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 そこはちょうど街と船つき場の中間の簡素な倉庫だらけの場所で、待ち伏せするならここだろうな、と思える所だった。
 潮風がきつい。海と船はすぐそこに見えていた。
「さて、やっぱり一本道か……」
 船に行くにはここを通過しないといけない。
 抜け道を探していたのだが見つからないままタイムアップを迎えた。
 旅立つ船が向こうに在るというのに人一人いない……ように見える。
 それが逆に怪しいのだが。
「100人弱。さすがにきついかな」
 明らかに配置のおかしい木箱等から目測してぼやく。
「船に入ったら追ってこれないと思うんだよなあ」
 これから乗るつもりの船は、ヘクトの故郷の軍船の一般旅客エリアだ。
 当然ヘクトの国の法律が働くし、身内を匿(かくま)わないお国柄でもない。入船には国民証かパスが必要だし、パスは容易に取れるものではない。
 つまり、ここを抜ければ自分の勝ちだ。
 急造の伝説に振り回される事もなくなるのだ。
「しかしなんでまた100人も集ったかな……」 幾分気を楽に持って呻く「よっぽど竜を切る魔剣はすごい値がつくって事?」
 当人はそういうが、実のところそれは彼の責任でもあった。
 魔剣を持つものが無鉄砲に強ければ、人はその人がすごいとは思わずに魔剣がすごいのだと解釈する。ヘクトの竜とまみえるほどの強さは全て、魔剣の名声に吸収されてしまい、その結果魔剣の名声がどんどんと上がっていったのだった。
「まあ、そんなこと考えても仕方ないか」
 そうぼやくとヘクトは屈伸をして準備を整える。
 ざ、と足で土を一回蹴飛ばし、
「位置について」
のんびりとクラウチングの体制をとる。
「よ〜い」
 腰を上げて――
「ドン」
――猛加速で、港町を突っ切る。
 テントやら鍋やら荷物を背負っているというのにまるで競技陸上の選手のように、自然でよどみのない足運びで船着場までの道をダッシュする。
「来るならこォい!」
 やけくそになって叫ぶと、
 たちまち前から後ろから武装をした集団が押し寄せてきた。
(さすがに難しいかも)
 ちょっとだけ今の現状を後悔した。
 それにしては随分気分は良かったが。

「や、やっぱり無理か……」
 コンテナを背にして根を上げる。
「おい、こいつの剣デュランダルじゃねえぞ!」
「てめえ、あの魔剣をどこへやった!」
 と、囲まれたとたん弱気になったヘクトをよそに、勢いづく徒党たち。
 状況は激しく劣勢である。
 とにかく逃げる事を考えて走り回っているうちに(それでも20人程度しばき倒したのだが)最悪な事に援軍が増えた。
 竜とタメを張るほどの実力の持ち主だが、今や300人規模の大所帯の人ごみを掻き分けるのはさすがに無理である。
 敵の結束力、というよりは敵のなりふりかまわなさを見誤っていた。
「まさかここまでキレた人らばっかりとは……さてはこのひとたち、お祭り好きだな」
 わりと余裕っぽいコメントをするが、ピンチには違いない。
 死ぬつもりはない、
 だが殺されるかもしれない。
 ヘクトは身震いをして事を構えた。残された手段は少ない。
「魔剣をどこに隠したと聞いてんだ!」
「さてね、今頃積荷にでも入ってるんじゃないかな」
 不適に答える。
「ふざけるな――」
 と男が台詞を言い切る前に――
「どいていろ」
 妙にえらそうなスーツマンが命令をして男を退かせた。
 よく見れば、そのスーツ男を中心に集団は輪を作り始めている。
「はじめましてドラゴンスレイヤーさん」 癇に障るいやらしい笑みで男は挨拶をした「私はこの辺一体を仕切っている……」
「ああ、ええと、興味ないからそういう展開」
 あまり喋らせたくないので途中で止めさせる。
「あんたがこいつらのボスで、どうせ積載の荷物は全てチェックしたと言うんだろ?
