夢を継ぐもの、(本編)



ここは偉大なる航路。
春島と夏島の間の海域にある、小さな島があった。
ゴーイングメリー号は、その小さな島の港に停泊していた。
この島から定期船で2時間ばかり言ったところに大きな貿易港がある。
そこは1日で大金が動くため、警備が厳しく海賊船は入港できない。
そこで、となりの港にゴーイングメリー号を停泊して、
ここから定期船でその貿易港へ向かう事にしたのだった。

「今日は、ルフィとウソップと、それから、チョッパーがこの島の探検、に行くんでしょ。
あたしとロビンは、船番するから、
ゾロとサンジ君、ゴールド・ポート(例の貿易港)に行ってこれば?あたし達は、明日行くから。」

食料を買出しに行くので、荷物持ちは必要だった。

「ああ。」無表情のまま、ゾロは返事をする。
「こいつと?」サンジは不服そうな声を出した。
「チョッパーの方が役に立ちますよ。」

「トナカイ連れて、この蒸し暑い島を歩き回ったら、目だって仕方ないでしょ。」

ナミにそう言われたのだから、サンジには、もう、返す言葉が上手く用意出来ない。


サンジは最近ゾロと町へ出るのを避けていた。

船の上では相変らず無駄な喧嘩をしたり、一緒に酒を飲んだり、普通に接していたが、
どうも町へ出て二人きりになると 時折、ゾロが妙に温かな優しい目をするような気がして、

サンジは その眼差しに動揺する自分を (どうかしてるぜ)と苦々しく思い、持て余している。


いつも、その眼差しを感じた途端、直視も出来ずに目を逸らし、気がつかなった振りをする。

何故か、(どういうつもりなんだ。)と聞く事も出来ずにいた。

でも、ナミにああ言われた以上、今日はゾロと買出しに行かなくてはならない。

そんなサンジの複雑な心中も、その所為で、
サンジが自分を避けているも、ゾロには全く 悟られてはいなかった。


今から、一月ほど、前の夜の事だった。


海が穏やかな月のない夜にゾロはサンジと見張り台で酒を飲んでいた。
たいした量ではなかったので2人とも全く酔っていなかった。

どうしてそんな話になったのかはゾロも忘れてしまったが、お互いの夢の話をしていて、
サンジがふと漏らした言葉がゾロにとっては胸が高鳴るのを押さえられなくなるほど
動揺させた。まっすぐにゾロを見つめて、こう言ったのだ。


「てめえの夢に付き合ってやるよ。てめえが世界一の大剣豪になるのを見たくなった。」


そして、笑った。その瞳は力強くゾロの心を射抜いた。


「俺の夢にも付き合ってくれるか?」


ゾロはその顔を見たとき心臓が鷲掴みにされたような気がした。
数秒間、釘づけされたかのように、サンジの顔を息を飲んで見つめた瞬間、
(俺はこいつに惚れちまったかも知れねえ)と、はじめて 気がついた。

酒を飲む時も自分が聞いてほしい時は真剣に耳を傾けてくれるし、
サンジの話を聞く時もその内容より大きくなったり、小さくなったり、
早くなったり高くなったり低くなったりするサンジの声を聞くのが楽しかった。
毎日といっていいほど喧嘩もするが、その時間もゾロにとっては寝る前に思い出し笑いをしてしまうほど、
楽しいことになっていた。
サンジが側にいたら時間はあっという間に過ぎてしまうような気がした。
いつも時間に追われていて、喧嘩中だろうと、
「おっと、時間切れだ!!俺はてめえと違ってクソ忙しいんだよ!!」と
勝手に切り上げて目の前からいなくなってしまうのだ。

(あいつの事をもっと知りたい)と言う純粋な欲求は植物の種が根を張って行くように日々、成長し、
そして、その月夜の下で見た、サンジの笑顔に導かれて、ゾロの心の中で、 

”惚れた”と言う感情として、芽吹いた。


それからはなるべく普段はいつもどおりに振舞っていたが、二人きりになるとどうしても
そんな気持ちが態度に出てしまいそうになる。


もしも、口にしてしまったらプライドの高いサンジの事だから、何を言われるかわからない。
今の仲間と言う領域を壊してまで、踏み出す勇気が出せないまま、想いは時を経るごとに
大きく育っていく。ゾロ自身でも、もう、止めらないほどの加速をつけて。


