「ちょっと、待って!!」
島の反対側にあると言う海軍の駐屯地に向かうナミ達の後ろから、
ロビンが小走りで追い駆けて来た。
簡単に追いつけたのは、コバトの歩く早さがあまりに遅過ぎるからだ。
「ゾロはどこへ行ったんですか?」と心細そうにチョッパーに尋ねると、
「サンジを追い駆けて行ったんだ。」とチョッパーは隠す事もなく
素直に答えた。
「どうしてですか?」
自分の手を振り解いて、なぜ、仲間の男を追い駆けるのだろう、とコバトは
不思議に思った。一体、ゾロはサンジになんの用があるのか、
コバトは想像すらしない。
「どうしてって、追い駆けたかったからだと思う。」とチョッパーは
首を傾げて答える。
チョッパーは、足もとがおぼつかないコバトを人型になって、
肩に担いで歩いていた。
「挙動不審だもの。追い駆けて正解よ。」とナミがコバトではなく、
チョッパーにそう言った時に、ロビンの声がしたのだ。
「あれ?なんだ、お前、用はどうしたんだ。」とルフィがロビンに尋ねると、
「用はもう済んだの。」とニッコリとルフィに笑顔を向け、
そのままの表情で、今度はナミに、
「もう剣士さんもコックさんも追い付いてくると思うから、ここで待って欲しいの。」と言う。
ナミはそれを聞いて、不思議そうな表情を一瞬だけ浮かべたが、
ロビンがサンジとゾロの説得に一役買った、と勝手に解釈して
ニヤリと呆れたような表情になって、仰々しく溜息をつく。
「仕方ないわね。全く、世話が焼けるんだから、サンジ君は。」
「そこが可愛いんじゃないの。」とロビンは小さくクス、と微かに笑みを浮かべた。
ロビンとナミの会話をコバトは理解不能ながら耳をそばだてて、余さず聞いていた。
一行は、一旦、その道端で腰を下して、ゾロとサンジが追い付いてくるのを待つ。
「コバトに付いて行く、いかねえ、をてめえに指図される覚えはねえ。」と
ゾロはサンジの蹴りを紙一重でギリギリ避けながら必死で主張する。
「じゃあ、てめえは一体何をしに来たんだよ。」とサンジはだんだん冷静さを欠き、
本気で当てるつもりの蹴りの狙いが全く定まらなくなった事で
頭を冷やす為と息を整える為にゾロへの攻撃を中断して尋ねた。
「言い訳しに来たのか、謝りに来たのか、そんなトコだろ。」
「どっちも必要ねえ。帰れ。」
「判った。」ゾロも(ここはなるべく冷静に話しをしねえと収拾がつかねえ)と
腹を決め、敢えてサンジの本当の気持ちを引き出す為に
落ちついて話を聞く状況を作るべく、サンジの言葉を暫定的に肯定した。
「その前に、なんでお前がそんなに荒れてるのか、正直なトコ、教えてくれ。」
「言い訳も謝罪も必要ねえらしいが、」
「俺の勘違いで見当違いの謝罪をして、その所為でお前が怒ってるんなら、」
「俺が間違ってる。間違った事をしてるのは気持ちが悪イ。」
ゾロは真剣な口調で、もう一度、「だから、教えてくれ。」と
睨みつけたまま動かないサンジに歩み寄った。
絡みあった感情をすべて爆発させて、サンジの心は少しだけ透明になった。
そこへゾロのよどみのない気持ちが流れ込んで来て、
サンジは胸の痞えを吐き出す様に大きく為息をつく。
バツが悪そうに俯き、
前髪を整える振りをしながら半分だけ見えている表情を隠して言葉を捜す。
心の中にある感情を自分の意地やプライドを守ったままで、どうやってゾロに間違いなく伝えるか、その言葉がなかなか思い浮かばない。
「俺は、くいなちゃんの顔知らねえ。」
「お前が子供の時どんなモノを食って、どんなモノを美味エと思ったかとか、」
「そんなの全然知らねえ。」
「お前の事、本当はなんにも判ってねえ。」
「コバトちゃん見てると、だんだん、
コバトちゃんがお前の中のくいなちゃんと重なるんだ。」
コバトがいるだけで、ゾロとの距離を勝手に感じている。
それが浅ましくて、情けなくて、馬鹿馬鹿しい、とサンジはやっと、ゾロに伝え始めた。
「バカだと思ってんだろ。」とサンジは唖然とした顔で自分の話しを聞き入っている
ゾロにそう言って自嘲気味に笑った。
「ああ。」とゾロはバカ正直に答える。
「くいなとコバトは俺の中では全然、存在感が違う。」
「その差もわからねえんだよ、俺には。」とサンジは吐き捨てる様に言った。
「俺にとっちゃ、目に見えてそこにいる人間しか認識できねエんだから。」
「コバトちゃんがお前にとって、一番大事な人間に見えてくる。」
「バカだ、って自分でも判ってるがな、どうしようもねえんだ。」
「そんな自分にイラついて、ムカついて、」
これ以上、喋ると感情が昂ぶり過ぎて、とんでもない言葉までが飛び出しそうだ。
