第5話 「弱音」
結局、ナミに理屈でゾロが勝てるわけもなく、かなり高額な罰金を取られた。
せっかく、賞金首を捕まえたり、悪そうな面構えのチンピラから巻き上げて、
次の島ではしこたま酒を買い、また、そこそこいい宿にサンジと泊まるつもりだったのを
根こそぎ持って行かれてしまった。
誰かに八つ当りしないと気が済まない。
「お前の所為だぞ!!」ととりあえず、ミニプリンスにむしゃくしゃした気分をぶつける。
当然、小さな体でも横柄な態度でキリキリいい返してくる。
「なんで、俺の所為だよ!てめえが捨てたんだろうがよ?」
これが原寸大だったら、胸倉を掴みたいところだが、そんな事も出来ないので
余計にゾロはストレスがたまる。
「俺が捨てなきゃ、お前あれを着せられてたんだぞ?礼ぐらいいえよ!!」
といってみても、サンジの表情もよく判らないし、どうもいつもの喧嘩と勝手が違って、
ゾロはイライラする。
「捨ててくれって頼んだ覚えはねえ。」とりあえず、声音だけで判断すると、どうやら 機嫌が悪いらしい。
大体、サンジがゾロの八つ当りともいえる責任転嫁を快く思う筈などないのだ。
まして、礼を言う筋合いなどないと考えていて当たり前である。
とにかく、サンジは小さな体でも、どうにか食事を作った。
味は確かだが、時間がやたらとかかる。
「違う!!それは、オリーブオイルだっつってんだろ、バカ!!ビネガーは、その奥!!」
「火が強すぎる、早く小さくしろ!!あ、バカ!!水なんか入れるんじゃねえ!!」
「かき混ぜすぎだ!!形が崩れるだろ!!こっちのフライパンの魚が焦げるぞ、火をとめろ!!」
「バカ!!それは、付け合せだ、一緒に炒めたら色が汚なくなるだろ!!」
ウソップがサンジの指示どおりに鍋を扱うのだが、料理などした事がない
ウソップに、罵声を浴びせている様子は端でゾロが見ていても、ウソップが気の毒に思えてならない。
ようやく出来あがった食事だが、いかんせん、見栄えが悪すぎる。
「絵を描く割にはセンスねえよなあ。」と最後まで感謝もしなければ誉めもしない。
ウソップは、疲労困憊のようだが、料理を食べて顔をほころばせた。
「美味い!!」自分で初めて作った料理が以外に美味である事が素直に嬉しいらしい。
サンジは、「・・・美味くて当たり前だ。お前はもともと器用なんだから。」
とようやく、ウソップの努力を認めた。
そして、「この船には、お前以外に料理が作れそうな奴いないんだから。」とぽつり、と呟いた。
食事の後、ゾロが後片付けをする事になっていた。サンジを煽った責任をとらされているのだ。
その日は、ルフィの「サンジ携帯当番」だったが、外がやや時化て来たので、
サンジはゾロの側にいる。
さっき、ウソップの料理を誉めた後、ポツリと呟いた言葉に,
ゾロはサンジが やはり この体に不安を持っていることを再認識した。
黙って、煙草を吸っているサンジの前へ見よう見真似で入れたコーヒーを一番小さな器に入れて出してやる。
驚いたように、サンジは顔を上げた。
「美味くねえかも知れねえが、文句いわずに飲め。」とぶっきらぼうに言うと
また 背を向けて洗いものを続ける。
「・・・・このままだったら、ちょっと困るよな」まるで、人事を話すような口調だったが、それが却って
サンジの不安を物語っていた。
「何が困るんだ」
体が変化して数日が経っている。その間、一度も不安そうな素振りも見せず,
弱音もはかなかったサンジが ようやくゾロに本心を覗かせている。
ゾロはできるだけ その気持を穏やかに受け止めようとした。
背中を向けたまま、サンジの言葉の意味をそれとなく尋ねる。
「・・・困るだろ,色々とさ・・・。」サンジは言葉を濁す。
「料理はさっきみたいにウソップに指示して作れるだろう。買い出しだって、
誰かと一緒に行けばすむ。コックとしてなら,困る事なんて何もねえだろう。」
ゾロは手を休ませずに言葉を続けた。
「・・・そういうことじゃねえんだよ。」
