その6
【初期微動(4)】
その日 雰囲気だけで会議は終わり、いよいよ幽助達4人は、魔界で危険度Aランクという城・削剥の城へ向かうこととなった。幽助、桑原、蔵馬は、大切な人に別れを告げるため、次の一日を人間界で過ごすことにした。
「死にそうだと思ったら遠慮無く逃げてこいよ」
人間界に去ろうとする3人に躯が言った。家の外に出ると、頭上にある暗い空でゴロゴロと雷が鳴っていた。
「なにせ、あの城はまだ調査中の、何もわかっていない正体不明の城だ。わかっているのは、中に入ればほぼ100パーセントの確率で帰って来られなくなるということだけ。月架や参殿の話を聞く限り とてもろくな所じゃない。昔も今も同じなのは 中に入った奴は生きては帰っては来られんということだけだ」
「……………」
すると、躯の方に一歩歩み寄って幽助が答えた。
「別に、100パーセント死ぬとは限らねーぜ、あつらは帰ってきたんだし。まぁせいぜい調査して帰ってくるよ」
「………」
「魔界のためだしな」
「まあ、貴様らのためにはならんがな」
へっと笑うと、幽助は再び躯に背を向け、蔵馬と桑原と共に魔界を去ろうとした。するとそのとき、なんと家から出てきた我隠が、「おいお前ら」と彼らを急に呼び止めた。
「明後日、オレも一緒に行かせてくれ」
「何!?」
幽助、桑原、蔵馬は、突然の彼の申し出に振り返った。躯も家の入り口から出てきた彼を見た。
「お前ら4人だけで行くには少し無謀だと思ってな。中に入ったことのある、経験者がついていった方がいいだろう」
彼らは我隠を見た。今日の会議では、彼はあれ以後全く発言せず、話を聞いていないかのように肘をついてぼうっとしていた。故にまだ、彼は”敵か味方か”ということが判明していなかった。月架と参殿を助けたことは評価されたが、当時危険度Bランクだった削剥の城に一人でいたことの理由が不詳であったし、独り身の妖怪だからなおさら正体がよく分からなかった。
「まだオレを警戒してるのか?」
相変わらず彼は余裕で薄く笑っていた。
「そりゃそうだ。何しろてめーは、まだ敵か味方かも、正体もわかってないんだからな」
明らかに警戒して桑原が言った。
「そんなこと言われても、オレは独り身のただの妖怪で正体と呼べるほどの正体は無いし、敵でも味方でもねえよ。中立の立場と言ったところかな」
「オレ達に敵がいるかもわからないのに ”中立”なんて言葉はおかしいんじゃないですか?」
蔵馬が冷ややかに言った。
「…………」
我隠の口が一瞬止まった。
「経験者を連れて行った方がいいなら、月架を連れて行かせる」
躯が横から言った。
「だがあのガキはあの城を怖がるだろう。目の前で仕事仲間達が、次々と撃たれていくのを見た場所だぜ?そんな城にガキを二度も行かせるのか?」
「得体の知れん貴様を連れて行くよりは安全だ」
「それはどうかな。月架とか言うガキは死を覚悟して気絶しちまった奴。オレはそいつらと自分を助けられた奴。生き残る可能性があるのは、オレを連れて行った方だと思うけどな」
「てめー、調子に乗るのもいい加減にしろよ!」
いらついた桑原が言い放ったが、我隠は桑原に見向きもしなかった。躯は桑原にもういいと手を向けた。
「……いいだろう。お前も、こいつらに同行させてやる」
「躯!?」
幽助が意外そうに言った。
「だが条件付きだ。お前と一緒に月架も同行させる。つまり6人で行ってこい。わかったな」
「ああいいぜ」
我隠はにやっと笑った。幽助達は不満そうな顔をしたが、納得するしかなかった。