それよりも、ゾロに今まで押えつけていた情けない感情を吐き出すのに付随して
泣きそうにさえなってくる。
「もういい。」と一方的にサンジは話しをすっぱりと切り、口に咥えていた煙草を
乱暴に吐き捨てて、忌々しそうに靴で捻り潰した。
ゾロはそれを聞いて、なにを言えばいいのか、言葉がなにも浮かべられない。
ただ、サンジがそんな事を感じていたなど夢にも思っていなかった。
自分の鈍さを自己嫌悪して押し黙るしか出来ない。
サンジももう、これ以上は話す気もない。
「行こうぜ。」かなり長い沈黙の後、ゾロがやっとそう行った。
「あ?」とサンジがどこを見るともなしにさ迷わせていた視線をゾロの
方へ向けて顔を顰める。
「追い駆けンだよ。」とゾロは一見憮然とした態度だが、サンジには判る、
必死で考えて出た、出来る限りの言葉だ。
「はァ?」とサンジはさもバカにしたようにゾロを見つめる。
なんにも判ってもらえていない、と軽く絶望する。
コバトの側にいるゾロと、ゾロに寄りそうコバトを見たくない、
その当たり前に手を繋ぎ、当たり前に大切に扱っている様子を見ていると
不要だと判っていても、自分の存在価値に劣等感を覚えて
情けなくなると言ったのに、何故まだそれを強いるのか、とすぐに腹が立って来た。
「くいなとコバトはまるきり違う。」
「コバトはただの兄弟弟子でそれ以上でもそれ以外でもねえ。」
「今の俺にとって、なにが大事で、誰が大事か、口に出して言わねえと」
「わからねえみてえだから、言ってやる。」
見当違いに腹を立てて、それを持て余しているサンジと
理路整然とした自分の感情になんの後ろめたさもないゾロとでは、
口調も篭められている感情の強さも格段に違いが出て来た。
ゾロはサンジの胸倉を掴んで引寄せた。
鼻先がくっつきそうなほど顔を近付けて、低く、凄みのある声で、
「俺が大事にしてえのはお前だけだ。」
まるで、喧嘩相手に威嚇するかのようにそう言った。
サンジの頭の中にゾロのその声が響く。
理解出来た途端、顔中の毛細血管に一気に温度の上がった血液が
流れこみ、見る見るうちに白い肌がリンゴのように赤く染まっていくのが判る。
「よく、そんな事真顔で言えるモンだ。」とサンジは、憎まれ口を叩くが、
頬の温度はなかなか下がらない。
「ヘラヘラ笑いながら言うと胡散臭エだろうが。」とゾロは
相変らず堂々と答え、少しも照れたり、恥かしがったりしていない。
「お前、本当にバカだな。」とサンジは頬の赤みを冷やそうと手で
自分の頬を乱暴にゴシゴシと撫でながら、呆れたようにそう言った。
「バカに惚れたくらいだから、バカなんだろ。」とゾロはいつもどおりの
無愛想な口調でそう言った。
サンジの心が解れて来たのが判って、ホっとした途端、ゾロの心と口が直結した。
「バカに腹たててるのがアホらしくなって来た。」とサンジは肩をそびやかし、
新しい煙草を口に咥えて火を着ける。
目許には確かに心の曇りが消え去った笑みが滲んでいるようにゾロには見えた。
「よし、じゃあ行くか。」と今までの吐き出した鬱憤からきっぱりと
気持ちを切り替える為にサンジはパン、と音が出るほど襟を正す。
二人はいつもどおりの調子を取り戻して、足早にルフィ達に追い駈けた。
「ウソップさん、あの。」
二人がようやく、港を出た頃、コバトがウソップに遠慮がちに声を掛けた。
ナミ達はもう「腹が減った」と騒ぎ出したルフィを相手に騒いでいる。
「ん、なんだ?」とウソップは海軍に引き渡される事に不安を感じているように見える
コバトを気遣って、優しく反応する。
「ゾロって、好きな人がいるんですか?」
「さあ、。」とウソップは一瞬考えて、答えを濁す。
(ここで別れるとは言え、やっぱりベラベラ喋ることじゃねえもんなあ。)と
考えたのだ。
だが、この時点で、コバトはナミとロビンとの会話の中から、ゾロとサンジには
特別な関係があるのではないかと勘付いていた。
「ゾロの好きな人ってサンジさんなんですか。」と唐突にウソップに尋ねると、
明らかに答えに詰った様子が感じられた。
「そうなんですね。」と重ねて聞くとウソップは何も答えない。
「信じられない。」と愕然とした。
ナミやロビンならともかく、ゾロの相手が男だなどとは思っても見なかった。
「そんな、気持ち悪い・・・。」とコバトが呟いた言葉を
ウソップは聞こえない振りをし、ナミ達に聞こえていないかだけを気に掛けた。
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