星の降る丘


空のその向こうにある濃い蒼色を曇の色で薄めて、吸い込んだような海。
世界中の海の色が集まるその海は、季節が規則正しく、短い周期で巡る。

暦と季節が少しずつ、ずれてはまた足並みが揃って、いつしかまた大きく
ずれて行く。

今年の、その日の気候は「春」だった。

(妙なモンだな)

オールブルーにある唯一のレストランのオーナーでもあり、またオールブルーでの
支配権を世界政府から許されているかつて、「赫足のコック」として
名を馳せた過去のある男が、自宅から少し離れた小高い丘の上に一人、
星を見上げながら、その丘のちょうど天辺に生えている胡桃の、大きな樹の下で
佇んでいた。

寂しいと思うなら、人の大勢いるところに身を置いて、騒げばいいのに、
そうやって騒ぐ事は決して嫌いではない筈なのに、

何故か、今夜は一人きりになりたかった。
堪え切れない程寂しいと思うのに、一人きりになりたかった。

決して何者にも替えられない、かけがえのない唯一のものが足りなくて、
だから、寂しい。紛らわせる事も、誤魔化す事も自分を騙す事も出来ないくらいに、
寂しくて、その寂しさを振りきる為には、誰かを替わりにするのではなく、
ただ、自分の心を静かに見つめて、その想いを確かめる為にたくさんの想い出と一緒に辿ってみる。

初めて出会った時の事。
たくさんの命懸けの冒険と喧嘩とお互いの想いを深めて行った数々の出来事、
その度に心に焼き付いている風景。

常連の女性や、いつも一生懸命に働いてくれるコック達には簡単にその生まれた日を
素直に祝えるのに、この世の中で一番、大事な存在の誕生日には
何一つ出来ずにいる。
それがサンジは寂しかった。側にいたとしても、「誕生日おめでとう」など
口が裂けても言わないだろうが、それでも、祝う気持ちだけはどんな形にせよ、
伝えられた。けれど、今、どこにいて、どうしているのかさえ判らない今、
どんなに想いを馳せても、それが届くとは決して思わない。

離れて生きている日々の中、何時の間にか、愛しいと思う気持ちと寂しさは光りと影の様に必ず一対でサンジの心の中にこびり付いていた。

宝石の様に混ざりけのない気持ちで愛しいと思えるくらいに強くなりたいのに、そう思えば思うほど、会いたさは募り、寂しさは増して行く。

(思い出すんじゃなかったな)とサンジは流星が走る夜空を見上げて溜息をついた。
今日が、その日だなどと思い出さなければ、いつもと変わらない平穏な気持ちのままで、
眠りにつけたのに、今夜は一人きりのベッドで眠る事も、コックや客達と騒ぐ気にも
ならない。ただ、ただ、遠いどこかにいるゾロが健やかでいてくれる事を
祈り続けるだけだ。

まだ、ゴーイングメリー号で旅をしていた頃、
(ロビンちゃんが仲間になった頃だったか)とサンジは記憶を手繰って行くうち、
徐々に明確に思い出してくる。
降るような星空に夥しい数の流星が次々と流れて海に落ちて行くように、
あるいは、濃紺の空に溶ける様に消えて行く、不思議な夜があった。

あの時は仲間皆で一緒に眺めた。
それから、何度か同じ光景に遭遇した。

このオールブルーでも同じ光景を見た。
こんなに温かで気持ちの良い季節ではなく、それは海が凍て付き、
森も丘も家も島のどこもかしこもが白くなり、
清らかに澄みきった空の青だけが唯一の色彩となる季節だった。

「やっと、だ」と隣でその流星群を見上げていたゾロが小さく呟いた。
「なにが」とサンジはその呟きの意味を尋ねる。
「こういう胸にぐっとくるモノってのは、一人で見たってつまらねえ」
「かと言って、大勢でガヤガヤ見るのも興ざめだ」
「一緒に見てえ、と思う奴とだけ見るのがいい、ってずっと思ってた」

そう言って、ゾロは夜目でもはっきりと判るくらいに白い息を吐いて、
ニっと笑った。地面の白い雪が星明りを照り返して、ゾロの表情をサンジの目に
しっかりと映し出してくれた。
その顔を見た時、不思議となんの恥かしさもなく笑みが頬に浮かんだ事を
サンジは思い出す。心の中は温かで優しいモノで満ち溢れて、口を開けば、
なにか、とんでもない素直な言葉が零れそうで、笑みを浮かべながらも
噛み締めた煙草を口から外すことが出来なかった。