サンジらしくない、不明瞭な態度で言い難そうにしている。
「じゃあ、なんだよ。」ゾロはサンジの方へ向き直った。
サンジは、ゾロを見上げた。
でかい。
自分が小さくなっている所為なのだから、当たり前なのだが、
その現実的な大きさの違いは、そのまま ゾロと自分の人間としての器の大きさを
思い知らされているようで、気が滅入る。
サンジはいきなりしゃがんで、勢いをつけ、飛びあがった。
飛びあがる勢いで、思いきりゾロの鼻を下から蹴り上げる。
「いてえっ」唐突なサンジの攻撃に、思わずゾロは鼻を押さえた。
鼻腔に鉄の臭いを感じ、押さえた手に濃度のある液体の感触を覚える。
「唐突に何しやがる!!」
ゾロの鼻を蹴り飛ばしたサンジは、テーブルに着地し 再び跳躍した。
今度は、喉もとを狙って 針の様に研ぎ澄まされた蹴りを撃ちこんできた。
ゾロは、思わず片手でサンジの体を払った。
だが、ゾロの喉もとの高さから,床までは150センチ以上ある。
そんな高さから勢いをつけて落ちたら 無事ではすまないのを瞬時に思い出し、
咄嗟に体をかがめてサンジの体を掌で受け止めた。
小さくて表情は判らないが、「チっ」という舌打が聞こえたので,
どうやら腹を立てているらしいことが判った。
蹴られた人間よりも、蹴った方が腹を立てている。
そして、蹴られた方が蹴った方の機嫌を伺っている。
おかしな光景だ。
「・・・お前のやることは本当に理解不能だよ。」ゾロは、片手で鼻血を拭った。
「俺の蹴りは 鼻血程度の威力しかないんだぜ。」ゾロの掌の中でサンジは呟いた。
「俺だから,鼻血程度ですんだんだぞ。ウソップだったら骨折だ。」
ゾロはサンジの言いたいことが漠然と判ってきた。
サンジは溜息をつきながら首を横に振った。
「こんな形じゃ、戦闘の役にはたたねえ。」
「航海の手伝いも出来ねえ。」
ゾロは、掌を顔の側まで持ち上げ、サンジの顔をジッとよく見てみた。
やっと、強がりと 仲間への気遣いという仮面を外し,
心細さと、焦りを剥き出しにして 自分だけに晒した サンジの表情。
ゾロは、小さく含み笑いをした。
「・・・何が可笑しい。」眉を寄せて、ゾロのその笑いをサンジは咎めた。
「いや。ちょっと嬉しかっただけだ。」
ゾロはサンジが自分に素直に感情を晒した事で感じた感情をそのまま口にした。
「・・・嬉しい?なんだ、それ。」サンジは 機嫌の悪そうな顔のまま,ゾロの真意を判りかねて 尋ねた。
「・・別に。なんとなく,そう思っただけだ。」理屈で浮かんだ感情ではない。
それを言葉でサンジに伝えるのは難しいので、ゾロは言葉を濁した。
「お前は平気なのか,俺がこのままでも。」
サンジがこだわり、不安になったのは この点でもあった。
ゾロとは、常に対等でありたかった。
そうならなければ、自分がゾロの側にいる理由がなくなるような気がする。
だが、そんな事を口にした時点で、もう「対等」ではなくなるのだ。まして、この個体差である。
「対等」でありたい、というのは サンジの一人善がりになってしまう。
どう考えても、ゾロに守られ、ゾロに庇われ、ゾロに同情されるしかないのだ。
そんな存在になってしまった自分を ゾロが受け入れて平然としている事さえ、
自分との意志の強さの差を見せ付けられた様で、ますます情けなくなる。
ゾロに喧嘩を売っても、片手で払われ、あまつさえ 落下の危険から庇ってもらった。
すでに、「対等な関係」ではなくなっている。
ゾロは、サンジの言葉を聞いて そこに含まれた気持ちをなんとなく読み取った。
そして、いつもどおり、(・・バカだな,こいつは)と思った。
「俺が平気だって?平気なわけねえだろ。」ゾロは呆れて溜息をついた。
「なっちまったもんは仕方ねえって最初にふんぞり返ってたのはお前だろ。今更、泣き事言うんじゃねえよ。」
ゾロは、あえてサンジが突っかかってきやすいような言い方をした。
体格差があるなら、口喧嘩をすればいいだけの話しだ。
