祭壇の灯

その8
【戦慄(1)】


彼らに、静かな魔界の夜がおとずれた。
広い広い敷地一帯を覆い尽くす残骸の端で、皆それぞれ、自分に適した場所を陣取って座っていた。我隠は壁を一枚起こしてもたれて、ぐうぐう眠っていた。辺り一帯が吹き飛ばされていたので 四方に白い地平線が見える。皆はずっと、その円い線を見ていた。地は黒く、空は白かった。
飛影は躯の言霊をずっと眺めていた。どうもこれを割って、中身を聞く気になれなかった。
ゴトゴトという音が、遠くから飛影の耳に届いていた。未だひとりガレキ起こしを続けている参殿である。自分以外の生存者も見つけたい、こんなことをした犯人を見つけます、証拠を見つけますと、皆もう参殿を見つけた時点でやめてしまったガレキ起こしを、彼はひとり続けているのである。皆はそんな参殿を何もせず見ていた。皆がしてきたように、残骸を大きい物からはがしていき、かけらを放り投げて深くまで必死に掘り起こしていった。そんな様子を、皆は不思議がった。皆の彼のイメージは、臆病とか、戸惑いやすいとか、そんなおどおどとしたイメージだったのに、今の彼はきびきびしていて、一つの目的を達成させようとひとりで頑張っていた。手伝おうと言った者もいた。そう、ありがとうございますと言い、参殿はその者を快く受け入れた。だが、その者が途中で疲れたと言えば、あとは私がやりますと、その者を休ませた。彼はずっと休まずに解体工事を続けていた。
飛影は一度も手伝わなかった。

 
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

飛影は、帰るところがなくなった。
自分が眠るところを家と呼ぶのならば、彼の家は、いちばん最初に焼かれてしまった所だった。魔界の森。そこが彼の今の”家”だった。彼はその家が焼かれる前日に、静かに彼の氷泪石を見ていた。自分には出せない涙の固まりを、何も考えずにぼうっと眺めていた。すると、ふとそこに、自分の居る森が映っているのが見えた。彼は今森の中にいるのだから、映るのは当たり前なのかも知れないが、おかしいのは、森を外から眺めた風景が映っていることだった。飛影は不思議さに気付いて辺りを見回した。木と葉だらけで、絶対に地面などは見えないはずだ。また石の光景を見て、こんな風景が映るはずないと飛影は氷泪石を気味悪がった。すると、頭上でゴロゴロという音が響いた。空を見上げると、黒い雲が森を覆っていた。この氷泪石の様子といい、何となくいやな予感がした。彼は 次の日は躯の家に泊めてもらおうと思った。
そうしたら、なんと、彼の家が一晩で焼かれてしまったのだった。躯と半ば強引に交渉し、ひたひたと彼女の家を歩きながら、森が見える部屋を選びそこに入っていった。氷泪石に映る光景と、目の前に移る光景がちょうど一緒の場所だった。氷泪石に何かが映るなんて初めてだ、氷泪石は何を言おうとしているのか。彼は何となく、息を殺して静かにしていた。生きている気配も感じさせないくらいに。
すると、ドオン!という音が耳をつんざき、鋭い閃光が目に刻み込まれた。飛影は二回瞬きして森を見つめた。黒い空から一筋、天からの怒りを受けたように、森に雷が落ちたのだ。森はすぐに激しく燃え上がった。
そこへ、躯がいきなり入ってきた。飛影は驚いて「むくろ…」と言い、振り返った。彼女も窓の外の光景に釘付けになっていたようだ。飛影は再び窓の方に体を向け直し、ずっとその光景を見ていた。躯は飛影を一瞬疑った。だが、すぐにその疑いは晴れた。不思議がる躯に、飛影は何の説明もできなかった。
彼自身も、何が起こったのか、よく分かっていなかったからだ。
次に、人間界の彼の”家”、公園を焼かれた。鉄筋コンクリートだらけの街で、木のあるところに懐かしさを感じたのか、彼はそこが好きだった。だが、そこも焼かれた。雷が落ちて、彼の家の木だけが燃えたのだ。木々は黒く焦げてしまい、その後は彼にはわからなかった。
その時も、彼は氷泪石を見て、そのことを知ったのだ。森が焼き尽くされた後、躯にも知らせずすぐさま森に向かった彼は、まだ煙のたなびいている森の焼け跡を踏みしめた。
もし、昨晩、彼がここで寝ていたとしたら、いくら彼でも何かしらのダメージは受けていたであろう。
ーー氷泪石は、オレを助けようとしたのか?
飛影はふとそう思った。そしてまた、ポケットの中にある石に手を伸ばしいじくっていた。
黒い雲は消え去っていた。だが、まだいやな感じが彼の胸の内に残っていた。魔界にいるのは危険な気がする。それで、今夜は人間界に行こうとしたのだった。
だが、そう思って氷泪石を見ると、今度は人間界での彼の”家”、公園が映っていたのだった。彼は驚き、石を持っている手が震えた。
ーー…今度は、ここが焼かれるのか!?