「たく、これでよく動くよな。」
2人はゴールド・ポートに向かう定期船に乗っていた。

サンジはひっきりなしにゾロに話し掛けている。
ただ、あちこちに視線をさ迷わせて、落ち着きがないようにも見える。

定期船はかなりくたびれていて、乗客を座らせるための椅子はすべてカバーが破れ、
木の下地むき出しになっていて、床の木も所々腐っていて水面が見えている。

「定期船って言っても海軍に見つからないように入り江に着けるんだとさ。」
「海賊専門の定期船か。」

ゾロが相槌を打つと、

「お、たまには頭回るんだな」とふふ、とはなで笑った。

ゾロは「馬鹿にするな」と短く応える。
「このゴールド・ポートは、すごい個性的な味付けの店が多いって昔聞いたことがあるんだ。」
「さっさと買出し済ませて、町ぶらつこうぜ。」


ゾロは思い掛けないサンジの言葉に、

「え」と思い、声にも出した。

「え、ってなんだよ。めんどくせーか?」

サンジが朝着岸する前にゾロと買い物をするのに文句を言っていたから、
ゾロはてっきり自分といっしょに買出しにくるのは嫌なのだと思っていた。

「お前、俺と一緒でいいのか?」と思わず、腕組みしていた腕を解く事もすっかり忘れて、
驚きを隠さずにそう尋ねると、

「は?」とサンジの方も ”意外な事を言われた”ような顔付きをした。


「朝、文句言ってただろう?」とゾロが尋ねると、実にあっけらかんとした口調で、
「言ってたか?覚えがねえなァ」

サンジはゾロを避けていた事もすっかり忘れていた。
ゴールド・ポートの個性的な料理の事を思い出したら、そんな事は頭の中から消えていたからだ。

サンジとゾロは、予定どおり、足早に市場に向かう。

早く買い物を済ませたかったので、メモを見ながら食材を買っていく。
「あれは・・・」

サンジがふと市場の喧騒の中から見覚えのある看板を見つけた。
バラティエがわざわざ取り寄せていた、めずらしい酒の名前が看板に大きく書いてある。


「へえ、こんなとこでも手に入るのか。」

サンジはその店に入った。キイ、とドアが軋んだ音を立てる。

「いらっしゃいませ・・・」偏屈そうなそのオヤジが帳面を睨みながら俯いていた。

オヤジは怪訝そうにゆっくりと顔を上げる。
しばらく、焦点が合わないのを苦にするように目を細めて、サンジを見ていたが、

「お前さんは・・・」サンジに鼻先が擦れそうなほど近寄り、まじまじとサンジの顔を眺める。
そして、はっと息を呑んだ。

「バラティエのちびか?」
「オッサンは・・・」


サンジが「おっさん、」と呼んだ男は、名前を「ハンク」と言う。
バラティエに出入していた酒屋で、
ハンクが奨める酒は、客の受けも良く、ゼフの作る料理の味に非常に合う酒選ぶ事で、
ゼフからは とても信頼されていた男だ。

2人は、思いがけない再会に大きなわらい声をあげながら抱き合った。
ひとしきり、お互いの近況や世間話をした後、

「おお、そうだ。」
「ちょうど昨日、バラティエから手紙が届いてな。お前がきたら渡すようにと言付かっていたんだ。」
と、ハンクが急に思い出して、ゴソゴソとどこからか、封筒を取り出した。

「手紙?ジジイからか?」サンジは思ってもいない展開に驚く。

「さあな。言付けてきたのはパティだったが。これだ。」

(珍しい事もあるもんだ、)と真っ白な何も書かれていない封筒を受け取ると、
サンジは、ジャケットの内ポケットに入れた。

「おっさん、連れがいるから、もう行くわ。」
「ログが貯まるまでの間にもう一度くるから、」


「ああ、待ってるよ。」ハンクはサンジに何本か酒を分けてくれ、帰り際に
「お前さんが来たことをバラティエに連絡しておこうか?」と尋ねてきた。
サンジは、別にどうでもいい、やっぱり笑って応えた。