「別に弱音を吐いてる訳じゃねえ!!」とゾロの思惑どおり,サンジが絡んできた。
「じゃあ、なんだよ。うっとおしい顔してんじゃねえ」
「おまえは、《ナミさんの妖精》なんだろ?愛想よく笑ってろよ。」とますます,サンジを煽る。
「うるせえ!!お前に言われたくないっつってんだろ!!」
二人が口論していると、ナミがキッチンに駈け込んできた。
「嵐が来そうなの。すぐ近くに小さな島があるから,一先ず そこへ向かうわ。
航路が外れるけど、いいわよね。忙しくなるから、今のうちに食事をするわ。
サンジ君、教えて頂戴。手っ取り早く作れる料理。」
ナミは口早にそういうと、自分の持ち場をゾロに見て来るように指示して
サンジと一緒に食事を作り始めた。
その勢いに 二人の口論は中断された。
嵐の前の強い風を受けて、思いのほか早くその島に着いた。
嵐を避けようとしているのか、たくさんの船が港に停泊している。
その中には、自分たちと同様に 海賊旗を堂々と掲げている海賊船の姿も少なくなかった。
「これだけ海賊がいると、賞金稼ぎも多いだろうなあ。」とウソップが
下船準備をしながら側で作業しているゾロに話しかけた。
「ああ、でも 嵐の前に一稼ぎ出来そうだぜ。」
海賊が、別の海賊の積荷を狙ってさらに略奪をするなど、珍しい事ではない。
もちろん、彼らが略奪するのを待って、根こそぎその積荷を奪ってもいいのだが、
この島が海賊を受け入れている以上 仁義を守る海賊なら、ここでは略奪はしない筈だ。
この島は、この海域の嵐を避けるための大切な拠点だからだ。
もしも、略奪をすれば海賊の船に警戒をして,自警なり、海軍に警備を要請するなりして
海賊を島に入れない様になってしまう。
そうなれば、この海域を航海するのは困難な事になる。
この嵐は長期間、海を独占してしまうらしい。
例え,天気がよくても強い風は 高い波のうねりを呼び寄せる。
ゾロが言っている「一稼ぎ」とは、ここに停泊している海賊から 積荷を奪うことを指している。
だが、島についた途端にいきなり 「敵」を作って火の粉を上げなくてもいいんじゃないか、とウソップは思った。
「何時、嵐が消えて出航できるかわからねえのに、他所の海賊に喧嘩を吹っかけなくてもいいじゃねえか。」とゾロの提案に反対する。
「お・・・・。?」ウソップが羊の飾りから首を覗かせた。
それの仕草を見て、ゾロもそっちの方に歩みより、ウソップの視線を辿って
自分もその方向へと視線を向けた。
しろいジャージに、黒と白のストライプのバンダナを締めた男がこの船に向かって駆寄ってくるのが見えた。
すぐに、その男は船の側まで近づき,ウソップとゾロを見上げた。
そして、両手を筒状に丸めて、口に当てて叫んだ。
「おお〜い,あんた達、麦わらの人の仲間だな〜?」
「ご無沙汰してます、麦わらの人。」
ギンは、ルフィに頭を下げた。
「おお、元気そうじゃねえか!!」とルフィは屈託なく答える。
ギンは、ややもじもじとした態度で、上目ずかいに回りの見渡し,一番逢いたかった人の姿を探す。
だが、そこにあるはずの姿が見えない。
「あの、サンジさんは・・・?」
「ここだ、ここ。」
声はするけれど,姿が見えない。
ギンは、その異様な状態に目を泳がせた。
「ここだ!!うちの狙撃手のポケットの中だ!」
「狙撃手・・・?ポケットの中・・・???」ギンは,ウソップと面識がない上に,
「ポケットの中」と言われてますます混乱した様だった。
「ここだ、ここ。」訳のわからない顔をしているギンに,今度はウソップが
自分の胸ポケットを指し示した。
ギンはそこに視線を向けて、息を飲んだ。
「・・・サンジさんっ・・・ちょっと見ない間に随分,可愛くなっちまって・・・・。」と
あまりの驚きに やや 呂律が回らなくなったらしい口調でつぶやくように
サンジに話しかけた。
サンジは、「おお。」と機嫌の悪そうな声で短く答える。
ウソップのポケットからサンジは、這いずり出てギンに「手を出せ」と
