「そんな、気持ち悪い・・・。」とコバトが呟いた言葉を
ウソップは聞こえない振りをし、ナミ達に聞こえていないかだけを気に掛けた。

そうして、ウソップが気を配っていたのに、コバトはさらに
ウソップに尋ねる。
「いつから?どうしてですか?」
「いつからって・・もうずっと前だ。」と人のいいウソップは重ねて聞かれると
無視も出来ずにしどろもどろながらに答えた。

「船の中は狭いから?」
「はァ?」

コバトの言葉の意味するところをウソップは理解できずに顔を顰めた。

「ナミさんやロビンさんとじゃなくて、何故、サンジさんなんですか。」
「それとも、サンジさんがゾロに言い寄ったんですか。」
「いい加減にしろよ。」

コバトの何かが歯に挟まったような言い方ながら、明らかにサンジを
侮蔑した感情が混じった言葉にウソップはウソップにしては
かなり厳しい口調でコバトの言葉を遮る。

「色々あったんだ。何も知らない癖にそんな言い方しないでくれ。」

そう言われて、コバトは押し黙った。
けれど、ナミやロビン、そして自分に媚びているかと思うほどに優しいサンジが

寄りによって、ゾロと恋人同士だなど俄かに信じられない。
だとしたら、目がよく見えない所為でコバトにははっきり判らないが、
ゾロに無理矢理に口付けたところを見たサンジは、一体どう言う気持ちだったのかを
考えてみた。

男が、男に嫉妬する。
(気持ち悪い)とやっぱり思った。
自分が拉致されていた時に自分の身に起こった事を、男同士で
していると想像すると、とても気分が悪くなる。

恋心とは本当に身勝手なもので、コバトの頭の中では、
ゾロに対してはそんな感情は起きずに、ただ、サンジに対してだけ、
その厭わしい感情が沸き起こっていた。

自分のした事がサンジを傷つけたなど微塵も思わない。
そんな事を考えている間に、サンジとゾロが追い付いてくる。

「待たせたな。」と口では言っているが、ゾロは全く悪びれていない様子が、
目のよく見えないコバトにも判った。

二人が追いつくと、すぐに「出発だァ」と船長がすぐに宣言して
道端に腰掛けていた麦わらの一味とその他約一名が腰を上げる。

さっきまで、チョッパーがコバトを担いでいたので、
また、「さあ、いこっか、」と気軽に手を差し出した。
「ありがとう、でも、私、ゾロと」とコバトは嫌味のない笑顔を作って
やんわりとチョッパーの申し出を断わる。

「もうすぐお別れだから、構わないでしょ」とコバトはゾロに向かって尋ねたらしいが、
「勝手にすれば。」と答えたのは、ナミだった。

「行きましょ、サンジ君。」とナミはゾロとコバトが手を繋ぐのを見せまいと
するかのように、サンジの腕に腕を絡めて大股に歩き出す。

「はい、ナミさん、」とサンジはゾロとコバトの事など気にも止めないようで、
ナミに引き摺られるようにして歩く。

だが、結局、サンジは別行動を取る事にした。
キッカケは、道中で、コバトがサンジに言った言葉だった。

「サンジさんはいいわね。ずっと、側でゾロの顔が見れて。」
「私は、ぼんやりと霞みがかかったかみたいにしか見えないわ。」
「一生、小さな時のゾロの顔しか知らないで過ごすしかないのよね。」
「海賊に拉致されて、乱暴されて、その上目が殆ど見えない悪い女なんか、」
「きっとこれから先、結婚どころか、恋愛も出来ないもの。」

「せめて、一目でも別れる前に、ゾロの顔を見たかった。」

その言葉に意図があったのか、なかったのか、サンジには判らない。
コバトもなにが目的で、何を望んでサンジにそんなことを言ったのか、
自分でも理解出来なかった。

だた、目には映らなくてもサンジが側にいるのは嫌だった。
ゾロの恋人が、女ではなく、男だと言うのはコバトに取って
信じたくない事実で、文字どおり、目を瞑っていたかった。

その為にどうするか、と女の卑しさで考えて、出た嫌味と
憐れな女を演じようと口にした、ただの台詞だった。

「ルフィ、俺、やっぱり船が心配だから、港に戻る。」と
サンジが言い出しのは、海軍の駐屯地のある港には、とても日が出ている間に着かない、
だから、キャンプしようと言い出したルフィと、

「このまま歩いて、夜の内に駐屯地に置き去りにして来た方がいいわ。」
「海賊が海軍の本拠地に真昼間に行く方がどうかしてるんじゃない?」という
女性二人の意見が真っ向から衝突した、夕暮れ近くなってからだった。

