(勿体ねぇしな)と思い、飲み掛けのラム酒が少しづつ残った瓶を捨てようとした時、サンジはその酒を瓶に口をつけて飲み干した。
一本一本の酒は微量でもかき集めれば結構な量になる。
数日後には島に着くと言うとある夜、したかかに酔っ払ったサンジはそのまま格納庫で泥酔し、寝込んでしまった。おそらく、それがきっかけになったのだろう。
(喉がクソ痛エ)それだけではなく、頭もなんだか重くて痛い。
が、そんな事ぐらいでいちいち船医の厄介になるのも面倒臭いので、平気な振りをしていた。そして着いた島は真っ白な雪にすっぽりて覆われた冬島だった。
「じゃ、サンジ君、船番頼んだわよ」「任せて下さい、ナミさん」
サンジは愛想良く、くじ引きで引き当てた船番を引き受けた。
正直、外れクジの船番だが、今回に限ってサンジはその外れを引き当てて、(助かった)と思った。元気全開の仲間達といると、どうしても身体を休める気になれずに
無理をしてしまう。
(一人きりならのんびり出来るな)と買い出しする予定もログがたまってからにして、完全に体調が回復するまで(のんびり)しよう、とサンジは決めた。
「いつまでグズグズやってんだ、さっさといかねえとナミさん達にはぐれるぜ」
皆が港に降りたと言うのに、ゾロだけは身支度もろくに整えず、甲板に突っ立っていて、サンジはそんなゾロに少しかすれた鼻声で無愛想にそう言った。「俺はいかねえ」
「俺も残る」と事もなげに当たり前の様な顔をしてゾロが言う。
「あア?」とサンジは思わず聞き返した。そのサンジの言葉にゾロは顔をしかめ、
「鼻がつまると耳まで遠くなるのかよ、お前エは」と答える。
ゾロの口調はぶあいそうだが、サンジに向けられているまなざしには、
体調が余り良くない状態のサンジを気遣う優しさが滲んでいる。
その瞳を見つめ、その言葉を聞いて、サンジの心の中に一瞬、素直な嬉しさがほわりと春風の様に吹いた。けれど、次の瞬間にはその嬉しさが照れくささに変わり、
何度か表情をごまかす為に瞬きをする間に性根にこびりついた意地っ張りがまた、
頭をもたげて、「俺は一人でのんびりしてえんだよ、さっさと行けよ」と言ってしまう。「第一、勘ぐられる嫌だからな」
「今更だろ」サンジの言葉をゾロは鼻で笑った。
「ま、体裁は適当に整えてやるよ。面倒臭エけどな」
「余計なお世話だ」とサンジは答えたが、ゾロを船から送り出して
一人きりになった途端、サンジは急に冷え冷えとした寂しさと悪寒と、
誰かを待ちわびている様な気持ちを感じながら、ぼんやりとキッチンの中でコーヒーをすすっていた。(少し寝るか・・・)とウソップの作業台の上に毛布を広げ、
そしてくるまり、横になった。鼻がつまって息苦しく、口を開けて空気を吸えば、
喉がひりひりと痛い。目の奥がジンジンと熱くて痛くて、眠いのか、だるいのか自分でも分からないが、とにかくサンジは目を閉じた。
いつの間にか、サンジまどろんでいた。ふと、キッチンの外に人の気配がする。
(あいつか?)とサンジは身体を起こしながら耳をすます、
が、どうもそうではないらしい。(チッ船泥棒か)
サンジは起き上がって上着を羽織った。天井がぐるりと回り、頭がガンガン痛い。
(さっさと片付けちまうか)
バン!と勢い良くキッチンのドアを開いてサンジは甲板に飛び出した。
「なんだ、てめえら!」と言い様、一番近い男を顔も見ずにいきなり蹴り飛ばした。
「なんだ、お前は」「そりゃ、こっちの台詞だ、こそ泥野郎」
間抜けな船泥棒の怒鳴り声にサンジも負けずに怒鳴り返した。が、その声は掠れて、
半分も相手には聞こえなかっただろう。
「相手は一人、こっちは10人、とっとと締めちまえ!」と男の一人が喚く。それを合図に10人の、いや、最初にサンジに蹴り飛ばされた男は甲板に振り積んだ雪の中に
倒れたまま戦闘不能で、サンジに対峙したのは、9人、それぞれの手には物騒な武器が握られている。
その映像が目に映って、一瞬だけぼんやりと揺れてサンジの脳に伝わった。
いつもなら運動したとさえ言い難い程の動きで息が乱れた。
