「まっとうな海賊には、海賊の、まっとうな盗賊には盗賊の流儀ってモンがある。」
「麦わらのルフィの仲間が盗賊の上前をはねるようなマネをするとは」
「自分の頭の顔に泥を塗っているのと同じだと思わんか、」

考え事をしながら歩いていると、何時の間にか、サンジは
殺気を剥き出しにした盗賊達に取り囲まれていた。
路地の奥、建物の上、背後、前方と、手に手に武器を持った男達が
さっきまで怯えて竦んでいた癖に、今は少しも怯えない気力を持って、
サンジに敵意を向けている。

「大人しく宝を返せ。」
「そうすれば、危害は加えない。」

サンジに引導を渡す様にそう言ったのは、サンジが襲撃した時には不在だった、
彼らの首領らしい。中年で髭面の頑固そうな、眼光の鋭い真っ黒な髪に褐色の肌をした、
背も肩幅も広い男だった。

サンジはその男を一目見て、(こいつは)一筋縄では行かない相手だ、と
看破し、沈黙してその男の次の言動を待つ。

「名のある海賊が、こんな小さな島の盗賊に嬲り殺されるのは、恥だ。」
「その海賊が尻尾丸めて一度奪ったお宝を返すのはもっと恥だ。」

首領の言葉尻にサンジの落ちついた口調の言葉が重なった。
「言っとくが、欲しい物は奪うってのが海賊のやり方だ。」
「流儀もクソもあるか。」

「判った。」サンジの言葉に首領が頷く。
「それが海賊のやり方なら、俺達もそれに倣おう。」
「宝が穢れるから、血は流したくなかったが、そうも言っていられない様だ。」

「大人しく、俺にこれを渡す気がねえなら、ゴタクを並べてねえでさっさと
来い。」
サンジがそう答えた途端、首領が片手をあげた。
背後の男達が一斉に銃を構える。
サンジは振り返らずに、前を向いたまま、上へ跳躍した。

一気に前方の男達を飛び越え、銃弾を防ぐ壁にする為に空中で体を捻って、
彼らの目の前に着地する。

(こいつら、どうせ俺を殺す装備なんか持ってやしネエ)瞬時に
銃を持っていたのは、自分の背後にいた一群だけ、とサンジは見て取った。
前方にいた男達の持つ武器は、斧、槍、ナイフ、剣など、遠隔攻撃が出来るもの
ではないし、また、それを得手に扱えそうな者もいないようだ。
盗む事、その為に起こり得る、様々ないざこざを回避する為だけに彼らは
武器を持つのだろう。生き抜く事そのものが戦いである海賊とは違って、
戦闘力が格段に低いのは仕方がない。
いくら数をそろえて武器を持たせても、海賊との戦闘にこの有様では結果は目に見えている。それなのに、なぜ、まだサンジが盗んだモノに固執し、ここまで追い縋ってくるのは何故か。

(なんで、そんな回りくどい事をする?)
ふと、サンジは数人の男を蹴り倒しながら、疑問が浮かんだ。

(この程度なら、さっきの海賊狩りの方がまだマシだった筈だ。)

気が散ったのだ、と思った。
サンジが相手の意味の判らない無駄な陣を組んでの、
無駄な戦闘を適当にあしらっていた時、脇腹に槍の刃先が掠めた。
新品同様に乾いたジャケットがビリっと耳障りな音を立てて破ける。

かわせた筈の槍の軌道がかわせない、それを訝しく思った時、焼け付くような傷みと、
爆風に煽られたような衝撃を背中に受けた。
その衝撃に耐えきれず、サンジはバランスを崩して、石畳に昏倒する。

途端、足首にジャラジャラと鎖が巻き付くのを感じた。
(くそ、なんだってんだ)と力任せにそれを引き寄せ、鎖を投げて巻きつけた男を
鎖が巻き付けられたままの足を振り回し、建物の壁に頭から叩き付ける。
その映像がやけに揺れて見えた。酒に酔っ払った時のように、視界が揺れ始める。

(なんだ、)自分の体の異変に愕然とし、一瞬動きが止まった。
「今だ、鎖と網を投げろ!」

首領の怒鳴り声がその場に響く。
一斉にサンジの体へ動きを封じる為の鎖や、網が絡みつく。

「くそ、ふざけやがって」
強い酒を一気に煽ったような感覚で、体から力が抜けて行く。
それだけではなく、サンジはゾロの様に底無しに飲める方ではないので、
あまり強い酒を飲むと胃の中のモノを吐き出したくなる体質でもある所為で、

酷い吐き気と眩暈で自由に体が動かない。
そうこうしているうちに、鎖で体を縛り上げられ、その上を網でがんじがらめにされてしまった。

「どうだ、これが盗賊の戦い方だ。」と勝ち誇った様に盗賊の首領が
地面に転がされたサンジに向かって勝ち誇った顔付きでそう言った。

「宝が汚れるような事はしたくない、その為に色々な策を巡らすんだ。」
「殺せばいいって仕事しか出来ねえ海賊にはさぞ、面倒な仕事だと思うだろうが。」
「お前さんの上着には酔っ払うのと同じ効果の薬が沁み込んでる。」
「いくら足技の達人でも、ラム酒をストレートで一樽も飲みゃあ、立てなくなるのも」
当然だ。」

