「焼け野が原」


白夜だった。
夜が更けない内に朝が来る。

真冬だと言うのに、珍しく、朝焼けが空を真っ赤に染めていた。

(朝焼けにしては)赤過ぎる、とゾロは 窓の外の景色を訝しく思いながら、
まだ、温かい寝床の中で、深い眠りについている恋人の寝息に耳を傾けていた。

冬にひとりきりになる恋人の側にいたいから、それだけが理由で
ここに帰ってきたのではない。

今回の帰省は。

生まれて初めて、自分一人では答えが見つからなかった心の苦しさを
恋人に癒してもらいたかった。

それとも、癒してくれる恋人がいるからこそ、胸に抱えてしまったのかもしれない。

空が燃えているかのように赤い。
眩しくはないのに、ゾロは目を細めた。

言葉で語らなくても、眠る体を引き寄せて、その胸に顔を埋めるだけで
癒される。

答えなど聞かなくてもいい。
夢と現の間で、ゾロの頭をそっと掻き抱いて、指で髪を掬ってくれるだけで、
ゾロは胸の中の塊が優しく溶けて行くのを感じて、眼を閉じる。

肌に染まるほどの
ゾロがそのやるせない思いを抱えたのは、朝焼けの海ではなく、
夕焼けが大地を染めた、とある島での出来事だった。

ジュニアの子供の頃の顔立ちにそっくりな少年とゾロは一人旅の途中で
出会った。

「俺も、ゾロみたいな剣士になる。」と目を輝かせていた。

けれど、彼と同行していた両親ともに体躯が貧弱で、
彼自身も同様で、グランドラインで「剣士」として生き残っていけるだけの
強さになれるとは 到底思えない。

「俺は、強くなれるか?」と聞かれて、ゾロは「己に巻けない限りは。」と
短く答えただけだ。

「お前の体格では、剣士になどなれない。」と言えなかった。

ゾロの見立てでは、どれほどその少年が努力してどれほどの力量を身につけても、
それは、所詮、「生き死に」を賭ける「剣士」として生きて行くだけの
技量には決して届くかない。天賦の才、云々以前の問題で、
明らかに不向きで、不可能な夢だと思った。

幼い少年だったから、ではない。
己が己の技量を見極めた上で諦めるのなら、それも一つの道だ。

けれど、少年の目指す夢がどれほど不可能な事でも、彼が信じている限り、
それを否定する権利など誰にもない。

「世界一の大剣豪になる。」と言う夢を、どれだけの人間が嘲笑い、
否定したか。けれど、それらを全てはね返した自分がここにいる。

だから、ゾロは少年の見る夢を否定しなかった。
道は諦めない限り、どこまでも続いている。
そう信じれば、奇跡が起こるかもしれない。

その可能性は、未知数で、
ゾロにも、誰にも、その少年でさえも、測れるものではないから

だから、ゾロは少年の夢を否定しなかったのだ。

それが5年前の事だった。

生きていれば、その少年は15歳だった。
ゾロがひとりきりで放浪し始めたのも、15歳だった。

「世界一の大剣豪になる。」と、彼もそう言って、故郷を後にした。
愛刀一振りと、己の技量、それと運を頼りに。

ジュニアに顔立ちが、名前がサンジに似ていたから、ゾロは
ある土地でその少年の名前を5年ぶりに聞いた時、すぐに思い出した。

まさか、と思った。
その島では、やはり、「海賊狩り」と呼ばれていたその少年の噂を聞いた時、

そこまで強くなっているとは、自分の見立て違いか、と苦笑する反面、
嬉しかった。
夢を信じた少年がいつか、自分に挑んでくる日が楽しみだとさえ思った。

けれど、その島を経つ為に港へと向かう途中で、ゾロは
その少年が海賊に破れて、命を落した事を知る。

真っ赤に染まった荒野に、少年の刃こぼれした刀が突き立てられ、
墓碑となっていた。亡骸は、すでにその下の地面に埋められていたらしい。


(もしも。)

はじめて会った時、剣を諦め、別の道を目指せと言えていたなら、
彼はもっと長く生きれたのだろうか。

彼は、剣の道を、修羅の道を選んで、生きて死んだ。
本当に悔いがなかった、と言えるのだろうか。

ゾロが忠告していたとして、彼がそれを素直に受け入れたかどうかは
今となっては判らない。

だが、やるせなかった。

自分の所為ではないと判っていても、やるせなかった。
この胸の疼くような鈍い痛みを

全てが仮定の自問自答を繰り返すばかりで、後悔する事さえ出来ない。
罪の意識を感じるまでもない。

空が狂ったように赤く染まっているのを見る度に、胸が鈍く痛む。

(慰めて欲しい訳じゃねえ。)
聞いて欲しい事でもない。サンジに問うても、答えが出せないだろう。

声もなく、言葉もなく、ただ、ゾロは抱き締めたサンジの温もりだけで、
自分を癒す。

血を思い出させるほどの赤い色が、優しい色に薄れて行くまで、

ただ、静かに、目を閉じて。


(終り)