祭壇の灯

その2
【不可思議(2)】



「飛影が、躯にも”泊めろ”と?」
蔵馬は躯に電話していた。
「ああ……。
…あいつどうもここんところ様子がおかしい。以前はあれほど嫌がってたパトロールにも、最近は毎日行ってるんだぜ。今日もな。
昨日の夜…飛影がいつの間にか魔界に戻ってきて…ほとんど何も言わん。何も言わんままパトロールに出かけていった。オレは休みで今は自宅だ…だが、奴を見張っていた方が良かったかもしれんな」
何も言わないというその行動は、いつもの飛影でもごく普通のことだった。だが態度は一緒でも、表情が明らかに違っていた。彼の顔にどこか蔭がさしている様に躯には見えた。もちろんそれは、昔の飛影でも当たり前のことだったし、普通なら気にすることなどないものだ。だが突然すぎた。突然すぎたため,彼の変化は躯に気付かれることになってしまったのだ。
蔵馬は考え始めた。
魔界での飛影の寝床と、人間界での飛影の寝床…。この二つが焼かれた。
だが飛影は二回とも怪我もせず無事だった。それはその場所が焼かれるその時、彼は”別の場所”に居ようとしたからだ。
偶然ではない、飛影は何かを知っていたのだ。
蔵馬は昨晩の飛影の頼みを断ったことを少し悔いた。もう少し彼の様子を注意深く観察できたかもしれないからだ。確かに昨晩の彼は様子が変だった。変というより不可思議と言うべきか、こんなにも 最近の飛影の様子が異常だったとは知らなかった。
…そういえば、昨日飛影を見たのは蔵馬には久々だった。仕事に忙しくて魔界に行く暇もなく、人間界の友人達ならいつでも会えるが、妖怪のくせに蔵馬らしくもなく、最近の魔界との交流はかなり疎くなっていたのだ。恐らく幽助達も、最近は飛影と話すらしていないはずだ。そのとき蔵馬は 人間界と魔界との垣根がまだまだ取れていないような気がした。
「今、飛影はどちらに?」
「さあな。パトロール隊の乗り物はオレの私物だから、今奴と連絡をとることは可能だぜ」
「いや、今はいい。飛影が帰ってきたら連絡してくれ」
「といってもそろそろ帰ってくるだろうがな。…無事なら、の話だが」
「じゃあ、ま…」



そのとき、ドオン!と言う轟音が蔵馬の持つ受話器の奥で響き耳をつんざいた。
「!?」
蔵馬は驚いて一瞬受話器から耳を離した。
「何だ、あれは?」
躯の声がした。彼女は窓の向こうにあがった閃光と黒い煙を見ていた。まだまだ音は地面を伝い鳴り響いていた。
「何かあったんですか!?」
ビリビリと耳にくる振動を我慢しながら、蔵馬は余韻の残る音の間から躯に尋ねた。
「わからん 爆発だ!ここから数十メートル…平原のあたり。確認に行く!一旦切るぞ!」
待ってくれという蔵馬の返事も聞かず、躯はさっさと電話を切った。



