。その周りに体を埋めた皆の顔に、はらはらと黒い灰が舞った。
ドォン、ドォンと雷が次々に放たれる。でこぼこした地表の残骸の中で、特に突き出たものから順々に撃たれていった。次々と雷が落ちる中、いちばん慌てて隠れた参殿の上の板が撃たれて、彼は「ひいっ」と叫んでもっと深くに潜っていった。皆それが幽かに見えて、参殿の真似をするかのように、皆もどんどん下の方に自分の体を押し下げていった。
その時、飛影の神経が過敏にぴくんと反応した。彼はなんと、 ”妖気”を空に感じたのである。
躯の顔が彼の脳裏をよぎった。壁を起こして、飛影はがばっと立ち上がった。
「あ!飛影、危ねぇぞ!!」
にわかに幽助がそう叫んだが、彼もその妖気に気づき、そして、まだパチパチと音はしているものの、いつの間にか稲妻が全く落ちてこなくなっていることにも気付いて、上を向いた。
幽助も頭をあげ外に出た。
暗い空に囲まれたその辺りを、びゅびゅっと何かが走っていた。走っていることはわかるが そのものの姿は幽助には見えない。だが、それが通ったあとに、パチパチとスパークが続いていた。幽助は直感した。
ーーーもしや、これが、さっきの ”雷の正体”なんじゃ?ーーーーー
そう彼が思ったとき、その走っているものを、幽助の目の前で一瞬にして手に握った者がいた。
「えっ!?」
幽助は驚いた。
捕まえたのは我隠だった。いつの間にガレキの中から出てきたのだろう。
捕まえた”それ”は、ネズミのような形をしていたが、なんの生気も感じなかった。そのネズミらしきものは、二,三回我隠の手の中で暴れると、ジュウッと空気に溶けるように消えた。我隠の掌が少し焦げていたが、我隠はそんなこと気にしない様子だった。飛影と幽助は我隠に寄り、その手をじっと見つめた。
月架がガレキの中から這い出て、髪をかきながら皆に近づいた。
「今のは…、一体?」
どうやら彼も、さっきの一部始終を見ていたらしい。蔵馬も地上に出てきて、皆の所へ近寄った。
「多分 この雷の正体だろうな。雷に正体なんかあんのかって思うけど、この一連の事件は人為的なものなんだ。さっきまでのスパークはほんとの稲妻じゃなくて、今みたいな電撃ネズミを作って、それを今回の一連の事件に使ってたんじゃないのか?」
「誰が?」
月架が問うた。
「犯人がさ」
我隠は得意そうに答えた。
ゴトゴトと桑原も出てきて、横で震えていた参殿を引っ張り上げた。
「びくびくしてんじゃねーぜー。ほら もう収まったから」
参殿は猫背になっていたが、それでも彼の背は桑原よりも高かった。
「は,す、みません桑原さん、でででも、ほっ本当に収まったんですか?ほ ほら、まだ、そそ空は暗いし…。黒いし……」
参殿が新を指さし、皆も空を見上げた。本当にこれが朝の空かと思うくらい、そこは闇に通じていた。

 

すると、上空で、「パチリ」と音が鳴るのが聞こえた。常人の耳では聞こえない程の幽かな音、それを皆が一瞬で聞きつけた。
「何か来る!」
皆戦闘態勢にはいり構えた。黒い空の渦の真ん中で、バチバチと光るものが見える。飛影は拳をぐっと握った。皆いかめしい顔つきになったが、参殿だけは少々逃げ腰だった。それでも懸命に彼も妖気を燃やしていた。
すると、ゴオオオと、黒い渦の中心から何かが降りてくるのが見えた。というよりは、渦の中から何かが絞り出されてくるような雰囲気だった。
それは…………。
と、その刹那,皆いつの間にか地面にぶっ倒れていた。いや倒されていた。その何かーー形はどうやら人間型らしいがーーの胴体が見えてきた時、空から地上へ向かって圧力がかけられたのか、地下の重力がいきなり凄まじく強力になったのか、皆はびたっと残骸の山である地面に吸い付けられたのである。体重が重いせいか、参殿がいちばん深くまで押さえつけられ壁の破片がそのうえに乗った。誰も身動きが取れず、ただ顔を上へ向けて空から降りてくる何者かを、大の字になってじっと睨みつけるだけであった。
その者は……。