あっという間に2日後の朝が来た。人間界で誰にどのような別れを告げてきたのだろう、再び魔界に来た幽助・蔵馬・桑原は、何かを決意したかような何とも言えぬ若者の顔をしていた。そして月架と、二日間も躯の家に泊まっていた我隠も準備をし、家の外に出てきていた。
「おい飛影、起きろよ。出発だぞ」
と、躯は飛影の泊まっていた部屋を覗いた。すると、彼のベッドはもぬけの殻で、彼がその部屋の中にいる気配もなかった。不思議に思った躯は 部屋の中に入り辺りをキョロキョロと見渡した。
すると、部屋の奥の、朝の光が差し込む大きな窓にふと影が見えた。桟に座り、足もその上に乗せて組み、飛影はそこで手に持っている何かをじっと見つめて居た。光が差し込んでいるので彼の赤い眼は影になっており それでいてそれは綺麗であった。その光景は、窓の桟が枠になっている美しい一枚の絵画のようだった。
「飛影…何を見ているんだ?」
はっと気付いた飛影は手に持っていた物をしまい、躯を見た。どうやら彼は、躯がいたことに気付いていなかったようだ。
「……………」
「……氷泪石か?」
躯が小さな声で尋ねた。彼があんな風に何かを見つめるのは、彼の氷泪石しかないと思った。
飛影は答えず、窓から降りて
「もう出発か」
と聞いた。
「ああ。お仲間はもう外で待ってるぜ」
「そうか」
うなずくと、飛影は何事もなかったかのように、躯の横をスタスタと歩いていき部屋を出ようとした。
「待てよ」
ふいに躯が呼びかけた。
「お前この二日間、ずっと家にいたよな。幽助達のように、誰かに別れを告げてこなくてよかったのか?」
飛影の足の歩みが止まった。
「別れを告げる必要のある奴などいない」
飛影はさっさとこの部屋を出たいようだった。
「…妹に会いに行かなくて良かったのか。今生の別れになるかも知れんというのに、石を返さなくて良かったのか?」
「………………」
飛影は躯に背を見せ続けた。
今は、返さない、返せない、と言っているようにも見えたが、それより彼は何も答えたくないようだった。
「…それに、その他にも、別れを告げる奴はいないのか?」
「いない」
「………そうか」
「………」
「もういい、行って来い。気を付けてな」
ようやく、飛影は足を動かしその部屋から出られた。ドアも閉めずに彼は廊下へ出ていき、躯は一人でその部屋に突っ立って開いたままのドアを見ていた。
ーーーー奴は、削剥の城では”死なない”と思っているんだ。そこに行っても、それが自分とこの世界との今生の別れにはならない、また帰ってこられると思っている。
と、躯はそう思った。だから彼はいつものようにしていて、誰にも何も言わず、まだ死なない、また誰とも会えると考えていると思った。ーーーだがそうであっても、彼女は、別れを告げて欲しかった。…他ならぬ飛影に。
飛影は、確かにその時は 躯の考えたとおりそう思っていた。だがこれが後々甘い考えだったということに気付くまで、彼には多少の時間がかかってしまった…。
第三次調査隊出動。メンバーは、幽助、桑原、飛影、蔵馬、我隠、月架の厳選された六人である。彼らは今日、現在魔界での危険度Aランクに達している『削剥の城』というところに向かっている。今まで何度も調査隊をその城に送り、そのほとんどがその城に行ったきり消息不明となってしまった恐るべき城である。魔界の秩序を守るため、その城へ いくつもの武勇伝を持つ彼らを向かわせたのである。強いて言えば、魔界のため、彼らは、とても無事では帰れないであろうそんな城へ向かわされたのだ。
「月架すまねえな。せっかく生きて帰ってこられたのに、また行くはめになっちまって」
「あ、いえ。別に幽助さんのせいじゃありませんし。魔界のためですから」
