海賊には、海賊の、盗賊には盗賊のモラルがある。

女子供は殺さない。
麻薬に手を出さない。

その他、およそ非人道的だと思うことは一切やらない、と言う誇り高き
略奪者達だ。

サンジが狙ったのは、まさにそういった盗賊だった。
誇り高い故に、その誇りを穢された時の怒りは 誇りを持たない者達の比ではない。

「この宝を奪うのに、俺達は2年も掛った。」
「海賊風情に奪われてたまるか。」

サンジが襲撃した時、その盗賊の首領は、彼らにとって不運な事に、
ちょうど不在だった。

根城に残っていたのは、あまり戦闘なれしていない者が殆どだったのだ。
まだ、盗賊として一人前でない少年や、
恐らく、彼らの"仕事"の最中に怪我をして、体が不自由になったもの、
あるいは、一線を退いた年寄りがその留守を守っている状況だった。
そんな者達がいくら武器を取って、必死に歯向かってもサンジの敵ではない。

「てめえらに海賊風情扱いされる覚えはねえよ。」
「盗人にエライもゲスもあるか。」

蹴り飛ばした盗賊達から恨みがましい声を聞いても、サンジは顔色一つ替えずに、
憮然といい返した。向こうの都合などサンジが知った事ではない。
略奪が目的だったのだから、長居するつもりもなく、サンジは
物を良く知っていそうな、白髪の年寄りの前にひざまづくようにして
優しげな声音で話し掛けた。

「全部くれっつってんじゃねえ。」
「一番、売っ払いやすい、宝石をいくつか 大人しく渡せば、」
「これ以上、怪我人を増やさなくてもいい。」
「が、あくまで 渡さわたさねえ、なんて業ツク言うなら、」

そこまで言うと、サンジの声は、竦み上がるような、低い声変わった。
刺々しい目つきでサンジを睨み付けていた、その年寄りの表情が一瞬で強張る。

「若い奴から脳天、蹴り潰す。」

老人は、銀の細工の台にはめ込まれている、紅色の透明な輝きを放つ
宝石の首飾りを持ってきた。

「これは。」サンジは手渡されて、その宝石の値段と質を短く老人に尋ねた。

苦々しい面持ちで、その老人は吐き捨てる様に、
「人魚の涙、と言われている宝石だ。」
「海の雫と同じくらいの価値はある。」と答える。

「足りねえな。」とサンジはそれを胸の内ポケットに入れながら
目を細めて、眼光だけで、その老人を尚も静かに脅した。

口惜しそうにサンジを見ながら、それでも微動だにしない老人にサンジは
焦れた態度を示す。
表情一つ変えず、録に力も入れないで、側に在った調度品の巨大な壺を一瞬で粉砕する。
その粉々に割れる音で、そこにいた盗賊達はますます震え上がった。

「これ以上、怪我人増やしていいなら、根こそぎ貰うぞ。」
「あんたは、麦わらのルフィのところの。」

サンジがさっきから一切手を使わずに、足技だけで戦っている事に
急に気がついた盗賊の、誰かがサンジを示してそう呟いた。

「コックのサンジか。」と年寄りはサンジに尋ねる。
「だったらなんだ。」とサンジはやはり、憮然とした態度で答えた。

「人魚の涙の宝冠と首飾り、それと指輪で、それで1億以上にはなる筈だ。」

それを奪うのに、彼らは実に2年掛りだった。
奪った、と持ち主に知れたら、それを売りさばけなくなるので、
まずは、本物にそっくりなニセモノを作る。
それから、様々な方法を使って、それを擦り返る。
その、盗む手段を講じ、実行するのに緻密な下準備が必要になり、
自然、時間も手間も掛る。

宝石を血で汚しては価値が落ちる、と彼らは頑なに信じていて、
それを守って来た。そうして手に入れた「人魚の涙」だ。
「覚えていろ、必ず、奪い返してやる。」

サンジがそれらの財宝を奪って去った後、彼らの首領は歯軋りしながら
そう喚いた。


一方、その頃。

麦わらの一味は、街から少し離れた林の中で野宿をしている。

「寒いわ。」とコバトは起き上がった。

毛布なども持ってこなかったから、皆、思い思いの場所で横になったり、
座り込んだりして休んでいる。
焚き火はしているが、もともと暗い上にコバトの目では、殆ど暗闇に近く、
どこにゾロがいるのか判らない。