そう直感した彼は、公園で泊まる訳にもいかず、かといって魔界にいるのもいい予感はしなかったので、なんとか人間界の友人の家に泊めてもらおうと思った。だが 友人には断られた。仕方なく、彼は夜の人間界の街をぶらぶらひとり歩いていた。公園には近づこうとしなかったが、一方で彼は、人間界で、あのような大きい黒い雲が発生するだろうか? とも思っていた。そこで少し試すように、彼はその公園に向かってみた。夜の公園はしんとしていた。街灯の光が遊具の影を作り出し、ひとつの世界のような神秘的なものがその公園にはあった。別段なんて事はなかった。空は暗くてよく見えないが、曇っている気配はなかった。ジージーと虫の低い音が聞こえる。人間界は、もう秋なのだろう。
そんなしみじみとした心地に包まれていると、ふと,彼の鼻の頭にポツと何かあたるものがあった。彼は右手で鼻の頭をこすった。すると、今度は左手に何かあたるものがあった。左手を顔に近づけて見てみると、それは水滴だった。ポツポツと、後から後からどんどん落ちてくる。
そして、案の定、雨が降り、雷が鳴り出した。飛影はその場から少し離れ、公園の様子を見ていた。すると、公園の、一番大きな木に向かって一筋、魔界で見たのとおんなじ稲妻が直撃したのである。木は燃えた。その炎は周りの木に移り、燃え広がった。飛影は目を見開いて、呆然とその様子を眺めていた。すると、何が起こったと、夜中なのにざわざわと人間達がやってきたので、彼はその場から急いで去った。自分を呼ぶような声もしたが、無視して、彼はすぐに夜の道に消えていった。

 

  彼は、なにか、災いが自分を追いかけているような気がしていた。

その後も、移動要塞の件といい、この城が焼かれてしまったことといい、何故、彼に関係する場所ばかり、こうもたくさん稲妻が落ちるのか。それ以前に、何故このような不自然な稲妻が最近になって起こるのか。そして,何故彼の氷泪石は、その場所を予知して映し出すのか。何故、この石は、それを彼に知らせようとするのか。
以前、蔵馬が 「これは自然現象と言うより、人為的な行為と見た方が説明しやすい」というようなことを言っていたが、飛影もそうだと思った。でなければ、こうもたくさん飛影に関係するところばかり、雷が落ちるはずがないだろう。恨みを買うようなことは、彼の生涯でもたくさんしてきた。だから、誰かのせいで 今回の一連の事件が起きていると思った方が、彼にとって理解しやすいのである。
 だが、もしそうだとしたら、これから飛影は新たに誰かを憎むことになるだろう。
森や、自分の寝床なんかは、そんなに気にしないし、別にどうでも良かった。だが良くないのは、一体、誰が、

 