一昨日の会議の後に 彼らと月架は雑談し、互いの名前を覚えて少々仲良くなっていた。出発してから4時間、躯に借りた乗り物は薄暗い空の下を駆け抜け、四方の地平線までずっと続いている何もない平原を縦断し、癌陀羅から3000キロ離れた世界の果てのような所に、削剥の城を見つけた。
「あっ!あれですあれです!あの城です」
月架が指を指し、操縦席のブレーキをかけた。乗り物は止まった。
「ようやく着いたかー」
と乗り物から降りた桑原は、一瞬そこの空気にぞっとした。
肌寒いとも何とも言えぬ感覚が彼を襲い、それは目の前にそびえ立つ古い建物を中心に渦巻いていた。その城は、城と呼ばれる程大きくもなく、灰色の壁と赤い空が妙に鮮やかで妖しかった。そんな城に入るなどとても恐ろしく、城からの何かの力に押されるように、桑原はすぐにでもその場から逃げ出したくなった。
これは魔族の幽助も感じていた。魔界を故郷とする蔵馬や飛影まで、この感覚を嫌だと覚えた。そんな様子を見てか、一度ここに来たことのある月架は,自分も同じ感覚を感じながら皆を気遣っていた。我隠はいつものへらへらした笑いをやめて城を見上げていた。皆が、この城から威圧感を感じ多少ひるんでいた。
「行くぞ」
ふいに幽助がつぶやき、一歩足を踏み出した。皆「行きたくない」と思っていることは皆が皆黙認していた。だがそれでも行くしかないということも分かっており、だから、皆は何も言わず彼に続いて行った。
月架の証言通り、中は薄暗く長い廊下が続いていた。ほこりとカビ臭く、迫ってくる壁はざらざらしているのが触らなくても感じられた。皆は一列に並んで奥へ奥へと突き進んでいった。先頭には月架が立っていた。
「我隠、お前もこの入り口から入っていったのか?」
「こういう嫌な入り口からしか入れなかったぜ、この建物は…」
たまにパラパラと天井から粉が降った。彼らは衣服に付いたそれを払いながら、足下に気を付けて進んでいった。
「そろそろ…、です。僕らが見た、窓のある明るいホールに着くはずです」
月架がそういうと、彼の後ろに並んでいた幽助は奥から光を感じた。今までが薄暗かったので幽助にはそれが眩しく感じられた。月架が影になったので、幽助はそこに隠れた。そのまま歩いていくと、廊下の奥になにやら部屋らしきものが見えた。
「ここか…。ここがオレ達の墓場になるんだな」
「嫌なこと言うのはよせよ!縁起でもねえ」
幽助が高い天井を見上げながらつぶやき、最後尾に居た桑原がホールに入りながら言った。
そうして6人はその部屋に着いた。確かに月架の証言通り、高い窓から光が差し込んでいる。そしてその光は全て目の前にある祭壇に集中していた。彼らが歩いてきたそのホールへの入り口は、ちょうどその祭壇の真ん前で、天窓は全て入り口の上の丸形の壁についていた。
「ここで、何人もの妖怪達が稲妻に撃たれて消えていった…。にしてはこの部屋、最近誰かが入ったような形跡はないですけど…」
蔵馬が部屋を見渡しながら言った。月架の方もちらと見たが、彼はやはり少々怯えており、部屋の奥には入らず入り口付近で立ち止まっていた。蔵馬は、月架に状況を説明してもらおうとして、一歩彼に近づいた。飛影は部屋の奥へすたすたと歩いていった。
「おかしいぞこの部屋!」
ふいに我隠が叫んだ。皆はびくってして彼の方を見た。
「どうした?」
「オレは入り口から入って、またそこから礼儀正しく出ていった訳じゃないんだ。入り口までとても引き返せないと思ったから、壁をぶち破って出てきたんだ。なのに、この部屋には、どこにも穴なんかありゃしない」
皆その言葉にぞっとした。
「入り口からここまでは一本道、前来たところと違う部屋だとは到底思えない。けれど、この部屋の壁にはどこにも穴の跡がない、ということは」
