神奈川バスケ界の貴公子を、神さまが粘土をこねて創ったような美男子を、どこをさがしてもこれ以上はいないカリスマを。ここまでただの熱のカタマリに変えてしまうものは一体なんなのか。

「・・・俺のせいとか言ったらどつくぞ・・・うえ」

 流川に無理やり急き立てられた呼吸を、同じくかき混ぜられた思考と共に落ち着けようとして微かな声でぼやく。散々送り込まれたバナナ味の唾液を嚥下して少し気分が悪くなった。
 どうやらあちらさんは盛り上がってるみてぇだけど。
 残りの桃を口直し(失礼)とばかりにかきこんで、逃げるようにベッドサイドの新しい食料に伸ばそうとした手はあっけなく流川の長い指に囚われる。指と指を交差させてきっちり繋ぐ―いわゆる恋人つなぎは三井の羞恥心を煽ったが、拒絶する間もなく全身に体重を掛けられ、自分の背面がシーツに完全に押さえ込まれたのを感じると三井は諦観したように流川の背に両手を回した。

 まるでバスケの試合でファールでもしてもつれて倒れこんだかのようだ。三井は天井をバックに見上げることになった流川の鉄面皮を、正視は出来なかったもののちらりと盗み見るように伺った。それだけでも流川が大いに興奮するということを彼は知らない。
 本当は股間に足を振り上げ頭突きをかまし、チームメイトのPG並のダッシュで逃げたかったのだが、三井はどうしてもそれだけは実行に移せなかった。自分で笑ってしまうが理由はひとつしかない。―――嫌われるのが耐えがたく、嫌だからだ。

「うわっ・・・と」

 間抜けな声を上げたのはもちろん三井で、それは半笑いの微妙な表情と相まって、流川が細い首筋に“痕”を残そうと口付けた衝撃によるものだった。三井の何から何まで微妙なリアクションがお気に召さなかったのか、流川は再び同じ場所―軽く隆起する喉仏の隣り―に強く吸い付いた。

「やめろ!どす黒くなる!!」

 クソ目立つところにヴァンピール並みの所有印を残されては、四六時中気が抜けたものではない。しかし視界の淵に入ってきた流川の表情が満足げに歪むのを見て、三井は軽度の悲嘆に暮れた。目を覆いたいが両手とも流川の指に貼り付けられていて、ロクに身じろぎもできやしない。

「あーあーあー。バカヤロウ。部活どーすんだよサイアク」
「バンドエイドでも貼ればいい」
「・・・余計怪しんだよ。世間知らず」

 三井のバカにした口調にか、それともまだ余裕を全く失っていない表情にか、流川はむっとして片手を離し、薄い衣服の上からあたりをつけて胸の突起を強く弾いた。
「いぎっ!!」
 悲鳴を上げて、組み敷いた三井の長身が収縮する。自由になった方の手のひらで衝撃のあった片胸を抑え、涙目でぜぇはぁ深刻に息を吐く。・・・そんなに痛かったのだろうか。無駄だとは思うが流川は一応可愛らしく聞いてみた。

「・・・感じた?」
「痛いだけだよエロガキ!死ね!」

 流川を殴る余裕も無いのか、三井は罵詈雑言を浴びせるだけに留めたが、あからさまに当初の殊勝さはなりをひそめ、元からゼロに近い集中力を散漫し始める。これではいかんと流川は性急に行為を再開することにした。三井にはどうやら女性との経験が少しはあるらしいが、こっちは全くの初心者なのだ。昼間屋上で告げた通り、持てる力を総動員しなければ勝ち目など無い。だが負けず嫌いの少年の辞書に無謀の文字は無かった。 

