「バカだ、バカだ、と常日頃から思ってたが、」
「ここまで、バカだとは思わなかった。」

気温マイナス20度、とんでもない寒さの冬島だった。

狙いをつけていた財宝が、寸での所で 同じモノを狙っていた
盗賊に掻っ攫われた。

そうなると、
「あれは、私達が狙っていたお宝よ。私達のものよ。」
「盗られたら、盗り返すのよ、当然でしょう?!」と憤慨するナミの
口車に乗せられて、その盗賊のアジトに

略奪専門の二人が向かった。

「俺らは海賊で、盗人じゃねえんだぞ、クソ。」とゾロは
ずっと、道中ブツクサ言っていた。

「ナミさんの仰ることになんか、文句あるってのか、この冷凍マリモ。」
一方のサンジはというと、当然、
ナミの言うことに対して、不満など微塵もある訳がない。

ところが、そのお宝を略奪したのはいいものの、
寒くて早く その場を離れて船に帰りたかったゾロは、

宝物を保管してあった、金属製の容器をあろうことか、素手で
捧げ持ってしまったのだ。

「アホか、お前。そんな事したら、」トサンジが止めようとした時はもう、
遅かった。

冷え切った金属に両掌の皮膚が張り付く。
そのまま持っていたら、指先から凍傷に犯され、やがて、指が壊死してしまうので、
皮膚が引っぺがれるけれど、それでも、その容器から手を離さなければならない。

そこで、サンジの冒頭の罵詈雑言がゾロに浴びせられた。

「どうすんだ、その手。」
「うるさい、こんなの怪我のうちに入るわけねえだろ。」

ゾロは、首に巻いていた自分のマフラーで掌をぐるぐる巻きにしてみる。
安物の荒い毛糸が皮膚の剥がれた肉に直接当り、あまり、良い保護方法ではなさそうだ。

「安物使ってるから、いざって時、クソの役にも立たねえんだ。」
側で見ていたサンジが吐き捨てるようにそう言うと、自分のマフラーを
ビリビリと細かく裂いた。

「後で、弁償しろよ。」と、言いながらゾロの指に丁寧に巻きつける。

「頼んでねえ、勝手に破いた癖に何言ってんだ。」
憎まれ口を叩いていないと、
自分の迂闊さに自分が情けなくなるので、ゾロは、
無駄にサンジに喧嘩を吹っかける。

サンジのマフラーは、マフラーと言うよりも
やや分厚い、滑らかな布のスカーフのような物だった。

今日、たまたま、それをしていただけの事で
別に包帯がわりになりそうなマフラーをいつも選んでいる訳ではない。

「こんな手じゃ、刀振り回してもいつもの半分くらいの握力しか出せねえだろ。」
「俺が、ナミさんとロビンちゃんは守るが、あとの連中を守って、」
「尚且つ、喧嘩相手をぶっ潰すのにこの手がねえと俺が困る。」

(何?)

サンジの言葉をまともに聞いて、ゾロは一瞬、唖然とした。

(なんだ、今日は妙に)素直だし、優しいし。
薄気味が(悪イ)。

そう思った。

サンジは、ゾロの両手にそれを巻き終わると、肩に
件の金属の容器を担ぐ。

「おら、これ持ってさっさと帰るぞ、冷凍筋肉」

サンジは、いつも愛用のミトンをはめ、片手でその金属の容器を持っていた。
右肩に担いで、右手で支えている。

「これ、はめとけ。」とゾロに左手のミトンを投げて寄越した。

「片手しか貸せねえぞ。俺だって、凍傷になるのは真っ平だからな。」と
ぶっきらぼうに言う。

片手だけでも、ゾロの手を保護する為に貸す、と言うのだから、
充分、優しいと思うのだが、

それなら、多少、押しつけがましく、恩を押し売りするくらい、
思い遣りの気持ちを露骨に見せてくれた方が、
単純な男心を喜ばせる事が出来るのだが、サンジは 決して、
ゾロ相手にそんな事は決してしない。

