その3
【初期微動(1)】
「パトロール要請だ。すぐに準備しろ!」
躯の城で、彼女の声が響きわたった。妖怪達はざわざわと準備をし始め移動要塞に乗り込んでいった。
「どこに行くんだ?」
パトロール隊員達が周りで騒いでいるときに、用意もせず飛影は躯に尋ねた。
「『削剥(さくはく)の城』だ」
「削剥の城?」
「癌陀羅より3000kmほど東に進んだ所にある廃墟の城だそうだ。盗賊達の財宝の格納庫として使われていたという昔話があり、それを狙って入っていった妖怪どもは、みな全身の皮をはがれて哀れな姿となって帰ってきたそうだ。
そこから誰かが「削剥の城」という呼び名をつけた。もう350年ほど誰も入ったことのない、ガタが来てるボロい建物さ。
煙鬼が魔界の王として君臨し、これからは混乱を招かないためにと妖怪どもに魔界中を調査させたとき、そいつらがその城に入ったという連絡を受け それを最後にそいつらは消息を絶ったそうだ。
魔界統一トーナメントより前にすでに誰もいないと確定していたはずの廃墟だった。所詮誰もいないなんてのは、低級妖怪らへんが吐いた言葉だろうが、生命反応すら無かったんだ。誰も疑わん。
故に本格的に魔界パトロール隊に出動命令が下ったわけだ。説明は終わりだ、お前も行って来い」
躯はふいとその場を去ろうとした。
飛影は当然のようにこう言った。
「オレは行かん」
躯の足の歩みが止まった。
振り返ると、飛影も後ろを向いてその場を去ろうとしていた。
「なぜだ、最近はよくパトロールに行っていたくせに、今回に限ってまたもとの好き嫌いに戻ったか」
「面倒なだけだ。どうせ今回は第一次調査で 乗り込ませるのは僅かなんだろう?わざわざオレが行くまでもない」
そういうと、飛影は桟(さん)を蹴って窓から消えた。
躯は軽く舌打ちして、彼女は自宅に残ったまま移動要塞を発進させた。
次の日、パトロール隊達の調査報告を待っていた躯の城には、
全ての搭乗員が消えた空っぽの移動要塞だけが 魔界の平原を突き抜けてその城に帰ってきた。
すぐに第二次調査の依頼が来た。躯からの報告を受けた煙鬼は、「削剥の城」を現段階で危険度Bクラスの廃墟として取り決めた。
躯率いるパトロール隊には第一次調査の3倍の隊員を出させ、そして、その躯軍のパトロール隊の第二次調査も似たような結果で終われば、煙鬼は 専門の突撃隊に依頼することを決めた。そう、幽助達である。
第二次調査も失敗に終われば、この「削剥の城」の危険度はAクラスかSクラスにまで上がる。それでも、最強だった旧友の息子幽助やその仲間達なら何とかなるかも知れない、とこの大統領は思った。今魔界平定委員会は、削剥の城を一番の議題に取り上げていた。
「つまり、第二次調査にも参加しなくても、貴様はどっちにしろ行かなきゃならなくなっちまったのさ」
再び行くのを拒否した飛影に躯が言い放った。
「まるで もう第二次調査が失敗すると言っているようだな」
飛影は椅子に座りながら皮肉を言った。
「…オレとて部下達には死んで欲しくない。三大勢力の一角として対抗していたオレにずっと仕え、今でも慕ってくる可愛い部下達だ。大統領の依頼にこたえ部下を派遣し、そいつらの消息が絶たれたなら、オレは奴らの墓を作って、最終的にオレもそこに眠るまで」
「哀れな奴らだ」
飛影は横を向いた。
「……何故そう貴様は行きたがらないんだ?」
躯は、ずっと疑問に思っていたことを言った。
飛影は目だけを床に向けた。
「盗賊に明け暮れていた頃に、オレはその城の噂を聞いている。バカな盗賊共が、大勢でその城に乗り込んでは皮をはがれて醜態さらして帰ってくる。やがて死に絶える前にとどめを刺してやろうかと思ったが あまりにも哀れすぎてその場を去ったという話まで盗賊共から聞いた」