躯はいそいで爆発が起きたあたりに向かった。そして驚いた。燃えているのは、パトロール隊に貸した彼女の移動要塞だったのだ。
半壊した大きな乗り物の周りに、爆発で吹き飛ばされたらしい彼女の部下達がごろごろ転がっていた。
死んでいる者も、かろうじて生きている者もいた。
燃える移動要塞と草原、転がる死体。地獄にもこんな所はあるであろう炎の吹き上がる平原を、躯は一人突っ立っていた。
「…飛影…!!」
そう、彼はこのパトロール隊のうちの一人だった。彼がいたからまた燃やされたのか、これで三つ目、前の二つでは彼は避難していたため無事だった。けれど、今日は確実に、彼はこの建物の中にいたのだ!
その建物は今、ゴウゴウと赤い炎をあげて燃えていた。平原に飛ばされながらかろうじて生き残った妖怪が、むくろさまとつぶやき、寝そべったまま彼女の方を見、息絶えていった。
周りは炎の海というのに、彼女は青ざめ寒気がしていた。飛影は!?という言葉だけが彼女の頭に響き、躯は死体となった部下達を放ったまま、一目散に炎の中心部へ走っていった。
「!」
すると、途中で、皆散り散りバラバラに吹っ飛んでいるというのに、二つの体が重なって平原に倒れているのが見えた。爆発の中心部から脱出してそのまま倒れたような感じである。
そのうち一人は 躯が今必死で捜していた飛影だった。
彼女はそれを見つけると、いそいで彼の元に駆けつけた。彼の黒い髪は平原に付してゆらゆら揺れており、その腕はこちらの方に力無く伸びていた。
そして、飛影の上に被さっているもうひとりの者が彼女の目にとまった。彼女はこの者を見たことがなかった。
それは女性だった。だが一見妖怪には見えない。人間? にも見えない。何者なのかさっぱりわからなかった。
かたちを見ると、その娘はまるで飛影を助けたかのように覆い被さっていた。彼女は背中に少し火傷を負っていた。
「……う…」
飛影が起きた。
「ッ!」
彼は、自分に被さっている重いものの存在にすぐ気付いた。すぐにそれを押しのけて起きあがり、立ち上がって、乗っていた娘を見下ろした。
そう言えば、彼は意識を失う直前、誰かが自分の方に被さってきたような気がしていた。
「誰だ、こいつは」
二人は口をつぐんだ。飛影と躯が同時に同じ言葉をしゃべったのだ。
「知らないのか」
「っ」
また同時に発言し、顔を見合わせた。
それから数秒間、二人ともしばらく黙り込み、謎の女を見下ろしていた。
死んではいないようだったが、飛影の上に被さっていたため爆発の影響をもろに受けたのだろう、彼女はしばらく起きそうになかった。



