「港の、一番端っこの灯台の根元で待ってろ。」
「本当に来れるのかよ。」

仲間と別行動をする直前、擦れ違い様に二人は短い約束をした。
ゾロが言った場所は、船を止めた波止場から良く見える。
迷う筈がない。

だが、サンジはそれでも軽く嘲笑した。

「何が欲しいか、考えてろ。」

コバトの事で、サンジに嫌な想いをさせた。
その詫び、などサンジは求めていないだろうが、ゾロはサンジに買い物に付き合わせる
約束を取りつけている。

(俺が買い物をしてえからだ)
(お前が欲しいと思う物を買う。だからお前が決めろ)

その約束の時と場所は、明日の夕方、港の、一番端の灯台の根元。

(これをなんとか、コバトちゃんに届けなきゃ。)とサンジは盗賊から奪った
人魚のどうとかいう、宝石類を落とさないように身に付けながら、どうやって、
これをコバトに届けるかを考えた。

(今から、追い掛けて間に合うか。)追いつく頃には、既に海軍の基地に保護された後かも知れない。そうなれば、こんな高価なモノをそのままコバトに渡せば、
盗品だと言う事がばれて、結局没収されてしまうだろう。

(やっぱり、金に換えなきゃダメか)とは言うものの、急いで換金しようとすれば、
質屋に行くのが一番だが、恐らく足もとを見られて、買い叩かれてしまう。

(ナミさんに相談して見よう)とサンジは自分で考えるのを止めた。
考えている間に、時間がドンドン経つ。それなら、早いうちに追いついて、
ナミの意見を聞き、それに従うのが最も的確な方法だと思った。

(俺、勝手な事ばっか、やってるナア)と思いつつ、さっき、戻ってきた道を
また、急いで戻り始める。

街から出よう、と言うところまで来た時だった。
「待て、赫足。」と後から、殺気剥き出しの声がした。
尾行されていると、薄々気がついていたが、急がねば行けない状況だったので、
気にもしなかった。どうせ、首にぶら下げている二つの首飾りを狙った追剥の
類だろう、と思ったからだ。

「俺ア、急いでるんだ。用なら、歩きながら聞いてやる。」それだけを背中ごしに言って、サンジは足を止めずに歩く。

「盗賊の用心棒が海賊を相手にして無事で済むと思ってるのか」と吐き捨てるように
言って、顔を半分だけ傾けて、背後を窺った。
恐らく、10人近くの武装した男達がいる。

「俺達は、盗賊の用心棒じゃねえ、れっきとした、海賊狩りだ。」と先頭の、
サンジに声を掛けてきた男が薄笑いを浮かべて応える。

「そうかよ。」とサンジは興味なさそうに答えて、また足を進めようとした。

「助けて、助けてください!」と唐突にサンジの耳に女の悲鳴が飛び込んで来る。
まだ、17、8歳くらいの女性が、後ろ手に括られて、特に大柄な男に担がれていた。

「助けて欲しいんだとよ。」とまた、先頭の男が言った。
振りかえったサンジに、男達は挑むような眼差しを向けている。

サンジは、目を細めた。
全く、身も知らないレディだった。
だが、放ってはおけない。

「あんたにとっては、全く無関係の女だろうが、女が困ってるのをみすみす
見殺しには出来ねえよなあ、コックのサンジさんよ。」

サンジはゆっくりと男達の一人一人の戦闘力を推し量るつもりで、鬱陶しい、と
言わんばかりの表情で、男達の顔を観察する。どの顔を見ても、さほど強いとは思えなかった。

人質か。面倒臭エが放ってもおけない。

「で?」とサンジは横柄な態度のままで、新しい煙草に火を着けた。
「盗賊から奪ったお宝を返せ。そうすれば、この女をくれてやる。」と男は女を
顎で指し示した。
「どこからお連れしたんだよ。」
「その角を曲がった酒場からさ。あんたが無類の女好きで、女にはクソ優しいって噂を聞いてるからな。」とサンジの質問に男は答える。

「この宝は返せねえな。もう、送り主が決ってる。」そう言って、サンジは
目を細め、眼差しと冷えた口調で、男達を威圧する。
「てめらこそ、そのレディを俺に渡した方が余計な怪我しなくてすむぜ。」

女を担いでいた男がサンジの言葉を最後まで聞き、黙ったまま、女の乳房を鷲掴みにする。間髪いれずに、そこを覆っていた布を引き千切った。たわわな乳房が露になった。
恐ろしさに身を竦ませた女は細い悲鳴をあげる。