そして、足元がふらつく。(・・・くそ、熱さえなけりゃなんて事もねえのに)
一蹴りで倒せるくらいの雑魚だと判っているのに、その蹴りが狙い通りに当たらない。
もどかしいのに、体が思うように動かない。
自分が押されている事で血が頭に登って、ますます、動きがバラバラになっているのを
判っていながら、体勢を整える暇もない。
(あと、6人か・・・)なんとか、そこまで人数を減らしたけれども、降り積んだ雪とその下の凍て付いた固い雪の上は足場が悪い。まして、熱で半分朦朧としているサンジの頭の中はバランスが崩れやすかった。
ふと、目の前が何かで塞がれた様に真っ暗になり、(はっ)とした時、
風を切る音がして、目の前を銀色の光りが走る。サンジは反射的に体を逸らして、
その剣戟を避けた。切っ先が前髪を数本、掠って雪の中に向日葵色の髪がハラハラと
混ざる。
(くっ)普段なら、そんな無様な尻餅など絶対につかないのに、サンジはその一連の
動きにバランスを崩して、雪の上に背中から倒れ込んだ。
「死ね!」と自分の上に仁王立ちになった男が剣を大きく振りかぶる。
「やかましい!」と言い様、サンジは倒れ込んだ体勢のまま、目にも止まらない程の
素早さで足を縮め、そして渾身の力を篭めてその男の腹を蹴り上げた。
そして、もう片方の足で更に一発、蹴り込んで、体を反転させ、冷たい雪に手をついて、
今度は踵をその男の顎に叩き付ける。
はあ・・・はあ・・・はあ・・・と自分の息が耳触りで胸がギリギリと痛くなり、
サンジは思わず、胸を押えた。(ご・・・5人)と顔を顰めてまだ、自分に向かって
武器を向けてくる男達を睨みつけると陽炎の様に揺れて、倍の人数にも見える。
「う!」いつの間に、背後を取られたのか、サンジは腕をねじ上げられ、その
肩の骨と腱が捻れて感じる激痛にうめいた。
グキ、と嫌な音がして、目の前に銀色の光りが点滅する。
「お宝はどこにあるんだ、ええ?」とサンジの2倍は幅のある太った男が
サンジの顔を雪に押しつけて、その巨体で細い体にのしかかりつつ、腕をねじ上げながらそう言った。「腕、折ってみろ、てめえ、ぶっころす」と罵詈を吐いて跳ねのけたいのに、声はヒューヒューとか細い息になって喉を出ていくだけ、体にももう、力が入らない。だが、ねじ伏せられている、無様な負けっぷりに腹を立てる気力も尽きかけていた。
これからどうなる、と言う怖れも浮かばないほど、サンジの意識は急速に薄れていく。
「お宝はどこにあるんだ、ええ?」と聞いた男の悲鳴をサンジは遠い場所から聞いた。
雪に押しつけられ、冷たくて、痛い程だった頬がゆっくりと雪から離れて、
良く知っている掌が乱暴にパンパンと頬にこびり付いている雪を払った。
首の後を温かい手が持ち上げてくれた。
ふわりと持ち上げられた、と判っていても、それを嫌だとか、恥かしいから下せとか
言うのは、今はもう億劫で、サンジは為すがままに体を任せきる。
上着を脱がせられる時、肩に激痛が走った。
知らず、呻き声を上げていたのだろう、温かい手の動きが止まる。
「ここが痛エか」と小さく呟く声を聞いて、サンジは初めて心から安心する。
目を開けると熱の所為で忘れている意地や強がりがまた口から飛出しそうで、
そのままサンジは瞼を閉じていると、あちこち体が痛いのに、全身から力が
抜けて、サンジはそのまま暗い穴にフラフラと落ちて行く様な眠りに意識を委ねた。
「お前の肩、脱臼させられてる。うまく、継げるか自信がねえ」
「ログが貯まるまで辛抱出来るか」
どのくらい眠ったか、あまりにも肌にあたる感触が心地良くてサンジが目を覚ますと、
ゾロが顔を覗き込んでそう言った。どう言うワケか、熱と肩の痛みで辛い自分よりも
もっと辛そうな顔をしている様にサンジには見えた。
サンジの上半身は素肌のままで、渇いた毛布に包まれている。
「これくらい、怪我でも病気でもねえよ」とサンジは答えた。
すぐに戻ってくるつもりで船を降りたのに、恐らく、皆と離れてから船に戻るまでに
