その5
【初期微動(3)】
月架と参殿が寝かされていたその治療室は、正方形で割と広々とした部屋だった。部屋の両側の壁にドアが二つあり、一方は廊下へ通じる扉、もう一方はさらに奥の部屋へと通じる扉だった。
今、飛影、躯、月架は廊下側のドアの前に立っており、連れてきた謎の男は奥の部屋ーーさっきまでその男が監禁されていたはずの部屋ーーに通じる方のドアにもたれていた。
飛影達3人が妖気を燃やすと、男は薄笑いを浮かべて自らの妖気でそれらを跳ね返していた。見ればその男の怪我は全て完治していた。挑発のような妖気を感じ、飛影はこの男は”敵かもしれない”と一瞬思った。部屋の両端から互いに攻撃的な妖気が発せられているので、放電すらしている部屋の中央で 参殿はびくびくしながらベッドの上で怯えうずくまっていた。
「参殿!そんなところで震えていないで、早くこっちに来い!」
躯の声にびくっとした参殿は、おそるおそるベッドから降りて立ち上がった。すると後ろにいた男が、参殿の方にスタスタ近づいていき、右手をすっと構えた。
「なっ!」
3人がそう声を漏らすと、男は強く参殿の首筋をはじいた。参殿はあっけなく倒れた。男は妖気の放出も薄笑いもやめて、飛影達の方を見た。
「大人しく寝ていてもらった方が、お前達にも都合がいいだろう」
飛影達も妖気の放出をやめ、男の方を見据えた。
「こう見えても、オレはこの図体バカと、そこの金髪のガキを助けてやった恩人だぜ?えらく非道い歓迎の仕方じゃねぇか」
月架は手をぐっと構え、警戒心を怠らなかった。
「月架、怯えるな」
飛影が軽く促し、彼は一歩前に出た。躯も腕を組み、参殿の前に立つ男を睨んでいた。
「そんなに警戒されなくても、オレは敵のつもりはないぜ。単にお前らが妖気を放出してきたから 跳ね返していただけだ。当然の行動だろう。ああ、名前を言っておこうか。オレは『我隠(がいん)』だ。我を隠す、と書く」
我隠と名乗ったその男は、へらへらしていて、なんとなくこの状況を楽しんでいるようだった。
「何者だ。なぜ貴様はこいつらを助けられた」
「早速の尋問か。まるで逮捕された死刑囚だな。けど、オレは尋問されるほど大した者じゃないんだぜ。オレはただの妖怪のはしくれだ。一人で気楽に魔界で暮らしている、何にも属していない。何年か前に行われたトーナメントにさえ関わらないで、気ままに過ごしていた。お前らは、そのトーナメントの敗者達で結成されたパトロール隊だな」
「フン、よく知っているな」
飛影が答えた。
「これでもオレは全く世間通じゃないってことはないんだぜ。貴様らパトロール隊が派遣されたあの城が、魔界を治める大統領さんによって 危険度Bランクにあげられていたってことも知っていた」
「随分と話の分かる奴だな」
躯が感心したように言った。
「じゃあなぜそんなところに貴様はいた?」
すかさず飛影が聞いた。
「…………」
初めてしゃべりが止まった我隠を見て、躯も月架も警戒心を少し高めた。飛影は答えを待った。
「…そんなことを聞いてどうする気だ、それよりあの城の中のことを聞く方が、ビジネス上先なんじゃないのか?」
「話をそらそうとするな」
飛影は我隠を睨みつけた。我隠は答えようとはしなかった。
「それを聞いて何の得になる?」
「貴様が敵か味方かその外の奴か 見定められる」
我隠はくっと笑い、頭をくしゃっとかいた。
「ガキ、見かけに寄らず頭が回るな」
飛影はチッと舌打ちするだけで、挑発には乗らなかった。
「オレがそこに入った理由は一つ、危ないところだったからだ。独り身の妖怪とて魔界の平和は望んでいる。それだけだ。オレはひとりだから、何かあっても悲しむ者はいない。そこのお偉いさん、これからは オレみたいな天涯孤独な奴を雇う方が手っ取り早いぜ」
我隠は躯をさして言った。
「本心か」
飛影がまた言った。
「…………」
「飛影、もういい。そのことは後でつきとめる。この男が言ったとおり、先に削剥の城でのことを聞く。月架、参殿を起こしてこい」
躯は飛影を下がらせ、月架を前に出した。月架は我隠をちらちら見ながら参殿を起こしたが、我隠は月架には手出ししなかった。なるほど、低級な奴ではないようだと飛影は思った。そして厄介な奴だ、とも思った。
1時間後 躯の城に、幽助・桑原・蔵馬が呼ばれた。そして飛影と再会し、証言者による会議に出席させられることになった。
「よっ!飛影、久しぶりだな!」
幽助は軽く飛影の肩を叩いた。
「お前だけ魔界に残っちまったんだもんなー。大変だったろこっちは。ま、明後日はよろしく頼むぜ!」
飛影は返事をせず横を向いた。
