「妙な動きをしたら口数の多いこのオヤジの首根っこ、蹴り折るぜ。」
サンジの言葉で盗賊達に動揺が走った。

「やってみろ、若造。」と言ってのけた、盗賊の頭の口調は、動揺を沈めようとは敢えてしていないかのように淡々としていた。

酔いに似た感覚がジワジワとサンジの体に沁み込みはじめ、だんだんと体から
力が抜けていくのをサンジははっきりと自覚する。それだけではなく、
目の前の事に対して、全く集中出来ない。気が散乱する。早く、決着をつけたいのに、
盗賊達は武器を構えたまま、ウンともスンとも言わない。
だが、大人しくサンジの要求を飲むつもりもない様だ。
(くそ、諦めの悪イ奴らだ)とサンジは心の中で歯噛みをした。

その途端、頭の首根っこを押えていた方の足首の激痛が走った。
頭が力任せに、例の金具を握り込んでいた手でサンジの足首を握ったのだ。

激痛は眩暈に変わり、サンジの足は明確に保とうとしている意識とは裏腹に、ふらつく。
(ヤべエ、)と思った時には、頭に馬乗りになられて地面に押えこまれてしまっていた。

「往生際の悪い海賊だな。」と頭はサンジの腹の上に跨ってせせら笑いながら、
悔しげにゆがむサンジの顔を見下ろしている。

「盗賊ごときに負けるのがそんなに悔しいか。」
「そんなんじゃねえ。」とサンジはぶっきらぼうに言い返す。

「別にこの程度の宝程度の金、お前さんならいくらでも手に入るだろう。」
「賞金稼ぎをするなり、海賊を襲うなりすりゃあ。」
「なんで、そんなにムキになる。」
「冷静な頭があるなら、もっと強エ男の筈だ。」

「その訳を言えば、このお宝、くれてやってもいいぜ。」

頭の目が鋭く光った。
盗賊、と海賊では格が違う、と言われ手いるが、その目の光りは
大きな船団を率いている海賊の船長のそれと全く遜色のない鋭さで、サンジを射抜く。

「あんた、なんで盗賊なんかやってんだ。」とサンジは全く別の事を尋ねた。
この男なら、グランドラインでも名のある海賊の船長連中と肩を並べるだけの男気は
十分にあるように思えたからだ。

「もう世界中のどの海を捜しても、俺の惚れた男が乗った船はないからさ。」と
頭はサンジの問いかけに数秒考え込んでから、そう答えた。
「一切、手を使わずに足だけで荒くれ男を叩きのめせる船長だった。」
「お前さんなら知っている筈だ。その男の名前を継ぐのはお前さんだろうからな。」

(え)サンジは頭の顔を愕然と見上げる。
頭は、サンジに向かって、自慢げに語った。

「グランドラインの嵐で逸れて、生死を探し当てた時はもう、海賊じゃなく、」
「レストランのオーナーって肩書きになってたって聞いた。」
「だから、俺は海から陸にあがって、この稼業に手を染めたって訳だ。」
「その男が仲間をまとめていた、同じ方法を倣って、な。」
そして、大きく溜息をついた。
「その男が育てた奴がこんな手癖の悪い海賊だったなんて、泣けてくるぜ。」
更に、一呼吸おいて、また、サンジに鋭く問い詰める。
「何故、この宝が要るのか、言う気になったか、坊主。」
「物乞いじゃあるまいし、そんな事言う義理はねえ。」とサンジはなんの躊躇いもなく
頭の言葉を突っぱねた。

「そうか。」それでいい。
頭はサンジの答えに頷いた。

「お前さんがここで訳を話したら、命まではとらないが、二度と海賊なんか
出来ない体にしてやろうと思っていた。」
「盗賊に命を乞うような情けない男がこの先、海賊をやっていたって長生きなんぞ
できっこないからな。」

「二度と、盗賊相手に盗みはしない、と誓うか。」
「それなら、」頭はサンジの胸のあたりにポトリとさっき奪い返した人魚の宝石の
嵌めこまれた指輪を落して、「これだけはくれてやる。」

「ああ、判ったよ。本物の盗賊って奴がいかにおっかねえかって事。」とサンジは
馬鹿にしたような口調でそう答えた。
「だが、落とし前はつけて貰うぞ。俺達の仲間を傷つけた事と、」
「二度と盗みをしない、と言う証を残して貰う。」

頭はそう言って、サンジの右手首を掴んでその中指に指輪をはめた。
「お前さんの船には船医がいるな?腕は確かか。」
じっとサンジのその掌を目の前でかざして、頭はそう尋ねた。
その言葉を聞いて、サンジの背筋に電流のような戦慄が走る。

「何をするつもりだ。」「腕は良いのか、悪いのか、どっちだ。」
腕を、手首から掌を切り落とされるのか、と言う恐怖でサンジの声は荒い息が混じって
震えた。
頭は大ぶりのナイフをゆっくりと腰の鞘から引きぬく。
「止めろ、指輪なんかいらねえ。」と思わず、サンジは大声で喚いた。
喚くだけではなく、まるで、死に物狂いで泳いだ後のように重く、動きにくい
体を必死で跳ねて、なんとか頭から逃れようと暴れたが、びくともしない。