 でも残念だったね。こうしている間に今通って行ったやつは見過ごしたんだろうから」
『なんだと!?』
 全員が一斉に後方を振りむいた。その瞬間に、刀を手にボスの懐へと踏み込む。
キン――と、硬い音を立てて宙を舞ったのは……ヘクトの刀だった。
(……やっぱり周りは手練ればっかりか)
 刀を突きつけてこのボスを人質にしようとしたのだが……あえなく取り巻きにはじかれてしまった。
「ざ、残念でしたな。はったりとしては上等ですが、魔剣なしではいくらその腕前でも限界があるみたいですね」
 少しびびっていたが、部下の手前すぐに余裕を取り戻してボスが襟を正した。
「さて、あなたには伝説の中で生きてもらう事になります。
 もちろん剣のありかをはかせてからですが」
 淡々と言ってくれる。
(なるほど、そうきたか)
 こいつらは当の持ち主を殺しておいて噂だけを一人歩きさせようというのだ。裏社会お得意の情報操作で。
 舌先三寸でどんどんレアリティが上がる商品、それがデュランダルの正体という訳だ。
(あほらしい……)
 ヘクトは言葉には出さずに余裕を持って、
「冗談だろ、ドラスレだけでも重いっていうのに、魔王でも倒させようって言うのかい?」
 軽口を叩く。
「ええ。わかっているじゃないですか」 ますますにやけ面をする男。「ちなみに魔王を演じるのも我々。強奪を繰り返された村を、こちらが用意した英雄が退治するという感動的な物語です。強奪した金が戻らずとも村人は気にしないでしょうしね」
「うわ〜〜。あくどいなあ……」
この阿呆、今まで出てこんかったくせになんて野郎だ。
「さて、秘密を明かしたことですし、とっとと拷問されて死んでもらいますか」
 肩をすくめて、絶対的上位の口調でほざく。
 久々にヘクトは殺意を覚えた。逃げればたいていのことが済む旅人にそんな感情を持たせるというのはある意味才能だろう。
「やっぱりあんた達に渡さなくて正解だったな……」
どうしようもないなという口調で吐き棄てる。
(戦い抜いてやる)
 半ばやけになりながらも決意する。
 こいつに負けたままと言うのは自分の人格に関わる。そう思った。
「――確かにそうだな。同意する」
澄んだ、場にそぐわない可愛らしい声が上のほうから聞こえて、ヘクトは驚いて顔を上げた。
 背にしていたコンテナの上で腕を組んで立っていたのは――
「サ、サキ? なんで」
「馬鹿者。名前で呼ぶな。
 ……ったく、剣の主が剣を忘れて行ってどうするのだ」
パシ――と、投げてよこされたそれを受け取る。それは抜き身の魔剣デュランダルそのものだった。
「忘れてって…………」
 しばらくの間――ヘクトはその剣を見つめた。白樫の鞘は大して使ったわけでも無いのに懐かしい、まるで何十年も使っていたかのような吸い付くような握り心地。
「……いいの? 言っとくけどこれから船乗るんだけど」
「よくそんな口が聞けたもんだな」 彼女が自らに集中する全ての視線を睨み返した。「そういう世迷言は、この状況打破してから言って貰おうか」
 ニヤリと笑う。こんなところに現れて自らの危険は考慮していないのだろうか?
 ……まあ、とにかく。
「そうだね」
剣を掲げ、青白い炎を剣の内より発生させる。
「とりあえずこいつらを片付けてから、ゆっくり説得するよ」
 本当に余裕を感じて笑う。今なら何でも出来る。そう思えた。
「た、たかが魔剣の一振りでこの状況を覆せるとでも思っているのですか。
 むしろ我々にとっては手間が一つ減っただけで――」
「ねえ」 無視して、ヘクトは淡々と「何でも切れるということはどういうことだと思う?」
 怯えるボスに囁いてやる。
 蒼炎のプロミネンスが柄よりほとばしるなか動こうとする者は誰一人していない。
「刃物なんてのはどれだけ鋭利な刃でも、斬るのではなく引き潰す――摩擦によって切断するための代物。故に摩擦係数の低い物質、逆に高い物質、刃より密度の高い物質、分子結合が完璧に近い物質。そう言うのは切る事が出来ない」
 解釈の間にも炎は強さを増して燐光となる。
 輝きがどんどんと全てをまばゆく照らしていく。
「でも……もし、全てを“通す”――分子の隙間にすら入りこみ対象を分断する事のできる――そんな刃があるとすれば」
 コンテナを背に180度に拡がる敵を見据えて、ヘクトは剣を腰に構える。
 白樫の柄を握りまるで納刀しているかのようなその構えは、見るものが見れば――
「居合い……まさか」
「サキ、君は見たはずだ」
 青い燐光は今や白光の状態にまでその輝きを増していく。