ゾロと夕方まで町をぶらついていたが、
サンジは胸の中の手紙が気になって仕方がなかった。
早く読みたくて仕方なかったが、
ゼフの手紙などをゾロの前で読んだらまた

「ホームシックか、クソコック。そんなに恋しいならさっさと荷物まとめて実家に帰れ。」と
言われそうな気がする。

ゴールド・ポートの料理は確かに個性的でゾロの舌にもサンジの舌にも合わなかった。

「なかなか、出会えない味だったなあ。」というサンジにゾロは

「あんな奇怪な味、もう二度と食いたくねえな。」と応えた。

「でも、あれはあれで一生懸命作ってるコックがいるんだ。慣れりゃ、結構ハマるのかも知れねえぜ。」
「なあ、おまえ。」ゾロは急に話題を変えた。
「さっきから何胸ばっかり触ってんだ?」


サンジは無意識にゼフの手紙が入っているポケットの上をさっきから何度もなでたり、
軽く押さえたりしていたのだ。

「触ってねえよ。」
「今だって触ってたじゃねえか。どっか痛いのか?」

サンジは肩をすくめた。

(やっぱり、こいつ何考えてんのかさっぱりわからねえな)と思った。
自分の、そんな些細な仕草を見て、それを気にした、その理由がサンジにはさっぱり判らない。


そして、また無意識に胸をなでた。
ゾロは今度は黙ったまま、その仕草を見ていた。


2人が船に帰るとすぐサンジは腹ぺこの船長のために大急ぎで食事の準備にとりかかった。
陸に上がった日は大量の肉料理、というルフィのリクエストで、すさまじいほどの料理がテーブルに並ぶ。

「ウメヘゾ、ハンジ!!ヒアワセダ、ホレハ!!むしゃ、むしゃ。(うめえぞ、サンジ!!幸せだ、俺は!!)」
と口いっぱいほおばって、肉にむしゃぶりつくルフィを見る、サンジの目はいつも満足そうで、嬉しそうだった。ゾロはその時のサンジの顔がとても好きだった。

(俺にもこんな顔で笑いかけてくれたら。)ふとそんな言葉が頭によぎった。
(ばかばかしい。)その言葉を否定する。

そんな風にサンジを見ていた自分に寒気がした。
(俺がほしいのはそんなんじゃない)。

サンジは夕食もそこそこに、「倉庫整理をしてくる」とキッチンを出ていった。
「悪い、ウソップ。ここにデザートがあるから、ナミさんとロビンちゃんに。」
いつもなら、ナミにだけは必ず自分でサービスするのに、その夜はなぜかウソップに
サンジは頼んだ。


いい訳もろくにしないで倉庫へ行ったサンジの行動をナミとロビンは、
冗談混じりながらも、不思議がっている。

「私達だけ、特別なのに、ね。」という言葉が妙にゾロには癇に障った。


(”私たちだけ特別・・か。)

「ゾロ、顔怖いよ。」チョッパーが急に声をかけてきたので、ゾロはまた考え込んでいた事に気付いた。
「もともとこういう顔だ。」
「そうかな?」チョッパーの前にもナミと同じデザートが置かれていた。

(チョッパーだけに特別)といつもサンジが毎食デザートを作っている。
「あいつ、小さいころ苦労してるだろ?甘いものとかほとんど食べた事ないって行ってたから、
いろんな甘いもん食わしてやりたいんだ。甘いもんって言うのは、一部の変人を除いて幸せな気持ちになれるもんだからな。」

いつだったか、なぜチョッパーは毎食デザートが出るのかとルフィから非難された時、
サンジはそう言っていた。
「小さい頃の悲しかった思い出が消せるわけじゃねえけど、悲しい思いを堪えたご褒美って事さ」
そう言って、ニッコリ笑ってルフィを黙らせた。


「おい、チョッパー。悪いがそれ一口くれねえか?」
「え!!いいけど、めずらしいね。」

ゾロは、小さなスプーンでそれを口に運んだ。
そのデザートはみずみずしい果物の味がして(美味い。)とゾロは思った。

(幸せな気持ちか・・・)
それの味が口に残っている間にそれが美味かったとサンジに言いたくなってきた。
サンジがゾロは甘いものが嫌いだと認識してから今日まで、
サンジの作るデザートをゾロが食べる機会はなかった。「