ジェスチャーで示してきた。
「お前、俺に逢いにきたんだろ。こんな形だけど話はちゃんと出来るぜ。」
とギンの差し出した掌に乗り移った。
「・・・一体,何があったんです??」とギンはまだ、信じられない,という表情で
サンジをしげしげと眺めた。
「・・・色々あんだよ。」とサンジはぶっきらぼうに答えた。
しばらく,黙ってサンジのてのひらにのせたまま、色々な角度で観察していたギンが
いきなり、サンジをジャケットの中に突っ込んだ。
「!!」
と、どこから出したのか、鉄球のついた鎖でゴーイングメリー号の床板を
拳とその鉄球で砕いた。
破片が飛び散り、一瞬のギンの豹変に麦わらの一味の動きが止まった。
ギンは、ポケットから煙玉を出して、床に叩きつける。
あたり一面に煙りが立ち昇った。
「ギン!!なんのつもりだ!!」
ルフィがギンの行動を大声で咎めた。
煙の中からギンの声が聞こえた。
「サンジさんは、貰っていく!!」
ゾロの額に青筋が立つ。
「なんだと!!」
煙の中のギンを追うが、すでに港に降りたっている。
ゾロは、その後を追いかける。
ギンは、必死で逃げる。
後先など考えていない。とにかく、サンジを抱えて無心で逃げている。
手にした時点で理性は吹っ飛んでいた。
サンジは、ギンのわき腹で力任せにもがいていた。
「サンジさん、大人しくしててくれ、ずり落ちちまう!!」ギンの手がぬっとサンジの前に現われ、腰を掴んた。
「はなせ、てめえなんのつもりだ!!」
尚も大暴れするサンジを今度は両手で胸に抱え込んでギンは走った。
「俺が一生、面倒見ます!!」
ギンは大真面目に答えた。
「冗談じゃねえ!!頼んでもねえことするな!!」
サンジが反論しても、ギンの意志は固い。
「俺が決めたんです!!もう、離しませんから!!」
「ゾロ、こっち!!」
トナカイの姿になったチョッパーと、その隣で全速力で走るゾロと
ルフィは、サンジの臭いを辿りながらギンを追う。
ようやく、ギンの姿を前方に捉えた。
「ゴムゴムの〜」ルフィの両手が凄い勢いで伸びる。
「逮捕だアアアっ!!」
ルフィの手がギンの両肩を掴んだ。そのまま、後ろへ引き倒す。
「うあ!!」ギンは後頭部をしたたかに地面にぶつける。
サンジは、ギンの手が緩んだのでそこからすぐに逃れた。
目を回しているギンを放置して、サンジはルフィ達の方へと走っていこうとした。
だが、ギンの手がサンジの足をつかむ。
「はなせ!!ひつこいぞ、てめえ!!」その手を力任せにガンガンと蹴っても、ギンは手を離さない。
「俺がそんなに嫌いですか、サンジさんっ・・・」
そういって、ギンの白目がちの双眸から涙が滴り落ちた。
そこへ、ようやくルフィ達が追いついた。
サンジが足を拘束しているギンの手を蹴っている間、ギンはルフィに、泣きじゃくりながら 取りすがっている。
「麦わらの人・・・。あわよくば・・・・」
「あわよくば!!」
「俺とサンジさんを見逃すわけにはいかねえだろうか・・・・?」
「「「いくか、バカ!!」」」3人同時に 怒鳴られてギンはがっくりと肩を落とした。
サンジは、火を吐かんばかりに怒り狂っている。
「てめえ、今度会っても絶対エ 飯なんか食わせねえからな!!」
「てめえには、パンしか食わしてやらねえから、覚えてろ!!」
血が頭に上りすぎて 何を口走っているのかわからないらしい。
ゾロとルフィ、サンジに散々、叱責され、ギンはようやくサンジを諦めた。
「・・・冗談じゃねエよ。」
サンジは、最終的にギンに快く再会を約したルフィに 不満げな表情を向けた。
「しししし。だって、サンジがスキって、気持ちはわからねえでもねえからな。」
それを聞いて、ゾロもやや不快そうな面持ちになった。
「あれだけ想ってんのに、報われないよなあ。気の毒に。」
ルフィは、ギンに同情しているようだ。
それがゾロには理解できないし、癇に障る。
「同情することでもねえだろ、馬鹿馬鹿しい。」
だが、ルフィは屈託なく笑う。