「ゾロ」
「ゾロ、どこにいるの?」と左右を見渡しながら声を潜めて呼んだ。
「皆、寝てるんだ。」とゾロが答える声がした。

「ごめんなさい。」とコバトは殊勝に謝り、ゾロの声がする方へと顔を向ける。
「寒く無い?」
「別に。」

コバトの言葉にゾロはぶっきらぼうに答えてくる。
好意を持っているか、そうでないかは、その無愛想な口調で判りそうだが、
コバトは意にも止めない。
嫌われていようと、好かれていようと、ゾロが自分を特別扱いする事に
変わりが無い事をコバトは知っているからだ。

何があっても、「兄弟弟子」と言う立場でいる以上、
ゾロは、決してコバトを拒絶出来ない事も、コバトは知っている。

「私は寒いわ。」とコバトは少し、媚びるようなそれでいて高飛車なような口調でそう言った。
すると、ゾロがたち上がる気配がする。

(温めてくれるのかしら)と期待した。

が、ゾロは焚き火の側にゆっくりと歩いていき、消え掛けていた焚き火に
薪をくべただけだ。
「火の側なら、さほど寒くネエだろ。」と面倒くさそうに言う声がする。

「暗いと殆ど目が見えないの。火の側まで連れていって。」
そう言うと、ゾロが近付いてくる。

火の側まで手を握り合うようにして、コバトとゾロは数歩歩く。
腰を下ろして、手を離す暇も与えず、すぐにコバトは尋ねた。

「ゾロが好きな人って、本当にサンジさんなの?」

ゾロは一瞬、答えに詰まった様だった。
それは、あまりにコバトの質問が唐突だったからで、他に理由は無い。

「違う。」好き、なんて単純な、陳腐な言葉で表現してしまうような軽い感情ではない。
だから、ゾロはそう答えた。

「違うの?」当然、コバトには、ゾロの言いたい事が伝わる訳も無い。
「だって、ウソップさんがそう言ってたわ。」と心底驚いて、畳み掛ける。

「ウソップが?」とゾロは相変らず、ぶっきらぼうに答えるが、コバトの言葉に
反応した。

「ウソップがなんて言ってたんだ。」
「ゾロは、サンジさんが好きなんだって。」と思いがけなく、ゾロの興味を引けた事に
コバトの心は、弾んで来る。

「バカな事言ってやがる」とゾロは吐き捨てる様にそう言って、
コバトのすぐ隣に寝転んだ。

「違うの?サンジさんの事を好きじゃないの?」とコバトは弾んだ声で
ゾロにそう尋ねた。
「そんな単純なモンじゃネエって事だ。」

「なに、それ。」

ゾロが答えた、その言葉はコバトには理解出来なかった。

「なに、それ」と聞き返すのに数秒、掛るほど、
知らない国の言葉が理解出来ないような感覚で、ゾロの言葉が一切、理解できずに、
だから、心に全く響かない。

「キライだし、生意気だし、ムカツクし、馬が合うとは思えねえ事の方が多い。」
「けど、」
「今の俺に取っては、誰よりも大切な奴だ」

そう言われて、コバトは何も言葉が出なかった。ただ、涙が勝手に目に滲む。

が、涙を堪えて顔を歪ませて、
「そんなの、可笑しいわ。」
「もしも、くいなが生きてたら、どういうかしら。」と精一杯の嫌味が口を突いて出る。
くいなの名前を出せば、ゾロがなにかしらの反応をする、と読んでの事だ。

「知らねえよ。」とゾロは吐き捨てる様に答えた。

「サンジさんのどこがそんなにいいの?」とコバトは取り縋るような
眼差しをゾロに向けて、そう尋ねる。

「わからねえよ。」とまた、ゾロは面倒くさげに答え、
「悪イがもう、寝かせてくれ。」と本当に迷惑そうに言って、会話を切り上げてしまった。

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