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きらきら、きらきら。水と光のオブジェ。
左右上下、すべてがキレイに輝いて、まさに海の神秘を再現する。
海底トンネル。
「すっごーい!!」
銀次の高い声が辺り一面に響く。
今日は、平日だし、人もまばらだ。ここ、この水族館のメインでもある全面ガラス張りの海底トンネルですら、ほとんど人影はいない。
ずっと先の方で、銀次と同じ様なことを叫んでる子供の声がするだけだ。
「わああ…見てみて、蛮ちゃん!!」
銀次はゆっくりと歩く蛮を待っていられず、早く早くっと腕を引っ張って先を急がせる。
「そんなに急ぐなって。魚は逃げねーよ」
「えー、だってぇ・・あーーー、アレ見て!」
魚の集団がまるでこちらに向かって泳いでくるように見える。蛮は、やれやれ、といった感じで銀次の楽しげな様子に目を細める。
ちょうどホールのようになったところ、海底散歩の中間地点だろう、そこにいくつかのソファーがおかれてある。
「ココにいるから、ここら辺見てこい」
「うん!」
こくんっと頷いて、わーいっと水槽のガラスにへばりつく。
いつもは大きめの服を着てるのでわかりにくいけれど、こうぴたっとした感じの服を着ると、線の細さが分かる。ルーズソックスには参ったが…。似合ってるからいいけど。なんて、ちょっとお尻や足見てニヤッてる蛮は一歩間違えればヘンタイだ。
「ばーんちゃん、見てよ!マグロだよ!」
「…マグロ?」
「あー、あれはアジだ。サバっぽいのもいる!
…ちょ、アレってもしかしてカツオだよ!?
すっごいねー、水族館って!おいしー魚がいっぱい!」
「………」
なんつー水族館だ・・と思いつつも楽しんでる銀次を見て、まあいっか…と思う。
あちこち走り回っては、時折こっちへ向かって思いっきりカワイク笑ってくれる。
「…なーんか、エラク可愛くなっちまったなあ…」
嬉しさ半分、心配半分。
あと、欲求不満・・も少し。
「でもなあ…お子様にあれ以上一気にってわけにいかないしな」
それに…。
はあああ…と蛮にしては気弱なため息を吐く。
「オレ、アイツからまだ言ってもらってねーんだよな」
拙いながらも、可愛いキスは自分からさっきしてくれたのに…。もっと簡単なのになあ…
「なんで…そっちの方が先なんだ…」
…もしかして、ただの友達のキスか!?
ありうる…しかし。
『ドキドキした』って言ったときの銀次は、かなり色っぽかった…
「があああああああ!!!!」
くしゃくしゃーー!!頭を掻く。なんだってんだ、
こういうのは苦手だ・・
「ば…蛮ちゃん??」
「う、うわああ!」
「え?え?」
目の前にぴょこんっと現れた金髪美少女のドアップにびびる。そして少女は蛮の声にびっくりする。
「いきなりその格好で目の前に現れるんじゃねーよ」
ドキドキドキ。
「だってさ、カツラ、リュックに入れると重いし」
かぶってる方が楽なんだもん、と理由を述べるが…そう言う問題じゃないぞ、銀次…。
「はあ…」
「…ねえ、蛮ちゃん。楽しくないの?」
「は?」
思いっきりな質問に、蛮はソファーから滑りそうになる。
「…だって、さっきからため息ばっかついてた…」
心配そうに見つめる銀次に、苦笑するとそんなことない、と言ってやる。
「あまりにも、お前が可愛くて、どーしようかな・・なんて考えてたんだよ」
「えー、そんなの。蛮ちゃんが、オレの側にいてくれるからじゃん?」
ちょっと下向きつつ、顔がピンクに染まりながら、普段の蛮ならそれで十分だったが。
でも言って欲しい言葉は銀次の口からは出てこない。
「…ソレ、糸使いや猿回しにも言ってんだろ?」
「・・?」
不機嫌な声に戸惑う銀次の様子に気付いたが、どうしてもこのイライラ感と不安感が大きくなって止めることが出来ない。
「どしたの?何で怒ってるの?」
近寄ってくる気配を感じて、蛮はきつく叫ぶ。
「来るな!」
びくっと、肩が震えると銀次は人形のように動かなくなった。
「…お前さ。ホントにわかんねーわけ?」
冷たい響きになる。自分の一言一言が銀次の心に傷を付けるのが感触で分かる。
(自分は銀次にとってそれほどの存在なのに?)
