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外は、晴れ。
風もそんなに冷たくないし、いい感じ。
待ち合わせの公園まではあと少し。
時計の針は、あと5分残ってる。どうもお店の時間が5分ほど早まっていたらしい。
急ぐのをやめて、ゆっくりと歩き直す。
すると、周囲がなんだか騒がしい気がしないでもない。あちこちから視線を感じる。
それが自分に集中していることには気づく。しかも、もちろん男性の視線がやたらと向けられる。
そりゃあ、ここまで可愛い金髪美少女にお目にかかれることはない。まさしく点描・花柄トーンを背負って歩いてる状態だ。
「うーん…」
しかし、本人は。
ひたすらカレシのコトだけで心がいっぱい。
昨日言おうと思って、言えなかったこと。
聞こうと思って聞けなかったこと。
(蛮ちゃん、どう答えるかなあ・・)
思い浮かべていたら、なんかほわほわーとしてきて、またしても笑顔になってしまう。
なんだか、変な感じ。別に蛮と一緒に遊びに行くのは、何度もしているのに。
なんだかドキドキしてくる。
目的の公園の木。
人影はまだないから、蛮は来てないようだ。
「良かった、遅れなかった!」
「何がですか?」
「えええ!?」
誰もいないと思っていたところに、この春爛漫な中で黒のスーツに上下を固める…男。
「げっ?!」
赤屍蔵人、通称ジャッカル。銀次の天敵…
ざざざーーーっと頭から血の気が引いていく。
なぜここに!?
銀次はさっきまでの『胸の高鳴り』ってもしや、虫の知らせ!?
ひいいいっと、後ずさるが、はたっと考えて自分の姿を思い出す。
(そ・・そうだ、オレ今、カヅちゃん曰く外国風美少女じゃん…こ、このまま気付かれなきゃいいじゃん…)
さささーーっと静かに赤屍のいる木の反対側に移ろうとする。
「可愛いお嬢さんですね。今日はデートですか?」
「……(泣)」
移ろうとした瞬間に話しかけられ、無視するのも余計に怪しいので、こくんっと何度も何度も頷く。
「…でも、カレシさん大変ですね。」
呆れたような声で、周囲に視線をやる。
「…?」
つられて銀次も赤屍の視線を辿っていく…と。
「な…」
遠くから取り巻いて銀次を見つめる男どもの熱い視線…。正視するのがちょっと耐えられなくなってしまう。そ・・そんなにオレって可愛いのか!?
でも、しかし…。ここで赤屍とふたりっきりでいるくらいなら、あの男どもの中へ行った方がマシ…
ふううっと、ため息をついて赤屍が体を座っていたベンチから引き起こす。それだけで、ぴきーーーんっと怯えきってしまう…
「静かに読書したかったのに、出来なくなっちゃいましたね」
怪しい解剖図鑑を閉じると、意味ありげな視線を銀次に送る。銀次はどうすることもできず、ただにこにこバカみたいに笑うしかなくて…
「…ちょっとアレ、ヤっちゃってきましょうか?」
きらんっと、「チタン製メス」を取り出す…
その瞳がホンキのようで、慌てて銀次はそのメスを取り上げようと近づく。
「ダメダ!赤屍!」
メスをとろうとしたが咄嗟に避けられ、そのまま倒れ込みそうになった銀次の体を、赤屍は受け止め抱きしめる。
「な!?」
くいっと、頭を赤屍の胸の中に押しつけられる。耳元に赤屍の息がかかる。それと同時に呟かれる言葉。
「このままでいましょう。僕らが恋人同士だと分かれば、あの人達もどこかへ行くでしょう」
そうすれば、殺さなくてもいいですし。
楽しげに囁かれて、銀次は泣きそうになりつつ、とにかくもう、無意識に赤屍にしがみつく。
それは結果として、恋人同士のらびゅーんな再会シーンを演じることになり、プラス、赤屍のキツイにらみもあって、たちまち男達は足早に消えてしまった。
「はい、もう大丈夫ですよ」
そう言って銀次の体を解放するが、恐怖と息苦しさで足に力が入らない。不本意ながらも、赤屍の胸によりかかる。
「…こんな美少女さんに寄りかかられて嬉しいのですが、僕には愛する人一筋なんです」
(…!?)
