スキとか、キライとか。
 かんけーないところにいた、僕ら。
 一緒にいることがすごく楽しくて、さしのべてくれた腕が温かくて。嬉しかった。
 複数形のSはヒトリじゃない証拠。
 信じてもいい?

 
 絶対、離さないでね、オレのこと……





「待ち合わせは、朝の11時。公園の大きな木の下」
 にこにこっと笑って、銀次はカウンターにいる波児に話しかける。すごく嬉しそうな笑顔にこっちまで幸せになってくる。蛮や花月や士度が、銀次の笑顔に弱いわけが分かって、苦笑する。

 さわやかな朝。
 今日は晴天。
 店に射し込む光がとてもキレイに光っている。

「そんなに楽しみか?」

 まるでパパになったような気分で尋ねる。
 すると、銀次はココアのカップを持ったまま大きくコクンっと頷く。

「めっちゃくちゃ、楽しみだよ。だって、蛮ちゃんとデートだもん!」
「で・・デートって…」

 にこにこーと、そりゃーもう、嬉しそうに言ってくれるが、パパ的心境になっていた波児としてはちょっと複雑だ。なんだか、なついてくれてた大事な娘がカレシに取られたような気分…。

「はっじめて、なんだよ?蛮ちゃんがー、ちゃんとしたデートっぽいのに連れていってくれるの」

 えへへーと、すこーし顔を赤く染めて波児におしゃべるする姿はかなり可愛い・・。どう見ても、元裏新宿の雷帝、だなんて思えない。

「銀次、ついてる」

 鼻の上の方にココアがちょこっと付いていて、指先でキレイにとってやる。
 ついでに、ぷにっと柔らかいほっぺを突っつく。

「なにー?」
「ちゃーんと、していかないとカレシにふられちまうぞ?」

 その言葉に、ちょこっとむううっとした表情を浮かべるが、再び何かを思いついたかのように波児の前にすくっと立ち上がる。

「ねーねー、コレ似合ってるかな??」

 少し弱気なことばになりつつ、いつもと違う洋服を着る自分の姿の感想を波児に尋ねる。
 涼しげなブルーのストライプのベストとその下には薄手の白いTシャツは軽く肘の下辺りまで引き上げられている。
 ズボンもいつものよりもう少し丈の短い、藍色のショートパンツ。腰とお尻のラインがキレイに見えている。

「ああ、可愛いぞ。」
「そお?じゃあ、蛮ちゃんも気に入ってくれるね!」

 にこーっと笑うと、可愛い系の顔だちだから、どこぞのアイドルのようになってしまっている。

 これで渋谷でも原宿でも歩いたら、お声はバンバンかかるだろう。
 でも、一体この洋服はどこから調達してきたんだろう…と、ふと頭の中でもっともな疑問が生まれる。万年貧乏な2人にこんな余裕はないはずだし、結構この服高そうに感じられるし、なによりセンスもかなり良い。

「なあ、銀次。それ誰かにもらったのか?」

 まさか、エンコーとかいわないだろうな…なんて考えはまさしく父親状態だ。

「うん。あのね、…」

 銀次が続きを言おうとしたその時、からんっと、ドアが開くとそこから大きなショッピングバッグを両手に抱えた2人組が現れた。

「あー、カヅちゃんに、士度!」

 店の戸口で、銀次の姿を見てなぜか固まる2人にぶんぶんっと手を振って銀次は笑いかける。

「どーしたの??」

 2人の視線が一点に集中していることに波児は気づいてため息を付く。
 銀次は動かない2人の方に、ぺたぺたと歩いて近寄り、下からのぞき込む。その瞬間。
 花月の瞳にきららーんっと、光が宿る。
 それから、士度のほおはまっかっかになる。