ゾロは迷ったのだろう。時間を食った所為でサンジが肩を脱臼し、熱ももう40度以上になってしまった。ゾロは恐らく、その事で自分を責めている。
チョッパーを呼びに行くか、それとも、このまま側にいる方がいいのか、とゾロは
考えている。もしも、チョッパーを呼びに行ってその間にまた船泥棒に襲われたらと
思うと迂闊にサンジの側を離れられない。
「俺ア、どっちでもいい。お前の好きにしろ」とだけ言って、サンジは目を閉じた。
(つくづく、可愛げが無い)と自分でも良く判っている。
肩の脱臼は出来るだけ早く治して貰ったほうがいいし、熱もさっさと解熱剤を飲んで
下げた方が楽だ。
側にいるのがゾロでなければ、まだ、もっと強がっていられるのに、ゾロならどんなに
強がっても、自分の本当の気持ちを判ってくれると甘えている。
それなのに、「どっちでもいい。好きにしろ」と自分からは決して「側にいて欲しい」とは言わない。ゾロが自分の意志で勝手に側にいた、と言う形に甘えていながら
馬鹿馬鹿しいほどこだわっていた。
「ああ、そのつもりだ」とゾロは立ち上がった。
「俺は船長以外、誰の指図も受ける気はねえんだからな」と機嫌の悪い声が返って来た。
ほどなく、キッチンのドアが開いて締まる音がし、ゾロの気配がキッチンから消えた。
当てが外れた。
そんな失望がサンジの閉じたままだった瞼を開かせる。
言葉にするのも悔しいから、サンジは心の中に浮かんだ「後悔」の言葉さえ
噛み殺す。それでも、(ちょっとは素直に言うべきだった)と唇を噛んだ。
落胆しながらも、熱は頭の中に居座りつづけていて、すぐに意識はふらついて
サンジは瞼が重くなり、キッチンの景色がゆっくりと黒い闇に浸食されて行くのを
眺めながら、溜息をついた。
キッチンのドアが開く音がぼんやりと聞こえ、閉じた音も聞こえた。
冷たい、大きな掌が額にグイ、と押しつけられる。熱で湯気が出そうな汗ばんだ
額にその濡れた冷たい手は心底、気持ちが良く、思わず、サンジは「ふう・・・」と
深い溜息をついた。
「俺は俺の好きにヤってんだ。文句言われる筋合いはねえぞ」とまた、無愛想な声が
頭の上から降ってくる。
サンジがうっすらと目を開いた。
白い雪がこんもりと盛られている大きな食器がゾロの傍らにあって、それをかき集めた時にかじかむほど冷えた手でゾロはサンジの額から熱を下げるかのように触れてくれたのだと判った。
また、嬉しくて、そして、照れ臭くて、また、強がって心とは裏腹な言葉を言い、
ゾロを困らせたくなる。それがサンジの甘え方だととっくにゾロは見抜いている事に
サンジはまだ、気付いていない。
「畜生、チョッパーの薬を飲んだら、こんな熱、一発で下がるのに」と言うゾロの
言葉尻を捉えて、「じゃあ、取りに行けよ」とけしかけた。
そう言っても、ゾロは自分の側から離れない、とサンジはもう嵩を括っている。
そして、そんな複雑なサンジの甘えにほんの少しだけゾロは抵抗して、
出ていこうと立ち上がる。
サンジはそれで また、密かに動揺しながらも、ゾロが自分の甘えを受けとめると
信じて、黙って目を閉じるのだ。
「お前、口は憎たらしいが、指は素直だな」とゾロが笑った。
「あ?」とその言葉の意味が判らず、サンジが目を開けると、
全く無自覚に毛布から出ていた右手の指がゾロのコートの裾を軽く摘んでいる、自分の指先が見えた。
(終り)
この作品は、11月29日の夜、ダンナの実家に泊った時、
あまりにダンナの鼾がうるさくて眠れず、退屈だったので、虹子さんにメールで
送っていたssです。
途中で電源が切れたので、携帯では最後まで書ききれませんでしたが、
家に帰ってから書き足して、完成させました。
素直に甘い話しを書こうとしてたのに、脱臼。ただの風邪ネタだとありがちかな〜と思いまして。
ホントは、肩を銃で撃ち抜かれるのが良かったんですけど。
売り子のSさん、ゆかりさん、応援のともさん、サークルスペースまでおいで下さった
方、本当に有難うございました。
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