「浦飯ィ。この状況楽しんでねーか?オレ達これから いろんな妖怪の猛者(もさ)達が何人も死んだってとこに行くんだろ?しかも無理矢理よォ」
「まーお前は無理しなくていーぜ。怖いんだったら逃げちまいな」
「んだとォ!異界との親善に努める男桑原、雪菜さんの故郷・魔界の一大事ってぇのに、こんなことで尻込みして逃げるかってんだい!」
「けっ、無理いっちゃって」
「まだ言うかぁ!」
「フン、貴様ら相変わらずバカさ加減が治らんな」
「んだとこのクソチビ!」
すると、後ろから躯が突如口をはさんだ。
「でもまあ、お前は本当に無理はするなよ。お前だけは人間なんだからな。何よりも生きて帰ることを考えろ」
「え、あ…」
桑原の勢いが急に止まった。
「桑原…。異界との親善に努めてくれて、感謝する」
「えっ。いや…。はい」
「なーに照れてんだよ!雪菜ちゃんに言おっかなーっ」
「冷やかすんじゃねーバカ!」
魔界に招かれた彼らは最初他愛ない話をしていたが、会議が始まると、このような明るい雰囲気は一気に消し飛んでしまった。
「『削剥の城』は、ねずみ色の壁とねずみ色の塀に囲まれた、半壊しかけた普通の古い城でした。目測で高さは25mほど、壁に窓はありません、入り口は正面の洞穴(ほらあな)みたいな暗い穴のみで、そこから皆で入りました。最初は62人全員がいました」
月架は素直に解説していた。気絶してすぐに起こされた参殿は、横で足を組んで座っている我隠をちらちら見ながら、またぶるぶる震えて着席していた。ここは会議室だった。四角い部屋の真ん中に、穴が開いた四角い机に皆肘をつき会議に臨んでいた。月架・参殿・我隠は主な解説者としてそこに座っていた。躯はまとめる長の席に座り、横に幽助達4人がかたまって座り、その周りに、いろんな部下達が参加者として着席していた。
「中に入ると、薄暗い狭い廊下が続いていました。おかしな事に、窓が全くないくせに、足下が全然見えないと言うほど暗くはありませんでした。そこを一列か二列になってみんなで進んでいきました。すると、30mほどしたところで、僕達は広いホールのような所に出ました」
皆がそこで顔を上げた。
「そのホールだけは、外見に似合わず妙に立派でした。円形の部屋で、壁も床も整備されており、とても350年も誰も入っていないとは思えない場所でした。そして外から見れば全く窓はなかったのに、壁の高い所にいくつか窓があり、その光はホールの奥にある祭壇のような場所を照らしていました。その壇はちょうど雛壇のような感じで ほこりを被った燭台と宝石らしきものがいくつか置かれていました。
そこで僕たちは、ここが かつての盗賊達が財宝の格納庫として使っていた部屋だなと思いました。宝石がいくつか散らかされていたんです。けれど 僕たちはそんなものに興味はありませんでしたから 宝石には触りませんでした。その部屋は行き止まりだったので、第一次調査隊もこの部屋に来たんだろうと思い、人数確認をしてからみんなこの部屋中に散らばり捜査を開始しました。
それからです。みんなでその部屋の中をうろうろしていたら、突然窓が閉まったんです。いえ、閉まったと言うより、消えたという感じでした。僕は何も見えなくなり、足が地に着いているかすらわからないような感じがしました。すると、変な音…というより、変な声、厳かな声が響き、その部屋全体が揺れ始めたんです」
そこで躯が挙手した。
「その『厳かな声』というのは、男の声か?女の声か?」
「わかりません。たぶん女の声だと思います。でも恐ろしい声でした」
「内容は?」
「それもわかりません。うなっているような感じでしたから」
今度は飛影が尋ねた。
「窓が消えたというのは、何かきっかけがあったからか?それともきっかけなしにか」
「恐らく突然です。少なくとも僕にはわかりませんでした」
「参殿は?」
「は、ははははい、わ私にもわわかりませんでした」
「…そうか、厄介だな。続けてくれ」
躯はそう言って腕を組み直した。
「それで、真っ暗なまま部屋が揺れだし、みんなの焦り声や慌てている声が多々聞こえてきました。すると部屋の真ん中あたりで、一瞬稲妻みたいなものが見えました。それに撃たれたらしき人影が見えたかと思うと、その人は一瞬で消えてしまい、稲妻もすぐに消えてしまいました。
みんなもそれを見ていたようでした。暗い中で 部屋の真ん中から外側に向かってどんどん放電が起き、それらは確実にみんなをとらえては消えていってしまいました。叫び声や悲鳴が聞こえる中、割と外側にいた僕は必死に出口を探しました。すると誰かが『ここが出口だ!』と叫び、僕も 恐らくみんなも、そっちの方へ向かいました。すると、いよいよ外側に出てきたらしい稲妻が、そう叫んだ人を撃ち、出口近くからどんどんみんなを撃っていきました。それはどんどん僕の方へ近づいてきました。すぐ前にいたらしい人を撃ったところで僕は目をつぶりました。すると、すぐ後ろで壁が壊される音がして、僕の体は横に飛びその穴に吸い込まれていきました。……僕はそこで気を失いました。僕が覚えてるのはこれだけです。終わります」
