その4
【初期微動(2)】
「見かけほど怪我は大したことないようだ。血を拭けば 傷口はほとんどふさがっていた」
あっという間に一日が明けた。第二次調査隊を派遣し、空っぽの移動要塞と、二人の隊員生存者、そして謎の男が躯の城に訪れてから もう 一つの夜が明けたのである。
移動要塞の中からは、結局何も発見することはできなかった。その中からは生き物はおろか、何の変化の具合も見つけることが出来なかった。中に乗っていた搭乗員達が殺されたのなら 血飛沫(ちしぶき)や焦げた跡や溶接の跡くらい壁に残っていてもいいのに、それすらない、隊員が中に乗る前の新(さら)の状態のままだったのだ。なんの痕跡も残っていないというのは 彼らには悔しいことだった。誘拐犯から人質を解放できないまま証拠を残さず身代金を取られたのと同じようなことである。
だが、それは第一次調査での話だった。第一次調査はほぼ絶望的で、何事もなかったかのように新(さら)の移動要塞だけが帰ってきたが、今回は違った。確かに今回の調査も 隊員達の乗っていった移動要塞の中には誰も乗っていなくて 何の痕跡もなかったが、どうやって帰ってきたのか、隊員の中に生存者がいたのだ。移動要塞が帰ってきた後で 引きずられて帰ってきたのである。一つ夜が明けた今 彼らはまだ目覚めていないが、起きれば何かしらの事情は聞けるだろう。治療藩も今少し息をついていた。
そして、今回は正体不明者が紛れていた。血まみれで、今は二人の生存者と共に眠り続けている。削剥の城の方から来たので敵か味方かはまだわからない。故に治療はさせたものの、厳重な警備つきの部屋に監禁されていた。
この前魔界に現れた人間・霙と、この男が似たような事になっているということには誰もが気付いていた。誰かを助け、そのまま意識を失い、城に運ばれ厳重な警備の中治療されるという点が、あまりにも酷似しすぎているのだ。短い日数の間に似たようなことが続くと誰でも不思議がるものである。怪しがって この二人のつながりや正体を突き止めようとする者さえでてきていた。
だが、前と全く同じという訳ではないことに飛影は気付いていた。それは、霙は”人間”であったが、この男は明らかに”妖怪”だったことである。飛影はこの男を躯の自宅に運び、床に降ろしたときにこの男の顔を見た。髪は黒髪、爆発でもあったかのようにぼさぼさで、顔は人間で言うなら二十代後半頃だろう、だが鼻筋が上品で若い顔つきをしていた。そのときは顔も服も血まみれで体型や姿形はよく解らなかったが、この男のまとっている妖気はただものではなかった。実力はなかなかのようである。もしこの男が味方なら可成の戦力、敵なら恐ろしい相手と化すであろう。そんな男を助けるというのも皆なんだと思ったが、削剥の城へ行った隊員二人を運んできたこの男も一応「生存者」、事情を聞く相手は多い方がいいと隊長の躯が言ったため、皆しぶしぶ納得させられたのだった。
4日前、「削剥の城」調査開始。躯軍のパトロール隊第一次調査失敗、直後派遣された第二次調査隊も当然のごとく失敗。削剥の城の危険度はAランクにあげられた。そして、魔界を統治する煙鬼は、専門突撃隊についに依頼することにした。
専門突撃隊 メンバーは4名。魔族である浦飯幽助、妖怪の蔵馬、飛影、ただ一人人間の桑原和真である。彼らの功績は魔界でも有名となっており、6年前の暗黒武術会での活躍はおろか、霊界テロでも危ういところで人間界を救ったということも武勇伝として知られていた。
「飛影、お前達の出動は明後日だそうだ。隊員二人が目覚め 削剥の城でのことを聞き出してからな。今日明日のうちに親しい友人達に別れをつげてくるがいい。今生の別れになるかも知れんぞ」
躯は椅子に座っている飛影に背を向けながら 機械のような口調で淡々と言った。
「とてもそうなるとは思えんな」
飛影も淡々と言い返した。
「今、貴様の台詞と口調とが全く噛み合ってなかったぜ。本当は お前はそのことには 全く危惧していないんだろう。
…いや そのことに危惧していないというよりは、もっと別のことを恐れている…と言った感じだな…」
飛影は無表情のまま躯の背中を見上げて言った。
「それは貴様も同じだろう」
躯は振り返った。
「一週間ほど前続いていた不審事件。貴様の寝床の森が焼かれ、人間界の公園も焼かれ、そしてパトロールの最中に移動要塞が焼かれる事件……。あれだけお前と関係の深い災難が続きながら、お前はいつも何故か怪我をしなかった。そんな事件が続いていた時、お前の様子は少しおかしかった。なんとなくムシャクシャと満足してないような顔で、今まで以上に神出鬼没だった。あれは、貴様が何かを恐れていたからなんじゃないのか?」