全身に脂汗がどっと沸いた。

「動くな。余計なところまでぶった切っちまう」
「これが盗賊の落し前だ、よく覚えておけ。」口早にそう言って、頭は
サンジの右掌にナイフの刃を押し当てて、横一文字に一気にその皮膚を切り裂く。
その一閃する痛みはサンジの脳天に一直線に突き抜け、反射的にこれ以上ない程、
目が見開かれて、視界が眩し過ぎる閃光に焼かれたようにまっ黄色に染まった。

(う)盗賊の誰かが布でサンジの口を押えて悲鳴を押し込める。
耳障りな男の喚き声が街中に響けば、野次馬や賞金稼ぎなど自分たちにとって、
あり難くない輩が集まってくるのを防ぐ為だ。

頭のナイフの切っ先は、サンジの皮膚を切り、肉を切り裂き、腱を断ち切った。

その痛みにサンジの体はビクビクと意識があるのに痙攣を起す。
「死にやしない。それに、腕のいい医者なら遜色なく治してくれる。」

それだけ言うと、頭はやっと、サンジの体の上から退いた。
「お前さんが感じる、その痛みが二度と盗賊からお宝を奪わないって言う戒めになる」
「今度会う時は、チンピラ海賊としてじゃなく、"赫足の名を継ぐ男"として」
「会いたいもんだ。」

何時の間にか、雨が降り出していた。
息が出来ない程の痛みと思いがけない展開に動転して、サンジが少し周りを
見やる余裕が出来た頃、もう、盗賊達の姿はどこにもなかった。

指先に力が入らない。
だらりと開かれたままの右手は、血まみれだった。

盗賊に負けた事など頭にはない。
右手を包むように左手を添え、パクリと開いた傷口をぐっと押えた。
「っうっう」喉の奥から悲鳴があがる。

腹の傷の痛みなど全く感じなかった。神経が集中している掌、そこを神経も腱も
分断されたのだ。痛みの度合いは比較にならない。

指輪が指に食い込んで痛みを倍増させているような気がした。
なんとか、痛みで震える左手で外そうとしても、右手の指はすでにパンパンに腫れていて、どうにもならない。

「ッ痛エ。」
「ッ痛エ。」
「畜生。」
何故、こんな目に遭ったのか、誰のせいなのか、を一瞬だけ思い返したけれども、心の中も頭の中も痛い、と言う感覚だけに支配されて、
それ以外は一切、何も考えられない。それでも、サンジはなんとか起き上がった。

約束の場所に行かなきゃ、と痛みに麻痺しそうな思考の中で思い出す。

雨が全身をズブヌレにして、力なくぶら下げた右手とそれに添えた左手から
雨水に混じった血が石畳を流れていくのを俯いて眺めながら、サンジは歩く。


チョッパーは、人型になり、両肩にロビンとナミとを担いで必死で走っていた。
「嫌な胸騒ぎ」を不思議と三人ともが感じていて、とにかく、一刻も早く
サンジの無事な姿を見たくて、急げるだけ急ぐ。

「剣士さんとどこで待ち合わせしてたか、誰か知ってる?」
「ゾロと待ち合わせするとしたら、物凄く目立つ場所の筈よ。」

街に着いてから、ゼエゼエと息を切らせて、すっかりバテてしまったチョッパーを
船に帰らせてから、ロビンとナミは自分達が濡れ鼠になるのも構わずに
街中をサンジのいそうな場所を捜し始めた。

「馬鹿でも子供でもわかるくらいの目立つ場所じゃないと。」
「あそこは?」

街中から港の大きな灯台が見えるのをロビンはナミに指差して見せた。
かなり大きな灯台で、この街のどこからでもそれは見えていると思われるほど、
高くそびえたっている。

「あそこじゃなきゃ、船だわ。」ナミは頷いて、方角を確認してロビンを振りかえり、
「どっちみち、港ね。行きましょう。」と言って、小走りに駆け出す。

サンジが盗賊との小競り合いをしてから、数時間が経っていた。
夜中だったのが、朝が明け、けれども灰色の雲が空一面に覆っていて、薄暗い。
「これ、なに?」港近くまで来て、雨水が澱んだ水溜りをナミはロビンに指差して、
足を止めた。

「血に見えるけど、コックさんのモノと決った訳じゃないわ。」
「彼が蹴っ飛ばした誰かの血かも知れないじゃない。」とあまりロビンらしくない
楽観的な見解を口にした。
「じゃあ、どうしてその誰かがここに倒れてないの?」とナミはロビンの言葉に納得出来ずにそう尋ねた。
あんなコバトとゾロの所為でサンジが怪我を負った、なんて「冗談じゃないわ。」と
ナミはその怖れが急に現実味を帯びてきた事に言いようのない不安と嫌な予感を
否定しようと必死になっている、それがはっきりとその切羽詰まった口調に現れていた。

「憶測するより、彼を見つけるのが先。」とロビンは話しを切り上げて、また
カツカツとミュールの踵を石畳に打ちつけて走り出す。


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