蔵馬がふっと続きを言った。
「誰かが、直した」
「んな!ここには誰もいないんじゃないのかよ」
幽助が言った。
「公式ではそういうことになっています。だが、突如部屋が暗くなり放電が起こったことも、自然現象というより、人為的なものだったと考えた方が筋が通りやすい」
「でも、僕らが調べた時は、生物の気配なんか全くしませんでしたけど…」
月架は少々怯えながら蔵馬の話を聞いていた。
「……………」
彼らはいろんな方向を向いていた。在る者はうろつき、在る者はその場にとどまり、ただ静かにその部屋にいた。
「………なぁ、月架」
幽助はふと彼を見た。
「はい」
「全っ然、部屋も暗くならないし、放電も起こらないんだけど」
「あ…。ええ、そうですね」
「何をして放電が起こったのかはわかんないんだから、別に不思議じゃないと思うけどな」
桑原が言った。
「まーな」
だが、月架自身も少々不思議がっているようだった。
「なーんかさ、何も起こらねーと暇だなー」
「油断は禁物ですよ 幽助」
うろうろしながらぶつくさ言う幽助に、まじめに調査をしているような蔵馬が言った。蔵馬は壁を伝ってゆっくり歩き、部屋の奥にある祭壇を見た。
すると、ふと、祭壇の影に居る飛影が蔵馬の目にとまった。いつの間にこんな奥に入ってたんだと思った蔵馬は、彼をじっと観察していた。彼は祭壇にもたれて、手に持った何かを見ているようだった。蔵馬はこっそりと彼に近づき、後ろから彼の持っている物を覗いてみた。
それは,蒼い氷泪石だった。こんな時に何を見ているんだろうと蔵馬が思うと、その時 石に何かが映るのが見えた。見覚えがある、良く注意して見てみると、それはなんと、さっき居た躯の城だった。
「これは…?」
と蔵馬がつぶやくと、飛影はカッと目を開き、石を握りしめて急に振り返った。
「貴様ら!今すぐ戻れ!!」
部屋中に響き渡ったその声に皆が驚いた。
「えっ!?…な、なんで」
「いいから早くしろ!ここを出るんだ!!」
すると飛影は、皆を無視して出口に向かって走っていった。
「な何でだよ、飛影!ちょっと待てよ!おい!」
訳の分からないまま、皆も焦って彼についていった。急いで出ていった飛影は、すぐに乗ってきた乗り物に飛び乗り、みんなも乗ると、それをすぐに発進させた。
「一体なんだってんだよ飛影、説明しろよ、あの部屋で放電が起こりそうな気でもしたのか?」
飛影は答えず、ただ隅に座っていた。皆は不満そうにその周りに座っていた。揺れるその乗り物は、暗い魔界の平原を突っ切っていった。皆は各々自分の場所を取り、ただ何もせずそこに座っていた。
「……………」
蔵馬は、さっき自分が見たものを皆に言おうか迷った。だが、あれが何を表すのかは自分にはわからず、はっきりしないことは言わないでおこうと思い,言わなかった。
飛影は、ただ下を向いていた。何かを恐れているような、飛影らしくもない顔だった。
そうして6人は、それより3時間半後、出発した場所へ戻ってきた。
だが____________。
「………ここ…が………、あの、躯の城…………が、……在った……場所…!?」
そこは、ガレキの山だった。
その場所に元々在ったらしい建物はほぼ全壊しており、灰色の煙がまだそこら中に立ちこめていた。だが誰もそこに居た様子はなく、生き物の気配もしなくて、辺り一面に残骸の海が広がっていた。
先頭に立って出てきた飛影は、目を見開いてガレキの一歩手前に立っていた。冷たい魔界の風が彼の横を吹き抜け、煙がそれに乗ってただたなびいていた。
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