「油断禁物」








ゾロとサンジ、この二人の間に最初、一体何があったのか。


ウソップは全く知らない。いや、きっと麦わらの一味の誰も知らない。

サンジの相手が、もしもナミかロビンだったら、聞きたくなくても勝手に
ノロケ話を垂れ流していただろう。
けれど、相手が男で、しかもよりによって「サルと犬」ぐらい反りの合わない筈だったゾロときては、
その事を知って、見守っている方がそ知らぬ顔をしていないと、どんな
とばっちりを食うか分からない。だから、ウソップは自分の身の安全の為に
「全く興味のない素振り」を貫いていた。

二人の間に、どんな会話が交されて、二人がどんな風に「特別な時間」を過ごして、
その距離を縮めていくのか、ウソップはとても興味をそそられる。
とは言うものの、命がけで聞くほどのモノでもない。

(・・・でも、あの女好きのサンジがなんでよりによってゾロと?)
(俺だったら、絶対エ野郎に恋愛感情なんか、わかねえけどな)

色々と考えて、ウソップは一つの結論に勝手に行き着く。
(要は、アレだ。サンジの女好きも、結局八方美人なだけで、二人とも、ホントは
・・女に興味がない性質なんだな、きっと)
ゾロもサンジも、同性愛者だとウソップは決め付けて、それでひとまず
納得しておくことにした。

そんなある時。

ログを辿って航海をしているのだが、嵐に遭い、進路が逸れた。
船は、ログが示していない、名前も知らない島に流れ着く。

「ま、幸い、人が住んでるし、港も波が静かで船も修理出来るわ」
「食料とか、物資を色々買い足せば、すぐに元の航路に戻れるし、」

海軍の姿もなく、海賊がいる様子もない。
至極、平和そうな小さな島だったし、急ぐ旅でもない。

「三日ほど、骨休みして、出発しましょうか、」と言うナミの案をルフィは受け入れた。

今、麦わらの一味はそのなんのへんてつもない、ちょうど夏が訪れたばかりと言った気候の島にいる。

そして、夜になって、少しウソップは困っていた。

「俺と二人で宿に泊まるのがそんなにイヤかよ」
「べ、別にそうじゃねえけどな・・・っなんで、ベッドが一つしかないのかな〜と思ってよ」

ウソップは大きなベッドの端に腰掛けたサンジの背中に向ってしどろもどろに
言い訳をしている。
窓の外は、とっぷりと暮れて、冴え冴えと明るい月が昇っていた。

港町から一時間ほど島の中心部へ向って歩くと、もっと大きな町がある、と聞いてウソップは歩いてきた。多分、サンジも同じだろう。
高い城壁と堀に囲まれたその町に入るには、大きな跳ね橋を渡り、たった一つしかない門をくぐって、それから長い長い階段を下らなければならなかった。
つまり、入ってきた土地の高さよりも、城壁の中はずっと低い。
故に、城壁の高さも外よりも高くなる。

そして門は夜になると閉まり、朝になると開く。
念の入った事に、跳ね橋も夜になると渡れなくなる。

そんな町でグズグズと買い物をしているうちに、ウソップは町から出れなくなってしまったのだ。
宿を探しても、一軒しか見つけられず、悪い事に買い物をしすぎて前払いの金も払えない。
そこへ偶然、サンジと出会った。

「宿代がねえって?仕方ねえ、奢ってやるか」とサンジは快くウソップの宿代を
払ってくれたが、「ナミさんから預かった金を無駄遣い出来ねえからな」と一番
安い部屋に泊まるハメになってしまった。

それが、大人3人は楽に寝れるくらいの大きさはあるベッドが一つきりしかない、
この部屋だ。
(・・・なんか、俺、サンジと夜二人きりで、一つ寝床で寝たなんて後で
ゾロに知れたら殺されるんじゃねえか・・・?)そんな怖さも確かにある。

けれど、それ以上にウソップは、サンジと二人きりで夜を過ごすと言う、この状況に、
得体の知れない緊張感を感じて、どうにも落ち着いていられない。
サンジとゾロが、艶かしい間柄だ、と言う事を知らなかったら、
いや、勝手に二人が同性愛者だと決め付けていなかったら、こんなおかしな緊張感を
感じなくて良かった。

背中を向けて煙草を吸いつつ座っている、サンジの首の細さ、白さ、しなやかさが妙に目に入る。
(・・・あの首をゾロのあの、ごっつい手が撫でてるワケだろ・・・)
そう思うと、一体、どんな手触りなんだろう、と自分もちょっと触ってみたい気もする。
(いや!野郎の首だぞ、そんなもん、触ってどうする。俺のと同じだ、きっと)
そう思って、自分の首を触って、サンジの首を触って見たい、と言う衝動を忘れようとした。

「・・・普段、雑魚寝してるのに、なんで遠慮するんだよ、変なヤツだな」
サンジが怪訝な顔をして振り向く。
(うわ、もうなんかご機嫌ナナメになってるぞ・・・)
ウソップは、ニヒ・・・と意味もなくサンジに愛想笑いを見せる。
(機嫌を損ねたら、右も左も分からない町に蹴り出されちまう)
(こいつ、すぐ気が変るからな)とウソップは内心ヒヤヒヤしっぱなしだ。