 三井の夜着の前に手をかけ、片手で器用にボタンを外していく。少しずつ外気に晒されていく乳白色の肌が流川には淫靡に、三井には耐えがたい屈辱として瞳に映った。

「あ〜・・・マジやだ。このアングルとか。もう最悪。帰りたい」
「さっきから萎えることばかり言わないで三井さん」
「はぁ?萎える?」

 三井の胸元に集中したままの流川に三井は皮肉に聞き返し、嘲笑に近い表情で片足を流川の股の間に通す。そこにある熱い感触に僅かに身じろぐが続けて告げた。

「殆ど俺を弄りまわすだけで勃ってんじゃねぇか」

 このまま勢いをつけて蹴り上げることが出来たら、どんなに気持ちいいだろうか。しかしそんなことは出来ない。同じ男として。流川は三井のアクションには特にコメントも付けず、先輩の胸の尖りを弄ぶことだけに執心していた。それはそれで居たたまれないことであったので、不満を持つ前に流川の不埒な遊戯に注意する。
「噛むな、舐めるな・・・」
 流川は三井の薄く張った胸筋を手のひらで包み込むように撫でつつ、左胸の乳首を指の腹で抑えつつ、視線を三井の鳶色に合わせる。
「どうすればいいんすか?」
「どうもするんじゃねぇ。よくわかんねぇよ」
 自分の肌なのに感覚が掴めない。よくわからない。しかしわからないなりに居心地が悪く、気を抜いたら何かに意識ごと持っていかれそうで怖かった。

「・・・アンタも、勃ってきてるよ」

 流川の低い声は犯罪だ。三井は思う。脳みそを揺さぶられ、思うが侭にマインドコントロールされそうになる。三井自身、今のところキス以外で官能を呼び覚まされたことはないと思っているが、この居心地の悪さが快感、なのだろうか。流川の指の先で、赤い突起が硬くしこりを持っているのが感じられる。舌先と唇で、指と手のひらで。愛撫を繰り返す流川に三井は問い掛ける。僅かに呼吸が乱れた。

「なぁ・・・俺おかしい?」
「全然。そして、綺麗だ」

 ・・・最近「綺麗」だなんて、深夜CMの通販番組でしか聞いたことの無いフレーズだ。この場合どんな形容を冠せられても三井が喜ぶわけはなかったが。
 複雑な面を隠せないでいる三井がしばし思考の泉に浸かろうとした瞬間、三井の表情を形成する端正なパーツがいっせいに驚きを刻み、次いで熱の色に頬が染まった。

「ちょ、流川!!待て!早まるな!!」

 三井の滑らかな肌を下半身に向かって余すことなく辿り、奇人流川が辿り付いたのは臍の下のとんでもない部位だった。まだきっちり身に付けていたパンツと下着を同時に引き抜かれそうになって、三井は現役時代の名残で蹴りを旋回させる。流川は末恐ろしい反射神経で胸を逸らしてそれを交わすと、こうなることが読めていたかのように勢いを失った長い足を空中で捕らえた。
「嫌だ!待て!」
 制止の言葉が流川を煽っているとも知らず、三井は逃れるように羽毛の枕に顔を埋めた。流川は三井の拒絶っぷりに少し落胆したかのように溜息を付くと、まずは自分の望んだとおりに獲物の下半身を纏う布地を全て取り払った。すらりと伸びた足に引き締まった臀部が露になり、眩暈を起こしそうになる。

「悪ぃ。三井サン。必要なことだから最後までさせて」
「卑怯だてめぇ流川!下手に出ればこっちが強くでれねーと思って・・・!」
 剣呑な目つきで睨んでくる三井の口調に悲壮感が漂いまくっていてなんとも申し訳ないが、流川はそれでも先輩を頂くことを決めていた。
「うわははは・・・あんま見んなよ流川。面白くもなんにもねぇぜ・・・全てが」
 痛烈な嫌味を放つ三井に、なんとか機嫌を直してもらおうと、流川は今まで身に付けたままだった寝間着を全て脱ぎ捨てた。トップクラスのスポーツマンを形成するにふさわしい肉体が三井の前に晒される。漆黒の髪の毛の天辺から足の指の綺麗な爪に至るまでを目に入れた三井は、何とコメントすべきか呆けた面で戸惑った。