「か…かわいいですよ!銀次さん!!!」
「ふ・・わあああ!」

 華奢な見かけによらず、かなりの怪力花月にぎゅうううっと抱きしめられて、銀次はふにゃああっと、悲鳴をあげる。

「し・・士度、タスケテ…」

 苦しくて涙が出てきたうるるんな瞳で士度に助けを求めるが、こちらは今度は耳まで真っ赤だ。
 照れ隠しなのか、士度の大きな手でぐりぐりと髪を撫でられてさらにもみくちゃになる。
 波児は、カウンターで呆れたようにその風景を見つめる。自分が過保護な父親なら、あの2人はさしずめ、シスコン(ブラコン?)お兄ちゃんズだ…と思って苦笑する。洋服はお兄ちゃんからもらったもののようだ。

「蛮も・・大変だな…」

 少し不機嫌そうに、整った顔をしかめるカレシ君の顔を思い浮かべながら、入ってきた2人のためにコーヒーを用意する。






「やっぱり、僕が思ったとおりのカワイサです!!」
「いや、それ以上だ」
「そお??ありがとー、カヅちゃん、士度」

 素直に喜んで2人にお礼を言う。
 コーヒーを飲み終え、波児に礼を言うと、花月は次の行動に移る。

「…というわけで、銀次さん。次は、コレですよ」
「なになに?」

 大袋4つの中をがさごそがさごそ。
 小さな袋から取り出したのは。

「そのズボンは、半ズボンですからね、靴下はやっぱりコレです!」

 ばーん、と取り出された、白色のルーズソックス。

「銀次さんは、足がほそーいですからね。そんじょそこらのコギャルには負けません!」

…そんな問題じゃないだろう・・波児は思うが、今の花月に何を言っても仕方がない。別の袋から、ショートブーツが見える…。それから、なんだあのふわふわのポーチは…。

「お・・、おい士度…」

 仕方なく波児は士度の方に水を向けるが、彼も手にはなぜか靴下。

「いや、やっぱりオレは白のミニソックスにスニーカー、リュック、の方が銀次には似合うと思う。」

 その言葉に、ふっと花月は視線をあさっての方に泳がせながら、はあ、とため息を付く。

「全く、コレだから正統派お嬢系スキは困るんです」
「な・・!?お前こそ、ロリ系ファションずきだろ!?エロオヤジ!!」

 ぴしぴしっとにこやかな花月の表情に電撃が走る。

「この前の話を蒸し返すのも何ですが、『銀次にはやっぱ、ブレザーより白のセーラーだよな』なんて
恍惚と言ってた君に言われたくないですね」
「な・・、お、お前だってこの前、いつか銀次に着せるんだって、ウサ耳付き着ぐるみパジャマ買ってただろ!?」
「…だって、絶対似合うんですから!無限城にいたときの、モーモーパジャマ銀ちゃんはアナタだって真剣に喜んでたじゃないですか!!」

 な…なんだとぉ!?
 反論激論、いつまで続くやら、な状態。



「銀次…こいつらさ…いつもこうなのか?」

波児は呆れた声で銀次に話しかける。これが暴力団も国家権力も手が出せなかった元VOLTSの四天王なのか、と思うと頭痛がする。

「ん?こんなのいつものことだよ。今日なんてマシな方だよ。前なんかね、VOLTSの仲間のヒトリがさ、どうか着て下さいって言って持ってきたのが、なぜか看護婦さんだったんだよねー」

 アレは、ちょっとびっくりしたなー、と別段ふつーに話をする銀次の姿に不安感が募る。まさか、ソレ着たのか?

「オレに合うように仕立てたんだって。カヅちゃんも士度もねえ…喜んでた気がするよ。注射器とか、小物持ってね、写真撮ってた。ヒトリすっごくコンピューターに詳しい子がいて、なんかしてたよ、それで」
「…どういう、状態なんだ…VOLTSは・・。」

 純粋というか、素直というか。人の下心にとんとニブチンな銀次が可愛いけれど・・同時に困ったもんだと思う。
 これだけ大事にされて(たのか?)るクセに、結局VOLTSでは心の寂しさは埋められなくて。
 それが出来たのは、外の世界の「蛮」だ。