躯を消したんだ……………。

体操座りをし、右手に躯の言霊を握り、顔を膝の間に埋(うず)めている飛影を、数メートル離れた場所から蔵馬が眺めていた。三角形になった彼の黒い姿が黒い大地に溶けこみ、白い空が上から被さる様子は、どことなくもの悲しく優美だった。
飛影は、今とてつもなく悔いているのだろうと蔵馬は思った。氷泪石に奇妙な光景が映ることを知っていたのに、何故、躯の城が焼かれる今回に限って、氷泪石の予告をもっと早く見なかったのだろうと。消えてしまった人達がどこへ行ったのかは知らない。けれど、知らないからこそ、そこに恐怖することがあるのである。
「飛影……」
と、蔵馬が立ち上がり、飛影に一歩近づいた。
そのとき。
蔵馬の真後ろ十メートルほど向こうで、パリンという音が聞こえた。飛影もはっと顔をあげ、蔵馬も後ろを振り返った。
我隠がもたれている壁の裏側に、月架が、躯の言霊を投げつけたのである。
鼠色の壁にざわざわと躯の形が浮かび上がる。飛影も蔵馬も、幽助や桑原まで,月架に近寄り、少し後ろに座って一緒にその壁を見始めた。
いつも誰より幼い顔をしている月架が、今は少し大人びて見え、そして彼はそこに静かに座っていた。

 

「月架。無事か」
第一声がそれであることに月架は少し驚いた。彼は全く無事だった。逆に、今は躯の方が、それを聞かれる側なのに。
「まぁ、これを見ているということは多分無事なんだろうがな。だが恐らくこっちは無事じゃない。いきなり周りが真っ暗になって、雷が起きたんだ。お前が最初に削剥の城に行った時の証言のようにな。ただ違うのは、城の中じゃなくて、城の外で起きたということだがな」
やっぱり、削剥の城と同じだと躯も気付いてたんだ、と皆は思った。
「ということは、恐らくオレも無事ではすむまい。何しろほぼ100%の確率で消えてしまうんだからな。お前は強運の持ち主だから 恐らく大丈夫だろうが、オレはどうもツキがないらしい」
躯は、この言葉を言霊に託す時から、もう自分が消えることを覚悟していたんだろうか。
「それより、ひとつお前に残された任務がある。もしも、お前等が帰ってきた時、オレの姿が見えなかったらーー‥‥‥

幽助達と協力して、オレを消した奴を捜してくれ」
幽助は周りの者達と目を見合わせた。月架も少し目を見開いている。
「勘違いするなよ、これは頼みじゃない、命令だ。オレが無事でいられなくなるってことは、魔界にとってどういうことかわかるだろう。削剥の城にとて、危険だから調査に行ったんだろう。魔界のかつての三大勢力にまでのし上がったオレが消えたら、それこそ魔界にとって危険すぎる事件だ。蔵馬の言っていたように恐らくこれは人為的なものだ。だから 犯人がどこかにいるはずだ。必ず探し出せ…。いいな!」
月架は唾をごくりと飲んだ。周りのものは、少しため息をついてうつむいた。

「月架……。お前も、恵まれん生き様を歩んできた奴だったな。最後まで、貴様の仕事の面倒を見てやれなくてすまない。あとは飛影達と共に、頑張って生きていけ」
皆、ここで「えっ」と顔をあげた。その目の先に、月架の暗い後ろ姿が見えた。
その時、それが合図だったかのように、躯の言霊からの映像がしゅうと音を立てて消えていった。
皆、飛影さえ、じっと座っている月架の 綺麗な金髪を眺めていた。
我隠も寝たふりをしながら、壁の裏側で皆の気配と躯の言葉を静かに聞いていた。

 
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

夜明けが近づいてきた。皆は、深夜に見た躯の言霊の御陰で、少し志気が上がっていた。これから犯人を捜すことは容易ではないだろう。だが、躯が言っていたように,この事件は魔界全土にとっても危険なことである。これから何が起こるか分からない。だが、それが起こらないようにするために、彼らがこれからなんとかしなければならないのである。
 飛影は、結局言霊を割らずに服の中にしまっていた。いつか時がくれば、ひとりこっそり割るつもりなのだろう。とりあえず今は、月架への言霊に託されたメッセージに基づいて、皆と共にこれからすべきことをやろうとしていた。
「…………?」
「どした、桑原」
桑原が、夜明けの空を見ながら何か思っていた。
「なんか、空……。ーーー段々暗くなってきてねーか…?」

皆その声で、緊張した顔で空を見た。空は片方の地平線から反対側の大地に向かって、墨をこぼしたようにどんどん黒くなってきていた。四方に地平が見える場所で、すべて空が暗くなる。なんと大地は広いのだろう。なんとこの黒い空は広いのだろう。

 

飛影は氷泪石を見る暇もなく、空からのし掛かってくる恐ろしい力に一方的に圧されていた。






 


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