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

次の日の朝、飛影がその部屋を気配を絶ってのぞくと、娘は窓にへばりつきそのカギを懸命にこじ開けようとしていた。
「気がついたか」
と飛影が言うと、娘は入り口の彼の方に振り返り、舌打ちをしてベッドに座った。冷静で、おまけに潔い女だなと思った。
飛影が彼女を見たのは、昨日の暗い平原の炎の海でのすすだらけの姿だけだったが、躯の治療を受け窓からの朝日を浴びた今の姿はなかなかの美人だった。髪は白に近い銀色、背中の中央まで伸びているその長い髪は後ろで結ってあり、だが顔はまだまだ幼く、人間で言うなら十代くらいの顔つきだった。
そして、彼女は気を失っているうちに躯の部下の魔界の医者達に調べられており、彼女は”人間”であることが判明していた。
躯も飛影もその結果を聞いたときは目を丸くしていた。まだまだ魔物達の匂いが濃いこの魔界で、人間があんな爆発で誰かを助けられるほど動けることなど希だからだ。
「人間界から迷い込んで救助された人間のひとりだろうか」
「いや…今日見つけた人間の中には、こんなやつはいなかったはずだ」
「魔界に迷い込んだのに気付かれず、こいつがムリヤリ移動要塞にしがみついてきたのかもしれないぜ」
生き残ったほんの数人のパトロール隊たちと飛影、躯、そして他の部下達はそのことで緊急会議を開いた。何より、飛影を爆発事故から助けたのが名も知らぬ”人間”だということに飛影自身がかなりショックを受けていた。
そして彼女の処分にも困った。そのときは、とりあえず”人間は助ける”という決まりがあるので、医者達に彼女の火傷の治療をさせ、ベッドに寝かせていた。だがこの後ずっと魔界においておくのもまずいであろうし、魔界に迷い込んだ人間なら、どうせなにも覚えていないだろうが念のため記憶を消去し、人間界に返すのがいいのではないかという意見もでた。だが謎だらけのこの人間をこのまま人間界に返し、その後彼女が魔界に対して何かややこしいことを起こさないだろうかという意見もでた。そのとき、飛影が”ひとまず預かる”と言った。その意見は周りを騒がせたが、躯も賛成し、結果彼女はひとまず躯の自宅の一室の、厳重な警備の部屋に保護、というより監禁されることになった。何より魔界の者達は彼女の正体、そして事情を知りたかったので、彼女が目覚めるまで待つということに賛成したのだ。
「気分はどうだ」
自分を助けた相手とはいえ、飛影は警戒心を怠らないまま娘に言った。彼はすでに臨戦態勢で 後ろに回した右手には剣の柄が握られていた。
「…………」
娘は飛影をじっと見た。
彼女の眼は漆黒で、他人を見据えて自分の中身は見せないような眼をしていた。
「早速だが聞く。貴様、昨日のことは覚えているか?」
質問の内容は昨夜の会議で決められたことだった。皆の意見をいくつかにまとめ、それを娘が目覚めたとき代表として質問する役を引き受けたのが飛影だった。
この質問の答えで、覚えていなければ普通の人間、そのときはすぐに今の記憶を消し、人間界に返すということも決められていた。
彼は娘の答えを待った。だが、彼女の答えはこうだった。
「あんた助かったんだね」
飛影は「う」、というような顔をした。
真顔でそういうその娘は、非常に落ち着いており、状況をあまりに理解しすぎていた。
「記憶を消す必要はないよ。無駄だ。私はもとからここがどういうところか知ってるし、あんたの名前も知っているから。『飛影』だろ?」
全く状況を理解しすぎている。ただの人間ならまずここはどこだとか聞くし、記憶を消す、しかもそれが無駄、などという言葉は出てこないからだ。普通そんなところまで想像がつくはずもない。
彼女の余裕たっぷりな”答え”が挑発のように感じ、飛影は妖気を高め始めた。
「言葉に気を付けろ。なにが貴様の臨終の言葉になるかわからんぞ」
「殺したいなら殺せばいい。だが私が殺してはいけない人間だということはもう分かってるんだろ?けど、そうなる前に恐らく私は逃げているだろう」
娘は笑みすら浮かべず、全く表情を変えないまま、その漆黒の眼を常に飛影に向けていた。
「逃げられはせん。先ほど貴様がいじくっていた窓の外も、このドアの外も警備隊だらけだ。貴様が大人しくしていれば ちゃんと人間界に帰してやる」
飛影はあともう一息で剣を抜きそうだった。
「…………。そうか」
やっとしゃべるのをやめた娘を見て、飛影はひとまず落ち着き 次の質問を口に出そうとした。
だが、その直前娘が先に口を開いた。
「私の名は『霙(みぞれ)』だ。覚えててね。また会おう」
するとその部屋一面に白い閃光が広がった。飛影は、目がくらんだかと思うと、気がつけば今度は自分がベッドに寝ていたのだ。
「気がついたか」
と言う言葉を躯にかけられ、飛影はガバッと起きあがった。
「逃げられた。お前らしくもなく正体不明者を逃がすとはな。もうあれから2時間も経ってるぜ」
飛影は眼を丸くした。”人間に逃げられた”ということに再び衝撃を受けた。たかが人間相手に、何一つ質問に答えさせられなかったまま逃がしたということにも憤りを感じ、そしてそれは、逆にその人間の興味をひくこととなった。
霙……。と、彼は唯一聞けたその人間の名前を忘れないように胸に刻んだ。
「オレはもう行くぞ。煙鬼から電話がかかってきてるんでな。何かのパトロール依頼だと思うが…、貴様は自由にするがいい」
そういうと躯はさっさと部屋を出ていった。飛影は呆然としていたが、そのとき首から垂れていた氷泪石の紐を見ると眼の色が変わり、反射神経のようにすくっと立ち上がり逃げるかのようにその部屋から出ていった。







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