「あんたに夢中で脱ぐの忘れてた。これで対等すね」
「ば、バカヤロ、野郎のマッパなんて見せられても困―――」
「見惚れてたくせに」
「あ゛ぁ!?」

 沸点の低い三井を相手にせず、流川は勝手に三井の左腕を持ち上げ、自分の首後ろに回させる。一気に肌と肌の密着度が高まり、三井は白い肌をびくっと緊張させた。
「カワイイ」
 うっとりと呟き耳裏に口付けてくる流川に、感情がない交ぜになった悲鳴を上げそうになり三井は空いた右手で口元を抑える。その隙を狙っていたとばかりに流川の右手が―その先の長く節高い指先が三井の熱の中心を捉え、ずいとすり上げた。
「あアッ・・・!!」
 ヤバイ。と感じるヒマもなくダイレクトに性感帯を抉られた刺激で、抑えた指の隙間から甘ったるい声は漏れるわ、身体は勝手に痙攣するわ一気に散々な状態へ追い込まれる。これまでが悪ふざけのような拙い愛撫だっただけに、瞬時に性の匂いを生々しく感じさせられて、愛があるとはいえ“犯される”恐怖に、三井は何度目かの目眩を起こしそうになった。
「あっ、ふ、ァ。待って、がっ・・・」
 途切れ途切れの喘ぎを量産させられ、理性と本能のふり幅が激しく隆起のあるグラフを描く。性器を握りこまれ、5本の指に違った動きで追い立てられていくのに思考が付いていかない。歯を食いしばっても息を止めてみても切ない息遣いは容易に相手の雄を扇情させ、三井は閉じた目蓋の裏から生理的な涙が溢れて伝い落ちるのを感じた。ああ・・・俺ダセェなぁ・・・

「すげぇ・・・ドキドキする・・・きれいだ」
 なのにこの男は、流川は三井を誉めたたえる。三井自身には皮肉にしか聞こえないのだが、確かに純粋な感情しか含んでいない事が瞳を至近距離で見せられたらいやでもわかる。
 最高の男は、俺なんかを羨望の眼差しで焼き付けるように見つめる。
 悪い気は、しなかった。
 

 三井が羞恥や混乱、数%だけの恍惚に翻弄されている間、流川の思考はただ一つ『たまんねぇ』だけで説明できた。手の中にある熱い性器を揉むだけで、もともと表情豊かな先輩の美貌が華やかに万化する。滑らかな両頬やそれを分断する高い鼻梁が桃色に染まっているのに酷く己の分身をかきたてられた。

「やぁ、やめ・・・流川!」

 限界が近いのだろうか、三井は流川の肩に回した腕を痙攣させ、爪を立てて制止を懇願する。マスターべーションの経験が無いわけでもあるまいに、ここまで彼を乱れさせることが出来る自分を流川は誇りに思った。
「イっていいっすよ。三井さん」
「よ、よくねぇ。嫌な、んだ。アッ・・・」
 頑固に他人の手で達することを厭う三井に、流川はむっとして熱を遊んでいた手を離した。そして自ら回させた細い腕を外し、逞しい上半身を三井の下腹部にずり下げる。剥き出しのひょろ長い太腿を割りさき、気付いた三井の叫びを耳に入れる前に彼の熱を口内に含んだ。

「ぎゃー!!待て流ッ川・・・!!ああぅ!!」

 ようやく両手が解放されたのに、漏れる嬌声を防ぐしか使い道が無いことに三井は悔しがった。足で後輩の無茶な行動を止めさせようともしたのだが、流川の長い指は三井のビキニラインを怪しく刺激していて集めた気力さえも四散してしまう。頂点に追い上げられる。
「あッ、アッ流川ァ!もうッ・・・!!」
 生暖かな粘膜に包まれたまま達した感触が沸騰した脳にも確かに認識される。早い段階に事実を認め、てらてらと濡れた唇を拭いながら表情を伺ってきた美貌に三井は身も世もなく泣きそうになった。

「先輩のイった後の表情そそるっすよ・・・」
 興奮冷め遣らぬ表情で自分勝手に燃え盛る後輩は、脱力したままの三井の首筋にキスの洪水を降らす。この溢れんばかりの情熱!赤木の妹にも少しは回してやれよ・・・三井はもっともらしくそう思ったものの、彼女がこの凶器のような愛を向けられたとしたら体力が追いつかず死んでしまうかもしれない。視線一つ受け止めるにも覚悟がいるのだこの流川という男には。
 三井は潤んだ瞳で彼を見据え、静かにそれを閉じ、自ずから彼の背に手を回した。どんな場所でも自分の色彩に染め上げてしまう獣は結局誰かが繋いでおくしかない。出来れば絆と言う鎖で。
「はぁ、はっ・・・てめぇ巧いよ流川。いいツボ押さえてる・・・」
「嬉しい・・・続き、いいっすか?」
「待てよ。俺にもさせろ・・・」

 三井は流川の肩口で荒れた呼吸を整えると、半身を起こし、ベッドの上で膝立ちになっている流川の分身に恐る恐る節の高い指で触れた。その猛々しさに思わず観察をはじめてしまう。
「すんげー。俺こんなに近くで男のエレクトしてるやつ初めて見たわ・・・」
「・・・」
 流川は内心ここまでの過程で一番驚愕していた。まさか三井からの奉仕に臨めることになろうとは。あわよくば翻弄して朦朧とした意識内で、手でしごいてくれるよう促せたらラッキーぐらいにしか思っていなかったのに。ますます張り詰めそうになる流川の性器を、三井はそんな思惑など知らないままにどうしたものかと思案する。