これ以上ここにいたくなくて、蛮は顔洗ってくる、と走り出した瞬間。
「…蛮ちゃんの、バカ!」
「な!?」
きぃぃんっと叫び声が周りのガラスに響いて反響する。振り返って銀次を見ると、ちょうどスポットライトが当たってるかのようにその周辺が水の屈折できらきら光る。
銀次の瞳から涙が、ぼろぼろでているのが分かる。
「オレがいけないんだって、分かってる。臆病なんだって。」
でも…
「分かんないよ。仲間はいたけど・・スキとかキライとか、関係なかった。ドキドキしたの、蛮ちゃんが初めてだったんだもん!」
こみあげてくる涙が、止まらなくて目を手の甲で拭う。でも、どんどん流れてきて鼻の奥もイタイし、頭も痛いし、心もイタイし。
立っていられなくなって、その場にしゃがみ込んでしまう。
叫んでしまったことを考え直す。そう、ドキドキなんてこと、したことがなかった。これが、どういう気持ちに当てはまるのか、そんなこと、分からない。
でも、それで蛮を不安にさせてしまったってことは、分かった。嫌われるんじゃないか、そういった恐怖。
離れていって欲しくなくて、ヒトリにしないで欲しくて。
もう、無理かも知れないけれど…。嗚咽をあげながら、小さく謝る。
「・・ごめ・・なさい。蛮ちゃん、ゴメ・・」
だから、置いていかないで。
足音が徐々に近づいてくる、コワイ。
もう、おまえなんかイラナイ、そう言われるのかも知れない。でも、それほどに蛮を傷つけてたのもわかったから…。『ココロを理解出来ない自分』
「銀次」
蛮の手が、肩に触れられる。
思いの外、優しい声に銀次は伏せていた顔をおそるおそる上げる。
整った蛮の顔に、困ったような表情が浮かぶ。銀次はもう一度謝って、そして…。
「オレね…蛮ちゃんになら、なにされたっていいから」
(だから…嫌わないで)
ひゃっくりが止まらなくて、胸が苦しい。
そんな様子に、蛮は銀次の背中を撫でてやり、ぎゅっと、抱きしめた。
「…たく。すごいこというな、銀次は」
蛮の胸に顔を埋めて、そして、背中に腕を回す。
蛮の声が、心臓の音とミックスして優しく銀次の耳に届く。
「…オレが欲しかったのは、もっとかんたんなことばなんだけどね。」
「…コトバ?」
「そ。…じゃあ、質問にちゃんと答えられたら、ずっと一緒にいてやるよ」
優しい蛮の声の響きは、自然に銀次の涙を止めてくれる。そして、その声が紡ぎ出す質問。
「オレのこと、スキ?」
「…スキ。……大好き」
ぎゅうっと、首にしがみつく腕に力を込める。
「合格、銀次」
「うん」
「な、簡単だろ?」
「うん」
何だ、簡単なこと。
ほんの少しだけ、自分が前に出ればいい。
スキってこと。
大好きってコト。
ドキドキは、恋の予感。
トキメキは、スキのシグナル。
「なあ、誰もいないからさ。ココでキスしよっか?」
「『コイビト』のキス?」
―そうだな。
―昨日のと、何か違うかな?
―さあな。やってみなきゃ、分からないさ。
―うん。そだね
静かな、人工の海底の世界。
重なり合うココロ。
ふわふわした感覚。
昨日は、ドキドキしてあっという間だったけど。
今日は、気持ちいいかも・・なんて。
ずっと側にいてね。
信じてるから。
確かな声で、今日は言えた。
「オレのこと、好きでいてね」
それに答えるように、蛮は少し深いキスをしてくれた。
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「ちょっと、かなり許せませんね」
「おい、花月。どーなってんだ!?」
小さな機械を囲んで、とある公園で3人の男が額をつき合わせている。
「…このままでは、美堂蛮に銀次さん、手込めにされちゃいますね」
「やるか?」
「ええ、3rdキスでとめないことには!!」
「せっかく、私がセカンドを奪おうと思ったんですがね…」
ぎろっと、2人の男のは黒スーツの男、赤屍を睨む。
「ドクタージャッカル。同盟を結んでいますが、もし銀次さんに少しでも変なことをしたら、許しませんよ」
「分かってますよ、ところで、僕の好みとしては、こいういったタイプのが…」
「…お前、結構マニアだな。
コレ…マトリックス…?」
「ええ、銀次君と2人でマトリックスごっこなんていいかなあ・・なんてね」
くすくすっと妄想爆発恍惚顕わに語る赤屍に、花月は、やはり、侮れない…と彼への警戒を強める。
そんな2人を後目に、花月の絃に指を触れながら、軽く口笛を吹いた。
ぴぃぃぃぃ…人間の耳ではただの口笛にしか聞こえないけれど。
「…どうだ?」
「オッケーですよ」
「じゃあ、銀次を迎えに行くか」
「そうですね。では、ドクター」
2人は機械に耳を当て、ざまあみろ、といった表情をするとその場を立ち去る用意をする。
昼は蛮に占領されてしまったが、夜はお兄ちゃんとお出かけだ。
「そのための服なんですから…」
「そのとおり」
ディズニーランドのナイトチケットをひらひらさせて、歩き出した。
ふうっと、赤屍もその場を去る。
「今度はホンキで行きますからね。銀次君」
目の前の木に向かって、呟き彼もその場を後にした。
―で。水族館。
「ば…蛮ちゃん!か・・カジキマグロがあああ!!」
音はもちろん聞こえては来ないが、集団のカジキマグロが2人めがけてガラスに体当たりを繰り返す。
「わああ、なんでこんなところに松葉蟹までいるんだ!?」
「蛮ちゃん、オレ、もう帰るぅぅ!」
ばたばた…と涙目になりながら銀次は、いきなり攻撃的になった海の生き物から逃げ出した。
「お、オイ!待てよ!!」
銀次も背を追おうとした、その時、きらんっと、光る細いものを銀次の背中のリュックに見つける。
「ま…まさか」
わなわな…と震える拳。
澄ました糸使いヤロウと猿マワシの顔が浮かぶ。
「ゆるさねーからな!!」
お姫様の気持ちは確かめられたけれど、王子様はこれからが大変。
HEAVENLYなデートができるのは、まだまだ先のようだ…
オワリ
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