「へえ、兄貴が負けるなんて、メイちゃんって凄いのねえ。あ、それとも兄貴が弱いだけ?」と、ヒュアリィ・アベル(18歳)はセミロングの茶髪の髪留めを解きながら憎たらしげに笑っていた。
「やかまし……。まあ、覚悟と量と言うか、そんなもんの差か? 勝利条件からして俺とは違うんだから、勝てないなあれは」
一目見て分かった。彼女は生き残るための戦闘術を習得している。
それに比べればタツマの剣術は相手を懲らしめるための芸でしかない。
下宿寮「なみはや」。一日の仕事を終えて、タツマはテーブルでぐったりとしていた。
帰ってみるとなぜか妹がテーブルでテキストを開いて勉強していた。受験が忙しいらしいのだが、叔母の家では小学生のやんちゃ姉弟が喧し過ぎて集中できないのだそうだ。
「コーヒー飲む? 少し分けてもらったんだけど」
「いらん」さすがにげっそりしてそう言う。今日一日でかなりのコーヒーを摂取している。
誰に分けてもらったのかは聞かないことにした。大体分かる。
「ところでそのメイちゃんは?」
「知らん。仕事だろ」
ぶっきらぼうに言うが、正直喋るのもしんどいめんどくさい。
「ん、どしたの。喧嘩でもした?」
「何でそうなる」呻いて立ちあがる。茶を入れようと思い茶筒を開けると空だった。「……すまん、コーヒーくれ」とりあえず何か飲みたかった。
呆れた様子でコーヒーを淹れるヒュアリィ。こき使うのもなんだが、タツマはコーヒーの淹れ方を知らないのだ。
お湯が沸いたところで、メイが帰ってきた。もうすぐ寮の人間達も帰ってくる頃あいだ。
コーヒーを三人で飲みながら談笑をした。
と言っても、ヒュアリィがメイにほぼ一方的にわいわい話していただけだが。今日の稽古の事を話題に出してもいた。
「まあいい気味ね。最近なんか卑怯くさい道具使ってばっかりだし、これに懲りて基礎からやり直すべきよ」と、得意満面にヒュアリィ。
「そうですね、道具に頼るとそこに隙ができますから」のんびりとメイ。
「ああ、そうするよ」内心で毒づきながらも生返事を返すしかない。
そしてまた雑談が続く。なにやら、妙な観光スポットを吹き込んでいるようだ。
やがて、寮の人間が一人二人と帰ってくる。
そして、大家が帰ってきて、ヒュアリィがいそいそとテキストを片付けて別れを告げて、
タツマがコップを洗い、当番が飯を作って……
今日も今日とて一日が終わる。
続く。
BackstageDrifters.