1.第1話


 月に一度の研究報告会はもう終わっているはずだ。男はそう思いながら研究所のドアをくぐった。くぐるといつものようにロビーにある一枚のプレートが目に飛び込んでくる。

 「再び人の世の栄光と、繁栄を。再び人の世の過ちを繰り返さぬよう」

 それはこの国の建国記に出てくる言葉だった。この国に住んでるほとんどの人が元々は海を隔てた大陸に住んでいた科学者もしくは、その関係者だった。 しかし、1000年ほど前の大乱で大陸があれたためこの島に移り住んできた。それからというものプログリアは世界でもトップクラス、いやトップの科学力を有する国として存在してきた。 もちろん、その科学力は軍事産業にも転用されているため、その分野でも世界トップクラスだった。

 「まったく、繁栄したから滅んだんだろうが・・・・」

 男はそう言いながら自分の研究室に続く薄暗い廊下を歩いていた。外は晴れているようだが、窓のないこの廊下とは無縁のものだった。

 ふと、自分の研究室のそばに来ると焦げ臭い匂いがしてきた。はっきり言うが、自分の研究室には全くと言っていいほど機材がなかった。

「となると、リスタの研究室か・・・」

それから先はあきれて言葉も出なかった。出したからと言って灰色のこの廊下にむなしく響くだけだった。俺は自分の名前、ラスティ・スレントと書かれた表札のかかった部屋のドアの前で足を止めた。

ギィィ・・

D-2研究室のドアはガタが来ているらしくひどく重かった。この研究所の中のDとつく研究室は1〜3までありディスクの研究を主に行っていた。

 しかし、最初は盛んに行われていたディスクの研究も度重なる研究の失敗、調査隊の全滅などで国からの予算は毎年削減の一途をたどっていた。この研究室に機材が全くないのも、 研究の効率化の名目でD-1研究室に収容されてしまった。今年はついに予算が出ないことがすでに決まっていた。

 俺はそこら辺に放置してあるいすに腰を下ろした。いすにもたれて上を見ると天井には蛍光灯が4セット白く冷たい光を放っていた。

「繁栄と栄光か・・・」

ガチャ・・・ギィィー

ふと誰かが入って来たことに気づいた。俺は椅子にもたれたまま

「今は忙しいから、あとにしてくれ。」

と言った。たいていこの台詞を言えば誰でもあきれて去っていくものだった。しかし、誰から見てもすることがなく暇なのは火を見るより明らかだった。だいたいディスク研究関係のやつはリスタを除いてみんな暇だった。

 しかし、気配はいっこうに立ち去る気配がなかった。俺は仕方なく体を起こした。ふと、俺の視界に見慣れた人物が写った。

「なんだ、リスタか。まあ、おまえの研究室と比べて何もないが、適当に腰掛けてくれ。」

俺はそう言って椅子を勧めた。

「ああ、ありがとう」

そう言ってリスタは椅子に腰掛けたものリスタは妙に落ち着かない様子だった。しばらく俺もリスタも黙ったままだった。女と2人でこういう状況になるのはひどく気まずい気がしたが、 相手がいつもの顔見知りなので大して気にはしなかった。俺は再び椅子にもたれて何となく黙っていた。

「・・・なあ」

長い沈黙を破るように、リスタが話しかけてきた。

「ん?なんだ?」

別に真剣に聞く気などなかったので、頭が半分眠った状態で聞き流すことにした。

「おれ、今回の調査に行くことにしたんだけど、まだ調査隊員が集まらなくて。その、なんだ、ラスティも一緒に・・」

「俺は、まだ死にたくないぜ。」

だいたいリスタの言おうとしていることがわかったので俺はあえて言葉を遮った。しかし、こいつのしおれ具合から見ていろんな所をさんざん回っては断られたんだろうと分かった。

「そ、そうか。でも、俺一人しかいなくて・・このままじゃ本当に計画倒れになっちまうし・・・」

「誰も行かないとは言ってないぜ。」

自分の意志に反する言葉が出た。でも別によかった。どうせこの計画が終わればどっかで行き倒れが関の山だったから。

「あ、ありがとう。」

リスタの表情に一瞬「へ?」と言う字が見えたような気がしたが、もう一度リスタの顔を見るとリスタの顔にはもう1点の曇りも見られなかった。そしてよほどうれしかったのか俺に思い切り抱きついてきた

「や、やめろ。気持ち悪い。」

そう言っても彼はよほどうれしかったのか腕を放さなかった。

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