「「え」」と話しの腰を折られて、ナミとルフィはサンジの顔を同時に見た。
「晩飯はどうするんだよ。」
「作ってやるよ、今ここで。」とルフィの言葉に即座にサンジは答え、
「でも、それが終り次第、船に戻る。」

「海軍も多いし、賞金稼ぎも多いし。」
「当然、海賊もいるだろ。」
「そんなところに舩を放り出してるのはどうかと思うぜ。」

「ホントにそれだけなの?」サンジの理屈は尤もだけれど、
ロビンは怪訝な顔をサンジに向けた。

「そうだよ。」とサンジは軽く、ロビンが何故、そんな事を尋ねるのか、と
不思議に思ったような口調で答える。
休憩中にコバトと交わした会話に付いては誰も知らない。

過ぎた同情だと判っていた。
けれど、多分、同じ人間を好きだと思う、サンジは、コバトと自分の立場が
もしも逆だったなら、と考えずにはいられなかったのだ。

港に帰る、本当の目的を話せば、
「なんでそこまでするんだ。」とゾロはきっと言うだろう。

大事にしたいのは、お前だけだ、と言ったゾロの言葉は、素直に嬉しかった。
だからこそ、「ゾロの顔が見たい」と言うコバトの言葉が胸に刺さった。
目が見えない、と言う不安を経験しているから余計にコバトの気持ちが
判るつもりになっていた。

全額は集められないかもしれないが、少しでも足しになればいい。
自己満足かも知れないと薄々判っているが、一度思いついた事は、
やらずにはいられない性分だ。

「じゃあ、彼女を海軍基地に送り届けたら、すぐに引き返すわ。」
「海軍の駐屯地にひとりきりで船を持って来るのは却って危ないから。」と
当初の予定を変更して、サンジはもとの港町へと取って返す。

「明日の夜には、着くように帰るから、」と約束して、二手に別れた。

「コックさん、あなた、」と別れ際にロビンがまだ、心配そうな顔をし、
サンジに声を掛けた。

「本当に船番をする為だけに帰るの?」
「コバトちゃんは俺がいない方がいいみたいだからね。」

ロビンはサンジが無茶をするかもしれない、と心配してくれていた。
だから、サンジはロビンにだけは自分だけが行動を別にするもう一つの理由を
簡素に告げる。

「誰が喋ったのか、それとも自分で気がついたのか判らないけど、」
「多分、俺とゾロの事、気がついてるよ。」
「久しぶりに会った初恋の人の相手が野郎だったなんて、残酷だろ。」と
サンジはどこか捨て鉢な口調でそう言って、自嘲気味に笑った。
ナミには決して、こんな事を言わない。
ロビンの少し距離を置いたさりげない優しさにサンジは、異性としてではなく、
歳の離れた姉に甘える弟のような感覚で、つい、そんな事を漏らしてしまった。

「堂々としてればいいと思うけど。事実は事実なんだし。」とロビンはまだ、
言葉を選び、サンジを思いとどまらせようとしている様子だったけれども、
サンジはニッコリと笑って、
「折角会えたんだから、これでいいんだ。」
「それより、本当に船番をするだけだから、大丈夫だよ。」と
ロビンの心配を振り切ろうと努める。

(六千万ベリーか。)出来るなら、それ以上。

サンジは首から下げた「海の雫」をあえて、シャツのボタンを外し、
誰の目にも触れる様にして町を歩く。

目の肥えた海賊や盗賊なら、すぐにそれと分かる筈だ。
おびき寄せる為に人相の悪い男達のたむろする場所をうろついた。

サンジも目論見どおりに、すぐにその首飾りを狙って、
盗賊らしき男達がつけて来る。

それを蹴り倒し、その次には、海賊を数人。
彼らの持ち金を奪い、彼らを海軍へ突き出す為にブローカーへと
引き渡し、その夜の内に、サンジは、なんとか、1500万ベリーを手にした。

朝が白み始める頃、サンジは、酒場で盗賊らしい男を一人、路地裏に追い詰めた。
「頭、砕かれたくなかったら教えろ。お前らのお宝はどれくらいの金になる。」と
煉瓦の壁ぎわに追いこんだ男の、耳元の壁に大きな亀裂を一蹴りで作り、
尚且つ、煙草を咥えたまま、殺気を篭めてそう尋ねた。
賞金首を狩るより、盗賊から金品を奪ったほうが手っ取り早い、と考えたのだ。

「ある国から奪った秘宝の宝石がきっと、かなりな額になる。」
「何千万、どころじゃないかもしれねえ。」と男は震えあがってそう答える。
「案内しろ。そうすりゃ、命は助けてやる。」
サンジは、即座にその"秘宝"を奪おう、と決めた。


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