コバトは、結局、手配書にまだなっていない、ウソップと

「私は嫌よ。」
「そんな我侭、いわないの。」

と、言って渋っていたナミをロビンが説得して、なんとか話しが付いた。

「ゾロに送ってもらいたいと思ってるんでしょうけど、」とナミが
嫌味剥き出しの態度でコバトに事情を説明する。

「ロロノア・ゾロは6000万ベリーの賞金首ですからね。」
「ノコノコ、海軍の駐屯地なんかに顔を出す訳にはいかないの。」

これは、港に停泊して、いざ、下船する、と言う状況の中での会話だった。

「今から、すぐ、ですか。」とコバトはナミを懇願するような目をして
見上げた。

「そうよ。なにか問題ある?」
「せめて、途中まで、送ってくれない?ゾロ。」とナミではなく、

コバトは直接、ゾロに話し掛けた。
が、ゾロはまるで聞こえていないように何も答えない。
周りからみて、ゾロは露骨に落ち着きがない。
気もそぞろで、ロビンと雑談をしているサンジの方ばかりを見ている。

「ゾロ?」とコバトはゾロにもう一度声を掛けた。

「あ?」二度目に声を掛けられて、ゾロは不機嫌な声でやっと返事をする。

「海軍の駐屯地は、この港の反対側なんですって。」
「途中までで構わないから、一緒にいて。」

冗談じゃねえ。

コバトの目がはっきりと見えていたら、ゾロが口には出さなくても、
表情ではっきりとそう言っているのにすぐに気がついただろう。
だが、気がついたとしても、コバトは我侭を突き通すつもりだった。

ここまで来たら、厚顔無恥だと言われても構わない。
二度と会えないのだから、悔いも、想いも残さないように、
精一杯、やれるだけの事をやろうと腹を括っている。

そこには、身勝手な恋心だけがあり、人を傷つける事を慮ると言う嗜みなどは、
コバトの中から消し飛んでいた。

ゾロが誰を好きだろうと、そんな事はどうでもよい。
一瞬でも、
ゾロがコバトだけを見て、
コバトの事だけを考えて、
コバトにだけ、優しいと自分が満足できればそれでいいのだ。

女のそんな浅ましい気持ちなどにゾロが振り回される訳もないのは、
少し考えれば判る筈なのだが、
恋は盲目とはよく言った物で、
今のコバトは、自分に都合の悪い事は見えないし、感じないのだ。

「勘弁してくれ。」とゾロは迷惑そうにそう答えた。

「勘弁してくれェ?」

ゾロの冷たい言葉に言葉を失って愕然としているコバトよりも、
先にゾロに、その言葉を鸚鵡返しにして突っかかったのは
サンジだった。

ゾロはバツの悪そうな顔でサンジの顔を見る。

サンジが泣きそうな女を庇う。
見慣れた、いつもの事なのに、今は状況が状況だ。
ゾロがビクつくのも無理はない。

「てめえ、そんな言い草はねえだろう。」
「コバトちゃんの気持ち、知っててそりゃ、あんまり酷エんじゃねえか。」

ゾロにしてみれば、コバトの所為で、サンジがずっと不快な想いをしている。
それでなくても、ついさっき、コバトに無理矢理口付けされた所を
見られてから、目さえ合わせてくれない。

コバトとはもう、関わり合いたくない、とゾロは思っているのに、
サンジに反抗心剥き出してそう言われると、つい、
こちらもいつもの調子で言い返してしまう。

「てめえには関係のない話しだろ。」と。
そして、言ってしまってから、後悔する。

「付いて行ってやれっつってんだ。」とサンジも引き下がらない。

「余計なお世話だ。」とゾロも一旦、口火を切ったからには、簡単には
退かない。退かないが、口に出す言葉は、ことごとく間違えている。

「ゾロは行かなくていいの!!」とナミが怒鳴って、サンジもゾロも黙り込んだ。


「ウソップと、ナミだけじゃ、途中、山賊とかに襲われたら 危ないよ。」
「だから、皆で行こう」と
チョッパーが、まるでハイキングを提案するように言うと、

ルフィが、すぐにその案に乗った。

「そんで、途中でキャンプもしようぜ!」
「帰りならいいわよ。」
と、おおよその話しが決まりそうだった時、

サンジは「俺は、悪イがそのハイキングには参加しねえ。」と言った。

「島に着いたら、やりてえ事があったんだ。」と言いながら、煙草を咥えて、
ゆっくりと火を着けた。

「なんだ、やりたい事って」とルフィが口を尖らせた。

「俺ア、サンジの焼き石シチュー、食うぞ。」
「んなもん、その時じゃなくても食わしてやるよ。」

「食費だけ、稼いだら追い駆けるよ。」と怪訝な顔をするナミとロビンに
そう言って、サンジは安心させるようににっこりと笑った。

「そう。じゃあ、私も寄り道してから行くわ。」とロビンは、
サンジの方をちら、と見てそう言った。

「どうして?」とナミが今度はロビンに尋ねる。
「私も、自分の本代を稼いでくるだけよ。」


そして、サンジとロビンを残して、麦わらの一味は上陸した。

「ログが貯まるのは、96時間後だから、滞在するのは、少なくても四日ね。」
「二日後に、そっちの港まで船を回すよ。夜中の2時、満潮の時間でいいかな。」

サンジとナミはうち合わせの時間を決めて、二手に別れる事となった。
コバトは当然のようにゾロに手を引かれている。
もう、目くじらを立てるのも馬鹿馬鹿しいので、ナミは見てみない振りをしているようだった。

