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《旅人と魔剣とあれやこれや》




「今日こそ剣を返してもらう!」
「また君か……」
 相次ぐ襲撃にさすがに辟易する青年。
「何度も言っているけど、僕は君のような可愛い子にならこの剣を譲ってもいいと言っているじゃないか」
「う、うるさい」
 ツカモリと名乗る長髪の少女は、少し顔を赤らめた。

 とある古めかしい村に竜が現れた。
 並の冒険者ではとうてい退治できないこのトカゲの化け物。こいつは暴れに暴れて自分の強さを村人に誇示し、そののちに家畜をどんどんと食らった。
 村人は目の前の惨事を天災とあきらめて傍観するよりなかった。
 一日で過ぎれば本当に天災だと諦めただろう。
 だが、腹が膨れた竜はいったん去りはしたが、次の日もまた家畜を食べに来訪した。
 いよいよ村人達は絶望に嘆く。このままでは一週間と持たずに村中の家畜がなくなるからだ。
 無論いくつもの対抗策を講じたが通じるはずはなく、村崩壊の危機だった。
 そんな時、紆余曲折を経てたまたまその場に居合わせた青年。
 旅装束のざんばら髪の彼は、謝礼も前金も受け取らずに、竜に一人で戦いを挑み、傷を負い剣を折り、辛くも竜を撃退してみせた。
 半信半疑で手助けもせずに見ていた村人たち。
 命からがら竜を追い返した彼にあわてて駆け寄ると、彼は、
「力及びませんでした。明日は何とかしとめます……すみません」
 と痛みをこらえた笑顔を見せた。
 村人たちは彼の勇気に自らの恥を悟り、涙を流して青年を歓迎した。
 そんな夜のこと。
 長老は青年をとある塚に案内した。その塚は寺社のような社が立てられた生前とした領域で、村人達も丁重に扱っているのは雰囲気で読み取れる。
 彼らを待っていたのは二人の巫女だった。
 凛とした雰囲気の巫女たちにさまざまな祈祷を受けて、青年は一振りの剣を手渡された。
 青年が古風な剣に興味に狩られてそれを引き抜くと、油でも零れ落ちてきそうなぐらいの光沢のある刀身が現れる。質素な白樫の柄と微妙な反りの刃が、吸い込むような凄みを漂わせていた。
 そして何より、手を通して伝わってくる得体の知れない感覚。獰猛な獣の鼓動のような気配が、開放を求めてうごめくような力強さ。
「其は魔剣にして、選ばれし者にのみ真の力を解き放つ伝説の剣。古の刻よりの遺産と伝え聞く」
 これを遣い、今度こそ竜を討って欲しい。
 老人は懇願するように頭を下げた。
 持ち合わせの剣をなくした青年は、ありがたくその剣を借り受けて――
――竜の首を真っ二つにしたのだった。

 と、そこまでは、よく聞く英雄譚。

 竜の首をあっさりと両断したその剣――魔剣『デュランダル』
 たちまちこいつはドラゴンスレイヤーの名声を世間にとどろかせることとなった。
 何を思ったのか長老が「ついに、ついに魔剣の真の所持者が見つかった!」 と勝手にのたまって「その剣は今日からおぬしのものじゃ」 と叫んだ挙句に「伝説じゃ、新たな伝説が生まれた。この事を国中の者たちに知らせるのじゃ」 とわめき散らすという暴挙に出たからである。
 次の日までにその噂は国中の知れ渡るところとなった。
 当たり前だが、困ったのは青年――ヘクトの方である。
 さっそくその日から泥棒やら挑戦者やらにひっきりなしに狙われ始めた。
 たった一日でなぜこれほど人が集るのかと思えるぐらいに、多くの人間が押し寄せ、遠くは海の向こうまで来たというヤツまでいた。一日でどうやってきたのだ。
 なんにせよ彼らの狙いはただ一つ、このドラゴンスレイヤーの誉高いデュランダルを手にする事にあるらしい。
 呆れながらもヘクトはこれを撃退した。竜を切った相手になまなかな人間が倒せるわけもない。
 すぐにヘクトはその剣を長老に返そうとした。見事な剣は惜しいが命の方がもっと惜しい。
 ところが長老は「魔剣の選んだ主から奪い取るわけにはいかぬ」 などと言い、顔をしかめて「第一、今返還して貰っても盗まれるのがおちじゃろうが」
 今まで隠匿してきたから護れたのだと恨みがましそうに言ってくれる。
 名声を得すぎた剣は村には荷が重いらしい。振りまいたのはこの爺さんなのだが。
「よいか、魔剣の主はいずこと知れぬ旅に出たのじゃ。わかったな。くれぐれも捨てるではないぞ」
 とっとと剣をもって去れ――ということらしい。
 ヘクトはしぶしぶもとの気侭な旅に戻ったのであった。