甘いものなんか、見るだけで胸が悪くなる!!」
どんなに手の込んだデザートでも、ゾロは手を伸ばさなかった。
サンジも別に無理強いはしなかった。

「そんなもん、食わなくても死なねえ」と言ったときは殴る、蹴るの大喧嘩になったが。


ゾロは、すぐにキッチンを出た。
足は倉庫に向かっている。

倉庫の前まで行くとゾロはドアを開けた。


サンジが、背中を丸めてしゃがみこんでいる。少し、ビクッと動いたような気がした。
「おい、クソコック。」返事がない。

「おい、聞こえてんだろ?」

サンジは急に立ち上がった。
なぜかこちらに振り向かない。

「なんか用か、クソ腹巻。」
「用があるから呼んだんだ。」
「俺、眠いからもう寝る。」

そういうとランプを吹き消し、真っ暗になった倉庫からゾロの横を小走りですり抜ける。

「おい、待てよ!!」

サンジの唐突な動きにゾロは慌てた。

あっという間にサンジは看板の上から男部屋へ姿を消した。
なぜか、その背中を追い駆けられなかった。

「なんなんだ、あいつ・・・」追い駆ける事が出来ない自分にゾロは呆然となりながら、
甲板で立ち尽くす。

次の朝。


いつものとおりサンジは朝食を作り、軽口をたたいていた。
ナミとロビンはルフィとウソップといっしょにゴールド・ポートに行くという。


「ゾロ、てめえチョッパーとこの島探検してこいよ。」
ナミたちが出かけてから、サンジはそう言ってきた。

「お前はどうするんだ?」
「俺は船番だろ?昨日もチョッパー留守番だったからな。この島なら人もあんまりいないし。」
「大丈夫か?」
「何、誰に言ってんだ?」サンジの顔は昨日よりも驚くほどやつれている。
「お前、顔色悪いぞ。」

「もともとこんな色だよ。」サンジは横を向いた。

「俺は俺の好きにする。お前がチョッパーを連れていけ。」とゾロは言い返した。

「・・・・・・。」いつもなら、ここでなんだかんだと絡んでくるはずが、サンジは黙って面倒くさそうに
目を逸らし黙りこくる。

数秒、静か過ぎる時間が流れた。

「・・・・俺は今、一人になりたいんだ。・・・・」
サンジはそうつぶやいた。その声はあまりにも小さくて、ゾロの耳には届かなかった。


その日の夜。
ハンクがサンジを尋ねてきた。

ハンクの顔を見て、サンジはハンクが何を言いに来たかを悟った。


「サンジ大丈夫か?」
ハンクはあまりに大きな衝撃にテーブルに突っ伏したまま動かないサンジにそう声をかけたかったが、
声を出す事が出来なかった。

ハンクはそのまま黙ってキッチンを出た。甲板には皆が揃っている。

「おっさん。」ルフィがハンクに声をかけた。
「バラティエのオーナーがどうかしたのか・・・?」
「今日、電伝虫で知らせてきた。夕べの夜だったそうだ。」


ハンクの答えた言葉に、静かだが、激しい衝撃が甲板上を走った。

ここにいるものは誰もが知っている事だ。
サンジがどれほどゼフを愛していたか。

ナミが養母ベルメールを愛していたように。
ウソップが亡き母を想うように。
ルフィが兄を慕うように。
ゾロがくいなを忘れないように。
チョッパーがヒルルクを誇りに想うように。

その悲しみの深さを想えば、今サンジにかける言葉は何も浮かばない。

皆、サンジが
「クソじじいがよ・・」とゼフの話をする時の嬉しそうな顔と声を思い出していた。
だから、余計に悲しい。
ゼフの死を悼む気持ちもある。

だが、それ以上にサンジの嘆き悲しむ様子を想像するとあまりにそれが哀しいのだった。
ゾロはそれを見ながら、やはりくいなの事を思い出していた。
あの時の気持ちを、自分がその悲しみからどうやって抜け出したのか考えていた。


(今、俺があいつにしてやれる事は・・・)

ハンクは
「サンジの事を宜しく頼みます。」と何度もルフィに言って、夜もふけてから帰っていった。
何時の間にか、夜があけかかってた。
皆、キッチンに入る事も出来ず、その前で為す術もなく、立ちすくむ。
突然、ドアが開いてサンジが出てきた。