「皮をはがれるのが怖いのか?」
まさかそんなことはないと承知しながら 躯が挑発のごとく言い放った。
「今回の搭乗員共は、姿が消えただけで皮をはがれた形跡はない。350年以上も昔の話だ」
「じゃあ何故行かない」
「どっちにしろ行かなくちゃならんのなら、二回行くのは骨が折れる。それだけだ」
「いつからお前はそんな面倒くさがりになったんだ?」
飛影はフンと笑うだけで、答えはしなかった。
幽助が煙鬼からの話を聞いた。彼は、その事件を不思議に思うと共に少し血が騒いでいた。退屈な人間界にいると たまに「闘いたい」という血が騒ぎだし、抑えるのに少々困難になることがあった。魔族として覚醒してしまったのだから当然なのかもしれないが 人間界に住む上では少しやっかいなことであった。
第二次調査に行くパトロール隊達には非常に悪いとは思ったが、幽助はなんだかそこに行きたがった。またあの4人で行動できるのが少し楽しみだったのだ。蔵馬同様、幽助もしばらく飛影に会ってなかった。彼も何も変わっていないだろうと思ってはいたが、こないだの蔵馬からの電話を聞くと、彼は少し変わったようで、なんだか少し妙な感じがした。”第二次調査隊が失敗することを望む”というと本当に悪いが、またみんなで魔界に行きたかった。桑原も呼べば来るだろうか?彼は今、中学時代とはうってかわって勉強にいそしんでいて、忙しいかもしれない。蔵馬も会社に勤めている。自分は屋台を引っ張りラーメン屋。みんなバラバラになってしまった。でも幽助は淋しいと思うことはあまり無かった。またこのような事件があれば、如何に忙しかろうと皆魔界のことは放ってはおけないだろうし、いつでも皆と会えると思ったからだ。彼は根は本当に明るく前向きだった。
そして、3日後、第二次調査隊を載せた移動要塞が躯の城に地響きしながら帰ってきた。残った彼女の部下達がおそるおそる中を調べると、やはり誰も中に乗っていなかった。躯が「よく探せ!」ときつく命令したため、妖怪達は広い要塞の中を何時間もかけてうろつき回った。その中は、鼠(ねずみ)も虫も、生物と呼べるものは何も存在していなかった。結果はもう見えていた。躯はため息をつくと、横に立ち要塞を眺めている飛影を見た。ついにお前の出番がきたぜ、と皮肉っぽく言うような目だった。
だが、
「待て!!」
と言う声が、遙か彼方の平原の方から聞こえてきた。躯も飛影もそっちの方を振り返った。移動要塞が走ってきた方向、つまり、「削剥の城」がある方向からである。
向こうに、歩いているらしい人影が見えた。躯と飛影と数人の部下がそっちに走っていくと、第二次調査に向かわせたパトロール隊員を二人背負った男が、ずるずるとその体を引きずるように歩いてきた。見たことのない男だった。その男は頬から血を流していた。頬だけではない、腕や足や背中から、少しずつ血を流し、彼が歩いてきた平原の上にそれを垂らしてきていた。背中に乗せられた二人の搭乗員の方は あまりけがはしていないようだが、ショックを受けたようで意識がない様子だった。
「こいつらはあんたの部下か?」
と男は躯に言った。躯は連れてきた数人の部下に、男が背負ってきた搭乗員を城まで運ばせた。
「お前、名前は?」
と躯が聞くと、すぐに男はその場に勢いをつけて倒れた。躯と飛影はその側に突っ立っていて、前にもこんな事があったなと思い返していた。そして、十秒ほど後、飛影がその男を城まで運んでいった。不可思議はまだ続いていた。
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