 ところがその村からの追っ手がなぜか今ここに一人、
 幼少のころより護剣の巫女として育ったとか言うツカモリは、あいも変わらず旅用の白装束で刀を構えてこちらを見据える。
 流れる長い黒髪に切れ長の目。素材がいいのだからもっとましな格好をすればいいのにと毎回思う。
「あのさ、それ昨日と同じ服だよね」
「し、失礼な! 袂と身頃の色が全然違うではないか」 袖のあたりをばたばたさせる「ええいとにかく! 今日こそはツカモリの名にかけて、デュランダルを返却してもらう!」
「ツカモリ……って君の名前?」
「そんなわけなかろう! 吾(あ)が名はサキだ!」
「いい名前だね」
 この国ではわりと普通の名前だが、素直に似合っていると感じた。
「そ、そうか?」
 構えた刀を少し落として照れるサキ、褒め言葉に慣れていないらしい。
「うん、清廉さと生命力を兼ね備えた良い名前だと思うよ。花が咲くという意味なのかな」
 さらに褒めてみる。
「そ、そうなんだ。今は亡き母上が付けてくれた名でな……」
「いいセンスしてるね君のお母さん。お母さんもツカモリだったの?」
 親を褒められて嬉しがらない人間はいないというが、相好を崩してサキは少し早口に言う。
「ああ、吾が一族は代々デュランダルを護る巫女の家系だからな……」
「きっと、将来君がどの花にも負けないほど綺麗に咲き誇れるようにって、つけたんだろうね。お母さんも君に似て美しい人だったに違いないし」
「そんな……美人だなんて」
 どうもツカモリという仕事は男っ気がないらしい。さして上手いとも思えないお世辞だけで彼女は耳まで赤くしてもじもじしている。
「うん、保証するよ。君は素敵なレディになるさ。その時また会おう。じゃあね」
「あ、ああ、……」
 と、追いもせずにその場でもじもじ。
(今のうちだな……)
 関わるのを恐れて逃げ出すことにする。
 実のところ、ヘクトはこの自分と同じ年齢の少女がどうも苦手だった。
 根がまじめで素直で、竜を倒せなかったのをツカモリの自分が剣の力を引き出せないからだと責任を感じて――
――それゆえに横から剣をかっぱらった(と言っても過言ではない)ヘクトに剣を与えるのも反対せずに、ヘクトに勝つ事で魔剣に認められて取り戻そうとするこの少女が。
 根がちゃらんぽらんなヘクトとは対極にある少女だ。まじめに生きてもいない自分がこういう人を見ると、なんていうか眩しくてたまらない。
 そんな人に恨まれるのも決闘をするのも御免だった。
 そんなわけで今日も今日とて、ヘクトはサキを煙に巻いて逃げ出すのであった。