 それとは逆にヘクトの瞳は水を打ったような殺気を佇ませている。
「な、何をしている。早くあいつを殺せ!」 ようやく、正気を取り戻したボスが叫ぶ。「殺した奴にはボーナスを出すぞ!」
 怯んでいた群集がいろめきだった。
 欲目に任せて我先にと各々の武器を構える。
――だが、遅い。
 無音でデュランダルを振るう。
 そして納刀の構え。その瞬間を正確に捉えた者は、誰一人としていなかった。
 剣鎧兜、槍、ボウガンもいるか。飛びかかろうとしていたボスの取り巻きたちの武器が一斉に両断された。
 切断されたそれらの欠片が地面を叩く音だけが響きわたり、そして静寂がそれに続く。
 腕を組んで事を見ていたサキが、目を見開いたまま息を飲み込んだ。
 コンテナの上、つまり視線がヘクトと同じでしかも見晴らしの良いところにいる彼女はそれを見た。
 敵たちの武器、鎧、服――それらを走る一本の大きな、まるで斬撃の軌跡のような線が発生したのを――
 斬られた男の一人が、顔面蒼白で落ちた鎧を見つめている。鎧は背中にも鉄板が張られている形状のもので、それが真っ二つに“輪切り”にされて地面に落ちていたからだ。
「ば、馬鹿な」 茫然自失のボス。「なぜ、なぜ後方の奴らの武器まで切れる!」
 人体を切ることもなく、
 だが服まで輪切りにされているこの状況。
 しかも刃のリーチは明らかに後列に届いていない。
「戻し斬り……って知ってる?」
 戻し斬り――
 細胞、組織を傷つけずに刃を通して斬れば、再びもとどおりにくっつけることができるいうその技は、この国に伝わる剣と剣士が一体にならないと不可能だと言う剣の高等技術。
 だが、それは所詮。
「迷信だ! どんなに鋭い刃だろうと蟻から見ればただの壁にすぎない!」
「そう、唯の机上の空論。でも……見たんだろう?」
 口だけで笑って見せてやると、群集は恐れをなしたかのように退こうとする。
「う、うわあぁぁあ!!」
 誰かがボウガンを放つ、
 半歩斜め前に出るだけで射軸から外して、ヘクトはそのまま前進する。
「殺せ! あいつを殺せ!」
口に泡をたててボスが叫ぶが、武器を持たない人壁が邪魔をして、攻撃の手は無きに等しい。どんどんボスとの間合いを詰める。
「後ろ!」
サキが叫んだ。
 間合いを詰めたことで、ヘクトは360度囲まれていた。
 振り向くと大男が柄の長いハンマーを振り下ろそうとしている。
 剣の腹で火花を巻き起こしながら体重の篭ったハンマーを受け流す。斬ればハンマーが自分に落ちてくる事を悟っての対処だった。
 だが、
パキィ――
 と、音を立てて、デュランダルの刀身が折れる。
 もとから酷使がひどかったが、ハンマーの一撃が止めを刺したのだ。
「ま、魔剣が折れたぞ。今だ!」
 だが、ヘクトとサキはさして動揺しなかった。
 ハンマーをストックで叩き伏せて剣を握りなおす。
 目を閉じた。潮風のにおいが心地よかった。もうすぐ僕はあの海を行く。
 眩き閃光が……剣より漏れ出す。
 白い炎が折れた刀身……それよりも根元の白樫の柄よりどんどんと溢れてくる。
 目を開き、デュランダルを上に突き上げて、天を見上げる。
「サキ、君は見たはずだ。大木ほどもあるかという竜の首を。
 そして、僕がただの一振りでそれを真っ二つにしたのを」
 掲げた柄より巻起こる白い炎は、天を貫くようにどこまでも伸びる。
 全ての、いやヘクトと“柄守り”の少女を除いた群衆の全てが仰天して、腰を抜かした。
「動いかないほうがいい」
 大声で宣言する。
「でないと “ずれる” ぞ!」
 全てを透過し、斬る物を取捨する白い燐光が、港街の一画を白く薙ぎ払う。

「やれやれ……」
 その場にへたり込んで、ヘクトはため息をついた。
「ずいぶんとあっけない物だな」
「いや、もう精魂尽き果ててるよ」
 拍子抜けしたように腕を組んだサキが言うが、実のところ殆ど体力が残っていなかった。
 武防具と服を両断されたボスとその集団たち。あまりの惨事に切れた武器や服などお構いなしに我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
 途中で半ズボンになったボスが踏まれまくっていたのが笑えた。
 そういえば、なぜか縦に服を切られていた奴がいたのだがあれはどうなったらと思ったが、それはどうでも良い。水平の斬撃でああも唐竹割に斬られると言う事は、こうタイミングよく横っ跳びにいやどうでもよいのだそれは。 