「サンジ・・・」ルフィが声をかけようとした時だった。

サンジは薄く笑っていた。

「命助けてくれたからって10年も俺を縛ってたんだから、もういいだろってんだ。」
「ああ、せいせいした。」


「サンジ!!」

サンジの言葉を聞き終わる前に、ルフィがサンジの横っ面を張り倒した。

木が割れる大きな音が甲板に響いてキッチンのドアが割れ、木が割れる大きな音が甲板に響く。
サンジはキッチンの床に叩き付けられる。

ルフィのどなり声が響く。
「哀しいのになんでそんな強がり言うんだ!!」

「強がりじゃねえ」

切れ切れにそう言って、唇から血が流れるのもぬぐおうともせず、サンジは顔を上げる。
そして、ルフィの声に負けないほどの大声で怒鳴り返す。

「俺はそんな事でめそめそするような弱虫じゃねえ!!」
「クソジジイが死んだからって、いつまでも泣いてるような、腰抜でもねえ!!」
「これからは、俺は俺の夢の為に生きてやるって言ってんだよ、クソゴム!!」


それは、まるで悲鳴のようだ、とナミは思った。

「それなら、そういえ」ルフィはサンジの手を取って立ち上がらせた。


「それならいい。痛かったか?」
「クソ痛えよ。」にししし、とルフィは笑った。
「サンジ、飯食おうぜ。」

明日にはログが貯まる。
サンジはその日からいつもと何も変わらなかった。
最初は強がりを行っているのだと思っていたが、
あまりにもいつもと変わらない様子なので、そんなものかな、と変に納得し始めていた。
ただ、一人除いて。

ゾロはずっとサンジを見ていた。
だから、危惧していた。

いつかサンジが壊れるのではないかと。
壊れた時に側にいられるように、誰にも気付かれないようにいつもサンジを見ていた。

ルフィに張り飛ばされてから7日が過ぎていた。
朝早くサンジが自分を呼んだような気がして、目がさめた。



顔面が紙の様に白い。ゾロは焦点が定まっていない、サンジの瞳に違和感を感じ、思わず
サンジの頬を両手で挟みこんだ。「おい、どうしたんだ?」


「目が見えねえ・・・。真っ暗だ・・・・・!!!。」
「なんだと・・!!」

ゾロはサンジの顔を覗き込んだ。「冗談じゃねえだろうな」
「目が全然見えねえ・・・」サンジは震えている。


恐れていた事が現実になった。
サンジのどこかが軋み、とうとう壊れ始めたのだ。

「落ちつけ・・・」
ハンモックから降り、思わず抱きしめた。背丈はほとんど変わらないのに折れそうなほど細い。

「大丈夫だ。落ちつくんだ。」背中に回した手で子供あやすようにさすってやる。

それでも震えは治まらなかった。

「心因性のものだよ。」チョッパーはそう診断を下した。
あれから、すぐにゾロはチョッパーを起こした。男部屋に集まった皆は不安そうな顔をしている。
「俺は精神科の病気はわからないけど、目自体はなんの以上もないよ。多分、色々あったから

そう言う形で現れたけど、大丈夫だよ。治るよ。必ず。」
「じゃ、このまま船を進めるぞ。」ルフィはそう決断した。

男部屋を出たルフィは唇をかみ締めていた。
「サンジの馬鹿やろう・・・」
「ルフィ・・・。」ナミがその後ろから声をかけた。


「サンジ君、本当に全く物が見えてないのよ。海に落ちたりしたらどうするのよ?引き返しましょうよ。」
「あいつは泣いたら治る。」ルヒィはそう言いきった。
「泣いたら・・・治る?」ナミが聞き返した。

「そうだ。泣いたら、治るんだ。だからサンジは泣かなきゃ行けないんだ。」
「髭のおっさんの為に。だから、心配すんな。」ルフィはナミに振返った。
「サンジが治るまで、飯の用意手伝ってやってくれな。」そういって、またにしししっと笑った。その顔を見たら、ナミもそんな気がしてきた。(そうか、泣いたら治るのね。)
理屈でなく、そう思わせるようなルフィの笑顔だった。




ゾロはサンジの側から片時も離れなかった。
でも、ほとんど何も喋らなった。サンジも側にいるのがゾロだとわかっているのかいないのかわからないが、口を利くことはなかった。

ゾロはふと気になっていたことを思い出していた。

2人で買出しに出かけたあの日、サンジはしきりに胸を触っていた。
撫でたり、触ったりして時々にやり、と笑いながら。
(ジャケットになんか入ってんのか?)ゾロは物音を立てないように立ち上がって
壁にぶら下がっているサンジのジャケットの胸ポケットを探ってみた。
「なにやってんだよ?!」いらいらした声でサンジが声をかけてきた。
手は何かを探すようにテーブルの上をさ迷っている。
(タバコとライターがあるのに、見えていないのか。)