「オーラル・・・ヤなんだけどな。でも仕方ねぇよな」
 存外幼い口調で三井は呟いて、目の前で起立する流川の熱塊を熟れた唇に含んだ。彼の脳内はただ一つ・・・復讐のみだった。流川をイかす。俺だけなんて嫌だ。ぜってーイかす。

「・・・っ!」
 三井のどろどろした思惑など知らずに、流川は人生15年間でベスト3内に確実にランクインする幸福をかみ締めていた。自分の性器を含みいれる前の薄く開いた唇と恥じらいの隠せない目元は流川の脳内DVDプレイヤーで最高画質でリフレイン再生されている。そしてその官能的な表情が目の前で熱に浮かされたように愛撫を繰り返す三井にかぶり、流川は早くも射精しそうになった。せめてもう少し我慢しなければ三井に早漏の烙印を押され、一生そのことをネタにけなされまくるに違いなかった。
 流川は三井の形良い頭部を押さえつけるようにしてぐっと耐える。その余波が三井にきて、彼はむせそうになった。
「ぐっ!?」
「あ、スンマセン」
 
 三井は慌てて濡れた音を立てて唇を離し、美しいフォルムの左手で口元を押さえる。
「み、三井先輩?」
 誤算だったのは2人ともで、この後の展開は非常にわかりやすく情けないものだった。初体験と言うものは全てパーフェクトに行く方が稀なのである。
 
 三井は流川の少し漏れ出ていたらしい先走りの糸を唇から滴らせ、恨めしげに上目遣いで犯人を見遣る。それがどんなに流川の目に扇情的に映ったのか三井が知ったのは、目の前で膨張した性器が暴発してからだった。


 髪から顔から胸から下半身からしとどに精液を浴びせられた三井は、呆然とベッドの上にへたり込んでいた。スパゲティカルボナーラの麺の気持ちが少しわかったような気がする。出来ればそんなもの一生わかりたくはなかったが。ついと流川の美貌に目線を遣れば、放ったままの姿勢で彼は硬直しており、その顔の青ざめ具合から反省が手にとるように見えて三井はそんな場合ではないのに少し和んだ。
 ああ、ワザとじゃねぇんだろう?わかってんぜ先輩だもんな。でも今だけはちょっとそっとしといてくれ・・・

 一方流川の方は、顔を汚した液体を拭おうともせず放心している先輩に対する弁解の言葉でCPUメモリを溢れさせていた。見ようによってはこれ以上ない萌えシチュエーションに浸っているヒマも無い。
 ワザとじゃなかったんです。メンゴメンゴ。こんなことになって非常に残念です。この展開は当社の望むところでは無かったと遺憾の意を表明・・・よし、これで行こう。

「先輩・・・俺が悪かった。アンタのもかけていいッすよ・・・」
「やるかこのヴォケ!!」

 間違った選択をしてしまった流川は三井に問答無用で殴られた。1ラウンドKO。三井寿まだまだ湘北のエースの名は譲りません。昏倒した流川を冷酷に見下すと、スポーツタオルでのろのろと顔を拭きそのまま頭からシーツを被ってさめざめと泣き出した。





 ―――短いほんの少しの時間に夢を見た気がする。
 新月の夜よりなお暗い静寂の空間の中に流川はいて、それ以外は誰もいないと知って振り返った瞬間に三井がそこに姿を現した。人垣に埋もれることの無いスレンダーな長身は、暗闇にさえも紛れることは無く、それでこそ三井だと流川は改めて賞賛の眼で彼を見る。そう、自分は確かに三井を敬愛していた。三井は流川を事あるごとに誉めたけれども、流川は彼を誉め称えたかった。生まれてきて出会ってくれてありがとう。

「そんな目で見るんじゃねぇよ。心臓止まっちまうだろ」
 
 少し困ったように眉を寄せて破顔する先輩の表情が大人びていて好きだった。暗色をかき分けて、惹かれるように近づこうとする。改めて、何度でも「好きだ」ということを彼が許してくれる限り流川は叫び続けるだろう。