 

「お前が…。飛影か………。ようやく面と向かって会うことが出来た………」
皆はどきっとして、横目で飛影を見た。飛影は空を見ていた。
空から全身が出てきた時にわかったが、黒い空が、その者の 長い長い髪だったらしい。黒い空を髪とするその者は、一言で言うなら端整であった。顔からしても女性であり、気品があり、白い着物をまとってその振り袖が黒い中空に広がっていた。彼女はだんだんこの荒れた地上へ舞い降りてくる。まるで巫女のような,そんな神々しいものが彼女にはあった。だが、気温が一気に冷え込んだように、皆ものすごい寒気を感じていた。寒気と言うより悪寒と言った方が似合うだろう。嫌な空間だった。すぐに逃げたいところだが、何かの力で全身が地に押しつけられ、皆手首を持ち上げることすら叶わなかった。
飛影は邪眼を開き、炎で自分の周りの残骸を溶かした。が、溶かしても、その下へさらに飛影が押し付けられるだけであった。飛影は首を上下左右に懸命に振っていた。手も動かしたが、上へあげることはできなかった。蔵馬の植物も力無く皆へたばっていった。蔵馬は唇を噛んでいた。皆がそれぞれ勢いよく妖気と霊気を燃やしていたが、体は全く動かず、どうしようもなく、まさに「無駄な抵抗」という言葉が似合う光景だった。
空から降りてきた黒髪の女性が、ついに地上へ降り立った。彼女の髪は空とつながったままである。飛影の足下より数メートルのところへ降りた彼女は、ゆっくりこちらに近づいてきた。飛影は目線を足下の方へ向け、ぎりっと歯をかみしめた。
この女は飛影を狙ってる、と誰もが考えていた。が、じゃあ、こいつは一体何がしたいのか、飛影を雷で撃って殺す気なのか、それとも………。
「貴様、誰だ」
飛影が叫んだ。これでも彼の必死の抵抗だった。
「わたし………?」
彼女が口だけに笑みを浮かべると、飛影の体がさらに奥へ勢いを付けて押しつけられた。彼の唇から血がにじみ出た。飛んだ砂塵が近くにいた桑原の目に入り、睨みながらも彼は目をパチパチさせた。
「私は………」
ゆっくり歩み寄ってくるその女に皆が警戒した。
「氷鳥」
「……”ひとり”………?」
女は口元だけ嬉しそうに笑っていた。そして飛影に歩み寄った。
びくっとした蔵馬は、植物の蔓(つる)を素早く伸ばし飛影の周りを覆った。飛影を守っているつもりなのである。だが、その蔓は1秒ほど形を保ったかと思うと、すぐに変色しパラパラと落ちていった。
彼女は近づいてくる。
桑原が ビインと地面と垂直に霊剣を出した。
「てめえ、それ以上近づくんじゃねえ!気味悪ぃんだよ!」
と、その霊剣も、数秒後には空気の中へその形のまま溶けていった。桑原は驚いて、ぐっと何もなくなった拳を握りしめた。
「汚らわしいね………………。忌み子、飛影……」
(忌み子飛影!?)
飛影は唇を噛み、そこについていた血をなめた。
「その血、その目、その妖気………。ああ、感じるだけでムシャクシャするよ!」
突如その氷鳥という女の顔から笑みが消えた。すると、彼女の髪がするすると空から降りてきた。
「酷いねぇ……。醜いねぇ。無駄に動き回り、這い回り、血を流してそれでもまだ生きてる!お前、そんなんでよく今まで生きていられたねぇ。その醜さで!」
彼女の顔が恐ろしいくらいにこわばり、皆が感じる悪寒が段々きつくなってきていた。黒い空…いや、黒い髪の毛は、するするとどんどん地上に降りてくる。降りた髪は彼女の周りを覆い、一種の結界を作っているようだった。