「だって、気の毒じゃん。」
「とにかく、宿を取ろうぜ。長逗留になりそうだ。いい所を手配しねえとナミがうるさい。」とゾロが言い出し、一度 船に帰るつもりで港に足を向けた。
甲板では、ナミとウソップが略奪しにきた別の海賊相手に奮闘中であった。
「もうっ肝心な時にいないんだから!!」と今や、ウソップよりも戦闘能力の高いナミと、
もともと、戦闘力では、ゾロと大差ないロビンが顔色一つ変えずに荒くれ男相手に
善戦している。
「あたしのお宝に指一本、触れさせてやるもんですか!!」
その物々しい様子を港から見て 4人は慌てて船に駆寄った。
下ろされていた縄梯子を伝って、甲板に踊りこむ。
サンジも、驚いた事にそのままの大きさで、急所だけを狙ったピンポイントな攻撃を
しかけていき、共に戦った。
戦闘員が戻ってきた「麦わらの一味」がそのこそ泥のような海賊を倒すのに、
ものの数分とかからなかった。
甲板に転がっている男達をゾロは 無造作に海へ投げこんでいく。
サンジは、久しぶりに暴れて、しかもあの程度の相手なら充分に戦えることが判って
安心した。
咥えた少し大きめの煙草に火をつけてもらおうと、側にいるウソップに
話しかけようとした時、体全体が心臓になったような 動機を感じた。
「う・・・?」
それは、全く心臓の鼓動と同じリズムでサンジの体をかけ回った。
「うあっ・・・・??」
サンジの小さな呻き声にチョッパーがまず、気がついた。
(・・・う・・・気分が悪イ・・・・)
サンジは、意識が急にボンヤリしていくのを感じた。
(あ・・・・。もとの戻れるのか・・・・?)
小さく呻いて、意識をなくしたサンジにチョッパーが慌てて駆寄った。
「サンジ??」
サンジの手、足、すべてが目に見えてむくむくと大きくなっていく。
ゾロは、チョッパーを突き飛ばし、駆寄った。
(不味いぞ、このままもとのサイズに戻ったら)
ナミのハンカチを裁断して出来上がった服を身につけているのだ。
びりっびりっと布の裂ける音がする。
全員の目がサンジの体に釘付けになっている。
服はとっくにぼろきれのように裂け、サンジの体を隠す機能を果たすのは
既に無理になりつつあった。
ゾロは慌てて自分のシャツを脱いだ。
「見るな!!」そう叫ぶと、
サンジの体にそれをかぶせ、ついでに自分もサンジの体を隠すために覆い被さる。
「ずりいぞ、ゾロ!!」
「いいじゃない、ケチ!!」
「そうだぞ、見せろ!!」
「検査だ、検査!!」
皆、口々にゾロの行動を非難した。
だが、ゾロは「うるさい!!見せもんじゃねえ!!」と一喝する。
一瞬、気おされたがすぐに 立ち直り、また口々に騒ぎ出す。
「ずりイぞ、ゾロ!!」
「あんたになんの権利があるのよ!!」
「男同士なんだから、見てもいいだろ!!」
「俺は検査を・・」
「うるさいっつってんだろ!!」口論している間に、サンジの体は元の大きさに戻っていた。
その時、どんよりと曇っていた雲が切れて、太陽の光りが差し込んだ。
光りに照らされたサンジの四肢は、ナミの目から見ても滑らかで、
艶やかで、それでいて 均等に筋肉が付き、目がいよいよ離せなくなるほど美しかった。
そこにいた全員が、サンジの半裸を見て目を釘付けにし言葉をなくしていた。
だが、その空気をゾロの怒声がかき乱す。
「見るんじゃねえっ」
ゾロは、シャツごと抱え込んで、持ち上げた。
だらりと弛緩した体から、シャツがずり落ちないように気を付けながら、
とにかく、サンジの服を取りに男部屋に向かった。
「こいつの目が覚めたら、宿に行く。先に宿をとっといてくれ。」とゾロは
勝手に手はずを決めてそういい放つと後は聞く耳など持たないような態度だった。
皆、不満そうな表情でお互いの顔を見合わせた。
「なんなの、あれは。」ナミは呆れて溜息をついた。
「案外、独占欲が 強いのねえ。」ナミの溜息混じりの言葉にロビンが言葉を足す。
「俺だって、見たいのに〜。」ルフィも口を尖らせている。