「ウソップ、この部屋、なんか虫臭くねえか?」

ウソップの妙に取り繕った顔を見るより、サンジは部屋の中の匂いの方が気になるらしい。

「虫?確かにちょっと湿っぽくて、カビ臭エ匂いはするけど・・・虫臭エってお前」

虫臭い、と言うサンジの言葉をウソップは笑ったが、サンジは咎めず、
「さっき、下の食堂でメシ食っただろ?あれも・・・」とまだ、「虫臭い」と言う。
「ああ、さっきのメシか。ここの郷土料理とか言ってたけど、有り得ねえ味だったよな」
「全部、野菜だぜ。と言うより、野草、葉っぱだろ?
「それに酸っぱい味付けをして団子にしたようなもんばかりだったな」
ウソップがそう言うと、サンジの顔が怪談を聞く子供のような顔付きになり、
だんだん強張ってきた。

「女将さんの顔もだ。なんか、虫っぽくなかったか」
「おいおい。いくら虫が嫌いだからって、人を虫に似てるなんて言うなよ」

稀代の蹴りの達人で、いつも自信に満ち溢れているサンジが、虫、虫、と言うごとに
だんだん、ビクビクし始めている事にウソップは気がついた。

そんなサンジの様子を見ていると、ウソップの(俺が守ってやらねば)と思う、
「庇護欲」がツンツンと刺激される。
(・・・ははあ・・・このちぐはぐな感じがゾロのツボなのか・・)

赤ん坊は、見ただけで可愛いと思う。
男だろうと、女だろうと「可愛い、抱いて撫でてやりたい」と、思わせる何かを持っている。

可愛がってちょうだい、撫でてちょうだい、と言わなくても、そこにいるだけで赤ん坊は、
そう思わせる波動を放つ。

普段、ストイックぶっているサンジが、ビクビクオドオドしていると、
どうもその赤ん坊の波動と同じ質の波動を出しているような気がする。



(だったら、可愛いと思う俺って、別におかしくはねえよな)とまた勝手に
都合よく解釈する。

夜が更けて、二人は同じ寝床に潜り込んだ。
こんなに近い距離で、こんなに静かな場所でサンジと二人きりになるのは、
初めての様な気がする。

(・・・こいつ、カヤと同じような髪の色してんだな・・・)
枕の上にちょこんと乗った頭を見て、ウソップは改めてサンジの髪の色と、
カヤの髪の色が似ている事に気付いた。
そういえば、肌の色もどことなく似ている。
その視線に気付いたのか、サンジは閉じていた目を開けて、顔だけをウソップへ向け、
「眠れねえのか?」と聞いてきた。

その言葉と、息が一緒にウソップの顔に触れる。

サンジが動くと、そのぬくもりが一枚の上掛けの下を移動して、ウソップの体に
ふわりと伸びてくる。

そのサンジの温もりを孕んだ空気には、サンジの意図に関係なく、
男心の奥底にある何かを、強烈に刺激する成分かなにかが物凄く濃厚に混じっているに
違いない。

そうでなければ、同性愛者でもなんでもないウソップが、こんなに動揺し、取り乱すワケがない。

「あ、あ、いや。その、・・・今頃、ゾロとか、・・・皆、どうしってかな〜と思って」
「ま、まさか、俺とお前が一つ寝床で鼻付き合わせて寝てるなんて、思ってねえだろうな〜と思ってよ」
緊張すると、人間、とんでもない言葉が勝手に口を突いて出てしまう。
「お、俺は、別に変な気を起こしたりしねえから、安心しろよ」
「ああ?」
ウソップのその余計な言葉を聞いて、サンジはむっくりと起き上がった。
寝る為にボタンを外して、はだけた胸に勝手にウソップの目が釘付けに鳴る。

「・・・どういう意味だ、そりゃ・・・」
「まるで、俺がホモみたいな言い方してくれるじゃねえか・・・?」
薄笑いを浮かべているが、サンジの目はもう瞬間的に怒っている。
(やっべっ・・・!!)と思ったが、もう遅い。

「そそそ、そう言う意味じゃなくてだなっ!」

「変な気ってなんだ、ああ?言ってみろ!」と怒鳴られた以上、もう下手(したて)
に出ても無駄だ。
どうせ、蹴り出されるのなら、言いたい事を言った方がスッキリする。
「・・・お前が無防備に寝てたら、なんかムラムラするんだよ!」と言い返すと、
「俺を見てムラムラするだと?それじゃ、ウソップ、てめえがホモだろ!」とサンジは喚いた。

それから、どんな罵りあいをしたのかは、あまり覚えていない。
最後の方は、子供の喧嘩のような言葉の投げ合いになっていた。

「虫が出てきても、お前なんか、守ってやらねえからな!」とウソップは捨て台詞を吐いて、部屋を出て行こうとすると、サンジの罵声が追い駆けて来る。
「ふん、この俺がてめえに守ってもらわなきゃならねえなんて事、有り得る訳ねえだろ、ば〜か」

サンジのその言葉に対して、ウソップが何を言い返そうか、と口を一瞬つぐんだ時だった。
異様な気配が、どこからともなく、忍び寄ってくるのを感じる。

下らない喧嘩は中断された。
ウソップは、サンジへ視線を送る。屋根の上から、床の下から、宿のあちこちから
自分達を追い詰めるように迫ってくる気配をサンジも感じているのか、ウソップの視線に
力強く、深く、頷いて、を黙って手招きをした。
「・・・なんだと思う?」ウソップは声を潜めてサンジにそう尋ねる。

「わからねえ。でも、気持ちが悪イ気配だ」
「とにかく、・・・逃げた方がいい気がする」
サンジはそう言って、窓の外へ目をやった。

「わかった。・・・でも、どこへ?」

ウソップのその言葉に答えるより先、サンジはその襟首を引っ掴んで、窓ガラスを
蹴破る為に床を蹴った。


戻る     続く