祭壇の灯

その10
【戦慄(3)】



「貴様、参殿をどうした!!」
氷鳥はまた薄くせせら笑った。まったく生き物の感じがしない笑みだった。
「…うざったいから消した」
彼女の前髪の間から黒い鋭い目が見えた。彼女の髪は地を這って、円形に彼女を囲んで広がってくる。
「奴のことが気になるのか…?つまらないことに気をかける者達だな……ふふふ」
皆は頭の中で、あの光景を何度も再生していた。
目の前で参殿が消えた、あの光景を。
あの巨体が、一瞬で黒い線に何重にも包まれて、そして手品のようにぺしゃんと潰れて、線だけが残ったあの光景をである。
皆は発言することが出来なかった。ただ臨戦体勢になり構えてはいるが、一歩も動かず、完全に防御に徹するかたちをとっていた。
氷鳥はまたしゃべりだした。
「私の髪は神の髪。この黒き優雅な髪を通ると、その者は神の世界へと運ばれる」
「!?」
「そこは、私のような神により、天罰を下された者達が、ひしめきあい、そのまま浄化されるまで、ずっとそこに居続けなければならない世界だ。
 私が支配する、私が大嫌いな世界……」
「……………?」
 
「…躯もそこにいるのか…?」
先頭に立って(一番近いところに居たため、そこから動けなかったので先頭に立っているのである)剣を構えていた飛影がふとつぶやいた。皆目を飛影の背中に向けた。月架がはっと目を開いた。
氷鳥は「ん?」という優しい顔をした。
「誰だ?それ?この城にいた妖怪どものうちのひとりか?」
「ああ」
「なら、そうだな。そいつもそこに居る。生きたままでな」
月架はまた目を見開いた。
(…躯様が……。生きてる……)
飛影は、少し複雑な心地だった。なんとなく、ここで油断してはいけない、と思った。
「けれど、生きてるからといって、無事、とは限らないよ…。灯は、私が取ってしまったから。ふふ……」
灯…?と飛影はつぶやいた。氷鳥はまた不敵な笑みを浮かべていた。
パチパチと、再び小さなスパークの音が耳の横を走っていくのが聞こえた。皆の髪が少し逆立ち、皆はにわかに後ずさった。
「クク……。飛影よ、お前、そいつに逢いたいのかい……?」
ゴロゴロと、黒いーー彼女の髪であるーー空から嫌な音が聞こえてきた。飛影ははっとして、頭上と前の氷鳥本体とを交互に目配せしていた。
「飛影先輩!!」
カッと雷がはじけて飛影に向かって追突したーーーかと思うと、それは飛影の頭上で弾かれ吹き飛んだ。
「!?」
構えていた飛影は月架の方を見た。彼の両腕に妖気が溜まっていた。
「僕は 瞬時に結界を作ることができるんです。一瞬しかもちませんけど…」
氷鳥は相変わらず口元だけ笑っている。
「やろー…!」
ムシャクシャしていた幽助が、指先に気を集め始めた。
「幽助!」
「喰らえっっ!!」
霊気を集め終わった瞬間、彼は特大霊丸をいきなりその場で撃った。が、撃った直後にその玉が爆発し、その衝撃でその場にいた氷鳥以外の6人が全員吹っ飛んだ。
「うわぁっっ!!」
もと幽助がいた場所を中心に、皆半径約15メートルくらいのところまで飛ばされ、その円を覆うかのように広がっている残骸の中に皆頭からぶち込まれた。
「くっ!あっ、ひ飛影先輩!!」
飛影が飛ばされたところより、5mほど離れたところに飛ばされた月架が、ふらっと立ち上がって彼のところへ駆け寄った。飛影は少し出っ張った残骸の蔭に倒れていたが、すぐさま腕を伸ばして体を起こした。月架が触ろうとすると、飛影は直ぐさまその手を弾いた。飛影の頬から血が流れていた。月架も飛影もそこに座り込んでいた。
「うわぁっ!!」
という幽助の声が遠くに聞こえた。飛影と月架はびくっとした。
幽助の気が、消えた。
「……」
黒い空は、ゴロゴロと音を響かせてやまない。座り込んでいる二人には、周りの小高い残骸のせいで周囲の状況がよくつかめない。
カッと雷の筋が見えたかと思うと、今度は蔵馬の妖気が消えた。
飛影の身の毛がよだった。汗がつたった。
「うっ!じっ次げ…」
と言う声が幽かに聞こえた。だが、それは余韻も残さずすぐに消えた。
桑原の霊気も同時に消えた。
ほんの数秒で、3つの気が次々と消えていった。
月架は迫り来る恐怖に怯えていた。
誰かの気をすぐ側に感じた。ぞくっとして振り返ると、そこには長い髪で地上を包みつつある氷鳥が立っていた。
飛影と月架は硬直した。
「忌み子飛影…。私は今日、お前を消しに来たんだよ」
飛影は指でガリガリと地面を削っていた。歯を食いしばっていた。
「私が何者か知りたいか…?」
飛影は素早く瞬きをした。
「私はね………。神になる前は…。
……お前が殺した女の妹だったのさ」
「………!?」
飛影はまた瞬きをした。目だけは逸らさなかった。
「だからお前が憎い。お前の存在そのものがね」
薄くせせら笑うその顔が、何よりの恐怖だった。
「さて、じゃあ消させてもらうとする。これは、神の行いだ……!」
頭上で音が鳴った、と飛影が何かの奥底で思ったその時、黒い影が二人を担ぎ、その結界ともいうべき領域から素早く飛び出ていった。
二人がいなくなったそこに大きな雷が落ちる音がした。
「我隠!」
十メートルほど離れた所へ、三人は受け身を取って打ち付けられ、それぞれごろごろと転がった。
「我隠……貴様は……」
「おい飛影、お前 腕が折れてるぞ」
はっとして、飛影は左腕を見て動かした。ギリッという音と共に痛みが走り、左の肩が上がらない。
「飛影先輩、肩から血も…」
すると、音もなく三人の中に氷鳥の姿が現れた。月架はびくっとした。
「月架!」
氷鳥の髪が月架に向かって伸びた。それより一瞬素早く月架が結界を張った。バシイという音がして、黒い髪は弾かれブアッと広がった。すぐ近くでバチバチという音がする。
すると、黒い髪のすきまに穴が見えた。飛影は目の前数十センチのところにあるその穴を見つけた。これが、あの「神の世界」とやらに通じている穴か…?いや違う!これは……。この風は、もっと別の場所の風だ!
「我隠、月架!ここに、人間界に通じているトンネルがある!ここを通って一旦脱出するぞ!」
「何!?」
恐らく、瞬時に張られた月架の結界の力で、空間がゆがんでねじ曲げられ、人間界なんかに通じてしまったんだろうと飛影は考えた。
その瞬間、また氷鳥の髪が舞った。飛影先輩っ!と月架の声がした。彼の方を見ようとしたが、飛影の目にはいつの間にか黒しか映らないようになってしまっていて、二人の姿が確認できなかった。
「!」
すると、飛影の体が急に横に傾いた。さっき彼が見た穴に向かって風が吹き、凄い力で飛影がそこに吸い込まれていく。
「ッ!待て!まだ二人が…!」
誰に言っているのかもわからず、飛影は叫んだ。掴めるはずもない光に右手を伸ばす。だんだん穴の入り口が遠くなっていき、彼の周りに見えるのは、風の吹き荒れる闇だけになっていた。
飛影は言葉を失った。






 


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