ウソップは、腕を組んで神妙な顔つきで、
「オ、俺は只、絵のデッサンにつかいたいだけでだな・・・」と
誰も咎めないのに 言い訳をしていた。
ゾロは、男部屋のソファにサンジを寝かせ、毛布をかけた。
サンジの私物の中から何時も身につけている下着や、洋服を取り出しておく。
(・・・寝てるとこやるのも、つまらねえからなア。)
瞳を閉じて、ソファに身を任せているサンジの体をなるべく見ないようにして、床に座り、そのソファに凭れた。
思えば、小型化してから 今日でちょうど 1週間になる。
その間、ヌクこともせず、よく耐える事が出来たな、と自分でも感心した。
ゾロは、ふと思いついた。
(病気でも、怪我でもねえんだから起してもいいんじゃねえか。)
ゾロは、まず一番触れたかった、唇へ 自分の唇を沿わせた。
勿論、それだけでは覚醒しない。
ゾロは小さな声で名前を読んだ。
「・・・。」うっすらをサンジは目を開きかけた。
「・・・よう。気分はどうだ。」名前を読んだのと同じトーンでゾロは囁いた。
「・・・悪くねえな。」サンジは、眠たげな声ながらしっかりと答えた。
ゾロの頭に片腕を回し、大きさを確認するかのように撫で回す。
本人はまったく自覚がないのだが、目の前で動く白くてしなやかな腕は
ゾロを誘っているようだ。
「・・・・へへへ、どうやら元に戻れたみてえだな。」
無くした宝物を見つけた子供のような表情でサンジは 小さく笑った。
ゾロは、頭を撫でている手を掴んで解いた。そのまま、手の甲に柔らかく唇を落とす。
「・・・他の連中は・・・?」サンジは腕をゾロに預けたまま、何気なく尋ねた。
「先に宿に行かせた。」ゾロは短く答える。
「・・・そうか。じゃあ、行かなきゃな。」サンジは体を起こした。
「おい。」ゾロはサンジの腕を掴んだまま、離さない。
「そんな格好で、なにもせずに行けると思ってるのか?」
ゾロはサンジの体に覆い被さった。サンジの目が仄かに笑っている。
サンジは、必ずもとの大きさに戻れると自分に言い聞かせてきた。
だが、最後までそれを貫けず、途中で拭えない不安をゾロの吐露してしまった。
常に、どんな時でも対等でありたい、決して、負けたくない大切な相手だ。
彼が野望だと言う夢への渇望も。
そして、お互いへの真っ直ぐな想いも。
まだ、追いかけているだけかもしれないが、必ず 一瞬でもゾロの前に立ってやりたいと
願っている。
ただ、一緒にいるだけで煽られてしまう。
それで自分を高めていけるなら、何時までも一緒にいたいと思う。
彼が野望だと言う夢への渇望も。
そして、お互いへの真っ直ぐな想いも。
自分の考えなしの行動が招いた事だっただけに、今回は少し サンジも反省した。
だが、それをゾロには言わない。
(したり顔で説教されるのは 勘弁だよな。)
行為の後、久しぶりに原寸大の煙草を咥えてサンジはそんな事をぼんやりと考えていた。
「・・・何を考えてる・・・?」ゾロは、着衣を身に着けながら
呆けた様な顔をしているサンジに問い掛けた。
「・・・・俺って運がいいのか、いいのかどっちなんだろうな・・・?」
サンジは、考えていた事と全く違う事を口にした。
あの果物を食べなければ体が小さくなるなど言う騒動は起こらなかったはずだ。
普通、悪魔の実を食べたら一生そのままなのに、どういうわけか
もとの大きさに戻れたのは、運がいいからかもしれない。
だが、ゾロはサンジの問いに、笑って答えた。
「いいに決まってるだろ。俺も、お前も。」
ゾロはあえて、そう思った根拠は口にはしない。
サンジに顔を穏やかに見つめて、只、微笑んだ。
それをうけて、サンジも一瞬、目を泳がせたが すぐに笑みをゾロへと向けた。
「そうだな。」
運がよかったからこそ、ゾロとサンジは出会ったのだ。
口に出さなくても相手が心の中で思っていることがわかるような気がした。
ゾロは。
サンジは。
同じことを考えているはずだ。
(俺達は、「運のいい男」なんだ。」)、と。
(終り)