 まさしく、ラプンツェルンのお姫様と王子様の状態。
でも、少し違うのはお姫様を慕う王子様がまだいっぱいいること。しかも、根性入った古株だ。
 新規参入の王子様が、お姫様の心をとらえてしまったけれど。ここからが、大変だ。
 塔に閉じこめられたお姫様、塔はこの場合、無限城じゃないような気がするが。
 塔から銀次をさらっていくのは、かなり大変じゃないかな、と波児は思う。


「ま、あとは、アイツのがんばりしだいだな」


 2人のケンカをやめさせようと、無意識に甘えてお願いする銀次の様子が微笑ましくて、仕込みの手を緩める。



「皮肉なもんだな。ヒトリの王子様に心を開いたら、お姫様、どんどん他の王子様にも心を開けるようになったんだから」

 初めてあった頃では考えられないような、楽しそうな澄んだ瞳を見せる少年は、確実に人の心をとらえる本来の素質を開花させている。
 それに、蛮も気づいてるのかも知れない。それで、今日、というわけかもな。
 ははは…と笑うと、若いっていいね、なんて思いつつ手を動かすのを再開した。





♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪





「…というわけで、見て下さい!マスター。僕たちの可愛い銀次さんです!」

 じゃじゃーーんっと、効果音が入りそうな声で花月は『可愛い銀ちゃん』を自慢げに見せる。

「わーい!」

 ほとんどこの一時間、いい年した2人の男による、着せ替え人形と化していた銀次だったが、疲れた様子も見せず、きゃらきゃらと騒ぐ。
 そしてその銀次を見て、波児は絶句する。

「な……」
「今回のファッションカラーはブルーです。」

 涼やかなブルーに統一されたファンションは春らしくて、可愛らしい。靴下は、花月の意見が通ったらしくルーズソックス、膝下でばっちりだ。靴は士度の意見を優先したらしく、薄いベージュのスニーカー。
 背中にはリュック…だが、なぜクマのアップリケが・・?そしてその下に除いてるクマのぬいぐるみらしきものは何なんだ?

 でも、まあ、それはイイ。

「おい、なんだってそんなフワフワな金髪……」

 くりんっとカールした肩までの伸びたふわふわな金髪に花のピン留めをちらした…美少女が!?(背は少し高いが…)

「どーですか、マスター。可愛すぎませんか!?」
「すっぴんで、ココまで可愛いんだからなあ…」
「銀次さんは肌もキレイだし、唇も綺麗な色してますもんねー」

 ああ、いつお嫁に出しても恥ずかしくない、と感激する花月に、誰が出すか!と毒づく士度。

「そうですね。銀次さん、ずっと僕たちが、アナタをお守りしますからね」
「ああ、変なヤロウにひっかかんじゃねーぞ」

 士度は、くしゃっと、金髪の美少女、もとい銀次の頭を自分の胸に引き寄せて抱きしめる。
 銀次の腕が士度の背中に回り、少し高いところにある士度の瞳をじっとみつめる。

「士度…」

 くりんっとしたつぶらな瞳が、嬉しそうに輝く。
 思わず、士度はそのまま銀次の唇に、自分のソレを重ねたくなって、くいっと顔を持ち上げる…

「スキだ…」
「…士度?」

 …と端から見ていたら、まるでお姫様と身分違いの傭兵の恋、なんて状態だが、それ以上進むことは、そうは問屋が下ろさない。
 バコバコっと後ろから花月のハリセン(どっから出してきた?)、ひゅんっと士度の耳横を通り過ぎていったのは洗ったばかりの波児のフォーク…