「じゃあ、気をつけてね。」と言って別々の方向へ歩き出した途端、
成り行きを苦虫を噛み殺したような顔で、押し黙っていたゾロが
意を決したように、先頭を歩いていたナミに、

「ナミ、悪イ、1時間だけ、くれ!」と大声で怒鳴った。

「待てないわよ。」とナミはくるりと振りかえる。その顔は悪戯っぽく微笑んでいた。

「あんたなんか、置いて行くわ。」
「さっさと、追い駆けなさい。迷子にならないうちにね。」


「やりたい事ってなに?コックさん。」とロビンはサンジとルフィ達をある程度の距離を見送りながら、そう尋ねた。

「たった、2日で3千万ベリーも稼ぐなんて、無茶だわ。」と言われて、
サンジはギョっとした顔でロビンを見る。
すると、目が合ったロビンは、フフフ、と意味深な笑い声を立てた。

「昨夜、船医さんにこっそり聞いてたでしょ?コバトさんの目の治療に幾ら掛るか」

「参ったな。」とサンジはロビンに苦笑いを返す。

「無茶させたくないもの。」とロビンは答えて、
「私は美味しいものしか食べない主義。コックさんが怪我をしたら」
「私は、即飢え死によ。」とおどけたような表情を浮かべて、肩をそびやかした。

サンジは照れたようにアハハ、と軽い笑い声を立てる。
それから、歩き出すと、すぐに背後から足音が近付いて来た。

「待て、おい!」とゾロがサンジの肩を掴む。

「ああ?」とすぐにサンジは喧嘩ごしで振りかえった。
せっかく、今、胸の中にある鬱陶しい雲が少し、ロビンとの腹を割った会話で
晴れかけていたのに、とゾロの声も顔も本気で忌々しいと思った。

それが態度にモロに出る。

「話しがある。」とゾロが言えば、
「俺にはねえ。」とサンジは即座に言い返した。

(剣士さんが来たならもう、私はお役ご免ね。)とロビンは、
サンジが無茶をしないように、お目付け役のつもりで付いて来たが、
ゾロが来たので、言い争う二人に気付かれないように、その場をそっと離れた。

「てめえになくても俺にはあるんだ、聞け!」
「聞きたくもねえ声を聞くのが嫌だっつってんだ。」
怒鳴るゾロと対象的にサンジの声は低く、感情を無理矢理制御しているように見えた。

「お前が怒るような事はなにもねえんだ。」
サンジの不気味なほど静かな反応に、ゾロの声もすぐに落ちつきを取り戻す。
「ああ、なにもねえな。」
が、サンジはやはり、ゾロの話しをまともに聞こうとはしない。

「第一、 俺は怒ってねえしよ。」
「これくらいの事で、本気で怒る訳ねえだろ。」
「てめえが誰とキスしようと、しまいと、俺にはどうでもいい事なんだからよ。」

今まで、溜めに溜めた鬱憤がついに爆発の兆しを見せる。
周りに誰もいない、それがサンジの感情を正直に、言動を攻撃的させた。

「なんだと」と自分のやった事を棚に置いて、ゾロはサンジの暴言にカチンと来た。

「どうでもいい割りに顔色変わってたじゃねえか。」
「妬いてんなら妬いてるって言え、大嘘つきが。」

「誰が妬くか、単細胞!」そう言うと、サンジは足を振り上げた。
反射的にゾロはそれを避けたが、サンジの踵は石畳に振り下ろされ、
その石を木っ端微塵にし、土にくるぶしがめり込む。

(殺す気か)ゾロはジャれる蹴りではなく、本気で相手を殺す威力を篭めたその
一撃に自分の浅はかさにやっと気がついた。

(本気(マジ)でキレやがった。)痴話喧嘩で本気でサンジがキレたのは
初めてで、嬉しいような、困ったようなそんな複雑な気持ちのまま、
ゾロは思わず、後ずさった。

「話しがあるッつってんだ。聞け」
「聞いて欲しかったら、コバトちゃんに付いて行け!」

「妬くとか、そんな単純な事じゃねえって言った筈だ。」
「コバトちゃんとお前がケリつけてなきゃ、俺はずっとこのまんまなんだ。」
「判れ、それくらい!」

何を怒鳴って暴れ狂っているのか、サンジは、自分でもサッパリ判らない。
判らないが、とにかく、コバトとゾロの事など、さっさと忘れてしまいたいと
ただ、強烈に思うだけだ。


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