「たばこか?」ゾロが尋ねると頷いた。
「ちょっと待ってろ。」尚もポケットを探ると、しわだらけの便箋が出てきた。

ゼフからの手紙だった。

ゾロはそれを読んだ。

「た・ば・こ!」サンジが更にいらいらした声音でゾロに突っかかってきた。

サンジはタバコを渡してくれるだろうゾロに向かって手を差し出した。
しかし、それはすごい力で引っ張られた。「わっ」
サンジの体はゾロに抱きしめられていた。

「何しやがる!!!」ゾロは黙ってサンジを抱きしめていた。
ゾロは抱きしめながら、サンジの心を占める悲しみが体に染み込んでくるような気がして、
胸が熱くなった。そして、なんだか哀しい気持ちになってきた。

強がって壊れたサンジが?いやそうじゃない。
(俺が悲しいのは、こいつの気持ちが俺に伝染ってるからだ・・・・)

「つれえよなあ・・・・」


ゾロは抱きしめたサンジの頭に顔をうずめて流れる涙を流れるままにした。

「てめえ、なにいってんだ!!?」
「お前が認めたくなくても、ゼフが死んだのは事実だよ。」

サンジの目が見開かれた。見る見るうちに涙がたまる。
そして溢れ出す。

「うるせえ!しるか!!てめえになにがわかる!!」サンジは全身を震わせた叫んだ。


「認めろよ!!哀しいなら泣けよ!!」その叫びを掻き消す様にゾロも叫ぶ。


「うるせえ!だまれ!!だまれ!!」サンジは、猛りたってゾロに掴み掛った。
本気で、怒り狂っているのが、表情と声でハッキリと伝わってくる。

「認めろよ!!ホントの気持ちを隠す事ないんだ!!」だが、ゾロは一瞬たりとも、怯まなかった。



「だまれ!!!っ・・・・」
サンジの双眸に光が戻るのをゾロは見た。

「死んでないんだ、くそジジイは・・・俺は見てないんだ、ジジイのなきがらを!!
そんなんで、死んだなんて認められるか!俺一人置いて、ジジイがくたばるはずねえっ!!」

「サンジ!!」ゾロの腕に力がこもる。
サンジの双眸からは涙が吹き出していた。

「俺置いて一人で逝くなんて・・・」


「お前は一人じゃねえだろうが。」

「お前は一人じゃない。お前のすべてを受け入れるのはもうお前のクソジジイじゃない」
ゾロはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「手紙、読ませてもらった。」     (手紙を読む  )  
「・・・・・・・・・」
「辛かっただろう。」
サンジの肩が震える。

「声出して泣け。」
サンジはうなずいた。





ゾロは、静かに続けた。なぜ、こんなに自然に言葉が出てくるのか不思議だった。
心から涌き出るように。サンジに伝わるように。

「お前は夢を継ぐんだろう?」
「その夢が今のお前にとって辛いなら、」

「俺も一緒に継いでやる。」


サンジはゾロの胸の中で子供のように泣いた。
ゾロのシャツをぬらして、ゾロの胸をたたいて。
ゾロはただ、優しく抱きしめていた。
サンジは泣きつかれて眠るまで泣き続けた。

「泣いたら、治るんだ。」そうルフィがいったとおり、泣き疲れて眠った次の日には
その瞳に生きていく仲間たちと青い海が映し出されるようになっていた。

泣きつかれて眠りに落ちていく時、サンジはゾロの告白を夢うつつに聞いていた。
「これからは、俺がお前を」


まだ悲しみは癒えないけれど、共に夢を継いでくれると言った。


「まだ、俺は人を愛せるかどうかわからないけど。」
サンジは海に向かったつぶやいた。


幻のように聞いたゾロの言葉が 哀しみを洗い流していく。

「これからは、俺が、お前を 愛してやる。」

その言葉を、その想いを受け入れられるかどうか、今は、まだ判らない。
「愛されていいのかわからないけど。」

サンジの声は海風に運ばれて行く。


「自分のために生きてみるよ。」

そして、空に向けて手を大きく広げた。
金の髪が海の風を受けてたなびく。

「オールブルーで、逢おうぜ、クソジジイ。」