流れて消えて行く星は、掌を差し出せばそこへ降ってきそうな程に鮮やかに
瞬いている。ゾロが側にいても、いなくても、見えている風景は同じだ。
二人で星を眺めていた時は、息さえ凍りそうな風に吹き晒されていたのに、
少しも寒さを感じなかった。
ひきかえ、一人きりの今、頬を撫で、髪を梳く風は優しく温かい。
けれども、シャツ一枚だけの薄着でいるとは言え、サンジは肌寒さを感じている。

星は夜明けまで降り続いた。
やがて、紺色一色だった空が徐々に茜色が混ざりはじめ、新しい1日が
明けようとしている事をサンジに教える。
そして、少しづつ、鮮明になる視界の中、サンジは真っ白な花が
朝露に濡れて今を盛りに咲いているのを見つけた。

夜露からサンジを守る様に聳え立つ胡桃の樹から数歩、歩いた場所に唐突に
それは咲き乱れていた。

(嘘だろ)
サンジは思わず、その花の群れに駈けよって身を屈ませた。

「ジュニアがここを出る前にくれた」とゾロがあの
星が降る夜にサンジに見せた球根があった。
厳しい冬はレストランを閉ざし、サンジが育てているウソップの息子のジュニアは
海軍の士官学校へ、コックやその他の従業員も全て、このオールブルーから
比較的越冬しやすい島へと送り出す。

ゾロはジュニアから貰ったと言う球根を雪を掻いて、凍てついた地面に無理矢理
捻じ込む様にして埋めた。

「育つ訳ねえよ、そんなの」とサンジは鼻で笑った。
球根は秋に植え、冬の間に根を生やし、養分を蓄えるモノだ。
こんな水分の全てが凍てついたところにいきなり植えても、根が土に根付く前に
球根自体が凍りついてしまうだけだ。花など咲く筈もない。

「咲く。俺がしっかり念を込めたからな」ゾロはサンジに丸めた背を向けて、
素手で掘り起こした土を戻し、その上にまるで、球根を寒さから守ろうとでも
するかのように、律儀に雪までをも元に戻している。

「念だア?どんな念だよ」と聞いたサンジに、ゾロは振り返り、
「お前が寂しいと思った時必ず咲くように、」と真顔で答えた。

その花の名前など、サンジにはわからない。
サンジはその真っ白な花びらの美しい花をそっと一挿しだけ手折った。

花は、咲くべき時機に咲いただけかも知れない。
けれども、まるで氷の様に固く、冷たい土の中で春を待ち、
誰の世話にもならずに、普段は誰も来ないこの場所で、自分の力だけで生き延びて、
そうして、ゾロの篭めた気持ちに見事に答えて、花を咲かせている。

(奇蹟だ)とサンジは思った。

贈り物を贈るべきは自分なのに、その花はサンジにゾロの気持ちを無言で
優しく語り掛けて来る様な気がした。

とてつもなく、大きな温もりで全身を包み込まれている感覚がサンジを微笑ませる。

心にこびり付いて洗い流せなかった寂しさが愛しさに変わって行くのを
感じながら、サンジは幽かに薫るその花の香りを胸の中に思い切り吸い込んだ。





奇蹟を起こせるくらいの気持ちに、一生賭けて応えて行く。

これからもこんな愛しい奇蹟を起こした男が
この世に生まれたその日が来る度に何度も自分自身に誓う。

一言の祝う言葉も、一欠けらの贈り物も出来ない自分が出来るのは、たった
それだけだとサンジはその白い花に唇を近づけて思った。

(終り)

イベントで忙しかったので(今も忙しいけど)ゾロの誕生日、なにもやってませんでした。
で、今頃になってナンですが、ゾロ誕用のssをアップしました.

この作中に出ている花は ゾロの誕生日の花で オーニソガラムと言う花で、
そのうちの、「シルソイデス」という種類です。
厳密に花言葉って言えば、もしかしたら 違う花かも知れません。オーニソガラムと言う花は、
150種類も種類があるそうですから。

株がたくさん増えることから「子宝草」と呼ばれるしゅるいもあるそうです。

花言葉は「純潔」だとか。

もともと、花をモチーフにしようと思ったんじゃなくて、仕入れたCDの中で、
またMISI●のバラード集の中から 「星の降る丘」という曲があって、
それを聞いて考えたネタをイラストにしているうちに、誕生日に絡んだ話にしようと
思って組みたてました。

また、感想などお待ちしています!