すると飛影は、そのムシャクシャした顔になった。
「オレの様子がおかしかった?」
「ああ可成な」
「……フン」
飛影は目をつぶって少し笑った。
「…お前何か知ってたんだろう。本当なら、今頃とっくに丸焦げになってるはずなのに、お前はその時その時避難していて、いつも無傷ですませてきた……」
躯は急にこっちの話を突きとめようとした。
「そうでもないぜ。霙とかいう女の時は…」
「あれだけだ」
躯は妙に強気だった。
「……………」
飛影は目を開き、無表情のまま躯の目を見つめた。
「しつこく聞くので怒ったか?飛影」
「別に」
飛影は 相変わらず つまらなさそうな顔をしていた。
そして、躯にだけ聞こえるようにしたかのような小さな声で、ぽつりとつぶやいた。
「…貴様が知りたがるのも無理はないだろうからな…」
「!…………」
飛影は ようやく認めたような台詞を言った。
ここで 「やはり何か知ってるのか!」などと さらに突っ込んでもしょうがないと彼女は思った。
だが、彼女は少し嬉しかった。ずっと隠されていた飛影の心情の断片がようやく見えたような気がしたからだった。
数秒置いてから、躯は質問の内容を少し変えて言ってみた。
「…次は、どこが焼かれる?」
飛影は少し反応した。
「…」
彼の目線がにわかに上がった。
彼の目は赤く、焼かれていった彼と関係の深かった場所の炎の色を写しだしているのかと思われた。
「……………」
躯は彼の答えを待った。飛影の小さな口が 少しずつ開かれていっていた…。
そのときだった。
「躯様!あの二人と、あの男が目覚めました!」
と部下のひとりが出し抜けに入ってきた。
何という悪いタイミングだろう。
「!」
その言葉に立ち上がった飛影に、もうさっきの問いを問うことは出来ないと躯は思った。
少し悔しく思いながらも、スタスタと部屋を出ていく飛影の後に 彼女はついていくしかなかった。
その部屋へ行くと、生き残った搭乗員のひとりがベッドに座ったまま飛影の方を見て叫んだ。
「あっ!飛影先輩!」
彼の名は「月架(つきか)」と言い、飛影が躯軍の筆頭戦士となった直後に入ってきた、いわば飛影の後輩の少年だった。実力はS級妖怪だが そのクラスの中では力は中の下といったところで、歳も飛影より大分幼い。飛影を尊敬しており、本人は嫌がっているというのに パトロール隊員になっても 飛影のことを終日「飛影先輩」と呼んでいた。
「チッ、貴様か。よく帰ってこられたな」
「光栄です!ありがとうございます!」
月架はにかっと笑った。彼はよく笑う少年だった。そのせいで 彼といるとき妙に飛影の調子が狂うことがよくあった。飛影には こんなに笑う子供時代など、当然のごとくなかったということも起因していたようだ。
もう一人帰ってきた搭乗員は「参殿(さんでん)」と言うごく普通のS級妖怪で、ゴツゴツした岩のような体の割には臆病な小心者で、月架とは対照的に、目覚めてもその場でぶるぶると震えていた。飛影は、参殿の方には言葉を掛ける気にはならなかった。
「参殿、よく帰ってきたな」
代わりに躯が話しかけた。
「む、むむむ躯様……」
飛影は「話にならん」、というような顔をした。
「わわわ私は、かか帰ってきたのですすか…!?」
「あぁ、恐らくな」
躯も少しうざったくなったようだ。
「そそそそうですか、うううんん、よよかたよかった…」
躯も飛影もあきれてため息をついた。
「確かに あんなところから帰って来れたなんて一瞬じゃ思えないですよね。みんなみんな消えていって……」
「消えていった?」
少し暗い顔になった月架の言葉に、躯が聞いた。
「はい。僕達「削剥の城」には普通に着いたんです。けど、建物の中に入ったら…」
「急に変な声が鳴り響いて建物の中に放電が起こり、それに撃たれた隊員達が いつ消えたのかもわからないうちに 肉体ごと消えていった、のさ」
「!」
皆がその声に振り向くと、もう一人の生存者、二人を背負ってやってきたあの男が、厳重な警備をしていたはずの奥の部屋からあっさりと抜けだし にやりと薄く笑ってドアの前に立っていたのだった。
飛影、躯、月架は臨戦態勢に入り、妖気を燃やし始めた。そんなビリビリとした妖気にも押されず 男は余裕の表情でそのままドアの前に突っ立っていた。
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