「……ところで」 サキが片目だけでこちらを流し見る。「なんだそれは?」
 睨む先には、もはや白柄のみとなった魔剣をつき返すヘクト。
「どうもこうも、船も近いから返すよ。刃折っちゃったけど」
「もともと見せかけの飾り刃だ。本体が無事なら、どうということは無い」
 てっきり怒られると思ったのだが、さび止めに油を塗った刃のかけらをちらりと見ただけで咎めもしなかった。
「デュランダルは貴様のものだ。素直に受け取るが良い」
「本当にいいの?」
「構わん。それに、持って帰ったとしてもこの様子じゃ大っぴらに安置しておく事もできんからな」 天を貫く白い柱。この街の住人の大半が見ただろう。「ただし刃は自分で買え」
 何らかの心の変化があったのだろうか、サキの表情はひどくさっぱりしていた。
 まるで初めての旅に出る子供のような晴れ晴れしい雰囲気さえ漂う。
「……まあそういうのならもらっておくけど」
 刃を買うとなるとずいぶんと手痛い出費だ。
 だからといって毎回あの炎を出すわけにもいかないし。
「そのかわり、私もついていくわけだからな」
――とんでもない台詞が聞こえた。
 荷物を提げて、少女はコンテナを飛び降りて歩き出す。
「はぁ?」
 素っ頓狂な声を上げて、ヘクトはいきなりの台詞に我が耳を疑った。
「船旅などというのは初めてだな。陸の物は船に酔うというが……大丈夫だろうか」
 潮風を受けて長い髪を揺らし、サキはいまだ来ぬ船旅に不安げに思いを爆ぜて――
「ちょ、ちょっと、冗談じゃないよ」
「ああ、冗談ではない」 サキは取り合わない。「魔剣の主が貴様な以上、貴様についていく事こそ吾が使命なのだ。
 いささか不本意ではあるが魔剣の主になれない以上、そう腹に決めるしかあるまい」
「決めないでよ。そんなこと! 僕は旅人なんだよ? 気ままに、自由に、そういう生活をしたいから旅をしているんだから」
 と、あわをくって抗議するのだが、
「ああ、それだ」
 マイペースに指をさして、サキはこちらの言葉を取り上げる。
「はい?」
「いや、少し視点を改めてみてな。
 ――私みたいに使命に忠実に生きる義理も人情も硬いものなんかではなく、貴様のような軽薄で責任感もない奴なら魔剣の主になれるんじゃないかと思ったのだ」
 んな無茶苦茶な……
 立ち上がり荷物を抱えてヘクトは急いで走り出す。
 追うように彼女も「ん、いそぐのか?」 ついてくる。
「言っとくけど! 僕の乗る船は軍船だから一般の人は乗れないよ」
 船につくとあわただしく乗組員が出港準備をしている。一般客の手続きは数が少ないのでタラップの下でやっているはずだ。
「ああ、それなら」 サキは懐から一通の封筒を取り出した。「今回の件で貴様の国から招待状が来てな、是非わが国のドラゴンスレイヤーについての話を聞きたいといっているらしい」
「なにそれ!?」
 更なる展開に思わすツッコミを入れる。
 振り切るぐらいのスピードで走るが、それでも息を乱さずついてくるサキ。
(むっちゃくちゃはええ……)
 もしかしたら、デュランダルなしで戦えば自分と実力変わらないかもしれない。
「ちなみに、招待状は5通あってな。まあ一枚ぐらい他の目的に使ってもかまわんだろう」
「んな横暴な! ……て、残り四通は?」
「すでに長老と姉上たちが乗っているはずだ。貴様らの王に手紙を送ったのも長老様だしな」
「あ、の、じ、じ、いぃ!!」
 ということは先ほどの魔剣の光を見ていたという事じゃないか。
 青ざめるヘクト。これからどんな噂を巻かれるか解かったものじゃなかった。
「いい加減諦めろ、長老は村おこしに目覚められたのだ」
「目覚めるなぁ!」
 封筒を懐にしまい、サキは走るスピードを上げて併走してくる。
 少し赤い頬を人差し指で掻きながら、
「まあ、これから長い旅路だ、よろしく頼むぞ」
「頼まれない! 僕は一人旅が良いんだ。そうだ、今から決闘しよう、そうしよう!」
「そうだな……貴様が呼びたいのなら相棒と呼んでくれてもかまわない」
「うっわ〜。聞かれてたぁ!」
 潮風の抵抗すらも掻き分けて、二人の旅人が港を走る。
 風に流れる声はいかな喧騒だろうとさわやかに空気に紛れていく。
 旅人達が走る先には青い海。
 行きかう船の群れ、積荷を運ぶ船人たち、旅する人々。
 そんな中で、
 無骨なデザインの船が一隻、のんびりと出港を待っている。


END


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