月架が着席した。皆は少しザワザワと騒ぎ出した。
「そうか、それで助かったんだな。参殿も同じか」
躯は 月架の話を聞いてさらに震えている参殿をちらと見た。
「は、ははい、そそそそううです」
参殿はうつむいて 両膝の上にのせた手を見ていた。
皆が騒ぐ中、静かに我隠が挙手した。皆はざわっと騒ぎ、躯は彼を当てた。
「ちなみに その時壁ぶっ壊したしたのがオレだ」
「なに!?」
皆がさらに騒ぎ出した。中には立ち上がり口々に文句を言う者も居た。
「おい静かにしてくれよ、話できねーだろが」
我隠は座ったまま皆に言い、皆も少しずつ静粛にしていった。
「オレは単にその危ないらしい建物の中に入って、一人で探検してたんだよ。独り身のオレが一人で何してようとオレの勝手だろう。そしたらえらい沢山の妖怪達が入ってきたから、オレは壇の横に隠れて様子をうかがっていた。話を盗み聞きしてるとそいつらは魔界パトロール隊らしかったから、ややこしくならないように隠れてたのさ。
そしたら このガキが言ったようにいきなり窓が消えて、暗闇の中でそいつらがどんどん撃たれて消えていくから、こりゃまずいと思って壁に穴開けて 手当たり次第に近くにいた二人をとっつかんで助けて出てきただけの話さ。急いでたんで壁のとがった部分で傷つくりまくっちまったがな」
我隠の話が止まると、皆もざわざわと騒ぎ出した。
「つまり、中に入ればほとんどの場合 誰もが稲妻に撃たれて消えてしまうってことだな」
「まーそーだな」
我隠がそれを間近で見てきたとは思えないほど軽く答えた。
「んな!今までの奴ら全員がそれで姿消しちまったんなら、全く不可抗力じゃねえか!生きて帰るなんざほぼ無理だぜ!?調査なんざしないで、誰もその城に近づかなきゃいいだけの話じゃねーか」
興奮した桑原が言った。
「まぁ現状そうだけどよ、この稲妻が外に出てきたりしたらどうなる?みんな撃たれちまうぜ」
「でもそんな可能性低いだろ。特に今回 ホールの中っていう限定された場所でしか起こんなかったそうだし」
幽助が冷静に言い、桑原はまたそれに対し意見を言った。
するとまた我隠がしゃべった。
「そーいや穴を開けた時、なぜかものすごい衝撃音がして、放電の塊みたいなのが外に飛び出していったような気がしたぜ。オレはそいつに触れずにそのまま急いで外に出てったけど。
だからそこの兄ちゃんが言った可能性少なからずあると思うぜ」
再び会議室が騒ぎ出した。
「貴様、それは本当か?」
「嘘言ってどーするんだ。オレは面倒な混乱起こすのは好きじゃないぜ」
皆驚愕し、大変だとか、すぐ煙鬼に報告しなければとか口々に言い、収拾がつかなくなってしまったった。騒がしい中 躯はひとり静かに考え事をしているようだった。
そんな中、今まで何もしゃべらなかった蔵馬が、飛影だけに聞こえるように小さな声でささやいた。
「今までの状態でだって、そういうことはありましたけどね」
飛影は少し反応した。
「魔界での貴方の寝床の森や、人間界の公園も稲妻によって燃やされたんでしょう?そして恐らく、貴方が乗っていた躯の移動要塞が爆発したというのもそれらと関連している、とオレは思うんですけど。どうですか」
飛影は黙って前を向いていた。こんなことを言ったって 飛影は答えてくれないと蔵馬はわかっていた。
だが蔵馬はおおかた確信していた。やはり今までの事件は、この「削剥の城」と深いつながりがあるんだろうということ。飛影が第一次調査にも、第二次調査にも参加しなかったのもそのためだということ。「削剥の城」には、恐らく飛影が恐れている何かがあるということ。そして飛影はこれからそこに行かざるを得ないということ。
「何を恐れているか知らない、後で何が起こるかはオレには分からない。けれど、貴方は、今恐らくそこに行くべきだ」
と蔵馬は勝手に思ってつぶやいた。飛影の首が少し下を向いた。
蔵馬は飛影に話しかけるのをやめて前を向いた。室内は相変わらずざわついているばかりで、躯はようやく皆をまとめようとした。
「何が起こるかわからない、のにか」
飛影は蔵馬への言葉なのに 聞こえもしない音の大きさでそうつぶやいた。
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