二人が別々の場所で生きる事を選んで、
それでも、共に生きて行く覚悟で、もう、幾年か過ぎた。

ふと、立ち寄った島に、ゾロは見覚えが有った。
まだ、サンジがゾロの想いにやっと、向き合いはじめた、
なにもかもに手探りだった頃に、来たことの有る島だった。

あの頃は、廃屋ばかりで、どうにも、活力の無い島だったのに、
今は、何か新しい産業でも出来たのだろうか、
港にも、街にも、大勢の人が行き来していた。

宿もたくさんあった。

あの頃は、宿などなかった。

大きな屋敷の廃屋が合った筈、そこをゾロは人に道を尋ねながら探した。
けれど、殆どが新しい住民ばかりで、ゾロの探す廃屋を誰も知らない。

「あの屋敷は、今は、大きな宿になっているよ。」とやっと、酒場の
客に聞くことが出来た。

すっかり様子が変わっているけれど、確かに、外見のどこかに名残がある。

その一室に宿を取ると、ロロノア・ゾロの名前を見て、最も良い部屋に案内する、
宿の主人が申し出てくれた。

が、ゾロは、
「海と星のよく見える方角の部屋がいい。」と答えた。

海と星のよく見える方角。
そこは、ずっと昔にサンジと一晩、共に明かした場所だ。

壁紙も、内装も、何もかも違う。
けれど、バルコニーを開け放ち、海からの風を入れ、
照明を消し、目を閉じると、あの頃の記憶が鮮明に蘇った。


「バカ、ランプの油がなくなっちまっただろ!」
煙草に火をつける為に、ライターへランプの油を移しそこない、
サンジは、床に油を撒いてしまった。

「うるせえな、明るくなきゃ怖いのかよ、ヘボマリモ」と全く悪びれない様子で
言い返される。

「床に撒いちまったから下手に火を着けられネエな」と仕方なく、
真っ暗な闇の中に腰を下した。

月の無い夜だった。

まだ、口付けしたのも、数えるほどだ。
けれど、ゾロはサンジの唇の柔らかさと、その時に体を寄せた時に薫る
サンジの匂いを知って、
人と接吻したくなる気持ちを初めて味わっていた。

だが、そう簡単に触れられない。相手は サンジなのだ。

自分が感じているだけと同じくらい、接吻が気持ちの良い事だとは思っていないのか。
そんな心細さをもしも、肯定されるのが嫌で、わざわざ聞かないのだが、

真っ黒な闇の中、顔も見えず、ただ、音と影だけで近くにいると、何を考えているのか、ますます判らなく、ますます、興味が沸き、そして、ますます 不安になる。

キスしていいか。

と、喉まで出掛かっている言葉を出す勇気が無い。
「なに言ってんだ、バカ」と照れ隠しでも言ってくれればまだましだ。

困惑したように俯かれたら、どうしていいのか判らない。


そんな戸惑ってばかりいた頃のことを、ゾロは寝る前に1本だけ吸う
煙草を咥えながら思い出す。

あれから、何百回と、数えきれないほど キスを交わしたけれど、
何故か、あの時のキスは忘れられない。

初めての接吻ではなかったのに、何故、いつまでも懐かしく思い出すのか
ゾロは 遠く、オールブルーにいるサンジを想いながら記憶を手繰る。


「何考えてる」とゾロは サンジに尋ねた。
真っ暗に近い、紺碧の闇の中、サンジが寡黙になったからだ。

何か喋れ、とゾロは思っていた。
喋っていれば、気が紛れる。

サンジの気持ちが判らない不安が拭える。
戯言でも、暴言でもいいから、声が欲しかった。

「お前と同じ事だ。」
星明りしかない、この建物の中でサンジはただの影だった。
僅かに光りは、髪の色だけを浮かび上がらせているだけで、

声が静かに零れて、揺れるように動く。
ゾロの床についていた手にサンジの指が触れた。

やっと、確かなものに触れ、ゾロはその手を思わず握り締めた。

言葉で伝えられない不器用さはお互い様だから、
自分の温もりから何かを感じて欲しかった。
そして、サンジの掌から何かを感じ取りたかった。

「いいぜ。」

サンジは、闇の中から小さくそう言った。
まるで、ゾロが言えなかった言葉を知っていたかのような答えだった。

その言葉を聞いて、ゾロは、唐突に自分の貪欲さに気がつかされた。

自分の想いを知ってくれるだけで良いと思った。
次に、その想いに応えて欲しいと思った。

そして、自分の想う事を同じ強さと同じ重さで願って欲しいと思った。

そして、きっと、思う。

この気持ちがずっと続いて行く事、
この絆を、ずっと持ち続けたいと願うこと。

そして、サンジも同じ想いを持って欲しいと願う事。

これから先、どれだけの事を願い、どれだけの事をサンジに欲するのだろう。
夢と野望以外で、こんなに貪欲な自分とゾロは初めて出会った。


記憶を一つ一つ、その時の瑞々しい思い出を一つ、一つ、手繰って行くうちに
ゾロは 思い出した。

あの時の接吻が忘れられないのは、
あまりに 一瞬の儚いキスだったけれど、初めてサンジが
ゾロに与えてくれたモノだったからだ。

サンジは、ゾロの望むもの、全てを与えてくれた。
そして、今も与えられ続けている。

夢を守り、真っ直ぐにその道を歩くサンジの隣にいる為に、
ずっと、夢を追い駆ける男で有り続けて行く。

世界一の座を守り、そこを目指すもの達の夢と野望であり続ける事が、今のゾロの夢であり、生きる目的だった。

夢が無ければ生きていけない自分に、夢を持つ目的を与えてくれる。

他の誰かでは 距離や、時間の遮る壁の厚さにきっと負けてしまうだろう。
けれど、お互いに夢を追い駆けながら、お互いを求める貪欲な人間だからこそ、
そして、どんな事とも引き換えに出来ない程、かけがえのない存在だから、
何があっても 想いを諦めるなど考えられない。

きっと、サンジも覚えているだろう。
この場所で、手探りしながら触れ合った夜の事を。

今度、オールブルーに帰ったら、この夜の事を話してやろう。
そう思いながら、煙草の火が消えるまで、ゾロは星を見上げていた。

(終り)