「なにしてんだ、お前」
「それ以上、不埒なまねしたら絃引きますよ?」

 そう言って、花月は銀次の体を士度から奪い返す。

「……お、オレは一体…」

 我に返ったかのように、士度はじーっと銀次の顔を見つめる。

「もう少しでアナタは裏新宿の元アイドルを汚すトコだったんですよ!?」

 大丈夫ですか?と、花月は優しく銀次の髪を撫でる。金髪ふわふわお姫様はホンモノの天使のようで、花月の心も乱れてしまう。


「ねえ、カヅちゃん」
「なんですか?」

 不思議そうに首を傾げて尋ねてくる天使に、花月は思いっきり優しく微笑む。

「さっき、士度がしようとしたのって、ちゅっでしょ?」
「ええ、そうですよ。あんなことさせちゃダメですよ?」

 その言葉に、首を逆方向に傾けて、人差し指を唇に当てると、イタズラっぽく銀次は微笑んだ。

「…あのね、ソレ、昨日の夜ね、」

 そう話し始める銀次に、波児はちょっとイヤな感じがして止めようとしたが、間に合わなかった…。

「ぎ・・」
「されちゃった」



「「「!?」」」



 誰に?何を?え?え?え?



「蛮ちゃんに、ちゅっ、て」

どこに?

「ここと」

 額をさして、次に

「ココ」

 指の先は赤い唇を指す。


『なんですと!?』


 あまりの衝撃に言葉のでない3人の男ども。
 そんな人々に気づくことなく銀次は、にゃはは…と嬉しそうに、でもちょっと恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
 昨日の、温かくて優しい感触が思い出されて、ぽおおっとなってしまう。

「すっごくね、格好良かったんだぁ…蛮ちゃん」

 ほとんど夢見る乙女状態になってしまっている。つーか、完璧に容姿もそうなんだが。

「えへへー…あっ!」

 ふと夢から覚めて、カベの時計の針に気づく。針はあと10分で11時を指す。

「もー、こんな時間じゃん。オレ行かなきゃ!」

 ばたばたっと、その格好のまま慌ててドア口に走っていく。何とか銀次の言葉の爆撃から立ち直った波児と花月は銀次に向かって叫んだ。


「ぎ・・銀次さん、待って下さい!美堂くんにキスされたって…」
「待て、銀次、その格好はヤバイ!」


 そして最後に、やっと思考を取り戻した士度は、銀次に最後の質問を投げかける。

「おい、銀次!どこ行くんだ?今日はオレらと…」

 さまざまな絶叫を背に、ドアからとびだす。銀次は少し出口で止まった後、ふわんっと金髪を風になびかせて士度の質問にだけ、天使の微笑みつきで答えた。

「これから、蛮ちゃんと、でーと!おにーちゃんとはまた今度。」

少しいたずらっぽい声でそれだけいうと、賑やかに花をとばして走っていく。

「ぎ…ぎんじ!!」

 カツラだけは…と思ったが、もう後の祭り。そして…。


「美堂蛮と、デートだと…?!」
「う…裏新宿のアイドルの唇が奪われただなんて…」


 がくううっっと、肩を落とす2人の異様な姿に、自分もさっきの衝撃は残っているものの波児はなんとか自分を取り戻す。
 異様なほどの静けさ。

「許せねーな…あのヘビヤロウ…」

 士度の背中からメラメラっと赤い炎が幾重にも立ち上っている。怒りバーサク状態…

「ええ、もちろんです。『神聖オカスベカラズ』は天皇でもなければ、キリストでもなく、天野銀次!僕らが命張って、守ってきたのに!」

 怒りに震えた静かな声。こっちはこっちで絶対零度の冷たいオーラが一面を凍らせる。
 灼熱と極寒が同居する、この空気。
 波児が、ぽつんっと言った言葉が、さらにソレを悪化させた。

「でも、銀次が幸せそうだし…ウッ」

目で黙らされる。
コーヒー代を払うと、士度と花月はその場を後にする。

「蛮君に、『今度一緒にお茶しましょう』っていっといてください」

 これほどコワイと思った笑顔もない。
 花月は買い物袋をすべて波児に預けると、士度に耳打ちをして出ていった…。



「…蛮、お前大変なお姫様の心、盗んじまったな…」

 はあああっと、ため息を付きつつ、やっと平均気温に戻った空気を新鮮なものに取り替えるために、窓を開けた。