「俺達の言い分を飲まないなら、この場でこの女を裸にひん剥いて、」
「ここで犯すぞ。」

そう言った途端、その男の顎が蹴り上げられる。
振り上げた足を体を捻って軌道を変え、サンジはその男の脇腹に踵を
蹴り込んだ。

男達の殺気が一気に萎えて行くのが判る。

両手を地面につき、両足を大きく広げて旋回し、数人を一気になぎ払った。
それは、数回、瞬きをする程度の時間。

すぐに体勢を立て直し、女を担いでいる男の前に仁王立ちになった。
「どうする、デクノボー?」
「俺にそのレディを渡すか、」
「俺に顔を蹴り潰されて、ここで二目と見られねえ面になるか。」

そのデクノボーは顔面一杯に怯えの色を浮かべ、ガタガタと震え、ゆっくりと
女性を地面に下した。

「失せろ。」と言う、サンジの言葉で男達はある者は、足を引き摺り、
またある者は、歩ける者の肩に縋って声もたてずに退却して行く。

「大丈夫ですか、レディ。」とサンジは地面にヘタリこんだ女性を助け起こす。
露になった乳房が隠れるように、ジャケットを羽織らせてやった。

「有難うございます。」と色白の目の大きなその女性は震える声でサンジに礼を言う。
「そこの酒場まで送りましょうか。それとも、お家まで?」

頬の丸みが、髪型が、どことなく、アラバスタの勇気ある王女に似ている。
ふと、サンジはその女性にビビの面影を見、優しく微笑み掛けた。

サンジはその女性の家まで、僅かな距離を歩く。
空からは、細い雨粒が降って来た。「この島は、雨が多い島ですね。」とか、
道すがら、サンジはその女性の緊迫した感情を解すように、にこやかに、賑やかに、
たくさん話し掛けた。

「上着が汚れてしまいましたわ。」とその女性は家に辿りついた時、サンジの
上着を脱ごうとして、そう言った。

「すぐに汚れを落としますから、どうぞ。」と家に入るようにサンジに勧める。
「いえ、お構いなく。」とサンジは一応、辞退する。

「急いで行かなきゃ行けないところがありますので。」
「じゃあ、少しお待ちになっててくださいな。」

そう言って、その女性は自分だけがなんの変哲もない普通の民家の設えの家に
サンジの上着を抱えて入って行った。

(参ったな。)早く、ナミさん達のところへ戻りたいのに。
出来るだけコバトが海軍に引き渡される前に、渡さないとまた厄介で、面倒な
方法を考えなければならなくなる。そうでなくても、ナミは明らかにコバトが
キライだったのだから、このお宝を持って帰って、換金したい、と言ったら
きっと機嫌を損なうだろう。

(ふくれっつらのナミさんも素敵だ。)とふと、そんな表情のナミを想像して、
サンジはだらしない一人笑いをヘラっと浮かべた。
だが、すぐにその顔を引き締めてまた、その先を考える。

ナミの機嫌を損ねてでも、コバトにこの宝を、宝を換金した金を、渡したい。
その金で、コバトが自分の未来を夢見て、生きる事を楽しいと思ってくれる助けになれば、それでいい。

ゾロの側にいたい、と言う想いは絶対に叶えられないのだから、ゾロ以外の
コバトを幸せにしてくれる人と出会える様に、そしてその誰かをゾロ以上に愛せる
女性になって欲しい。

そんな事を穏やかに降る雨を見ながらぼんやり考えていると、やっと、中から
サンジの上着を持った女性が出てきた。

「また、濡れてしまいますけど、」とパリっと新品のように綺麗に乾かされた
上着を恥かしそうにサンジに手渡す。

「どうも、ありがとう。じゃあ、」とサンジはにっこりと笑ってその上着を羽織った。
アイロンを掛ける時に特別な薬剤を使ったのだろうか。なんとなく、良い匂いがした。


一方、その頃。

「いい加減にしてよね。あんたの所為で、色々こっちは迷惑してるのよ。」
「これ以上、あんたの我侭に付き合ってらんないわよ、」とナミがコバトに向かって
声を荒げている。

「そんなにキツイ言い方しなくても、」とナミのスカートの裾をチョッパーがおずおずと引っ張った。

「お願いです。今夜、一晩だけ、後はもう、一人で海軍の基地へ行きますから。」と
コバトは必死にナミに懇願している。

「ダメよ。ゾロと二人きりで宿に泊りたいだなんて。絶対に許せないわよ。」

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