むしろ、いつも高飛車で、高圧的で、利己的な物の言い方をする。


ゾロは、左手に手袋をはめ、サンジは右手に手袋を、
それぞれもう片方の手はポケットに突っ込んで歩いて行く。

寒さは厳しいけれど、乾燥しきっていて、雪さえ降らない、
ただ、凍てつく空気だけが存在する殺風景な風景の中、二人は、
無言で歩いた。

盗賊のアジトを出て、外に出てから一言も喋らない。
喋るととてつもなく冷えた空気を吸い込んでしまい、肺や、気管支が
凍て付いてしまいそうだからだ。

左手は暖かい。
だが、ポケットに突っ込んでいる方の手はズル向けた掌が
ジンジンと冷えを直接吸収して、なんとも 不快な痛みをゾロは
歩きながらずっと感じた。

ふと、横を歩くサンジの顔を見た。
マフラーのない首元が冷えるのだろう。
寒そうに首を竦めて少し俯き加減で歩いている。

白い肌があまりの寒さで少し、赤らんでいた。

(手エ。繋ぎてえな。)とゾロはその横顔を見てふとそう思った。
だが、口に出して、拒否されると虚しいので何も言わずにそのまま、歩く。

ポケットの中の右手は確かに痛いけれど、
サンジの左の掌よりは暖かいだろう。

マフラーを奪ってしまった代償に、
せめて、冷えた指先を温めてやりたい、と思うのに、
刺す様に冷たい空気がゾロの口と、ほんの少しの勇気を塞ぐ。

(人に惚れるってのは、おっかねえモンだ。)と溜息をついた。

こんな些細なことが言い出せなくなってしまった。
もう、はっきりと特別な関係になって、随分と立つと言うのに。

サンジがゾロに想いをぶつけて来る時、
お互いの心が我が事のように判る時、と言うのは、
大抵、命がけの事件がある時に限っていて、

普段、穏やかな日常では、さっぱり優しくして貰えない。
その扱いに慣れているつもりでも、自分は常に同じ態度なのに、
相手が素っ気無いと 物足りなくなる時だってある。

そんな事を感じ始め、ゾロは
前だけを向いているサンジの横顔を横目でチラチラ見ていた。

「うざい奴だな、ったく。」

すぐに、数秒も立たない間にサンジはゾロの方へ顔を向けた。

向けながら、ゾロの腕をポケットから出した右手で乱暴に掴み、
マフラーの切れ端が巻かれた左手を引きずり出す。

そのまま、ゾロの左手ごと、自分のポケットに突っ込んだ。

握りこんでいたゾロの手をサンジの手が包む。

唐突で、突飛で、突然なサンジの行動にゾロの心臓の鼓動が激しくなる。
嬉しいのか、驚きなのか、頭の中の思考回路が完全に過負荷になって、
止まってしまった。

「今日だけは、甘えさせてやる。」
「それが俺に出来る精一杯だ。」

プレゼントを買ったり、ケーキを焼いたり。
女の子相手なら、そんな労は少しも惜しまなかった。

むしろ、喜んでやっていた。

けれど、それは誰にでも出来ることだ。
サンジではなく、他の誰にでも、ゾロに贈り物をしたり、
ご馳走をしたりする事は出来る。

だた、浮かれてそんな事をするほど、サンジは単純に出来ていないだけだ。

この世界で唯一、自分だけが 
ゾロに与えられるものしか、ゾロに与えられない。

だから、こうなった。
手を繋ぎたい、と言うゾロの意志が聞こえた。


それを確信出来るほど、今、ゾロの魂の一番近くにいる。

そして、自然に体が動いて、手を繋いだ。

キスしたい、とまた、ゾロの意志が聞こえる。

「キスしていいか。」

次の瞬間に、本物の声が耳に流れこむ。

(聞くな、そんな事。間抜け)とサンジは バカにしたような溜息をつく。

言葉で、声で、聞くと反発したくなる。
反発とまではいかなくても、素直に頷けなくなる。
そういう性質なのだ、としか説明がつかない。

「この煙草吸い終わって、まだ、そうしたいと思ってんなら、させてやる。」
「12時の鐘が鳴り終るまで、"今日"が"昨日"になるまでは、」

「お前だけの"俺"でいてやるよ。」

サンジは、そう言ってゾロをからかう様な笑顔を見せる。

寒過ぎて、その代わりに冴え冴えと澄んだ空気の夜空に、
大きな月が高く昇って 二人を銀色の光りで照らしていた。

(終り)