「三井さん・・・好きだ」
「知ってるっての。それだけ?」

 語尾を吊り上げての挑発的な声音に、流川は僅かに瞠目した。非常に少ないボキャブラリーの中で三井に対する愛の言葉を紡ぎだそうとしたところでそれは遮られた。

「いい、いい。無理すんなって。ちゃんとわかってるから」
「・・・優しいっすね先輩。俺も優しくなりたい」
「そんな微妙な流川面白くねぇよ。もっとお前にしか出来ねぇことで俺を喜ばせてくれ」

 三井は不敵に微笑むと、誰より綺麗な指で流川の手を愛しげに取った。

「・・・連れてってくれ。お前にしか見えないてっぺんに」







 流川はとっくに昏睡から目を覚ましていた。実際瞬間だけだったのだ三井に殴られて気絶していたのは。寝たふりをこうして続けているのは、三井が流川の裸の胸を確かめるように探っているからだった。彼は自分に気づかれたくないだろう。張り詰めた胸筋を辿る愛しげな指先や、無自覚に流川の全てを凝視している切ない表情を。
「・・・目ぇ覚ましな流川。続きやろうぜ」
 思いもしない優しい台詞に、夢の続きかと錯覚させられて流川は慌てて起き上がった。少しだけ低い位置にある三井と視線がかち合う。
「いいの?」
「自分がここまでどれだけ強引に事を運んだか覚えてねぇのか?」
 怨念のこもった三井の視線を恐れながらも、やはり少し不機嫌で生意気な先輩のほうが味があってイイと流川は結論した。その顰められた美貌を緩やかに紐解いていくのがたまらない。
 流川は三井の言葉に頷いて、なだらかな裸の肩を掴んで体重をかけた。シーツに散った栗色の髪と淡いブラウンの瞳が、クールな流川の最奥から再び炎を燻し出した。

「あんたを俺の一部にしたいほど好き。三井先輩」
「それでいんだよ。流川。途中ってのは気持ちわりぃ」
 三井は多少居心地悪げに、流川の腕の間で身じろぎしたが、3pシュートを放つ直前の動作の如く両手を伸ばし、流川の背中に回した。そして流川より年下に見える程無邪気な笑みを浮かべ、くつくつ声を漏らす。

「止めることなんて出来やしねぇんだ。結局俺はお前が好きなんだから」

 流川もつられたようにふっと唇を震わせる。三井以外では決して味わうことの出来ない、禁断の果実のような微笑で三井に何度目かの濃厚なキスを送る。

「ふっ・・・っあ」
「ン・・・」

 流川は用意してあったローションの壜を、激しいキスに酔ったまま三井の太腿に滑らせ、更に奥に滑らすように移動させていく。三井の長い足の間に陣取った身体の中心はすでに熱を滾らせており、先輩の削げた腹に時折ぴちぴち当たった。流川は三井の手を外さないよう少し身体を下方にずらすと、欲望を受け入れさせる三井の箇所に壜の中身を滴らせた。

「・・・ぃ!」

 口付けに潤ったままの唇で、三井は驚きと羞恥を表現する。男らしく悲鳴は上げなかったが、流川には紅に染まった頬だけで十分だった。
「力抜いて。口は空けといたほうがいー」
 抑揚のない声で三井に告げると、流川は長い指で先輩のつぐんだままの薄い唇をこじ開けた。顎に薄く残る縫い痕を透明の雫が伝っていて薄く開いた目蓋とも相成って淫靡な誘惑を形成する。
「あんま見んな。早くしてくれ・・・」
 流川はその色っぽさに理性を瓦解しそうになったが、ここからは慎重にならなければ三井を傷付けることになりかねない事を知っていたので黙って目を閉じ、彼の奥まった場所にもう片方の手の指を侵入させて行く。目を閉じていても、三井のこめかみ辺りが震えたのが顎に沿えた指で感じ取れた。
「るっ川、に、逃げていいか?」
「だめ」
 あたふたと動揺を正直に告げる様に、バカだなと思う気持ちと愛しさがない交ぜになる。流川の常人より長い指は、本人の気質そのままに強引に秘所を暴いていった。たったの指一本なのに、温められたローションに濡れた指は、そこから流川の全身にすらも熱を伝えた。初めての抉られる経験に三井は固く目を瞑り、ただの熱い衝撃をやり過ごそうとする。出来れば快感が混じってこないといい。「恋人なら全てさらけ出さなきゃいけないのかよ!」・・・この言葉にイエスと答えられてしまう。