網ごしにサンジは苦々しい視線を首領に向けて、
「あのレディも海賊狩りもてめえらの仕込みだったのか。」

首領はサンジと目を合わせる様にしゃがみ込んだ。
「大事なお宝を取り戻すのに、ハイエナ同様の海賊狩りに最後まで任せては
おけないから、芝居だけを頼んだのさ。」
「お前さん達海賊にとってお宝と夢が大事なら、」
「俺達盗賊ににとちゃ、お宝は夢でもあり、命でもあり、仲間との絆を守る為の
大切な約束事でもある。」
「それを奪われたとなりゃ、仲間の力だけで奪い返して、結束を更に固めるんだ。」
「盗賊も真っ当なやり方をするなら、海賊よりもずっとやりがいがある。」

「お宝を返すなら、すぐにこの網から出してやる。」
「返さないと言うなら、返す気になるまで、このまま干からびるまで放っておく。」

「ハ.」サンジは首領の言葉をじっと最後まで聞いて、そして鼻で笑った。

「お宝が汚れるだの、なんだの言ってるが、結局、人を殺すのが怖エだけじゃねえか。」
「どうせ、売っぱらうモンなんだろ?血で汚れようがクソにまみれてようが、」
「洗っちまえばわかりゃしねえだろうが。」
「そんなに大事で取り返したいお宝なら、今すぐ俺を殺して奪い返せばいい。」
「海賊のやり方を倣うってさっき言ってたのは、やっぱりハッタリかよ。」

首領は部下達に目配せし、網に包れたままのサンジの体を起き上がらせた。
「しっかり押えておけ。」とサンジの体をしっかりと固定させ、

鉄の鋭い凹凸がついた武器を握り込んだ拳を渾身の力を篭めて、サンジの腹部に
数発、立て続けに撃ち込む。

ドスっ
ドスっと重たい打撃の音がする度、サンジの口から
「ッウッ。」と苦しげな呻き声が漏れる。

「・・っくっ」一旦、その拷問が止まった。痛みを堪える為に詰めていた息を
整えようとするが、腹を動かすとそこから電流のような痛みが脳天に走り、サンジは
また小さくうめく。

ただの拳で殴られたのではなく、しっかりと握り込む事で握力を増し、
固さが増した拳、そしてその先には、肉にめり込む刃がついている。
網を切り裂き、サンジのジャケットを、シャツを切り、腹の肉を削いで、
息を切らせた首領の拳の先の刃物には、サンジの血がべっとりと付着していた。

(馬鹿力が・・)サンジは自分の言葉で相手を怒らせ、隙を見せる事を狙ったのだが、
予想外の行動と予想以上の首領の腕力に身悶えし、痛みを堪えつつ、次の策を練る。

「人を殺すのが怖い訳じゃない。」と体を丸めて痛みを堪えるサンジに首領は
そう言った。
「お宝が血で汚れたら、縁起が悪い。」
「俺達は、そういう縁起を大事にしているだけだ。」

「判ったよ、」サンジは首領の言葉を最後まで聞かずにそう答えた。

さも、迷惑げな口調で「これ以上、面倒臭エ。」と溜息混じりにそう言った。

「この程度のお宝で殺されるのはゴメンだ。」
「あんたらに返すよ。」

「頭、」サンジの言葉を聞いて、若者の誰かが首領に警戒心剥き出しの声で
呼び掛けた。
「海賊の弱音は信用できねえ。網を解いた途端、逃げるか、暴れるかしますぜ。」

「そうなったら、またとっ捕まえればいい。」と首領は落ちつき払った声で答え、
部下に目でサンジの網を解く様に命じた。

(機を間違ったらヤべエな。)サンジはじっと大人しく、網が解かれるのを待つ。
もちろん、本気で返すつもりはない。
お人よしで律儀な盗賊を騙すのは申し訳ないような気もするが、
「欲しいものは奪う」のが海賊で、コバトの目を見えるようにしてやる為には、
どうしても、この人魚の宝石が必要なのだ。

諦める訳にはいかない。
それに盗賊に負けっぱなしになるのも、プライドが許さない。

強い酔いはまだ醒めないけれど、さっきは自分の体が思い通りにならない理由が
判らなくて動揺しただけのこと、この程度しか動けないのなら、それなりの
戦術と言う物がある。
折角、相手が沢山の武器を携えて自分の目の前にいるのだから、
足技にいつものキレが期待出来ないとしても、それを上手く使えば、
こんな連中、サンジにとってはさして手強い相手ではない。

(おそらく、この男さえ潰せば勝てる)
指令搭である、首領がいるからこそ、戦意が漲っているだけで、彼を
彼の目前で血祭りに上げる事が出来たら、勝敗はおのずと知れる。
サンジは自分の首から赤い宝石の首飾りを外され、指から指輪を外されるのを
大人しく眺めていた。
「見事な海の雫を持っているんだな。」と言いながらも、首領はサンジの首飾りには
手も触れない。
「盗らねえのかよ。」とサンジは鎖で拘束された後ろ手を気にしながら
首領にそう尋ねた。
「これは持ち主が決っているモノだ。俺達が手を出していい代物じゃない。」と
首領は興味も無さそうな口調で答えた。

網がサンジの体から完全に除けられる。それを待っていたかのように、
サンジの目が獲物を捕らえる山猫のように鋭く光った。

地面スレスレにつむじ風のような風音が起こり、サンジの振り上げた足が
首領の頭に振り下ろされ、首領が地面に叩き付けられる。
起き上がる間もなく、首領の首筋がサンジの足裏で押さえつけられ、動きを完全に
拘束された。

「動くな、盗人!」サンジは首領を足でねじ伏せるとまわりに向かってそう怒鳴った。
「妙な動きをしたら口数の多いこのオヤジの首根っこ、蹴り折るぜ。」

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