 というわけにはやはり行かず……
「なぜ逃げる!」
 国外逃亡の唯一の手段、つまり「船」 のある港のパブで昼飯を食べていると、声を荒らげてサキが乱入してきた。
「お、意外と早い……」
 スープスパを食べていたヘクト。
 無言で、ちょいちょいと手招きでサキを呼び寄せる。
「……?」
「まあ座って」
 近寄るサキ。警戒しているようにも見えたが、こちらがまともに応対したのはこれが初めて。事態の進展を期待してか素直に座る。
 ウェイトレスを呼んで適当な食べ物とドリンクを注文する。サキがテーブルの向かいでひざに手を当ててこちらを向くのを見て「ところで」 と切り出す。
「思ったんだけど……巫女だからって魔剣に認められる必要ないんじゃないの?」
「う、それは……」
「それに――この剣にしても御神体みたいなもので実際のツカモリの仕事は、祈祷とか祝辞とかなんでしょ?」
 ぐ、と返答に詰まるサキ。
 旅人が長いだけあって地域の風習には知識が在る。だから、“剣を護るだけ”という職業が在るわけがないことは知っていた。
「そういう儀式は……姉上がしてくれるから」
 と、水を飲んで、そっぽを向く。
「だからって、君がサボっていいの?」
「わ、私には大義が」
「僕も、長老からこの剣を手放さないようにと言われている」
 事実だった、それに彼女の姉からも「よろしく頼む」 と言われているのである。なぜか半笑いだったが……おそらく妹の行動を読んでいたのだろう。
 サキは忌々しそうな顔でこちらを睨んでいたが、反論はしなかった。
 手ごたえを感じて、ヘクト理路整然と畳み掛ける、
「でも、守り人の意見を無視して剣を渡すというのも変な話だよね。
 だから――これは推測だけど、伝承か何かに“剣は真の持ち主に渡すように” 書かれているんじゃないかな。これなら君の行動も村人の対応も矛盾しない。君は剣に認められて取り返そうとするし、村人も反対しない。
 なぜなら、あくまで魔剣の主に渡すのがツカモリの使命だから。」
 どうやら間違いないようだ。
 サキはグウの音もでないのか沈黙したままである。
 ふと、そんな彼女を見てヘクトはある予感にとらわれる。
「もしかしたら、反対してるの君だけなんじゃ……」
 少なくともあの能天気な村人たちが返せというとは思えない。むしろ自分が永劫持ち続ける事を望むだろう。そして、追っ手は彼女だけ。これから考えられるのは――
「ああ、そのとおりだ!」
 ダン、とサキがテーブルを叩く。
 テーブルの水とスープスパがこぼれ、ウェイトレスがリンゴを包んだパイを落とした。
 店中の客がこちらに注目する。
 それをよそに彼女は声を荒らげて、
「私が、私だけが、貴様が魔剣を持つのを許さなかったんだ。
 貴様のような、旅人などというちゃらんぽらんなやつに魔剣が持っていかれるのを!」
「わ、ばかそんな大声で言ったら」
『…魔剣だと!?』
 ざわめきが拡がっていく。
「魔剣ってあの噂の?」
「ああ、伝説のドラゴンスレイヤーとかいう」
「白鞘の……細身の湾刀! 間違いない、デュランダルだ!」
 とたんに周囲があわただしくなる。
 言わんこっちゃない……すでに噂はこの辺にも流れているはずなのである。
 急いで身包みを肩に背負い、誰の声にも振り向かずに逃げに転ずる。
『よこせ!』
 一斉に目の色を変えてつかみ掛かる男たち。
 そのころには、入り口を抜けて街路に飛び出ている。表通りを駆け抜けると、後ろから騒々しい足音が聞こえてきた。
 追いかけてくる店内の人間達。コックまでいるのは……代金を忘れていたからだろうか。
「まて!」 先頭で追ってきたのはサキだった。わざわざ大声で「魔剣を返せ!」
 状況を読めていないこと甚だしい。
「なに! あれが(以下略)」
 街行く人々が次々とこちらへと殺到する。
「よこせ!」 「みせて!」 「サインくれ」 どんどん人が集る。
 あまりの群集に戦慄するヘクト。
「しかし、なんなんだこの町は?」
 第一声から「よこせ」 ときた。この町は強奪が法律で奨励されているのだろうか。
 解答は野次馬の台詞だった。
「本当に勝負に勝てば魔剣を譲ってくれるんだろうな!」
「ああ。長老が村に来た冒険者たちにそういったそうだぞ!」
「ちょっとまてい!」
 思わず突っ込みを入れる。
(あ、の、じ、じ、いぃ〜)
 おそらく、村に来るやつ来るやつ全てにそう言ったに違いない。
――噂の目をこちらにひきつけて盗賊や強盗の目を逃れようとしたのだ。あの長老は。
 しかも、この殺到振りから考えて、話に尾びれや背ビレをつけていそうだ。噂が噂を呼ぶようにして、村おこしをかねるつもりなのだろうか。
「やっぱり、厄介払いじゃないか!」
 毒づきながらも足をどんどん速めて逃げる。後ろは人の群れでいっぱいだ。
 もはや逃げ道は前にしかない。
 というのに、
「勝負だ魔剣の主よ!」
前方から剣を構えた鎧集団がとどめとばかりに通せんぼしている。まさに八方ふさがり。
(しかたない……迎え撃つ!)
 走る速度を落とさずにデュランダルを引き抜き、出来るだけ大声で、
「受けてたとう!」
 と、叫ぶ。
 とたん、群集たち全員の足が一斉に止まった。
(よし ―― 予想通り)
 この国は戦いの国だ、戦乱で築き上げてきた剣術至上主義国とでも言うべきか。ともかく 「決闘と聞いて邪魔をするようなやからは堅気の人にあらず」 というお国柄なのだ。
 もっとも、そのせいでサキのような気質の高いものが多いのだが。
「よくいった、魔剣の主よ!」 喜色満面にひげ面の男が剣を構える 「それではこの俺から!」
「いい、めんどくさいから全員でOK!」
 未だにヘクトは足を止めておらす、その勢いのままに前列集団へと突進していく。
キィィン――
 硬質な音が響く中、隙間を縫うようにヘクトはその集団を駆け抜けた。
チン――鞘に青白き燐光を放つデュランダルを収める。
 数瞬後、その集団全ての剣の刃が、真っ二つに切断されて落ちた。
 心地の良い静寂が起きる。息を呑む音が、潮風に湿った風に混じって微かに聞こえた気がした。
「全てのものに告ぐ!」 静寂を割るようにヘクトは大音声を上げる。「決闘には応じよう。だが、もし姑息な手段でこの剣を得ようとするのであれば、二つに分かれるのは剣ではなく己の胴体だと思え!」
 その脅しは静寂の中よく響き、ヘクトはそれに満足した。
 全員の精神的な麻痺が収まらないうちに、また逃げ出す。
「待て」
サキがその行く先を妨害しようと刀を構えていた。
 剣先が微かに震えている。今の所業を見ては無理もない。
(また、怖がらせちゃったな……)
 竜を斬ったときの怯えた村人の視線を思い出す。 まあ、長老がわめいてくれたおかげですぐに歓迎されたけど。
 ヘクトは無言でゆっくりと歩き出した。
 刃を向けるサキの前を通り過ぎて、街と群集を後にした。



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