この冷血無比ななんちゃって人間に人並みの「愛」なんて感情もってることに驚く。それと同時に、好かれてしまった相手に同情を禁じ得ない。一体どんな愛情表現されてるんだろう・・。考えただけでオソロシイ。
すると、くいっと少女(?)の顔を上に向け優しい瞳で赤屍は、少し潤んでいる瞳の奥を見つめる。
「その人は、強いくせに危なっかしくて、とにかくバカで素直で、心も瞳もすごくキレイなんです。可愛らしい人です、アナタのように」
だ・・だれなんだ!?なんか、でも、それって・・
「『天野銀次』ていうんですけど、知ってます?」
心の中がムンク状態。
(オレか!?・・知ってるも何も、オレじゃん!?)
ひぃぃぃぃっと絶叫しそうになるのを根性で押さえる。とにかく走り去りたいが、この体勢・・?
(…て、いつの間に!?)
いつのまにやら、背中が大きな木の幹に押しつけられ、赤屍の両腕で逃げられないように阻まれている。
それ以前に、足が竦んで動けないのだが。
「知っているはずですよね、だって、アナタ銀次君でしょう?」
「……」
嘘をついたら殺されてしまいそうで、こくんこくんっと必死で頷く。
「まったく、アナタは…。何アホなことしてるんです?飽きない人ですね」
(飽きて下さい、お願い…)
心の中でカミサマにお祈りする。
「こんな可愛い格好で、僕のところに来て下さるなんて、嬉しいですよ。僕の気持ちに気付いてくれていたんですね」
「…気付いて?」
今のセリフ。
蛮にキスされた時。自然に思い浮かんだ疑問。
―蛮ちゃんが、好き。それに、気付いたのは、唇が重なった瞬間。
でも、「好き」って、どんな風に?
なにか動いた気がして。あやふやな感じ。
なんだろう…?
「どうしたんです?」
「え?」
ふいに自分の思考の中に入ってしまって、赤屍の存在を忘れてしまう。そして、無意識に出てしまった疑問。
「…あのキスは、どっちのキスなんだろう…」
友達としての好き?恋人としての・・?
「蛮君ですか?」
その質問に、自然にこくんと頷く。
「キス、したんですか」
「されたんだ…ってちょっと、赤屍?やだ!」
足を割られ、その中に赤屍は右足を滑り込ませる。木の幹に暴れる両腕を片手で縛り上げられ、軽々と銀次の体が押しつけられる。
「一度、私ともやってみませんか?」
しびれるような低い声で、赤屍は銀次の耳元で囁く。
吸い込まれるような、瞳と声が意識を奪っていくようで、でも、抵抗できなくなってくる。
「…蛮ちゃんとしか、したくない」
「それだと、君の知りたい答えは分からないかも知れませんよ。私との方が、もっと激しい気持ちになるかもしれません」
「…?」
「私は、あなたが好きですからね」
目の前の男から逃げられないような感じに襲われる。
あやふやな気持ち。
そう、でも、違う。コレは、蛮じゃない。蛮はいつも、オレのこと…。
返せなかったのは、オレが臆病だったから?