「飛影、私は、お前が憎いんだよ!」
彼女の髪がゴッと舞い上がった。飛影の顔に砂塵が舞う。それでも飛影は、目を背けようとしなかった。黒い髪は辺り一帯を覆っていた。
「飛影の何を憎んでるんだ?」
珍しく幽助が発言した。彼も彼なりの抵抗をしているようだった。
「黙っていろ 人間臭いガキが!」
ドンッと幽助もさらに地面に押しつけられ、口から血を吹いた。
「幽助!」
蔵馬が叫んだ。
「何が憎いって…。何もかもだよ。この汚らわしいガキの何もかもが!臭いが!この存在が!」
彼女の黒髪の領域は広がるばかりだった。よく見ると、その先端が、するすると飛影に近づいてきているのがわかった。
「消すだけじゃ物足りないの……」
飛影はその黒い髪が、自分の足下にまで忍び寄ってきている様を見ていた。
「何をする気だ!?」
「やればわかる……。貴様に質問する権利など無い」
飛影も皆も、この地面を這う黒い髪に恐怖していた。飛影は足首をぐいぐい動かしたが、膝を曲げることも叶わなかった。
「飛影っ! くそっ!てめー何者だっ!!」
幽助が首を必死に起こしながら言った。
「私………? 私は……、神だ」
「神!?」
「よく覚えておくがいい。この神の姿を。整えられた、この優美で端正な姿を!」
それは確かに端正には違いなかった。が、綺麗だとは思わなかった。そこにあるのは、ただ形と姿だけを重視して作られた、何かの模型人形みたいなものだった。だが、神と言われればなにとなく納得はできるような気もした。この凄まじい残骸が広がっているこの地上で、彼女だけが、白と黒の一点張りの衣装で、こうも物静かで神妙でいられているのだ。
「神の行いに不平や悪はない。全て定めである。これからここで行われることも、運命という輪の上で決められた定め。お前達は、これを受け入れるしかないのだ」
そうやって薄く笑う彼女の笑みは、全く生き物の気配を感じさせなかった。
「飛影を、消そうって思う奴が神様だと!?」
幽助はじたばたしていたが、全くどうにもならなかった。
氷鳥の髪はだんだん飛影の顔に近づいてくる。皆暴れながら生唾を飲み込んだ。その時の一刻一刻が、誰にとっても長く感じられた。そして皆どうにもならないと思いつつも身もだえしていた。
「醜いよ…お前達…………」

 

そうした次の瞬間、いちばん深く潜っていたためと、氷鳥の後ろに位置していたためだろう、一瞬のスキをついて参殿ががばっと起きあがり、渾身の力をこめて、とりゃあと彼女の髪の一部と背中を爪で切り裂いた。
ずばっと彼女の黒い髪が飛んだ。それでも氷鳥は身動きひとつせず、黙って黒い髪を垂らしていた。その一瞬術がとけたのに気づき、皆ばっと起きあがって距離をとった。
その刹那、切られて宙に舞った彼女の黒髪が、参殿の体に一瞬で巻き付き、彼の姿がすぐにそれで覆われ全く確認ができなくなった。
「!!」
皆が瞬きをしていたわけではない。けれど誰も見えなかった。黒い髪がぐるぐるとそこで渦を巻き、何事もなかったかのように平たくなって、平面になって、再び彼女の髪にそのまま戻った光景。目を疑った。
……!

一体、何が……ッ

「っ参殿ーーッッ!!!!」
叫んだ飛影の口から新たな血がにじみだし、あごを伝って荒れ果てた大地に黒くぽたっと落ちていった。






 


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