「まだ狭いんすけど増やしても・・・?」
「―――聞くな!せめて顔は見るな・・・」
「ウス」

 流川は従順に頷いて締まった尻の奥に中指に続いて人差し指を潜らせた。潤滑用に送り込まれた液体がぐちゅといやらしい音を立てて、三井の指が流川の肩に強く立てられる。流川は三井ではないのだから彼の感じる感覚を正確に知ることは出来ない。せめて爪の立てられた理由が激しい苦痛によるものではないといいと祈った。流川自身も居たたまれない濡れた音の響く室内は真夏でもないのに灼熱の日差しにいられているかのようだった。早く熱の源を昇華させたいと流川は三井の内部で指を轟かせながら思ってしまう。勃起した中心で貫いて、自分の眼下で思う存分
低いテノールの叫びを聞くのは今想像しているビジョンよりも遥かに素晴らしいのだろう。欲望の犠牲にする罪滅ぼしに、せめて彼を誰も見たことの無い頂点へ連れて行こう。快楽でも、もちろん愛してやまないあのスポーツでもだ。
 流川は三井の口元で呼吸を助けていた指を彼の胸に滑らせ、色づく突起を摘んで押した。
「あっ・・・ん!」
 先ほどとは比べ物にならない明確な反応が返ってきて、感動する反面不安になる。プライドの高い三井の事だから、無駄に自分を卑下しないといいのだが・・・三井寿という男は流川には誰よりも美しく視える人間であり、何にも彼を汚す要素などないのだ。今この最中にすら、彼の周りには鮮やかな色彩がはじけている。白い頬を伝う涙が虹色に見えた気がした。

「流川、流川、楽にしてくれっッ―――そろそろヘンなもんが入り込んできたっ!あぁん」

 三井のわななく声が綴った文章はすでに意味をなしていない。放りっぱなしだった性器をそろそろと刺激すると高い嬌声が漏れる。大きな片手におさまる太腿を担ぎ上げ、すでに三井の指が絡まっている肩に乗せると、疲労した間接が軋みを上げたのか、久方に色気の混じらない声で「ぐああ」と綺麗な生き物はうめいた。
「―――っぁ!ちぃと目が覚めたっ!痛い痛い、痛すぎるぜ・・・全てが」
 苦痛に正気を取り戻した三井が頭を振って汗を散らす。蜂蜜色の両眼は学校や試合で見るそれと同じに戻っていて、流川はちょっとがっかりした。
「もうちょっとだったのに・・・」
「てめーの手際が悪すぎんだよ、この童貞!俺だってこんなトコで戻りたくなかった!」
「・・・もう童貞じゃなくなる・・・」
「言うな!覚悟は出来てる!」
 
 三井の台詞は男らしかったが、これから起こるとんでもない事象にか、血を持っていかれたまま放置されている熱の塊のせいか表情が青ざめていて気合に欠けていた。流川は自分で追い詰めながら三井を痛ましく思い、欲望の行為に移る前に彼を抱きしめて心音を同調させた。

「初めてが先輩で、俺は誇らしい」
「ハッ・・・マジで?」
 三井の自嘲にも取れるそれに介さず、流川は三井の小ぶりの頭に唇を寄せ、言う。

「もちろん。これ以上ない」

 流川は自信たっぷりに微笑むと、身体を揺すり上げ猛々しく育った分身を、ほぐした三井の箇所に当てた。三井の同じモノに同時に手を添える。三井はしばらく流川の言葉に泣き笑いのような表情を作っていたが、片手で流川のさらっとした長い前髪をかき混ぜ年上の気質で告げた。
「俺も、お前とヤれてよかった。最高のクライマックスにしてくれ。忘れられないくらいに」

 ―――あんたと一度、最後までやりてぇ。これ以上どこにもないほどの感覚を味わって、そんでそれを忘れたくねぇ・・・

 熱塊が内部に侵入してくる衝撃や、それに伴う苦痛、何よりも殺気すら篭った強い視線で見つめてくる存在の事を三井は忘れることなど無いだろう。例えそれを認識してすぐに、理性も知性もすっ飛ばされて快楽に呑み込まれるケダモノに変身させられたとしても。

「三井さん・・・」 

 熱い声で名を呼ばれ、貫かれた衝撃に耐えて応えようと・・・

「・・・っル・・・!!」

 ―――三井はしたのだが、その前に闇の帳が降りて彼はそれしか紡げなかった。





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