ふと、力が抜ける。瞳を閉じて、降りてくる唇を待つしかなくて。
きっと、ドキドキなんか・・しない・・
「ばんちゃ…」
一筋の涙が頬を伝っておちる。
赤屍の吐息がかかった瞬間…
「人のモンに、何してんだ?」
昼間に似合わない、低い声。
ぴくっと、赤屍の体が緊張した後、束縛感が急激に失われていく。それと同時に、力が抜けきっていた体は重力によって崩おれそうになったが。
誰かの腕に抱き留められる。ジャッカルじゃない、これは、よく知っている腕の感触。
「蛮・・ちゃん?」
ぼんやりと霞む視界が、だんだんはっきりと像を結んでいく。目の前には、大好きなヒトの顔。呆れたような表情で、でも、優しく見つめてくれて、涙が妙に止まらなくなる。ぎゅうっとしがみつく。
「遅いよぅ・・」
「すまねーな、混んでたんだよ」
ぽんぽんっと背中をあやすように叩いてくれる。
「ごめんじゃないよう!」
その場にしゃがみ込んでしまう。もう少し遅かったら…オレ、ジャッカルに…。
はた、と気付く。
「赤屍は?」
「やれやれ、やっと気付いてもらえましたか。」
「…」
鋭い視線を蛮は赤屍に向ける。
「今日は許してやるが、コレ以上銀次に変なことしやがったら、コロスぞ」
「好きな人に迫るのは個人の自由でしょう?銀次くんは銀次君です。あなたに断る義理はないですね。…では今日は、本当にいいものを見せてもらいました」
蛮の視線を完全に視野から外すと、びくびくっと蛮の腕の中で小さくなっている銀次ににっこりと微笑みかける。
「今度、僕からも君にお洋服贈りますね。それを着て、次は僕とデートしましょう」
目を細められて見据えられ、銀次はそれでもぶんぶん首を振る。
「・・だ・・ダメだよ。こ、この後はカヅちゃんや士度と約束してるし・・」
「そうですか、じゃあ、その後で、ね」
「………うん」
「お、おい、銀次、いまのはどーゆーことだ!?」
蛮は慌てて銀次の腕をとって詰め寄る。
そんな痴話喧嘩を片目に、赤屍はいつの間にやらどこかに消えていった…。
「…一体、何だったんだアイツは・・」
「赤屍なんざ、どーでもいいんだよ!それより、何なんだ、コレは?」
うん?と首を傾げて銀次は蛮を見上げる。
女装のことを言ってるのか、赤屍とのことを言ってるのか、それとも、聞き捨てならないさっきのセリフか?
銀ちゃんわっかんなーい、ってな顔をされてしまうと、どーもできず・・
蛮は銀次のふわふわのかつらを外すと、短い金髪のなる。でも、花月的シュミから前髪がキレイに下ろされていて、コレでも十分可愛い。
しかも、ぺたんっと地面に座り込んで、立っている自分を見上げてるものだから、さらにロリだ。
上から下まで、えらくカワイク着飾られた銀次に見つめられている照れから、口調がいつも以上にぶっきらぼうになってしまう。
「まったく、少しは考えて行動しろ。そんな格好で…」
「蛮ちゃん、コレ可愛くない?」
蛮ちゃんのために、カワイクしたのに…なんて可愛いこと言われたら怒るに怒れない。これは、計算なのか、天然なのか…
「…う!?」
うるるんっと哀しそうに見上げられると、それ以上きつく言えない。はあ、と諦めたようにため息をつくと、可愛いけれどかなりのオバカな恋人に言い聞かせてやった。
「ああ、他のヤツに見せたくないほど、可愛いよ」
その言葉に、ぴょこんっと子犬の耳が飛び出たような…。
嬉しそうな光が銀次の目に灯り、澄んだ笑顔が蛮にだけ向けられる。
蛮はこの笑顔を独占したくて、昨日キスした。
コイツはあまりにもレンアイに関しては箱入りだから(多分四天王のせいだろう)、待っていても無理だと悟った。だから、行動するしかなかった。
コイツが自分のことをレンアイ対象として見るように。思いっきりカッコつけて。
「蛮ちゃん…」
下からの呼びかけに、蛮はゆっくり銀次に視線をやる。少し、銀次の頬が紅くなっている。
「ちょっと、だけ、しゃがんでほしい」
「?」
銀次の頼みに、よく分からないまま、しゃがんでやる。
「助けてくれて、ありがと。あとね…」
ホンの触れるか触れないかの銀次からのキス。
「ドキドキはね、蛮ちゃんだけ、だよ」
そう言って、にっこり笑った銀次を、しっかりと腕に抱きしめた。
オレって、ホントバカだなって思う。
だって、わかんないんだもん。
なーんにも。
蛮ちゃんがキスしてくれたから、分かったんだ。
前々から思ってたけど。
蛮ちゃんに褒めてもらったら、嬉しかったし。側にいてくれたら、すごく安心したし。カッコイイし、それに。ずっと2人だって言ってくれたとき、ぱりんって心の奥のカイブツが粉々になったみたいな感覚。
少しずつ、歩いていけた。
そして、蛮ちゃんと一緒にいて。
どきどき、から
ときめき。それで?
大好き!
でもね、まだダメ。
蛮ちゃんは言ってくれたのに、オレまだ言ってないコトがある気がする。
それには、もう少しだけ、勇気が必要。
カミサマ、少しだけ勇気与えてくれますか?
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